第65話 第九章「三つの島、四つの役目」前編

ミオは目を閉じる。

テオの四拍子。

スズの五拍子。

カナタの大きすぎる三回。

今いる場所。

これから進む道。

到着する時刻。

三つが同じではないから、再会原は幾何学の真ん中にはない。

「鉄、あと何歩!」

響路。

『百二十!』

「森!」

『九十! たぶん!』

「鐘!」

『百五十!』

「歩幅!」

鉄は四拍子で大きい。

森は三拍子で短い。

鐘は五拍子でゆっくり。

ミオは地図を重ね直す。

三つの未来の足跡。

一点。

「見つけた!」

再会号を斜め下へ向ける。

何もない空。

そこへ進む。

「目印は?」

『ない』

「どうやって止まる!」

『ミオが止まった場所』

「それが再会原?」

『三つの島が返事をしたら』

「先に着いても、まだ違う」

『待つ場所』

ミオは銅旗を握る。

父レグルが三日待った場所。

待つことを恐れ、道を伸ばし、事故を増やした場所。

「私、待てるかな」

右膝が冷えて震える。ミオは「次の鐘まで持つ」と言いかけ、やめた。ここには次の鐘がない。

「怖い」

家族の前でしか使わない「あたし」が、誰もいない空へ漏れる。

「あたし、来ないって言われる前に、来る道を作り過ぎそう」

レグルと同じ恐れを自分にも見つけた。だから銅旗を振らず、カナタへ追加の一歩を頼まなかった。

『分からない』

ナギは正直に答える。

『でも、返事をする』

「来ないって決めない?」

『決めない』

再会号の朝火が尽きた。

艇が止まる。

いや、ゆっくり空へ落ち始める。

足元の鍋蓋だけが、わずかな重さを受ける。

ミオは三つに裂けた銅旗を掲げた。

「ここにする」

鉄の布。

森の布。

鐘の布。

三本が別々の風を待つ。

まだ、旗を立てる地面はない。

このあと再会原へ着くまで七刻、三つの島は互いの姿を一度も見なかった。

見えるのは、自分の風路だけ。

互いを確かめられるのは、鉄の四拍子、森の三拍子、鐘の五拍子と、遅れて届く言葉だけだった。

一度返事が途切れるたび、カナタは別の風へ飛び込みたがった。

そのたび、今いる島の足元を見た。

鉄歩島が最初に離れた。

同歩機関の共通歯が外れ、四拍子が島へ戻る。

一。

二。

三。

四。

装甲根が雷風路へ向く。

単路獣の鉄の頭が、前へ回り込んだ。

白い口から、一本線。

「中央へ戻れ」

「同じ道なら安全」

「ここまで一緒に来た」

町の人々の口からも同じ言葉。

テオは四つの歯車を描く旗を掲げた。

腰の痛みで呼吸が浅い。手袋は左右逆に干したまま腰へ下がる。テオは槌を四回。四拍目の後、手が五拍目へ動きかけたが止めた。

「今は雷。ミナモは、その次」

長い夢を一度に叫べば、ヒトスジが同じ前へ食べる。今の一歩だけを言うのは、夢を小さくすることではなかった。

「俺はミナモへ行く!」

白い線が招待状を前へ引く。

「今は雷風路!」

行き先を短くする。

単路獣が未来まで食べようとするなら、今の一歩だけを言う。

「鉄歩島、雷へ!」

バルカが工房旗を振る。

バルカは炉、人数、出口を数え終える。右膝が最初の一歩だけ遅れたが、島へ同じ速度を強制しない。

「要するに、鉄は鉄の壊れ方で進む!」

要するにと言ったあと、導線の逃がし方を長く三十項目説明し始め、若い職人たちに「今は短く!」と止められた。危機の中でも、工房長は役目を一人へ戻さなかった。

装甲根が紫の風へ踏み込む。

雷が島を打つ。

最初の一撃で、三つの炉が止まる。

「導線!」

ルゥが銀鋲を投げる。

同じ炉へ集めない。

四拍子に合わせ、四本へ分ける。

《継ぎ路》!」

一撃目を東炉。

二撃目を西炉。

三撃目を脚核。

四撃目を空へ逃がす。

雷は同じ強さではない。

糸の長さを毎回変える。

「面倒!」

「違うから!」

テオが笑う。

「同じなら、一回で済む!」

「同じなら、全部一緒に焼ける!」

鉄歩島は火花を散らし、細い門へ入る。

単路獣の頭が追う。

四本の炉へ噛みつこうと口を広げる。

「カナタ!」

ルゥが響路へ叫ぶ。

『聞こえてる!』

「鉄の後ろ、一歩!」

『前じゃなくて!?』

「追ってくる頭の前!」

『どっち!』

「獣にとっての前!」

『難しい!』

「私の位置から右下!」

『見えない!』

「響路の四拍子!」

ナギが音を送る。

四回。

最後の一音の手前。

カナタの未踏路が、鉄歩島の後方へ一枚だけ生まれる。

単路獣の頭が乗る。

板の先はない。

獣が一歩を踏み外す。

紫の雷へ落ちた。

「やった!」

『俺の道!』

「私の指示!」

『ナギの音!』

「全部」とテオ。

三人が同時に黙る。

「今のはいい全部!」

カナタが叫ぶ。

「あとで定義して!」

森歩島は雨風路へ入る。

折れた右脚。

第一歩号が下から支える。

雨は上からではなく、横から来た。

森の葉へ当たり、川を空へ流す。

「畑が剥がれる!」

人々が縄を張る。

カナタは白旗を振る。

「畑の手前!」

一歩分の光板を防壁にする。

雨が板へ当たり、左右へ分かれる。

「次!」

別の畑。

「次!」

家。

一枚ずつ。

長い壁にしない。

単路獣の森の頭が、雨の中から現れる。

口の中に、一本の乾いた道。

雨風路を中央門の前へ変えようとする。

「森歩島、返事!」

カナタが叫ぶ。

三拍子。

一。

二。

三。

右。

「右!」

操舵輪を回す。

船は左へ。

「逆!」

住民全員の声。

「知ってる!」

反対へ切る。

第一歩号が森歩島の右脚を押す。

雨風路の曲がりへ入る。

単路獣はまっすぐ進み、石針へ頭をぶつけた。

白い額に亀裂。

「曲がるって強い!」

「今さら!」

農師が叫ぶ。

農路長リーネは公用帳と私用帳を別々の胸袋から出した。公用には畑四十三枚。私用には、冷えで眩暈が出た自分の時刻と、薬をまた忘れたこと。

「食べれば治る」と言いかけ、薬師に止められる。畑を守る責任へ、自分の体を数えない癖が出た。

それでも雨風路の条件を、町の都合ではなく苗床一枚ずつへ書き分ける。生活を守る慎重さが、今は道を曲げる強さになった。

カナタは笑う。

ミオの返事は、まだない。

上道。

空のどこか。

今は呼ばない。

必要なら向こうから返す。

白旗を握る手は落ち着かない。

それでも、森歩島の三拍子を聞く。

今の自分の役目。

鐘歩島は最後に分かれた。

五拍子。

一。

二。

三。

四。

五。

金色の鳴風路へ入る。

空が音でできていた。

高い刃。

低い壁。

人の声を真似る渦。

町の鐘が勝手に鳴る。

全部の音が重なり、割れる。

「同じ音をぶつけない!」

スズが五声台へ立つ。

「高い音には低い鐘!」

「低い壁には細い鐘!」

「人の声には?」

「返事しない!」

ナギが響路を閉じる。

鳴風が母イオラの声を真似た。

ナギの指が、反射的に右耳の鈴へ行く。母の石が小袋の中で一度鳴った。信じたい声ほど、響路を開きたくなる。

舌で五拍。今の問いへ答えていない。声の高さは同じでも、息継ぎが七年前の記録から変わらない。

ナギは耳を塞ぐのではなく、母の声を記録音の欄へ置いた。聞かなかったことにもしない。生きた返事にも戻さない。

『ナギ、帰ってきて』

返事をしない。

次にガルド。

『外へ行くな』

返さない。

アカリ。

『今の村は前へ』

「違う」

肉声で言う。

響路は開かない。

生きた返事だけを待つ。

鐘歩島の住民が、自分の鐘を叩く。

同じ音は一つもない。

重なって、島の五拍子を作る。

単路獣の鐘の頭が、音を一つへ集めようと口を開く。

その正面に、二人の影が上道から落ちてきた。

ザンバ。

レグル。

二人は鐘楼の屋根へ頭から突っ込む。

ごおん――。

大鐘が鳴る。

「着地……!」

ザンバが低く言う。

「カナタの真似をするな」

レグルが瓦から這い出す。

「一度言ってみたかった」

「似てきた」

「最悪だ」

スズが五声台から叫ぶ。

「連路長! 同道を解いて!」

レグルは紺旗を見る。

一本線は単路獣へつながったまま。

「解けば、三つの終わりまで離れる」

「離れてる!」

「再会原へ着けない」

「三番旗がある!」

「まだ立っていない」

「ミオが待ってる!」

レグルの顔が固まる。

ナギは響路を一呼吸だけ開く。

「ミオ」

返事を待つ。

単路獣の「前へ」。

閉じる。

もう一度。

長い沈黙。

小さな銅の音。

『ここ』

ミオの声。

『待ってる』

レグルの手が震える。

「場所は?」

ナギが訊く。

『三つが、同じ時に最後の一歩を踏む場所』

「分かりにくい!」

カナタの声が遠く割り込む。

『父さんなら分かる』

響路がレグルへつながる。

「私は」

男は銅の音を聞く。

十二年前。

再会原。

三日。

待てずに伸ばした道。

「分かる」

紺旗を両手で掲げる。

「私の《同道》は、道の途中を同じにする術ではない」

一本線へ、三つの小さな銅点が浮かぶ。

「別々の道の、最後だけを同じ場所へ置く」

単路獣が紺旗を引く。

レグルは離さない。

「ザンバ!」

「どこへ分ける」

「雷。雨。音」

「最後は」

「ミオ」

ザンバが黒い点を、紺旗の一本線へ置く。

《岐点》!」

線が三つに分かれる。

雷風路。

雨風路。

鳴風路。

途中は別々。

先端だけ、遠い銅色の音へ向く。