第758話 第七章「独立車両の停車」後編

 列車を切り離す。

 ロロなら三分で終える作業を、現地整備士六人で九分。

 遅い。

 だが六人は、次に自分たちでできる。

 四両目を貨物機関へ連結。

 食料箱を後部へ移す。

 患者の呼吸器電源を貨物発電へ変換。

「電圧違う!」

「中間抵抗!」

「予備なし!」

「食料保温器を切れ!」

「林檎が凍る!」テト。

「患者が先!」

「分かってるけど、焼き林檎が!」

「個人的感情を運行へ入れるな!」

「感情を隠すと後で盗み食いする!」

「自己申告として記録!」

 貨物車が右分岐へ。

 公共一号残りが左手前で待つ。

 八拍目ごとに、分岐器は動かない。

 他の車両も、独自の停車条件で動き始める。

 学校車は中央駅へ行かず、三つの小駅へ児童を分ける。

 寝台車一号は、乗客の半数が降り先を保留し、旧保守線へ仮停車。

 工房車は、壊れた鎖の修理より地域発電を優先。

 証拠車は、一か所の法廷へ集めず、三駅へ写しを分ける。

 列車は一つの時刻表へ戻らない。

【現実/公共救難線運行室・局地第三周期/覚醒/列車分割から四十七分】

 問題は、全員が八拍目に止まることへ慣れ始めた時に起きた。

 敵封鎖車が、七拍の鐘を鳴らした。

 一。

 二。

 三。

 四。

 五。

 六。

 七。

 空白。

「偽信号!」テト。

「予測済み」とイヴァ。

「予測してても、列車は止まる!」

「止まらない。八拍目は中央命令ではない」

「でも衝突回避で動かないって」

「各車両が、周囲条件を確認して採用する」

「敵が同じ拍で突っ込んだら!」

「敵も止まらない可能性を表示」

 暗号ではない。

 敵が真似できる。

 だから安全は、合図の秘密ではなく、合図を絶対命令にしないことへ置く。

「公共二号、敵信号を破棄」

「学校車、八拍目のみ徐行」

「寝台一号、停車継続」

「工房車、分岐前なので停止」

 ばらばら。

 敵封鎖車は、全車が止まると予測して中央鎖へ突入する。

 公共二号だけが動き続け、食料車の影を使って後ろへ回る。

 学校車は徐行し、子どもを伏せる。

 工房車は停止したまま、分岐器を手動で外す。

 敵車の進路が消える。

 封鎖車は雷鎖から浮き、緊急鉤を撃つ。

「落ちる!」

「救難索!」イヴァ。

「敵だよ!」テト。

「落下後に所属を聞け」

「拘束は」

「生還後」

「自由港みたい」

「遠くで風鈴が鳴る」

 救難索が敵車へ掛かる。

 敵兵は索を切ろうとする。

 切れない。

 工房車の整備士が二重結びにしている。

「助けるなら停戦しろ!」テトが叫ぶ。

「子どもが交渉するな!」敵兵。

「見習い車掌!」

「どっちでも子どもだ!」

「停車条件を言え!」

「武器を床へ!」

「成立!」イヴァ。

「私が言う前に成立させるな!」敵兵。

「落ちるまで四拍!」

「……武器を床へ!」

 敵車が工房車へ引かれる。

 救命。

 拘束。

 証言。

 三つを後で分ける。

 局地第四周期。

 公共一号の残り六両へ、四両目から報告が届く。

 高度設備のある雷都中央病院――閉鎖。

 医療者の多くは、小駅ノルンへ移動。

 旧駅の温室発電が稼働。

「行き先、ノルン」とサナ。

「前方」と運転士。

「後方」とテト。

 公共一号は、中央へ向けて進んできた。

 小駅ノルンは、二駅分戻る方向にある。

「逆走は危険」と運転士。

「後退ではない」とイヴァ。

「進行方向と逆だ!」

「目的地が変わった。列車に前後はある。救難に前進後退はない」

「格好いいこと言って、逆走申請は誰が出す!」

「中央網は死んでる!」テト。

「だから怖い!」

 乗客へ聞く。

 意識がある者。

 家族。

 医療者。

 目的地保留者。

「次の停車は、小駅ノルン候補。中央病院は閉鎖。戻る形になる。降りる、乗る、保留」

 一人が怒鳴る。

「中央へ行く約束だった!」

「中央が閉じた」

「約束を守れ!」

「場所を守るため、患者を閉じた病院へ運べない」

「じゃあ約束は何のため!」

「条件が変わった時、説明して選び直すため」

「最初から何も約束するな!」

 イヴァは答える前に息を一度飲む。

「それでは、乗る判断ができない」

 約束は、未来を固定する鎖ではない。

 未来が変わった時、誰が説明し直すかを決める索である。

「ノルンへ、賛成三十一。中央継続、九。途中下車、七。保留、十八。意識なし十五は医療上ノルン、最終目的地保留」

「多数決?」

「車両を分ける」

「また!」

「同じ列車で別方向へ行けない」

「だから多数へ」

「一両を中央方面の安全駅へ残す。ノルンへ四両。途中下車一両。保留車一両」

「機関は一つ!」

「自治貨物が戻る。工房車が補助機関を貸す」

「全部遅れる!」

「遅延を公開する」

 速さを失う。

 燃料を失う。

 乗務員の休息を失う。

 選択肢は無料ではない。

「イヴァ」とテト。

「何」

「心拍」

 彼女の左首の火傷痕が、雷光で浮く。

 不整二。

 息切れ一。

「次の停車まで運転を」

「渡す」とイヴァ。

 右手を制御輪から外す。

「テト」

「見習い」

「運転士が補助。あなたは放送と信号」

「成立」

「師匠と呼ぶな」

「イヴァ」

 彼女は座席へ完全に背を預けない。

 急停車へ備える癖。

「座れ」とサナ。

「座っている」

「背を付けろ」

「急停車が」

「今、運転してない」

 イヴァは背を付ける。

 小さな行動。

 自分が列車を動かしていないと、身体へ教える。

 行き先を決める前に、イヴァは六両を歩いた。

 車掌が車内を歩くのは普通である。

 だが以前の彼女は、決定を伝えるために歩いた。

 今は、決定しない範囲を聞くために歩く。

 第二両。

 透析患者の水は三割八分。

「最寄りの給水駅」と医療助手。

「水の質」イヴァ。

「ノルンは温室用。医療転用の検査なし。中央は検査済み、稼働不明」

「患者へ説明」

「全員に?」

「聞ける人へ。聞けない人は医療上の代理だけ」

 患者の一人が目を開ける。

「ノルン」

「理由」

「中央は、前に私を番号で呼んだ」

「医療設備は中央が上」

「生きるために行く。住むとは言ってない」

「医療移送先、中央も選べる」

「ノルンで検査して、無理なら中央」

「時間の損失」

「知ってる」

「記録」

 第三両。

 発熱した子どもが四人。

 母親の一人が、中央駅を求める。

「大きな病院がある」

「閉鎖報告」とイヴァ。

「嘘かもしれない!」

「可能性」

「敵が小駅へ誘導してる!」

「可能性」

「じゃあ、どこへ行けばいいの!」

「分からない」

「車掌でしょ!」

「分からないことを、制服で隠さない」

 母親は怒る。

「安心させてよ!」

「安全を確認できた範囲は言う。ノルン、発電あり。水、未検査。医療者、移動報告あり。中央、病院閉鎖報告。信頼度は同程度」

「選べない」

「保留」

「列車は動く!」

「次の分岐まで保留できる」

「その先は」

「もう一度聞く」

「ずっと聞くの?」

「変わる条件なら」

「面倒」

「うん」

 母親は、子どもの額へ手を置く。

「ノルン。今は」

「今は、を記録」

 第四両。

 意識のない十九人がいた場所は空いている。

 貨物車へ移った。

 空の寝台には、行き先札だけ残る。

 本人指定、四。

 家族指定、七。

 未確認、八。

 イヴァは札を中央へまとめない。

 寝台ごとに留める。

 第五両。

 家族同伴。

 一人の老人が聞く。

「ノルンに着いたら、次はどこだ」

「決めていない」

「終点じゃないのか」

「公共救難線に終点はない」

「立派なことを言う」

「運行上の欠陥でもある」

「降りたくないと言ったら」

「線路が安全なら次まで。安全でなければ、停車して別手段を探す」

「列車を家にしていいか」

「一時的には。永住制度はない」

「作れ」

「誰が」

「車掌」

「一人へ戻さない」

「じゃあ乗客」

「一緒に作る?」

「運賃をまけるなら」

「金銭交渉は別担当」

「逃げた」

「分けた」

 第六両。

 目的地保留。

 二十六人がいる。

 全員が迷っているわけではない。

 行き先を言いたくない者。

 家族へ知られたくない者。

 追跡を恐れる者。

 どこにも帰りたくない者。

 帰る場所が複数ある者。

「停車条件」とイヴァ。

「聞かないで」と一人。

「行き先は聞かない。降りたい条件」

「人が少ない」

「人数」

「十人以下」

「他」

「軍の制服がない」

「医療者は」

「いてほしい」

「記録、公開範囲」

「車掌だけ」

「私は次の車掌へ渡す必要」

「条件だけ。理由は渡さない」

「成立」

 別の者。

「私は中央へ行く」

「条件」

「裁判へ出る」

「中央法廷は閉鎖」

「閉鎖を見届ける」

「危険」

「知ってる」

「この列車はノルン候補」

「途中で分ける」

「車両単位か、別交通」

「どちらでも」

「今は保留」

「そう」

 保留車両は、決められない者を一つにまとめる箱ではない。

 違う決定を、今は公開しない者が同じ時間を共有する箱だった。

 最後に、イヴァ自身の停車条件を、テトが聞いた。

「ノルンへ行きたい?」

「医療条件がノルン」

「聞いたのはイヴァ」

「職務中」

「職務も乗客?」

「違う」

「さっき、案内人も参加者って夢の町の人が言ってた気がする」

「通信は切れている」

「気がするだけ」

 イヴァは右手を左手で押さえる。

 震え、一。

「母と弟がいるかもしれない」

「会いたい?」

「確認したい」

「何を」

「生きているか」

「それだけ?」

「会った後に決める」

「次の停車は、あなたが決めて」

 自分の口癖を返される。

 イヴァは目を閉じない。

「ノルンへ行きたい。医療条件と一致しているから、私情を隠さない。私情だけで選んだとはしない」

「記録」

「公開は乗務員まで」

「家族には?」

「着いてから」

「停まってから考えよう」

「その言い方を、少しだけ認める」

「全部は?」

「調子に乗るから」

 テトが帽子の鍔を二度叩く。

 赤と緑ではなく、形で笑う。

 公共一号の行き先は、ノルンへ傾く。

 全員が同じ理由ではない。

 医療。

 水。

 保留。

 家族。

 次の分岐まで。

 同じ列車が、異なる「今は」を運ぶ。

 公共一号は、予定外に逆方向へ走り始めた。

 正確には、予定が失効し、新しい目的地へ進んだ。

 車輪が雷鎖を打つ。

 一。

 二。

 三。

 四。

 五。

 六。

 七。

 八拍目。

 病院列車は動かない。

 後ろから来る食料車が、前を横切る。

 九拍目。

 病院列車は反対方向へ走る。

 中央駅から離れる。

 小駅ノルンへ。

「次は――小駅ノルン。停車予定、地域時刻で未定。中央時刻では表示不能。到着前にもう一度聞きます」

 テトの放送が、少しだけ故郷訛りへ戻る。

 イヴァは改札鋏を鳴らさない。

 私情。

 彼女の故郷も、小駅ノルンである。

「帰る?」テト。

「停車する」

「同じ?」

「違う」

「でも、会う?」

「母と弟がいれば」

「何て言う」

「遅れた理由」

「謝る?」

「それは、着いてから」

 列車は中央へ集まらない。

 各車両が、自分の停車条件を選ぶ。

 病院列車は、予定外に逆方向へ走った。

 八拍目に動かないことだけが、違う方向へ進む列車同士を衝突させなかった。