第52話 第二章「四つ目の椅子」後編

十五歳。

森歩島の《岐路守》見習い。

そして、第一歩号が巻き込んだ洗濯物のうち、十三枚の持ち主だった。

「十二枚じゃないか?」

カナタが並べた布を数える。

「靴下が片方ない」

「片方なら十二枚半」

「一足で一組!」

「足は二本ある!」

「だから二枚!」

「数え方が難しい!」

「弁償の数だけ覚えて!」

第一歩号は吊り橋から下ろされ、森歩島の臨時修理場へ運ばれた。

船首の鍋蓋は二枚とも無事。

船体は四か所割れている。

「また鍋蓋のほうが丈夫」

ルゥが被害を見比べる。

「やっぱり翼に向いてる!」

「船体を鍋蓋で作る?」

「重いぞ」とザンバ。

「本気で考えないで!」

ナギは船腹を小さな槌で叩く。

こん。

こん。

こ、ん。

三枚目だけ返事が二つ。

「ここの留め具、浮いてる」

ルゥが板を外す。

本当に銀留めが半分抜けていた。

「船でも分かるようになった」

「毎朝聞いた」

「三か月ぶん?」

「島の船を三十八隻」

「多い」

「第一歩号は四つ音が違う」

「壊れてる?」とカナタ。

「作った場所が違う」

カゲノハ村の板。

トマリギ島の白雲材。

朝雲市場の古船板。

補強された鍋蓋。

「同じ船なのに、別々の返事」

「船は一つだ!」

「そう」

ナギは少し笑う。

「一つって、同じ音のことじゃない」

修理場の外。

町の道では、人々が同じ方向へ流れていた。

森歩島から、前の鉄歩島へ。

鉄歩島から、さらに前の何もない空へ。

鐘歩島から森歩島へ来る者も、道を一周して同じ前へ向け直される。

横道はある。

店も。

家も。

だが、入口には一本の矢印。

入る向き。

出る向き。

逆向きへ歩くと、石畳が光り、体を前へ押し戻す。

「焼き木の実!」

カナタが屋台へ手を伸ばす。

「二個で一枝銭!」

店主が流れる客へ実を投げる。

カナタが一個目。

二個目。

三個目まで取る。

「三個取った!」

「船の弁償代から引くよ!」

「高い!」

「返してきなさい」とルゥ。

「逆に歩けない!」

「一周して!」

「その間に食う!」

「だめ!」

ナギは町の鐘へ耳を澄ませる。

鉄歩島の工房鐘。

森歩島の歩鐘。

鐘歩島の大小の鐘。

どれも、最後の一音だけ同じ高さへ引かれている。

「返事までそろってる」

「町が便利にしてる?」

カナタは焼き木の実を三個とも口へ入れた。

「話す人が違っても、最後は同じ言葉になる」

ナギが近くの店主へ訊く。

「今日は、どこへ行きたい?」

「前へ」

「具体的には?」

「前の町へ」

「何をしに?」

店主の口が止まる。

旗の麦の紋が、白い一本線に覆われる。

「前へ」

同じ答え。

子どもへ訊く。

「遊びたい場所は?」

「前」

老女へ。

「会いたい人は?」

「前にいる」

返事はある。

生きた声。

けれど、行き先が全部同じ言葉へ削られていた。

「響路が開かない」

ナギの旗の輪が途中で止まる。

「返事してるぞ」とカナタ。

「相手の場所がない。『前』だけじゃ、誰の声か分からない」

ザンバは町の中央を見た。

高い塔。

頂上の紺色旗。

一本の白い線。

「標術が、答えの終わりを決めている」

ミオは人の流れから外れるため、柵を飛び越えた。

「こっち」

カナタも飛ぶ。

ルゥが続く。

ナギは柵の前で止まり、安全糸を外す。

ザンバは柵を根元から持ち上げた。

「壊すな!」

ミオが叫ぶ。

「抜いただけだ」

「戻して!」

「ルゥ」

「私に回さないで!」

塔の裏側には、巨大な地図があった。

三つの歩く島。

その前方に、空を貫く三本の石針。

三本の隙間へ、色の違う風。

左。

雷を帯びた紫の《雷風路》。鉄歩島の道。

中央。

水滴を含む緑の《雨風路》。森歩島の道。

右。

無数の音が渦巻く金色の《鳴風路》。鐘歩島の道。

《三針峡》

ミオが示す。

「昔は、三つの島がここで分かれた」

「今は?」

「分かれない」

紺色の旗を見る。

「十二年間、一度も」

塔の扉が開いた。

「分かれる必要がない」

一人の男が出てくる。

三十八歳。

長い紺の髪を後ろで束ね、右肩から左腰へ白い帯。

手には、塔と同じ一本線の標旗。

「三脚群島の連路長、レグルだ」

長い紺髪の下、唇の右端には乾いて裂けた小傷がある。右肩から左腰へ渡した白帯は、話の合間にも何度もねじれを直された。三つの島が同じ列へ並ぶように、布まで一方向へ戻さずにはいられない。

外套の内側には古い名簿と、十二年前に届いた三通の未開封報告。鉄、森、鐘。封を切れば、同じ事故が三つの違う形で書かれている。レグルは事実の一部だけを先に言い、残りを帯の下へ隠す癖があった。

もう一つ、小さな森路笛。亡き妻が使っていたものだ。指が触れかけ、すぐ一本線の旗へ戻った。

男は第一歩号の一行を見る。

「空から洗濯場へ着港した旅人とは、お前たちか」

「噂になるの早くない?」

ルゥが顔を覆う。

「町の道が一本だから、話も早い」

ミオが言った。

「便利だろう」

レグルの口元がわずかに動く。

愛想笑いに見えた。三呼吸後、本当に可笑しくなったように息が漏れる。けれど笑い終わる前に、倒れた洗濯竿を一本起こし始めた。怖いことへ触れられると、レグルは次の仕事へ手を出す。立ち止まれば、三日待った自分へ戻るからだ。

「洗濯物の弁償はする」

カナタが一歩出る。

「船も直してくれ」

「なぜこちらが」

「島の足が引っ張った」

「あんたが錨を投げた!」

ルゥが後頭部を叩く。

レグルはカナタの白旗を見る。

「天頂門に朝の道を作った《未踏路士》。白迷海に往きと帰りの道を開いた船」

「俺、有名?」

「主に、壊した港の数で」とザンバ。

「そこまで届いてるのか!?」

「今のは推測だ」

「毎回分かりにくい!」

レグルは地図の三針峡を指した。

「峡谷まで、あと六日」

「元の航路図は二日」とルゥ。

「歩調が落ちた」

「三つの島を同じ速さへしてるから」

ナギが言う。

レグルの視線が向く。

「響路士」

「今日から」

「なら聞こえるだろう。三つの島は、同じ道を望んでいる」

「同じ答えを返す」

「同じことだ」

「違う」

ナギは即答した。

「返事をそろえられてる」

レグルの旗がかすかに光る。

町中の鐘が、同じ一音で終わる。

「十二年前、三つの島は別々の門へ入った」

男の声から、わずかな柔らかさが消えた。

「再会の地へ着いたのは、一つだけだった」

ミオが拳を握る。

「三日後、残りも来た」

「死者を乗せてな」

「生きてた人も!」

「待った者が、何を失ったかを、お前は知らない」

「待たされた人が、何を選んだかを父さんは聞いてない! あたしの答えまで、十二年前へ置かないで!」

カナタが二人を見る。

「親子?」

「今の話で分かったでしょ」とルゥ。

「髪の色が違う」

「そこから離れて!」

レグルは三針峡の中央門へ指を置く。

《同道》で、三つの島を一つの位置へ重ねる。《継ぎ路》で、異なる脚核を一つの歩調へつなぐ。《未踏路》で、中央門へ道を置く」

ルゥの眉が寄る。

「空間ごと重ねるつもり?」

「誰も別れずに済む」

「島三つが通れる幅はない」

「一つになれば、一島ぶんだ」

周囲の住民たちが頷いた。

安堵の顔。

反対する者だけではない。

同じ道を選びたい者もいる。

家族と離れたくない。

十二年前を繰り返したくない。

別の風路へ入る理由がない。

「いいじゃねえか」

カナタが言った。

ミオが振り向く。

「全員で行けばいい」

「全員が、同じ場所へ行きたいなら」

「三つの島だぞ!」

「島にも人がいる」

「みんなで決めたんだろ?」

レグルが答える。

「十二年前、全島の旗を集めた」

「十二年前の返事」

ナギが言った。

「今の返事は?」

塔の旗が強くはためいた。

一本線が町へ伸びる。

人々の口が同時に開く。

「前へ」

同じ言葉。

レグルはそれを答えとして受け取った。

ナギは受け取らなかった。

ミオは銅旗を握り、塔の脇道へ背を向ける。

「私は三番塔へ行く」

足元の矢印が前へ戻そうとする。

ミオは柵を飛び越えた。

「誰かと同じ道へ行かないため?」

カナタが訊く。

「違う」

少女は走りながら答える。

「別々に行っても、また会える道を作るため!」

赤茶の三つ編みが、一本線の向こうへ消えた。

レグルは追わない。

ただ、紺旗を握る手だけが強くなった。

ミオは足元へ落ちた洗濯ばさみを三つ拾い、鉄、森、鐘の順へ並べた。怒るほど物を整え、全部整ったところで決断する。三つ目を置く指が震えている。

「父さんは、また待つのが怖いだけ」

家族の前だけ「あたし」に戻る声は、もう遠かった。レグルは森路笛へ触れたが、鳴らさなかった。妻を呼ぶ記録の音で、現在の娘へ返事をすることはできない。

「六日後までに答えを」

彼はカナタたちへ言う。

「三つの島を、同じ一歩で中央門へ通す」

その声に、迷いはなかった。

ナギは青い帳面へ書いた。

――三脚群島。

――三つの足音。

――返事は一つ。

――本当に同じか、未確認。