第102話 第一章「切符の裏」後編
午前九時二十六分
南環駅の大時計は、三分進んでいた。
タマキは入口で気づいた。
市場の標準鐘が九時二十三分を鳴らした直後、駅時計は九時二十六分を示している。
「時計、違う」
「駅は発車基準を三分進めています」
真琴が掲示を読む。
《遅刻防止のため、旅客時計は標準時より三分進行》
「時刻表は」
「標準時」
「じゃあ時計は嘘」
「注意書きがあります」
「小さい」
「読めます」
「真琴は」
「一般旅客も――」
巴から二通目の印字紙が、七瀬の携帯受信機から出た。
紙が細く震える。
《未了三名 別入口から乗車済み》
《運行責任者 折部翼》
《早期保護便 発車一〇時一二分へ変更》
《変更決定 九時一八分》
《私は車内》
《目的地名 未提示》
《現在、確認を継続》
あと四十六分。
タマキは切符を裏返した。
極細の縦筋が、駅の進んだ時計の長針と同じ向きに走っている。
「これ、早い便の印」
「推測です」
真琴。
「確かめる」
「どうやって」
「発券束」
タマキは第二窓口へ走った。
職員が呼び止める。
「こら、列へ並べ!」
「移送用の束を見せて」
「見せられない」
「じゃあ、今日の普通券一枚」
「行き先」
「内回り、次の駅」
「二円」
タマキは正確に払う。
出てきた券を裏返す。
切欠きはない。
「護送用は別の刃で切ってる」
窓口職員の目が動いた。
それだけで十分だった。
「誰が使う印」
「答えられない」
「知らない?」
「知っていても答えられない」
「じゃあ、知ってる」
「質問を変えても答えは同じだ」
「答えられない、は、印がないって意味じゃない」
タマキは新しい普通券と移送券を重ねた。
極細の縦筋は、裁断時についた偶然ではない。普通券より一ミリだけ短く、片端が斜めに落ちている。別の束だ。
「保守停車へ入れる券」
タマキは言った。
「駅じゃない場所で降りられる」
「断定するには資料が足りません」
真琴。
「足りないから行く」
「どこへ」
「列車」
迅が線路の先を見る。
遠くで、低い機関音が起きた。
まだ発車ではない。
編成へ圧を送る音。
十二両の窓が、一枚ずつ朝の光を返す。
「参加する」
タマキは初めて、頼まれる前に言った。
「何へ」
七瀬が確認する。
「行き先を、乗ってる人へ返す仕事」
「期限」
「列車が着く前」
「責任」
「切符と道は僕」
「危険判断は」
「一人でしない」
「断れる?」
「断れる。でも断らない」
タマキは移送券を鉄箱の内蓋へ挟んだ。
切符の表には、安全な聴取場所とさえ書かれていない。
裏側の傷だけが、途中で降りる場所の存在を知っていた。