第99話 第十二章「平文の余白」前編

九月二十三日 午前九時二分

 分かりやすくしたからといって、安くなるとは限らない。

「四枚も払うの?」

 乾物屋の主人が、新しい請求札を卓へ並べた。

 店舗場所代。

 共同警備費。

 清掃費。

 診療共同負担。

「前は一枚だった」

 管理員が答える。

「前も中に四つ入っていました」

「見えなかった」

「今は見えます」

「見えたら高い」

「総額は二円下がっています」

「四回払うのが面倒だ」

「まとめ払いを選べます」

「またまとめるのか」

「支払いだけです。解約は別々」

「本当か」

 管理員は新しい札の裏を示す。

《まとめ払いは、契約の一体化を意味しない》

「長い」

「要約は」

《一緒に払っても、一緒にやめなくていい》

 乾物屋は二つを読み比べた。

「下だけでいい」

「上がないと、何を一緒に払うか分かりません」

「じゃあ両方いる」

「そうです」

「紙が増えた」

「そうです」

 管理員は疲れた顔で認めた。

 市場は再開している。

 昨日までと同じ位置に店がある。

 値札。

 魚。

 硝子。

 胡椒。

 刃物。

 縫い糸。

 違うのは、札が増えたこと。

 鍵の紐の色が増えたこと。

 質問する列が長くなったこと。

 簡単な言葉は、仕事を消さない。

 見えなかった仕事を見えるようにする。

 見えた仕事には、人と時間と金が要る。

 一文字巴は、診療所の待合で右手へ添え木を巻かれていた。

 人差し指は伸びたまま。

 第一関節と第二関節がほとんど曲がらない。

 医師が手袋を外す。

「腱の損傷は軽い。ただし、誓痕反証による硬直は、画像だけでは分からない。三週間は固定。痛みが増えたら再診」

 巴は左手で書く。

《手話》

「右人差し指を使わない形へ変える。両手が必要な語は、速度を落とす。痛い時は筆談」

《通訳仕事》

「休め、という医師の意見」

《禁止?》

「禁止ではない。連続二十分まで。十分休憩。チョーク糸は禁止」

《料金》

「診療費?」

《休業》

「それは会計か依頼者と相談して」

 巴は頷く。

 医師が右人差し指の句点を見る。

「これ、消しますか」

 洗える顔料だ。

 添え木の下へ隠れる。

 巴は首を横へ振る。

《残す》

「終わってないから?」

 巴は少し考える。

《終えた文も、直せる》

 医師は意味を完全には理解していない顔で、句点の上から透明な保護布を巻いた。

 分からないまま、手を動かす。

 それで安全なこともある。

 榊槙司は隣の診察室にいた。

 左手の触覚検査。

 綿。

 木片。

 金属。

 冷水。

 温水。

「綿と木片の区別が曖昧です」

 槙司が言う。

「温度は」

「冷水は分かる。温水は、右より遅い」

「痛み」

「ない」

「動き」

「正常」

「三週間、左手でのチョーク筆記を減らす。粉へ直接触れない。火傷に注意」

「定義域は」

「医師としては使わないでほしい」

「禁止か」

「禁止ではない。悪化の危険を説明している」

「確率は」

「分からない」

 槙司の口元が動く。

「有効な返答だ」

 医師は意味が分からず、診療票へ《本人了承》と書きかけた。

 槙司が止める。

「了承ではない。説明を聞いた。使用するかは、その時に決める」

「面倒ですね」

「そうだ」

 診察室から出る。

 巴と目が合う。

 二人とも片手を固定している。

 槙司は右手で手話を使う。

《あなたの誤訳記録を、黒板会の処分審査へ出す》

 巴は左手だけで返す。

《出して》

《故意》

《記録済み》

《通訳資格停止の可能性》

《分かっている》

《怖くないか》

 巴は音声で答えた。

「怖い」

 音量は少し大きい。

「でも、隠す方が、怖い」

 槙司は右手で眼鏡を押す。

「私は、あなたの省略を正しいとは認めない」

「私も」

「必要だった、と認めるのか」

「はい」

「矛盾している」

「人です」

 巴は迅の言葉を借りた。

 槙司は空中へ括弧を描きかける。

 左手が動かない。

 右手だけで描き、途中でやめる。

「今は、定義できない」

「有効な返答です」

 二人は同時に診療所を出た。

 一緒に働く約束はしていない。

 同じ方向へ歩いただけだ。

 午前九時四十八分。

 共同食堂では、遅い朝食が始まっていた。

 昨夜の分離作業に参加した者へ、粥と焼いた葱。

 無料ではない。

《作業食 一杯八円》

《払えない人 後払いまたは当番一回》

《当番の仕事 配膳、洗い物、床拭きから選ぶ》

《食べたことを、契約参加の同意に使わない》

 最後の一行を、小麦が大きく書いている。

「飯にまで必要か」

 迅が粥を受け取る。

「必要になったから書く」

 小麦。

「昨日まで、食べた人が白布の側だって見られたでしょう」

「飯は飯だ」

「迅が言っても、配った人の意図は証明できない」

「信用ないな」

「信用を、空腹の人へ要求しないための札」

 迅は八円を払おうとする。財布には、三百円ほど増えている。市場の安全作業を作業換算した分の一部だ。

 タマキが止める。

「迅は昨日、机運び二時間。作業食二回分まで相殺」

「金で払う」

「作業換算を受けた後、また金を払うと二重」

「食った気がしない」

「二杯食べれば」

「そういう話じゃない」

 小麦が二杯目を置いた。

「これは八円」

「商売がうまい」

「善意で二杯目を出すと、三杯目も善意になる」

 迅は八円払った。

 巴は左手だけで匙を持つ。右人差し指の添え木が椀へ当たり、音が鳴る。

 小麦が持ち手の太い匙へ替えた。

《料金》

 巴が訊く。

「貸すだけ」

《返却》

「食後」

《洗う?》

「食堂で洗う。八円に入ってる」

 巴は頷き、匙を使う。

 榊槙司は少し離れた卓で、左手を膝へ置き、右手で粥を食べている。

 三一が正面へ座る。

「黒板会の人も払う?」

「払った」

「いくら」

「八円」

「偉い人割引ない?」

「ない」

「元王は」

 凱が隣から答える。

「洗い物一回」

「王様が皿洗うの?」

「元だ」

「割る?」

「割らない」

「王冠より重い?」

「濡れた皿は滑る」

「答えになってない」

「質問の単位が違う」

 槙司が口を挟む。

 三一は彼を見る。

「おまえら、似てる」

 凱と槙司が同時に否定する。

「違う」

 巴の左手が動く。

《同じ返事》

 食堂の何人かが笑った。

 真琴は請求札を一枚ずつ確認しながら食べている。粥が冷める。

「食べる時は紙を置け」

 轟が言う。

「誤差が三円あります」

「三円は逃げん」

「帳簿上は逃げます」

 タマキが覗く。

「迅の使途未定三円」

 全員が迅を見る。

「まだ残ってたのか」

「最初の通訳料へ出した三円。用途を決めてない」

「通訳料」

 迅。

「巴が作業換算の内訳へ入れるか確認してない」

 巴は左手で書く。

《当事者任意へ》

「迅の寄付?」

《本人へ確認》

 迅は三円の意味を思い出そうとする。参加だと言った。参加費ではないと真琴に否定された。返せと言った。帳簿へ入った。

「分からない」

《返す?》

「三円だけ返されても、格好悪い」

《寄付?》

「それも格好つけてる」

《保留?》

「面倒だな」

《有効な返答》

 タマキが帳簿へ書く。

《使途未定三円。本人、現時点で決めない。市場会計へ混ぜず別封筒。次回確認期限なし》

「三円の紙の方が高い」

 乾物屋。

「紙は再利用です」

 真琴。

「人件費」

「皆、食事中です」

「じゃあ無料?」

 巴が匙を置き、左手で書く。

《無料ではなく、今は請求しない》

 通訳者は休憩中だ。

 それでも、言葉の違いへ反応する。

 迅は二杯目の粥を食べながら、三円がまだ自分の選択として残っていることを、少しだけ面白いと思った。

 午前十時二十六分。

 市場の不具合は、掲示板一枚に収まらなかった。

《警備札を選んだのに、夜警名簿へ反映されていない 二件》

《まとめ払いの合計誤差 三円 一件》

《住居鍵の色が見分けにくい 四件》

《名札を首へ掛けなくても本人確認できる手順が、管理員ごとに違う 六件》

《診療減免の巡回担当 未確保》

《清掃不参加店の境界 未決二件》

《共同冷蔵庫の個人利用料 高いという異議 十一件》

「事件、終わってない」

 タマキが言う。

「複合契約の分離は終わりました」

 真琴。

「困ってる」

「運用開始時の不具合です」

「別の名前にしただけ」

「区別は必要です」

「直す人は同じ?」

「違います。各契約の担当者」

「じゃあ、終わった」

 タマキは納得した。

 一人の主幹へ全部を戻さなくても、別々の不具合として直せる。

 管理台の横に、公開の改訂板が立った。

 昨日の文。

 今日直した文。

 直した理由。

 誰が提案したか。

 誰が反対したか。

 いつ見直すか。

 榊槙司は、右手で更新履歴を書いている。

 左手には薄い布手袋。

 真琴が横で条文番号を確認する。

《緊急診療は先行する》だけでは、費用負担が不明です」

「費用は別条項」

「参照先を付ける」

「平文側にも?」

《先に診る。支払いは後で説明》

「後、は何時だ」

 槙司。

 タマキがすぐ反応する。

「また曖昧」

「診療終了前に概算。確定額は二日以内。払えない時の相談は診療所窓口」

 真琴が書く。

「長い」

 乾物屋。

 巴は左手で黒板へ書く。

《長くても、質問できれば平文〈プレイン〉》

「短い文じゃないのか」

《短いだけなら、標語》

「平文って何だ」

 巴は答えを一文へしない。

 紙を一枚出す。

 上半分に、専門的な契約文。

 下半分に、欄。

《この約束で、私は何ができると思う》

《私が払う物・時間・金》

《相手がすること》

《残したいこと》

《終えたいこと》

《まだ決めないこと》

《変える方法》

《やめる方法》

《分からない場所》

《誰に質問する》

「これを全部書く?」

 乾物屋。

《必要な欄だけ》

「空欄は」

《空欄の理由を書くか、空欄のまま確認》

「また面倒だ」

《料金を取る》

「そこは忘れないな」

 巴は左親指で、見えない句点をなぞった。

 午前十時五十分。

 公開改訂板の反対側では、七瀬が記録を返していた。

 撮影した映像。

 紙だけの記録。

 立会い票。

 撤回された映像。

 黒板会へ提出した複製。

 同じ箱へ入れない。

「返すって、フィルムをくれるのか」

 波佐間が訊く。

「原本の保管先を選びます。本人が持つ。市場記録庫。私が期限付きで預かる。黒板会へ提出した複製だけ残す。全部消す」

「八旗へ出した後でも全部消せる?」

「提出済みの複製は、返却依頼と削除記録が必要です。消えるまで時間がかかる可能性があります」

「最初に聞いた」

「はい」

「でも、今聞くと重いな」

「決め直せます」

 波佐間は、自分の顔と割れた窓が映るフィルム缶を持ち上げる。

「市場記録庫。一般公開なし。警備と保証を見直す時だけ。俺が死んだら」

「今決めますか」

「決めない」

「未定で保管します。死後に自動公開もしません」

「歴史資料に、とか言わない?」

「本人の記録は、価値が出たから他人の物になるわけではありません」

 七瀬は保管票へ書く。

 陶器屋の主人は、朝の暗記映像を消したいと言った。

「撮影停止にした映像です。使用していません」

「残ってる?」

「フィルムの途中にあります。物理的に切り取れますが、前後の記録へ継ぎ目が入る」

「切れ」

「立会いは」

「俺。あと一人」

 榊槙司が近くにいる。主人は迷い、夜警の女を選んだ。

「主幹じゃ駄目か」

 槙司が訊く。

「駄目じゃない。今は、この人がいい」

「理由は」

「昨日、皿を戻した」

 槙司は理由を求めない。

 七瀬はフィルムを暗箱へ入れ、該当部分を切る。切り取った短い帯を主人へ渡す。

「自分で燃やす」

「煙が出るので、屋外で」

「細かいな」

「映像は燃えても、肺は残ります」

 夜警が立会い票へ署名する。

 三一は、撮られていない。

「俺の返す物、ない?」

「ありません」

「何も残ってない?」

「台の三本傷は、台だけ撮りました。本人確認用の紙は凱さんの聞き取り記録にあります。撮影記録はない」

「俺が断ったことも?」

「数えていません」

「本当に?」

「証明できません」

「怪しい」

「疑っていい」

 三一は七瀬の顔を見る。

「じゃあ、俺が断ったって今言ったのは残す?」

「残しません」

「今の会話は?」

「使いません」

「頭には」

「あります」

「やっぱり面倒」

「人間なので」

 三一は納得せず、しかし去った。

 次に問題になったのは、複製だった。

 八旗へ提出した波佐間の映像に、同じ番号の缶が二つある。

「複製一と複製一」

 タマキが言う。

「番号ミスです」

 七瀬の顔が固くなる。

「どっちが先」

 フィルム端の刻印。

 一つは午前。

 一つは午後。

 内容は同じではない。午前は共同警備を全部残す発言。午後は家を担保から外す変更後。

 番号だけ見れば、古い発言を最新版として使える。

「私の誤記です」

 七瀬は公開改訂板へ書く。

《映像複製番号重複。午前版を旧、午後版を現行として再登録。旧版は削除せず、変更前記録として使用制限。責任 火群七瀬》

「消さないのか」

 波佐間。

「あなたが望めば消します。ただ、意見を変えた経緯として残す選択もある」

「俺が朝は馬鹿だったみたいになる」

「朝も、警備を残したい点は同じです」

「番号間違えたのは七瀬だろ」

「はい」

「なら、その間違いも残せ」

「残します」

「俺の変更だけ立派にするな。あんたが間違えて、俺が変えた。それでいい」

 七瀬は訂正票へ、自分の誤記時刻も加えた。

 記録は、起きたことを綺麗に並べる仕事ではない。

 誰の間違いを、誰の成長の背景へ隠さないかを選ぶ仕事だった。

 午前十一時十五分。

 八旗協議の傍聴担当が三人、市場へ来た。

 灰色の帯。

 今回は、受領票の名前を示した。

 空白の旗が提出した報告書。

 契約分離の登録記録。

 拒否、保留、未確認、不具合を含む一覧。

 映像は、許可範囲だけ。

 担当者は一時間かけて確認した。

「南環市場紛争の処理結果として受領します」

 凱が訊く。

「空白の旗の参加資格は」

「本日の八旗協議へ、傍聴及び発言の参加資格を認める」

「一票は」

「認めない。恒久的な一票として扱うかは未決」

「理由」

「領土、継続構成員、代表選出方法が固定されていない」

「固定しないことが規約だ」

 迅。

「八旗側の票制度と一致しない」

「じゃあ試験に合格しても席だけ」

「参加資格を条件としていた。投票権は約束していない」

「罠だった」

 真琴が招待状の控えを見る。

「書かれていました」

「書いてあれば罠じゃないのか」

「書いてあり、読めても、承知が一致していなければ問題です」

 真琴は自分で言ってから、少し笑った。

 最初の朝より、言葉が一つ増えた。

 担当者は一文字巴を見る。

「八旗協議は、今後の契約審査であなたを専属通訳として雇用したい」

 巴はすぐに答えない。

 契約書を求める。

「条件は後日」

《なら、今日は断れない》

「内諾だけでも」

《何を承知する?》

「専属通訳として協議へ参加する意思」

《誰の通訳》

「八旗協議と当事者」

《費用》

「協議負担」

《最終解釈》

「それは契約時に」

《今、分からない》

「では、検討すると」

《検討義務になる?》

「ならない」

《記録》

 担当者は受領票へ書く。

《一文字巴は、条件未提示のため回答しない。検討義務なし》

 巴は確認する。

 左手で署名はしない。

 確認欄へ、右手の使えない人差し指ではなく、左親指の印を押す。

「空白の旗へ所属して、通訳を続ける案は」

 担当者が訊く。

 巴は迅たちを見る。

 白布。

 仕事票。

 期限。

 旗芯はない。

 迅が言う。

「入らなくていい」

《誘ってない?》

「通訳を持ってる旗になる」

《便利》

「だから嫌だ」

 凱が続ける。

「必要な仕事ごとに依頼する。断れる」

 真琴。

「料金表と確認手順を、事前に受け取ります」

 七瀬。

「撮影範囲を、通訳契約と混ぜません」

 轟。

「机は持つ」

 タマキ。

「送り主、受取人、目的を聞く」

 巴は左手で答える。

《所属しない》

《南環市場の初回監査だけ、九月三十日まで受ける》

《一日二時間。右手休憩。料金別》

「高い?」

 迅。

《高い》

「払えない」

《依頼しない自由》

「冷たいな」

《手は温かい》

 固定された右手を上げる。

 迅は触れない。

「それ、医者に怒られる」

《上げただけ》

 巴は少し笑った。

 八旗の担当者が去る前に、真琴は最初の招待状を卓へ置いた。

「第七項の連帯責任は、いつ終了しますか」

 担当者が答える。

「処理結果の受領時。重大な未報告損害が後から判明した場合を除く」

「重大、の基準を」

「人的損害、営業停止一日以上、修理費千円以上、意図的な記録改変」

「巴さんの故意の省略は」

「黒板会の審査事項。空白の旗の連帯責任へ含めるかは、依頼関係を確認する」

 巴が左手で書く。

《私の判断。空白の旗の指示なし》

 迅が言う。

「一緒にいた」

《指示した?》

「してない」

《止められた?》

「間に合わなかった」

《だから、私》

「全部おまえにするな」

 巴が迅を見る。

 迅は、自分が三十二人の債務へ署名した朝を思い出す。

「省いたのはおまえ。扉の前で戦ってたのは俺たち。通報器を直さなかったのは市場。許可を向こう側に置いたのは黒板会。人を動かしたのは住民。分けろ」

 巴の左手が止まる。

《私の通訳責任は、分けない》

「そこは分けなくていい」

「では記録します」

 真琴が一枚へ整理する。

《省略判断 一文字巴》

《閉鎖設備・許可手順 市場管理及び黒板会》

《現場安全判断 竜胆迅、伏見轟ほか》

《移動判断 各本人・介助者》

《記録 火群七瀬》

 誰も、巴の誤訳を薄めない。

 誰も、誤訳だけで全事件を説明しない。

 担当者は連帯責任の終了時刻を書く。

《九月二十三日 十一時五十八分》

「未報告損害は」

 轟が、壊れた卓の脚を上げる。

「釘一本。修理済み」

 迅。

「靴」

「俺の」

「扉の楔」

「市場の木片。交換済み」

 七瀬。

「フィルム番号誤記。公開済み」

 巴。

《右手》

「人的損害として報告済み」

 槙司も左手を上げる。

「触覚鈍麻。報告済み」

 担当者は一つずつ確認する。

 招待状の末尾へ、終了印が押される。

 最初に真琴が受け取った封筒。

 受領だけで責任が始まりかけた紙。

 今度は、何が終わったかを全員が説明できる。

 真琴は終了印を見てから、封筒を自分の鞄へ入れた。

「保管する?」

 迅。

「はい。受領時の私の判断ミスも含めて」

「燃やさない?」

「燃やしません」

「思い出になる」

「教材です」

「もっと嫌だな」