第132話 第四章「観客席の誓い」後編

「役に立たない?」

《役に立つ。全部にはならない》

 タマキはうなずいた。

「大人の能力みたい」

「巴は十七歳です」

 真琴。

「説明が大人」

「褒めているのか」

「半分」

「残りは」

「長い」

 巴が笑った。

 声は出さない。

 手袋の親指に描いた読点をなぞる。

 十一月二十四日 午前九時二分

 開演まで九時間。

 祝祭実行局からの回答は届いた。

《券面配布済みのため条項変更は困難》

《追加札の配布は観客混乱を招くおそれ》

《途中退出路の変更は公演演出および安全計画へ影響するため、紅牙座と協議》

 責任者名は印刷されていない。

 真琴は返書を机へ置いた。

「主語がいない」

 迅が言う。

「局名はある」

「人がいない」

「署名欄もない」

「燃やす?」

「証拠を燃やすな」

 凱が返書を読む。

「公演を止めるか」

「止める権限はありません」

 真琴。

「危険を公表し、観客へ来場しないよう求めることはできる」

「広場に千人近く集まる」

 轟。

「券売所、出店、駅。劇場の外には、舞台より手すりが少ねえ」

「上演すれば条項が動く」

 七瀬。

「止めれば混乱が動く」

 凱は胸の鐘へ触れた。

「俺が公演中止を呼びかければ、従う者は多い」

 真琴が顔を上げる。

「だから駄目です」

「理由を言え」

「おまえの王役を拒むために、おまえの声で千人を動かす。矛盾ではなく、同じ構造です」

「安全のためでもか」

「安全という語は、今週だけで使いすぎです」

「巻?」

 タマキが首を傾げた。

「今週です」

 真琴は言い直した。

 迅が鼻で笑う。

「但し書き、疲れてる」

「おまえに言われたくない」

 凱は返書を折らない。

「では、上演中に退出権を作る」

「できますか」

 七瀬。

「できる、ではない。する必要がある」

「命令?」

 迅。

「俺の判断だ。従うかは、各自が決めろ」

「逃げたな」

「何が」

「命令から」

「努力している」

「下手」

「知っている」

 巴が全員の視線を待つ。

 右手を使わず、左手でゆっくり示した。

《公演を続けることへ同意しない》

《公演を止めて外を危険にすることへも同意しない》

《私は、券面説明と、退出札の確認をする》

《空白の旗には入らない》

 最後の一文を、わざわざ加える。

「分かっている」

 凱。

《毎回、確認する》

「必要か」

《必要》

 真琴は答えた。

「必要です。仕事の協力を所属へ変える癖は、王のいる組織だけのものではない」

 凱と迅が、同時に真琴を見る。

「何です」

「おまえが言うと刺さる」

 迅。

「事実です」

「自分にも?」

「特に」

 タマキは鉄箱を開けた。

 三色の札が入っている。

「配達、受ける」

「条件は」

 真琴。

「送り主、朽葉真琴と一文字巴。受取人、欲しいって言った観客。目的、帰るか残るか、まだ決めないかを伝える。配るのは決まってないから、僕は持つだけ。使う時、もう一回確認」

「料金」

「一人一円」

「千円?」

「千人全員は欲しいって言ってない」

「最大額は」

「千円」

「高い」

「政治より安い」

 巴が親指の読点をなぞった。

 真琴は反論しなかった。

 劇場の外では、最初の客がもう並び始めていた。

 紙の王冠。

 赤い団扇。

 串焼き。

 笑い声。

 誰も、暴動をしに来た顔ではない。

 だからこそ、止めるだけでは足りない。

 真琴は三色の札を一枚ずつ、机へ置いた。

 緑。

 白。

 灰色。

 どれも票ではない。

 どれも、まだ誰の答えでもなかった。