第124話 第十二章「使用済み切符」後編

「見れば分かる」

《何のため》

「忘れないため」

《何を》

 タマキは胡麻団子を噛む。

 口が塞がっている。

 巴は待つ。

 急がせない。

 タマキが飲み込む。

「どこへ行ったかじゃなくて、いつ選んだか」

《なぜ名前を書かない》

「名前を書くと、その人の答えがずっと同じに見える」

《変わる》

「変わる。柏木さんは降りたけど、次は進むかもしれない。三一は進んだけど、次は止まるかもしれない。切符の裏が命令書になったら嫌」

《では、時刻は》

「その時は本当に選んだって、残る」

 巴は切符を返す。

 言葉を足さない。

 一問で足りた。

 食事のあと、七瀬と真琴が最終報告の表紙を持ってきた。

 題は長い。

《環状保護便621号における発車繰上げ、目的地説明、途中選択、車両分離および証言保護に関する事実並列表》

 迅が読む。

「長い」

「正確です」

 真琴。

「閉じる」

「表紙を閉じるな」

「題で疲れた」

 七瀬が別紙を出す。

《621号で何が選べなかったか》

「短い」

「閲覧用です」

「同じ文書?」

「入口が違います」

 巴が二枚を並べる。

 一枚は制度へ入る扉。

 一枚は当事者へ入る扉。

 どちらかを本物にしない。

 真琴が言う。

「映像資料は、暴力がなかった場面も入れた」

 七瀬が続ける。

「法的に有効と考えられる同意書も、全文を並べました」

「仲直り?」

 タマキ。

「違う」

 二人が同時に答える。

「同じ答え」

「同じにするな」

 また同時。

 迅が轟を見る。

「流行り?」

「感染症だ」

 凱が報告書の最後へ目を通す。

「俺の放送は」

「命令として扱わない、と書いた」

 真琴。

「実際に命令ではなかった」

「そう書いた」

「王命を求めた乗客の証言も」

「書いた。おまえが拒んだことも」

「拒否に不満を持った者も」

「書いた」

「ならいい」

 凱は表紙を閉じる。

 真琴がその手を見る。

「おまえ、前なら自分の判断が正しかったと一頁使った」

「今は?」

「二行で済ませた」

「改善した」

「性格は」

「知っている」

「何を」

「おまえが言うと思った」

 真琴は鼻で息を吐く。

 仲直りではない。

 だが、同じ机に報告書を置ける距離にはなった。

 午後六時十九分。

 市場の外を、通常運行へ戻った環状列車が通る。

 窓からは見えない。

 高架の向こうを走るため、食堂の天井灯がわずかに震えるだけだ。

 巴は人工内耳を着けていない。

 音は聞こえない。

 机に置いた胡麻団子の皿が、かすかに動く。

 水差しの表面へ、細い輪が広がる。

 干していた使用済み切符の端が、一度だけ持ち上がる。

 行き先の消えた紙。

 裏には三つの時刻。

 列車は遠ざかる。

 切符は、元の場所へ戻った。