第88話 第八章「五十四枚目」後編

今度は、カナタの短い光板を一つに集めようとした。

根。

 翼。

 炉。

 暮らし。

別々の場所にある一歩。

同じ幅へ直しても、つながらない。

獣の百本脚が、四方向へ裂かれた。

「効いてる!」

ザンバが灰旗を構える。

「まだだ」

ヒトカタの胸。

閉じた設計図の中央に、銀色の核がある。

原図に戻せなかったものを、すべて材料と呼ぶ印。

「今の道を食えなくても、町の違いを直接直す」

百本の腕が、四区へ伸びた。

次の戦いは、町じゅうだった。

ヒトカタの最初の腕が、根重区へ届いた。

長い杭を短くする。

短い杭を伸ばす。

違う六本が、同じ一本へ戻り始める。

「ガド!」

ナギの連鐘。

『返事あり!』

「残したい形!」

『今、刺さってる長さ!』

「一本ずつ!」

ガドが杭を叩く。

長。

 短。

 曲。

 欠け。

 仮。

五つの音。

キリが次稿を振る。

《次稿》! 根重区、現在杭!」

銀の腕へ、五つの欄が浮かぶ。

ヒトカタは一つの原型へ戻そうとする。

欄が邪魔をする。

どれを正しい形とするか決められない。

「取れ!」

ザンバが《岐点》を腕の付け根へ置く。

一本だった銀腕が、五本の部材へ分かれた。

ガドたちが受け取る。

長い腕は長杭の補強。

 短い腕は床下。

 曲がった指は、斜め支柱。

ヒトカタの一部が、違う役目へ変わる。

「獣を町へ使ってる!」

カナタが目を輝かせる。

「殴るなよ」とザンバ。

「少しだけ!」

「材料をへこませる!」

翼重区。

十本の銀腕が、破れた羽根を修復しようとする。

穴を塞ぎ。

 三枚を同じ角度へ。

「テオ!」

『四拍子!』

一。

 二。

 三。

破れ目から風が抜ける。

四。

工房艇が腕の間をすり抜ける。

「今の穴、残す!」

キリの次稿が、破れた形を失敗ではなく現在機能として記す。

銀腕の指が止まる。

テオはその一本へ黒鉄板を打ちつけた。

「次の羽根にする!」

「何枚目!」

ルゥが訊く。

「四枚目!」

「三枚で調整するんじゃなかった?」

「今、増えた!」

「使い方は!」

「これから!」

「次稿へ書いて!」

「飛んでから!」

「先に!」

炉重区。

ヒトカタの指が、三角型を丸へ押す。

マロは焼きかけのパンを型ごと抱えた。

「返さない!」

『規格外』

「食べれば同じ!」

「それ、守り方が違う!」

カナタが叫ぶ。

丸くなりかけた型の角へ、白旗の石突を差し込む。

「ここ!」

一歩分の光板を、角の手前へ。

マロが最後の一押し。

三角の角が戻る。

蒸気が三方向へ逃げ、炉の圧が下がる。

焼きかけのパンが一つ、空へ飛んだ。

カナタが口で取る。

「熱い!」

「今食べるから!」

「助けた報酬!」

「まだ助かってない!」

暮重区。

銀の腕が歌鐘を四つ鐘へ直す。

短い音を長く。

 止まる拍を埋め。

 隣へ渡す余白を消す。

リネが鐘索へ飛びついた。

「一人で鳴らさない!」

一音目を鳴らす。

次へ渡す。

家の屋根。

 水路の子ども。

 吊り橋の老人。

一人一音。

同じ鐘ではない。

町じゅうの音が、歌になる。

ナギは中央で聞く。

「返事、四百三十二!」

「さっきより増えた!」

リクサの声。

『町が動いてる!』

「数え続けて!」

『いつまで!』

「終わるまで!」

「カナタみたい!」

「今だけ!」

ヒトカタは腕を失うたび、廃図庫の紙を吸い上げる。

その紙の一枚へ、長い一歯が描かれていた。

「四十七枚目!」

シウが人の間を抜けてくる。耳たぶは赤く、抱えた六歯歯車を落とさないよう両腕で押さえている。

「原図庫写し係としては、使用を推奨しません」

姿勢だけが公的になった。

「シウは?」とキリ。

少年は道具を丁寧すぎるほど床へ並べた。測針。留め具。安全索。最後の一個を置く。

「回したい」

本音は一語だった。

無人軸へ長い一歯を入れる。一回転ごとに一歯だけ深く噛み、同じ長さへ戻ろうとする銀腕を、一拍だけ別の位置へ送る。

試験前に間違いと決められなかった歯車が、ヒトカタの腕一本を水路の蓋へ渡した。

失敗した設計。

 戻れなかった部品。

新しい腕へ。

けれど、町の人々は先に手を伸ばす。

「それ、うちの机に使える!」

キリは叫んだ人の名を先に札へ書いた。物の名前より受取人。

マロは肩を上げられず、低い腕だけを三角炉へ。ガドは腰をかばい、長腕を一人で持たず三人へ分ける。リネは消された鳥の紋へ触れ、歌鐘の次の一拍を子どもへ渡す。

同じ「受け取る」でも、身体も怖がるものも違う。その違いが、ヒトカタの一つの原型へ抵抗する形になった。

「こっちは水路の蓋!」

「七枚羽根の軸!」

「歌鐘の留め具!」

原図へ戻れなかったものが、持ち主を得る。

持ち主と言っても、所有する者ではない。

今、使い道を答える者。

キリは次稿へ一つずつ書く。

――用途、仮。

――使用者、今。

――次の確認、落重期後。

ヒトカタの体が小さくなる。

百本の脚が七十本。

五十。

三十。

最後に、閉じた設計図の胸と、十二本の同じ脚だけが残った。

「もう殴れる!」

カナタが拳を握る。

「待って」

ルゥは胸の銀核を見る。

「中に、第一歩号の部品がある」

銀の核の表面。

カゲノハ村の古木。

 トマリギ島の青板。

 三脚群島の黒鉄と木羽と音板。

原図復元で剥がされた旅の部品が、材料として固められている。

「俺の船!」

「町の部品も!」

キリが見る。

ガドの古い杭。

 リネの鳥の紋。

 マロの最初の三角型。

 リクサの誤差簿の銀留め。

今まで「余計」とされたものの核。

「壊したら全部なくなる」

ルゥが言う。

「じゃあ、取り出す!」

「一個ずつ?」

「全部!」

「時間は!」

都市は行き先を決めきれず、銀樹の外周を回っている。

星屑帯が近づく。

細い光の岩が、雨のように降り始めた。

ヒトカタの十二本脚が、銀核を守る。

同じ間隔。

どこから入っても、同じ壁。

ザンバが灰旗を構えた。

「十二本を、十二の行き先へ分ける」

「行き先は?」

カナタが訊く。

「持ち主へ聞け」

ナギが連鐘を鳴らす。

「核にあるもの! 返す場所!」

町じゅうから、声。

第一歩号。

 根重区。

 翼重区。

 炉重区。

 暮重区。

 仮工区。

 廃図庫。

七つ。

「十二に足りない!」

「数を合わせるな!」

キリが叫ぶ。

「同じ場所へ二本行っても、同じ用途じゃない!」

ザンバの黒い点から、七本の線。

そのうち第一歩号へ四本。

古木。

 青板。

 黒鉄。

 音板。

「標術――《岐点》!」

十二本の脚が、違う方向へ分かれた。

カナタは白旗を振る。

「それぞれの手前!」

一歩分の光板を、十二枚。

長い道にしない。

最後の一歩は、受け取る者。

ガドが杭を掴む。

 テオが黒鉄へ跳ぶ。

 リネが鳥の紋を受ける。

 マロが型を抱える。

第一歩号では、ナギが青板。

 ルゥが音板。

 ザンバが古木。

鍋蓋だけが、誰にも呼ばれていない。

「俺の翼!」

カナタが跳ぶ。

「それ、核にない!」

「調理器具店!」

遠くの店から、店主が鍋蓋を掲げる。

「返す!」

「俺の!」

「弁償して!」

「あとで!」

カナタは核の手前ではなく、鍋蓋の手前へ光板を一枚出した。

店主が最後の一歩を投げる。

鍋蓋が船長の顔へ飛んだ。

「取った!」

顔から落ちる。

「痛い!」

「受け取り方!」

ヒトカタの胸が空になる。

閉じた設計図だけが、薄い銀紙として残った。

紙には、何も入っていない。

それでも、自分を完成品だと示す印だけがある。

キリは次稿の旗を向けた。

「あなたの次は?」

『完成』

「そのあと」

『完成』

「使う人は?」

『規格適合者』

「今いる人は?」

返事がない。

ナギが小鐘を五回。

「今、ここ?」

『原図』

「場所じゃない」

『完成』

「返事じゃない」

ヒトカタは、もう町の声を聞けない。

命令だけを繰り返す。

オルドが前へ出た。

「私が書いた言葉だ」

閉じた設計図へ手を伸ばす。

「最後は、私が受け取る」

オルドが銀紙へ触れる。

閉じた設計図が、老人の指を読んだ。

『適合者』

銀の線が右手から腕へ上がる。

機巧の左半身を通り。

 胸へ。

 頭へ。

十一年前のオルドへ戻そうとする。

まだ両脚があり。

 左腕も人のもの。

 娘が生きている頃の体。

「じいちゃん!」

キリが飛び出す。

「来るな」

オルドは右手を上げた。

銀線は、機巧脚を損傷と判断して外そうとする。

金属の留め具が一つずつ浮く。

『事故前形状へ復元』

「それは私ではない」

オルドが言った。

『原型』

「過去だ」

銀の左脚へ手を置く。

十一年前、失ったものの代わり。

最初は仮の脚だった。

 毎年、重さに合わせて削り。

 キリが七歳のとき、勝手に小さな歯車をつけ。

 十歳のとき、その歯車を外し。

 去年、ガドが継ぎ目を一指伸ばした。

原図にはない。

今のオルドを支える脚。

「これも、私だ」

銀線が迷う。

『不一致』

「一致させる必要はない」

白銀旗を広げる。

閉じた設計図の紋を、自分の手で開く。

中央の留め線を一本抜く。

布が左右へ分かれた。

一方には、事故前の原図。

もう一方には、十二年ぶんの修理跡。

「機巧守オルド。現在形」

連鐘へ返す。

ナギが札へ書く。

「右脚、銀枝。左腕、五工具。背、少し曲がる」

「最後はいらん」

「今の返事」

「消せ」

「消さない」

銀紙が、オルドの現在形を修正しようとする。

ザンバが黒い点を二人の間へ置く。

「お前が書いた命令は、お前が受け取れ」

「受け取った」

「終わりをどこへ置く」

オルドは閉じた図の中央を見る。

――完成。

その一語のあとに、何もない。

完成したものは変わらず。

 使う者も。

 壊れた日も。

 次の手も書かれない。

「ここだ」

銀指で、《完成》のあとへ一行を刻む。