第29話 第一章「会議の値段」前編

七月二十二日 午前八時四分

 選挙には候補者が必要だが、候補者の承諾は案外なくても始まる。

 火群七瀬がその事実を知ったのは、自分の工房の壁に竜胆迅の紹介映像を映すための白幕が張られていたからだった。

 白幕は三メートル四方。左上には《空白の旗・代表候補》、右下には《七月二十七日 百人会議》と印刷されている。中央には迅の顔を投影するための長方形が空けてあり、下には「あなたの一票が新しい王を決める」という文句まで入っていた。

 王を殴って降ろした少年を、新しい王にする映像だった。

 人間は空席を見ると、椅子を運んでくる。

「外してください」

 七瀬が言うと、幕を張った印刷所の青年は梯子の三段目で振り返った。

「まだ映してないよ」

「映像の問題ではありません。竜胆迅は立候補していません」

「でも、住民推薦が二十七」

「二十七人が推薦した事実と、本人が引き受けた事実は別です」

「紹介だけ。公平に、他の候補も流す」

「他の候補は」

「獅堂凱。あと、《白布を使った人たち全体》

「全体には顔がありません」

「だから迅の顔を借りる」

 青年は悪びれず、幕の皺を手で伸ばした。

 七瀬は撮影機を腰の台へ載せた。左肩はまだ、重い物を上げると鎖骨の下から熱くなる。王環駅で左肩を痛めてから二週間、冷蔵薬の搬送を終えてから七日。医師は「回復している」と言ったあと、「使わなければ」と付け足した。

 但し書きは、たいてい本文より長く残る。

「午前八時五分。候補者本人の同意を得ていない紹介幕を確認しました。設置者の説明を記録します」

「待って、顔は撮る?」

「断れます」

「断ったら、貼ったことも撮らない?」

「幕と声は残します。あなたの顔は外します」

「それ、公平?」

「公平ではなく、選択です」

 青年は梯子の上で考えた。

「顔なし。名前は印刷所でいい」

「店名は宣伝になります」

「じゃあ、設置業者」

「了解しました」

 七瀬がクランクを回し始めると、青年は幕を見上げたまま言った。

「でも、誰か決めないと困るんだよ。白い布を巻いて修理代を取る奴が出た。昨日は南倉庫で、白布を見せれば検問を抜けられるって五十円ずつ集めてた。あれ、迅の仲間?」

「違います」

「違うって誰が決める?」

 七瀬は答えを急がなかった。

 嘘なら訂正できる。

 問いの方が正しい時は、カメラの位置を変えなければならない。

 中央を丸く切り抜いた白布は、王環駅の決闘台で七瀬が掲げた。その翌日には《空白の旗〈ブランク〉》と呼ばれ、薬品搬送では区間ごとの仕事と期限を書く帯になった。

 だが、白布を使ってよい者を誰も決めていない。

 だから誰でも使えた。

 誰でも使える印は、善意には便利で、詐欺にはもっと便利だった。

「百人会議で決めます」

 七瀬は言った。

「誰が決める会議?」

「名簿に選ばれた百人」

「名簿を作ったのは?」

「零番街、旧白冠区、北工区、西高架下、王環駅周辺の住民窓口。白布を使った人、使われた人、被害を受けた人から二十人ずつ。重複は公開抽選で入れ替えました」

「窓口を選んだのは?」

「そこまで戻ると、今日の撮影が終わりません」

「ほら、結局どこかで誰かが決めてる」

「はい」

 七瀬は認めた。

「だから、決めた場所を隠さないようにします」

 青年は七瀬を見た。

「迅の紹介映像、作らない?」

「本人が承諾すれば」

「承諾させてよ。仲間でしょ」

「仲間だから、承諾を代わりに出せません」

 青年は梯子を一段下りた。

「面倒な旗だな」

「まだ旗でもありません」

 七瀬は幕の中央に空いた長方形を撮った。

 顔の代わりに、朝の光が映っていた。

 百人会議の告知は、午前九時に王環駅の壁へ貼り出された。

 会場は旧第二体育館。黒雨前は市立中学の体育施設で、洪水後は避難所、配給所、白冠の訓練場、冬季の共同寝所に使われた。床にはバスケットボールの線と、配給列の番号と、白冠時代の隊列位置が三層になって残っている。

 会議の議題は三つだった。

《一 白布を用いる活動に、共通の認証を与えるか》

《二 認証する場合、権限・期限・責任者をどう定めるか》

《三 認証を誰が、どう撤回できるか》

 名簿の百人には、一人ずつ番号と席が割り当てられた。

 出席方法は、本人出席、音声による遠隔出席、署名付き委任の三つ。会場へ来ないだけでは欠席になり、会議の成立人数から外れる。白布のように、まだ責任主体がないものを認める決定には、百席すべての所在確認が必要だと、旧い住民会規則に書かれていた。

 全員賛成である必要はない。

 百人全員が、どこにいるか分かる必要がある。

 面倒な規則には、たいてい面倒になる前の死者がいる。

「名簿の公開範囲は」

 七瀬が訊くと、議事準備をしている年配の元体育教員は、笛の代わりに赤鉛筆を振った。

「番号と地区。名前は会場入口と本人確認所だけ。撮影は後頭部まで」

「顔を出したい人は」

「別紙で承諾」

「撤回は」

「開会前まで」

「開会後は」

 元体育教員は赤鉛筆を止めた。

「規則にない」

「委任の撤回も?」

「署名後の撤回は、代理人の同意が必要と読める」

「本人の意思より代理人の同意が上?」

「私に怒らないで。三十年前の紙に言って」

「紙は返事をしません」

「だから人が読むんでしょう」

 元体育教員は床へ百枚の薄い座布団を並べていた。十列、十席。中央の最前列だけ、背の高い木椅子が一脚置かれている。

 白冠時代、凱が非常会議で使った椅子だった。

「これは」

「背の悪い人用」

「座面が他より二十七センチ高いです」

「昔の人は腰が高かったのよ」

「獅堂凱が座った写真があります」

「写真を撮った人は、椅子の処分費を払ってくれる?」

 七瀬は椅子を撮らなかった。

 撮れば、それは王座になる。

 撮らなくても、知っている人には王座だった。

「処分しないんですか」

「会議が決める前に捨てたら、私が決めたことになる」

「では、倉庫へ」

「誰の許可で?」

 七瀬は黙った。

 年配の女は赤鉛筆で、椅子の脚へ《未決》と書いた紙を貼った。

「何でも先に片づけると、片づけた人が王様になるの」

 体育館の入口では、環玉樹が百通の通知を鉄箱へ詰めていた。

「誰から、誰へ、何のため」

 タマキは一通ごとに確認する。

「百人会議準備会から、席番号の本人へ、出席方法の確認」

 七瀬が答える。

「返事の宛先」

「旧第二体育館、北入口の受付箱」

「返事がない時」

「二十四日午後六時までに再訪。本人が不在なら、同居人から行き先だけ聞く。署名は受け取らない」

「『代わりに出しておく』って言われたら」

「断る」

「料金」

「準備会から一通十二円」

「危険割増」

「なし」

「百人に政治の紙を配って危険なし?」

「二円追加で」

「四円」

「三円」

「成立」

 タマキは十五円と書いた料金票へ、受領印を押した。

「迅は候補?」

「違う」

「凱は?」

「本人へ確認中」

「白布全体は?」

「人ではない」

「なら百人は何を選ぶの」

「代表ではなく、活動の条件」

「みんな、代表を選ぶって言ってる」

「『みんな』を配達先に書かないでください」

「書かない。住所がないから」

 タマキは鉄箱を背負った。

 右足だけ半サイズ大きい靴が床を蹴る。左右で色の違う靴紐が、一歩ごとに入れ替わった。

「七瀬さん」

「何です」

「候補じゃない人の映像を頼まれたら、断る?」

「本人へ確認します」

「断るのは本人?」

「はい」

「撮る人は、断るのを手伝わない?」

 七瀬は返事を一拍遅らせた。

「質問の形を整えることはできます」

「それ、手伝ってる」

 タマキは満足そうでも不満そうでもない顔で走り出した。

 子どもは答えを欲しがるのではない。

 大人が答えの持ち主をすり替えた時に、同じ質問を戻してくる。

 正午、会議費用の一覧が体育館の壁へ貼られた。

《会場補修 四千八百円》

《照明用燃料 三千二百円》

《手動回線整備 二千百円》

《便所用水・石灰 千七百円》

《記録媒体 千九百円》

《警備具・救護材 三千六百円》

《三日分の食事 未定》

 最後の項目だけ、土門小麦が赤い二重線で囲んでいた。

「未定じゃない。決めてないだけ」

 小麦は山吹色の前掛けを腰で結び直した。防刃布の上へ着ているため、普通の前掛けより角が立つ。焦げ茶の髪は左右へ丸く結われ、右前腕の火傷痕には汗が細く光っていた。

 準備会の男が言う。

「食堂で炊き出しをお願いしたい。百人と警備、記録、傍聴で、二百五十食。三日なら七百五十。善意で」

「善意は通貨じゃない」

「零番街のための会議だ」

「零番街だけじゃない。あと、零番街なら無料で働くと思った?」

「そういう意味では」

「どういう意味なら、米が増える?」

 男は口を閉じた。

 小麦は首掛け式の拡大鏡を使い、壁の費用表へ数字を書き足す。

《米・雑穀 二万一千円》

《豆・乾物 六千八百円》

《塩・味噌・漬物 三千九百円》

《燃料 八千四百円》

《飲用水 四千五百円》

《調理者十名×三日×八時間 二万四千円》

《夜間交代四名×二日 七千六百円》

《洗浄・衛生材 三千二百円》

《予備 一割》

「七万九千五百四十円」

 小麦は言った。

「そんなに?」

「二百五十人を三日、腹を壊さず、調理者を倒さず食べさせる値段。豪華じゃない。粥と豆と漬物。おかわりは在庫を見て。乳は使わない」

「調理者の賃金を削れば」

「食事を削ったのと同じ」

「でも、みんな無償で手伝うって」

「手伝う人の名前と時間は?」

「集まってから」

「集まる前に数えない善意は、倒れてから人数になる」

 小麦は布巾を四角く折った。もう十分四角いのに、角を合わせ直した。

「無料では作らない」

「会議が流れる」

「流すのは私じゃない。予算を食事の外へ置いた人」

 体育館の奥で、伏見轟が壁を二度叩いた。

「便所の排水、三日もたん」

 準備会の男が振り返る。

「今、それ?」

「三日目に分かるより安い」

 轟は橙色の工事ベストのポケットから折れた配管図を出した。冷蔵薬の搬送で傷めた両掌には薄い保護布が巻かれ、鉄線はまだ拳へ戻していない。

「床下の弁、交換。材料二千。工賃は俺と二人、六時間」

「そこも無償で」

 轟が男を見る。

 声は出さない。

 低い沈黙には、見積書より強い単位がある。

「払います」

 男が言った。

 小麦は費用表の横へ、新しい紙を貼った。

《会議は無料ではない》

《無料と書いた仕事は、誰が払うか隠している》

 七瀬が撮影機を向ける。

「公開してよいですか」

「金額は全部。調理者名は勤務確定後。顔は手が空いてる人だけ」

「小麦さん自身は」

「顔はいらない。前掛けと数字」

「理由は」

「顔で安くされるから」

 七瀬は表を撮った。

 紙の端で、小麦の左親指の割れた爪が数字を押さえている。

 政治の舞台には演説台が置かれる。

 生活を戻すには、先に燃料代を書く必要があった。

 午後二時十三分。

 不足額は、九万六千四百円になった。

 準備会の共同箱には、二万一千円しかない。

「会議を一日に縮める」

 獅堂凱が言った。

 体育館の壁際。白い長外套の裾は自分で切られ、左膝には黒い装具がある。松葉杖は一本まで減ったが、長く立つと右脚へ体重が偏る。彼は椅子へ座らず、配管補修用の木箱へ片足を載せていた。

「一日で百人の質問を終えるなら、一人五分でも八時間二十分。休憩、遠隔、確認を入れれば十二時間です」

 朽葉真琴が丸眼鏡の左つるを上げた。

「議案を三つから一つに統合すれば」

「権限と撤回を後回しにするのですか」

「認証だけ先に決める」

「先に名前を与え、後から条件を付ける。白冠で何度もした手順ですね」

 真琴の声は明るく、言葉だけが刃物だった。

 凱は胸の割れた鐘へ触れない。

「時間がない時、先に守る枠を作る必要はある」

「枠を作った人が、次の会議まで鍵を持つ」

「なら鍵を複数にする」

「誰へ」

「それを決めるための会議だ」

「つまり、会議を短くするために、会議で決める内容を先に決めたいと」

「おまえは味方なのか敵なのか」

「質問者です。味方という語に委任状を付けないでください」

 迅は壁際の折り畳み椅子で、左手だけを使って靴底へ新しいゴム片を貼っていた。右腕は固定材のまま胸へ吊られている。左手首にも薄いテープが残り、力を入れるたび眉が少し動く。

「一日にしたら、朝来られない奴が消える」

 迅が言った。

「三日にしたら、三日休めない者が消えます」

 真琴が返す。

「どっちも消える。だから来ることだけを条件にするな」

「旧規則には遠隔があります」

「使える?」

「回線と証者がいれば」

「金が増えた」

「あなたが靴を直している間にも」

「俺の工賃は取らない」

「小麦さんに聞こえるようにもう一度」

「取る。あとで」

 迅はゴム片を押さえた。

 七瀬はカメラを向けなかった。料金の訂正は、公開する前に本人が帳簿へ書く方が役に立つ。

 風祭澪は体育館の入口から戻ってきた。灰緑色の短髪に夏の埃が付き、三本の真鍮笛はすべて左側へ寄せられている。右耳の高音域は戻っていない。話す者が右側に立つと、澪は顔ごと向き直る。

「帰宅路、四本。北は日没後封鎖。西は橋板補修中。南は白冠旧倉庫前で集会。東だけ終日。ただし雨なら排水不良」

「会議警備は」

 凱が訊く。

「まだ受けてない」

「百人が集まる。救難要員が要る」

「集める前に、帰す道が要る」

「同じ仕事だ」

「順番が違う」

 澪は腰の帰路帳を開いた。

「会場へ入れる人数より、帰れる人数を先に数える。三日なら夜間誘導十二人。食事と別。無償では置かない」

 小麦が頷く。

「気が合うね」

「食べさせて残す人と、帰して減らす人は合わない」

「そこまで正確に嫌わなくていい」

 言い争いは、金額を増やした。

 不足は十一万八千円になった。

 その時、体育館の北入口から、柔らかい声がした。

「払えます」

 全員が振り向く。

 少年が一人、入口の白線の手前に立っていた。

 十六歳ほど。白に近い金髪を耳へかけ、薄紫の瞳。誰かから譲られた制服は寸法だけ正確に直され、色も徽章も抜かれている。袖口には無記名の白い紙札が何枚も差され、胸には左右違う筆記具が一本ずつ並んでいた。

 耳たぶには七つの小さな穴がある。

 飾りは、一番下に一つだけ。

 彼はまず凱の立ち方を見た。

 次に真琴が眼鏡を上げる指を見た。

 最後に小麦の費用表を見ると、彼の肩が小麦と同じ角度へ少し落ちた。

「白戸依久」

 真琴が名を言った。

 少年は真琴と同じ速度で眼鏡のない顔へ指を上げかけ、途中で止めた。

「旧書記局の代筆」

「その呼び方は、今も有効ですか」

 白戸の語尾が真琴に似る。

「あなたが聞くのですか」

「確認です」

「自分の呼び名を、私へ確認する?」

 白戸は一度、袖の白札を数えた。

「僕は、今回は、白戸で」

 文頭でわずかに詰まり、声が一段低くなった。

 それが彼自身の声らしかった。

 白戸は薄い鞄を床へ置いた。中から、封筒を十二束出す。束ごとに地区名、食券番号、宿泊札、委任者番号が書かれている。

「旧白冠区の互助金から、会議費用を全額出せます。食事は三日、警備と回線も。調理者の賃金も、小麦さんの表どおり」

 小麦は嬉しそうな顔をしなかった。

「条件」

「僕が預かった委任状を、一括で出席として認めてください」

「何人分」

「四十二」

 体育館の空気が、少しだけ狭くなった。

 百席のうち四十二。

 白戸は一枚目の封筒を開いた。署名のある委任状。代理人欄には白戸依久。議案欄は空白で、下に《会議運営および判断を一任する》と印刷されている。

「白紙じゃない」

 凱が言った。

「署名者名と代理人名があります」

「議案の選択がない」

「一任です」

「食券番号が付いている」

 小麦が指した。

「互助金の利用確認です」

「食べる条件?」

「違います。委任した人の生活支援を、こちらが継続している証明です」

「委任をやめたら、食券は」

 白戸は小麦の言い方を写さずに済む答えを探した。

「再審査です」

「止まる?」

「即時には止めません」

「即時じゃないなら、いつ」

「個別に」

「誰が決める」

「僕たちの互助会が」

「その僕たちって、誰」

 入口の外からタマキが戻ってきた。通知を三十通減らした鉄箱が、まだ身体より大きい。

 白戸はタマキの立ち方を一瞬真似た。右足へ荷重を寄せ、左手を扉へ空ける。

「旧白冠区の住民支援担当です」

「名前」

「名簿があります」

「ここに?」

「持ってきていません」

「じゃあ今は、いない人?」

「そういう意味では」

「どういう意味」

 白戸の肩がわずかに上がった。

 相手に似れば、相手は自分と争っているような気分になる。

 似ない言葉を求められると、白戸には自分の足場しか残らない。

 七瀬は撮影機の蓋へ手を置いた。

「記録してよいですか」

 白戸が七瀬を見る。

 彼の右手が、存在しないクランクを半回転戻しかけた。

「顔は」

「選べます」

「声は」

「変えることもできます。ただし、誰の語彙へ似たかは残せません」

 白戸は自分の声を聞くように、短く息を吸った。

「顔なし。声はそのまま。僕の名前は出してください」

「理由は」

「代理人が匿名なら、委任者は撤回先を失う」

 七瀬は蓋を開けた。

 その答えは、白戸自身のものだった。

「費用を払う代わりに、四十二票を一括承認」

 迅が靴を床へ置いた。

「票ではありません。委任です」

 白戸は凱に似た明瞭な主語で返した。

「同じだろ」

「違います。票は一度。委任は質問、交渉、変更まで含む」

「もっと悪い」

「効率がいい」

「誰に」

「来られない人に」

「来ない人じゃなく、おまえに」

 迅は壁から背を離した。右腕は胸へ吊られたまま、左手首にはテープ。殴れる身体ではない。それでも白戸の周囲にいた準備会の者が、半歩だけ道を空けた。

 白戸はその反応を見た。

 迅のつま先の向きまで真似ようとして、やめる。

「竜胆迅さん。あなたは、百人全員が三日仕事を休み、食事代を払い、危険な帰路を通るべきだと?」

「言ってない」

「なら代理を認める」

「代理を認めるのと、おまえの束をまとめて飲むのは別だ」

「一枚ずつ確認すれば、会議は始まりません」

「始めるために確認を捨てたら、何が始まる」

 白戸は返事の前に、迅の右腕を見た。

「薬を運んだ時も、全員へ一枚ずつ承諾を取りましたか」

「取れなかった」

「なら、迅速さを悪と決めないでください」

「悪だと言ってない。借りた速さの返し方を聞いてる」

 白戸の薄紫の瞳が、初めて相手に似ない温度を持った。