第228話 第六章「十人乗り」後編
箱の入口に、十個の足形。
カナタ。
ルゥ。
ナギ。
ザンバ。
アマネ。
ヒサメ。
六人で乗る。
扉は閉まらない。
――四人不足。
「また!」
カナタが床を踏む。
「人がいるのに動かない!」
「六は十じゃない」とヒサメ。
「六人は六人だ!」
「規則の話」
「規則は人より狭い」とルゥ。
近くに、四人家族がいた。
父。
母。
少年。
小さな女の子。
「一緒に下りる?」
アマネが訊く。
「余滴窪へ戻るところ」
四人が乗る。
十。
扉が閉まりかける。
外から老人が走ってきた。
「待ってくれ!」
女の子が扉を押さえる。
「おじいちゃん!」
「十一人目!」
カナタも押さえる。
「入れ!」
老人の足元へ《余》が浮かぶ。
箱が押し返す。
「何すんだ!」
白旗を扉へ挟む。
「標術――《未踏路》! 箱の中!」
一歩分の光板が、十個の足形の横へ生まれる。
老人が踏む。
――過数。
箱全体が揺れた。
「今度は多い!」
「広さはある!」
「札が十一を認めない」とヒサメ。
ルゥが銀鋲を足形へ打つ。
「老人を家族の一部へつなぐ?」
「人を重ねるな」とナギ。
「前の仕組みでは、同じ家族札にしてた」
「老人の足跡が消える」
ルゥの手が止まる。
旧型の継ぎ方なら、十個目の足形を広げて一つの家族印にする。
今は違う。
「箱へ、次の一を作る」
アマネが言った。
「どうやって?」
「十個の外じゃなく、十個を数え終えた先」
十個目の足形の上。
まだ何もない板。
ルゥは銀鋲を一本打つ。
十個の足形を一つへ潰さず、上の小さな輪へつなぐ。
「《継ぎ路》」
老人の足跡を、新しい輪の一つ目へ置く。
――十。
その上。
――一。
昇降箱が迷う。
十人乗り。
それでも床の広さは十一人を支えている。
最後に、扉が閉じた。
「十一人乗れた!」
「十と、新しい一」とアマネ。
「十一!」
「同じ数だけど、考え方が違う」
「難しい!」
老人が笑う。
「昔は、十の次を十一と呼んでいた」
「今は?」
「十と余り一」
「名前が長い!」
「人も長く待つ」
箱が逆雨の管を下りる。
女の子が十まで数えた。
その次。
「一!」
カナタが首を傾げる。
「十一!」
「新しい段の一」と女の子。
「知ってるのか!」
「おじいちゃんが教えた」
老人は窓の外を見る。
「町では言わないほうがいい」
「どうして?」
「十の外に道を作る、と怒られる」
アマネは、上へ遠ざかる十本の雨桁を見た。
「外じゃない」
「では、どこだ」
「次」
まだ標術になっていない言葉。
それでも、老人の足元に一つ目の光が残った。
余滴窪は、一ノ雨桁のさらに下にあった。
逆雨原で唯一、水が上へ逃げ切らないくぼみ。
薬草の匂いがする緑の池。
塩を含む白い池。
夜にだけ光る黒い池。
十に満たなかった雨が、種類ごとに小さな水面を作っている。
池の間に家々。
九本しかそろわなかった柱。
大きさの違う板。
片側だけの雨傘。
町で一組になれなかったものを、組み合わせて作った家。
「余りなのに、町だ」
「余りだから町にした」
アマネが答える。
老人と四人家族は、同じ家へ帰った。
入口の札。
――十一人家族。
「四人と老人で五だぞ」
「家には、先に六人いる」
「十と一!」
「十一」
「どっちだ!」
女の子が笑う。
「どっちでも私たち」
余滴窪には、正式な桁番号がない。
住所には《余》の字。
人々の道標旗にも、小さな《余》札。
仕事がないわけではない。
余滴を分ける。
危険な混合を避ける。
次の雨を待つ。
十本の雨桁が失くした荷物を直す。
けれど、上の町では《余滴拾い》を正式職と数えない。
「見習いのまま?」
カナタがアマネの札を見る。
「十五歳になっても?」
「余滴拾いに、一人前の試験がない」
「毎日やってる!」
「正式雨路じゃないから」
「道がある!」
「地図にはない」
カナタは白旗を出す。
「描く!」
「今の地図を先に見て」とルゥ。
余滴窪の住民が、自分たちで描いた地図を持ってきた。
池。
家。
細い管。
避難路。
上の公式図より詳しい。
ただし、地図の端に日付がない。
「毎日変わるから」とアマネ。
「池が増えたり、合わさったりする」
「現在図!」
カナタが喜ぶ。
「カゲノハ村と同じ!」
「名前を書いて」
ルゥが地図へ欄を作る。
――作成日。
――確認者。
――次回更新。
ナギは池へ鈴を一つずつ置く。
「全部、返事が違う」
「何個?」
「四十三」
「十を越えた!」
「池の数」
「鈴が足りない!」
「持つ人を増やす」
子どもたちへ小鈴を配る。
一人一池ではない。
近い池を三人で聞く。
返事が重なれば、由来未確認。
聞こえなくなれば、危険。
「連標網を町へ広げるの?」
アマネが訊く。
「町が網を持つ」
ナギ一人の耳へ集めない。
余滴窪の人々が、自分の水の返事を聞く。
最初の鈴が鳴る。
緑の池。
受取人は雨薬師ミズハ。
「現在」
次。
黒い灯雨池。
小さな少年イツキ。
「現在!」
三つ目。
避難札を持たない少女コナミ。
「ここ」
ナギは三人の名を現在帳へ書いた。
コナミは返事のあと、空の小瓶を自分の胸へ戻した。制度の話をするときほど難しい言葉を使うが、今いちばん欲しいのは、家の壁に自分だけの棚を一段作ることだった。
イツキは左手で二枚の関係札をそろえ、飲み物をいつものように指二本ぶん右へ置く。上と下、どちらかを捨てる話になると大人の瞬きを数える十三歳。今日は「ここ」と言ったあと、遊びに使う小石を一つポケットへ隠した。役目だけではない現在も、二人にはあった。
番号ではなく。
コナミは十一歳だった。
家族は九人。
十人避難枡へ入るには一人足りない。
「隣の家と一緒に乗ればいい」とカナタ。
「隣は十一人」
「合わせて二十!」
「一人余る」
「別の家!」
「どこも九か十一」
「町全体で分ける!」
「避難枡は家族札で動く」
カナタは枡の札を睨んだ。
「壊す」
「直す」とルゥ。
「今は同じ!」
「違う!」
イツキは十三歳。
正式な住民札が二枚あった。
一枚は余滴窪。
一枚は八ノ雨桁。
母は上。
父は下。
十人を数えるとき、両方へ一人として入れられる。
「二人ぶん!」
カナタが驚く。
「本人は一人」とナギ。
「避難名簿では二人」とヒサメ。
「じゃあ、どっちか一人足りなくなる」
「今までは、上を正式とした」
「本人へ聞いた?」
イツキは答える。
「余滴窪」
朗々とした声だったが、最初の一語だけ喉が狭くなった。左手の甲の古い火傷が冷気で痛み、握った関係札を開けない。二枚を持つことは迷いではない。二人ぶんに数えられたいわけでもない。
「今いるのは、ここ。上の母さんも家族。下の父さんも家族。場所は一つ、関係は二つ」
大人の二者択一へ、最後の一語を自分で差し込んだ。
「母さんは?」
「上へ行けって」
「父さんは?」
「ここにいろって」
「本人は?」
「ここ」
ナギは二枚の札を、一つの現在へつなぐ。
片方を消さない。
上の家族関係。
下の現在地。
違う欄へ残す。
ミズハは雨薬師だった。
薬雨を七種類持つ。
どれも十滴に満たない。
式では使えないと判断されている。
「七種類を混ぜれば?」
カナタが訊く。
「毒になる」
「七滴ずつ?」
「一滴ずつでも」
「薬、難しい!」
「だから残してる」
ただし、保存容器はあと六つ。
七種類目を残すには、どれかを別の器へ移す必要がある。
「全部残せない?」
アマネが訊く。
「器がない」
「未踏路で器!」
「道は水を入れられない」とルゥ。
「鍋蓋!」
「船の舵!」
「二枚ある!」
「船が曲がれなくなる!」
全員を救いたい。
すべて残したい。
けれど、場所と器には限りがある。
アマネは七種類を見た。
「保存期限は?」
「三つは明日まで。二つは三日。一つは一月。黒雨は不明」
「使う人は?」
「今、二人。今夜来るかもしれない人が一人」
「不明は?」
「研究札をつける」
アマネは板へ書く。
今使う。
明日まで。
渡す相手。
未確認。
「残すって、全部を同じ倉へ置くことじゃない」
自分へ言うような声だった。
「必要な場所と、次に見る人を決める」
ミズハが頷く。
「黒雨は私が見る」
「一人で?」
「イツキが音を聞く」
「受け取る」
イツキが鈴を持つ。
アマネは初めて、余滴を自分の手から渡した。