第146話 第十一章「幕を下ろす手」後編

 午後九時二十二分

 非常灯が点いた。

 主幕のこちら側は、客席から見えない。

 舞台裏の人間だけがいる。

 女優がレバーから手を離す。

 衣装係がカナタの切れた口へ布を当てる。

 技師が停止位置を確認する。

 凱は乱馬の左肩を見る。

「医務室へ」

「命令か」

 乱馬。

「提案。左腕が上がっていない」

「終幕の礼が」

「幕は下りた」

「未完だ」

 カナタが答える。

「うん」

「失敗だ」

「うん」

「客は怒る」

「うん」

「それでも下ろした」

「うん」

「言葉が足りないぞ、演出家」

 カナタは切れた口元を布で押さえる。

「今、考えてる」

 乱馬は長く息を吐いた。

 拍子木は幕の向こうに落ちている。

 仮面も。

 取りに行くには、幕を上げなければならない。

 誰も上げなかった。

 舞台監督の放送が、幕越しに聞こえる。

「公演は安全上の理由により停止しました。退出を希望する方からご案内します。返金と記録確認については、劇場外の受付を設けます」

 停止。

 中止ではない。

 終演でもない。

 言葉がまだ決まっていない。

 その未完成さが、今夜初めて、人を閉じ込めなかった。