第30話 第一章「会議の値段」後編

「返せと言われたら、返します」

「誰が、どう言う」

「本人が僕へ」

「食券を持ったまま?」

 小麦が訊く。

「それは別の手続きです」

「別なら、別の紙にして」

「既に生活支援と委任が同じ登録に――」

「同じにしたのは誰」

 白戸は答えなかった。

 体育館の屋根で、古い鉄板が熱を受けて鳴った。

 七瀬の撮影機では、クランクの一回転ごとに、白戸の前の封筒が少しずつ増えていく。

 四十二人分。

 顔のない紙が、百席のほぼ半分へ座ろうとしていた。

 白戸は最後の束を床へ置いた。

「午後六時まで、条件は保留します」

「脅し?」

 迅が訊く。

「見積もりです」

 白戸の声は小麦に似ていた。

「六時を過ぎれば、燃料と食材の発注が間に合いません。会議は延期。延期すれば、白布を名乗る徴収も、通行証も、救難も、誰の責任か決まらないまま続きます」

「だから急げ?」

「急がない人が、遅れの代金を払うなら」

 小麦の布巾を折る手が止まった。

 自分の言葉が、別の口から出ると、正しさは少しだけ人質に似る。

 白戸は一礼した。

 凱の角度。

 真琴の間。

 準備会の笑い方。

 どれも上手だった。

 彼が去ったあと、体育館には四十二通の委任状だけが残された。

 元体育教員が、中央の高い木椅子を見た。

「椅子が一脚で済むわね」

 誰も笑わなかった。

 七瀬は、白戸が座っていたわけでもない床を十秒だけ撮った。

 誰もいなかった証拠として。

 画面の下半分には、四十二枚の署名が映っていた。