第147話 第十二章「初演のあと」前編

十一月二十八日 午前九時十分

 失敗した公演の翌朝、劇場でいちばん長い列は拍手ではなく返金を待つ。

 獅堂凱は、紅牙座の正面玄関で番号札を配っていた。

「全額返せ!」

 四十三番の男が言う。

「全額返金の申請札です」

 凱は赤い札を渡す。

「申請じゃない。返せ」

「劇場会計が券面を確認する」

「見たのは半分だぞ」

「上演された部分への対価を払うと考える者もいる。全額、半額、返金不要を本人が選ぶ」

「俺は全額だ」

「なら赤」

「色で客を分けるな」

「形も違う。赤は角が一つ、半額は二つ、不要は丸い」

「そういう話じゃない」

「何の話だ」

「謝れ」

 凱は男を見る。

 王衣装はない。

 普段の白い外套。裾は膝下で切られ、左脚の黒い装具が見える。胸に壊れた青銅の鈴。

「楽しみにしていた公演を、途中で止めた。帰る道を開ける判断が遅れ、照明事故も起きた。申し訳ない」

「おまえが止めたのか」

「俺一人ではない」

「じゃあ誰が謝ってる」

「今、札を渡している俺が」

「代表か」

「違う」

「便利だな。代表じゃないのに頭は下げる」

「頭を下げるのに議決権はいらない」

 男は赤札を取った。

「芝居は面白かった」

「そうか」

「だから腹が立つ」

「それも記録するか」

「記録じゃなく、覚えろ」

「分かった」

「誰が」

「獅堂凱が」

 男は列を進んだ。

 列の脇には、返金より先に支払いを求める者もいた。

 紅牙座の若い役者たち。

 衣装係。

 大道具。

 昨夜だけ雇われた誘導員。

 公演が未完なら出演料も半分だと、主催会計が言ったからだ。

「客へ全額返す金と、役者へ全額払う金は同じ財布です」

 会計係は算盤を弾く。

「両方は足りません」

 タマキが鉄箱を机へ置く。

「誰の財布」

「祝祭実行局と紅牙座の共同口座」

「先に入ってる金」

「券売九百八十六枚、屋台分配、協賛金」

「出る予定」

「会場費、衣装、機構、出演料、警備、返金」

「順番」

「規約では、会場費と機構費が先。出演料は上演完了後。返金は主催判断」

「止まったら、働いた人が最後?」

「完了していません」

 衣装係が、昨夜の赤青の仮面を机へ置いた。

「この金箔、勝手に貼り直りますか」

「いいえ」

「未完でも、仕事はしました」

 会計係は顔を上げない。

「規約です」

「誰が決めた」

 タマキ。

「実行局」

「署名」

「局長」

「ここにいる?」

「午後に来ます」

「じゃあ、今決められない?」

「そうです」

「役者、今日食べる金は」

 若い役者が答える。

「ない」

「全員?」

「俺は三日分ある。子役の家は今日分」

「一緒にしない」

 タマキは名簿を分ける。

 今日必要。

 三日以内。

 契約期日まで待てる。

 不足額を同じ《出演料》へ押し込めない。

「返金を遅らせるのか」

 列の男が怒鳴る。

「あなたの返金は止めない」

 タマキ。

「同じ財布だろ」

「だから不足を見せる」

「客と役者、どっちが先だ」

「決めない。今日必要な人へ仮払い。返金は選んだ人へ。会場費は、事故調査が終わるまで保留」

 会計係が顔を上げる。

「会場費を止める権限は」

「ない。提案」

「実行局が拒否すれば」

「拒否した人の名前と、役者の未払いを一緒に掲示する」

「脅しですか」

「記録」

 七瀬が遠くで聞いて、口元をわずかに曲げた。

 結局、劇場会計は緊急仮払金を出した。

 子役と日雇い誘導員、帰りの交通費がない役者から。

 全額ではない。

 残りは午後の協議。

 カナタは自分の主演加算分を返そうとした。

 タマキが受け取らない。

「何で」

「全員の不足を、人気役者の善意で埋めると、次も契約が変わらない」

「今日の子役は」

「仮払いした」

「足りない分」

「主催へ払わせる」

「拒否したら」

「仕事」

 カナタは昨夜と同じ言葉を聞いて、笑った。

「長いね」

「公演より」

「拍手ないし」

「金は音で出ない」

 返金窓口へ、昨夜の父親と少女が来た。

 少女は半分に折れた紙の王冠を被っている。

「半額」

 父親が二角の札を取る。

「全額でもいいですよ」

 凱。

「壁走りは見た。王冠も直してもらった」

「直っていない」

「娘は、折れた方が強そうだと言う」

 少女が王冠を押さえる。

「戦った王冠」

「床と」

「勝った?」

 凱は考える。

「引き分けだ」

「じゃあ半分」

 少女は二角の札を自分で持った。

「昨日、帰れてよかった」

「遅くなった」

「うん」

「申し訳ない」

「壁走りは、もう一回見たい」

「カナタへ言え」

「今どこ」

「返金の列」

 カナタは出演料の相談から戻ってきたところだった。

 少女は駆け寄らない。

 人の列を横切らず、手を上げる。

「壁走り、またやって!」

 カナタは右足首の包帯を見せる。

「治ってから」

「いつ」

「分からない」

「じゃあ、治ったら決めて」

「うん」

「政治にはしないで」

「しない」

「約束?」

 カナタは一度、乱馬を見る。

 乱馬は医務室へ向かう途中で、聞いている。

「僕の演目へ拍手しても、他の約束には使わない」

 少女は頷いた。

 未来の公演日を決めない。

 今できる約束の範囲だけを言った。

 その後ろから、黒い喪布の老女が来た。

 第十四行目を、一冬だけの支持へ書き換えさせた女だった。

「返金不要」

 丸い札を取る。

「最後まで見ていません」

 凱が言う。

「帰りたくなって帰った。見なかった分は、帰れた代金にする」

「劇場の不備へ金を払う必要はない」

「私の金だよ。使い道まで王様に決められたくない」

「王ではない」

「昨日は、少しなってた」

 凱は否定できなかった。

「台詞を言った時か」

「違う。子どもを止めた時だ。皆があんたの声で動いて、あんたが一瞬うれしそうだった」

 左膝の装具より、見られたくない場所を見抜かれた気がした。

「助かった」

「だから厄介なんだよ。役に立つ力は、悪い力より捨てにくい」

「捨てるつもりはない」

「なら、誰の時に使うか訊き続けな」

 老女は丸い札へ、自分で一行足した。

《厨房の配給場面と、子どもの救助へ支払う。統治案への支持は一冬。期限後は再確認。》

「窓口の札へ、そこまで書けません」

 会計係が言う。

「書けないなら、裏へ貼りな」

「処理区分がありません」

「作りな」

 老女は真琴の口調を真似た。

 凱は笑いそうになり、止めなかった。

「芝居はどうだった」

「長い。あんたの姿勢が良すぎる。狼の子は台詞を覚えろ。半分の面の子は、落ちた後の方が人間だった」

「乱馬は」

「客を愛しすぎて、客の返事を自分で言った」

 老女は列を進む。

「次も見る?」

 カナタが背中へ訊いた。

「帰れる席ならね」

 条件は、拍手より小さい声で残った。

 次は白髪の男だった。昨夜、二階席で最後まで残った者。

「返金不要」

 丸い札を取る。

「公演は未完です」

「見た分は払う」

「統治案への同意は」

「しない」

「拍手は」

「した。乱馬の舞台へ」

「記録確認は」

「後で行く。あの回転床が途中で止まってからの方が面白かった」

「事故を評価するのか」

「事故じゃない。止まった物を使った役者をだ」

「同じでは」

「同じにするな。昨日それで揉めたんだろう」

 男は丸札をポケットへ入れた。

「来年、最後までやれ」

「俺は劇場の者ではない」

「知ってる。王役だ」

「違う」

「昨日はな」

「今日も違う」

「なら名前は」

「獅堂凱」

「覚えた」

 男は去った。

 列には、カナタを見に来た若者もいる。乱馬を罵る者。七瀬のカメラが舞台を外したことへ怒る者。退出路が遅かったと訴える者。途中で帰ったが、壁走りの場面だけもう一度見たいと言う子ども。

 全員を納得させる窓口はない。

 窓口ができるのは、納得していない人間が帰らずに済む場所だけだ。

 午前十時四十七分

 舞台は、朝になると工事現場だった。

 照明橋は完全に降ろされ、床へ置かれている。白梁は鋼芯を露出し、左掌の形に木皮が割れていた。

 迅はその前で靴底を直している。

「なぜそこで」

 凱が訊く。

「動くと痛い」

「医務室にいろ」

「背中は打撲。左手は裂けただけ」

「右手は」

「昨日と同じ」

「昨日より使った」

「殴ってない」

「梁を押した」

「左だ」

「右が無事なら左を壊してよいのか」

「よくない」

「なら何で聞く」

「心配している」

 迅の手が止まる。

「そう言うな」

「なぜ」

「返事がいる」

「いらない」

「じゃあ勝手にしろ」

「勝手に心配する」

「王様みたいだ」

 凱は王冠を被っていない。

 それでも言われる。

「おまえは狼面が似合っていた」

「喧嘩か」

「返事だ」

 迅は少し笑い、針へ糸を通そうとした。

 左掌に包帯があり、右小指は痺れている。糸が穴を外れる。

 凱が取る。

「貸せ」

「左膝で糸を通すのか」

「手は無事だ」

「王の手?」

「獅堂凱の手だ」

 凱は一度で糸を通した。

「器用だな」

「衣装の留め具を自分で直していた」

「王様の仕事」

「今、喧嘩を売っているか」

「半分」

「残りは」

「糸の礼」

 迅は糸を受け取る。

 近くでは轟と舞台技師が、白梁の受け金具を外している。

「この金具、二十六センチ入った」

 技師。

「二十五・八」

 轟。

「昨日は二十六と」

「現場の叫びは丸める」

「右上二・五度」

「二・四」

「迅さんに三度と言ってませんでした?」

「最初はな」

「細かい」

「梁は細かくねえ」

 同じ会話を、今度は穏やかにする。

 轟の左肩は胸の高さまで。頭上の金具は技師が持つ。轟は右手でボルトを外し、腰で部材を支える。

「肩、戻るまで何か月」

 技師が訊く。

「戻す仕事による」

「舞台装置は」

「今は下」

「治ったら上も」

「治る前の身体でできる形を作る」

「治す気がないみたいですね」

「ある。待ってる間に仕事を止めねえ」

 技師は少し考えた。

「搬入口の手すり、常設にしたい」

「誰が決める」

「舞台監督と劇場会計」

「客は」

「使った人へ聞く」

「良い」

「あなたが許可する話では」

「感想だ」

 技師は笑った。

 昨夜、顔を映さなかった人物だ。

 今日も名乗らない。

 七瀬は遠くから手元だけを撮っている。

 撮影機は低い台へ置かれ、白梁、金具、工具、包帯の手が画面に入る。英雄の顔は中心にない。

「撮影時刻、十時五十分。照明橋撤去。白梁は廃棄せず、事故調査完了まで保管。補修前の切断禁止」

「俺の掌の跡は」

 迅。

「個人識別に使いません」

「消せる?」

「削れば。ただし構造記録が終わってから」

「残せとは言ってない」

「分かっています」

 七瀬は拡大しない。

 掌の形を、英雄の印へしない。

 正午十二時二十分

 医務室には、役者と観客と演出家が同じ順番札で待っていた。

 乱馬は左肩を固定し、椅子へ座っている。金箔は落とし、暗い赤髪を一つに束ねている。舞台より五歳ほど若く見えた。

 診断は、左肩周囲の筋と腱の損傷。古い脱臼の再発はない。だが同じ振り上げを続ければ悪化する。軽い不整脈も出ており、数日は舞台を離れるよう医師に言われた。

「数日」

 乱馬は不満そうに繰り返す。

「最低です」

 医師。

「明日の片付けは」

「右手だけ」

「演出は」

「口で」

「普段からそうだ」

「では困りませんね」

 医師は次の患者を呼ぶ。

 乱馬の隣には、昨夜棒を持って通路で吐きそうになった役者がいる。

「吐かなかった」

 役者が迅へ言う。

「知ってる」

「勝った」

「水飲め」

「飲んだ」

「じゃあ帰れ」

「診察待ち」

「何を」

「筋肉痛」

「帰れ」

 乱馬が笑う。

「役者の勝敗は小さいな」

「演出家の勝敗が大きすぎる」

 迅。

「君は私に勝ったと思うか」

「梁に勝ってない」

「人へ聞いている」

「誰も勝ってない。公演は止まった」

「私の負けでは」

「負けたいのか」

「敗北も終幕になる」

「ならない」

 迅は包帯の左掌を見せる。

「これも勝利の傷じゃない。ただの切り傷だ」

「観客はそう見ない」

「観客に説明する」

「説明しても伝説は残る」

「残るやつに、違う記録を隣へ置く」

 七瀬が医務室の入口から言う。

「伝説を消すのではなく、戻る道を作ります」

 乱馬は彼女を見る。

「昨夜の映像を、私も見られるか」

「券を持っていた人と出演者、技術者は閲覧できます。複製条件は同じ」

「私の接写映像も並べる」

「提供条件を明記するなら」

「編集済みと」

「編集者、切断時刻、音源、撮影位置」

「面倒だ」

「映像は面倒です」

「舞台もだ」

「知りました」

 乱馬は固定された左肩へ目を落とす。

「文化を壊したと言う者がいる」

「公演は止めた。劇場は壊していない」

「白梁は」

「舞台が壊した」

「迅が殴った」

「戻した」

 七瀬の訂正は短い。

 乱馬は目を閉じた。

「未完の映像は嫌いだ」

「最後まで見れば、未完が完成しますか」

「意地が悪い」

「記録です」

 医務室の順番札が一枚進んだ。

 乱馬は立つ。

 左肩を庇い、右手で椅子を元の位置へ揃える。

 舞台の外でも、座席が曲がっているのを放っておけない。

 乱馬が医務室を出ると、廊下でカナタが待っていた。

 右足首へ新しい巻き布。

 左上腕に打撲。

 口の端には細い傷。

「見舞いか」

 乱馬。

「出演料」

「情緒がない」

「昨日使い切った」

「団員へは払う」

「主演加算を僕が返すのは止められた」

「当然だ。君の人気で売れた券だ」

「最後までやってない」

「途中まで働いた」

「兄ちゃんが言う?」

「私は悪人だが、無償出演はもっと嫌いだ」

「悪人って言うと、格好よくなる」

「では何だ」

「払うのを遅らせた座長」

「具体的で醜いな」

「真琴に習った」

 乱馬は壁へ右肩を預ける。

 左は固定されている。

「昨日の録音拍手」

 カナタ。

「ああ」

「嫌いだったでしょ」

「嫌いだ」

「使った」

「使った」

「謝る?」

「誰に」

「空席と、出た人と、残った人」

「三方向へ頭を下げれば演出になる」

「じゃあ、返金窓口で一人ずつ」

「千人に?」

「昨日、一つにしたから」

「長い」

「仕事」

 乱馬は笑わない。

「母さんが倒れた夜も、私は録音を流した」

 カナタの顔から、軽さが消える。

「初めて聞いた」

「今夜の説明ではない」

「じゃあ何」

「同じことをした記録」

「詳しくは」

「今は言わない」

「兄ちゃんが決める?」

「私の話だ」

「他の人の話でもある」

「だから、今は言わない」

 カナタは追わなかった。

 聞きたい。

 だが、告白を罰として吐かせても、舞台の台詞と同じになる。

「分かった」

「聞かないのか」

「今は」

「成長したな」

「それも演出っぽい」

「面倒な役者だ」

「続けるよ」

「何を」

「役者」

 乱馬の目が一瞬、安心した。

 すぐ隠す。

「当然だ」

「当然じゃない」

「……そうか」

「演出も、少し」

「私の下で?」

「小さい舞台は自分で」

「失敗する」

「昨日した」

「昨日は私の公演だ」

「幕は僕が下ろした」

「奪う気か」

「分ける」

「君たちは、何でも細かくする」

「一つにする人がいたから」

 乱馬は右手で銀時計を直した。

 五分遅れ。

 カナタが見る。

「直さないの」

「故障だ」

「嘘」

「役者へ嘘を教えたのは私だ」

「身体の真実を見せるため?」

「終演を五分先へ置くため」

 乱馬は時計を外した。

 カナタへ渡す。

「修理しろ」

「自分で持って」

「左手が使えない」

「右がある」

「細かい留め具は左でやる」

「じゃあ、治ってから」

 カナタは受け取らない。

 乱馬は時計を右のポケットへ入れた。

 五分遅れたまま、自分で持つ。

 午後二時三十五分

 集計は、勝敗表にならなかった。

 退出札、六百二十一。

 そのうち演目への支持を明記した者、三百八十七。

 統治案への不同意、四百九十六。

 統治案について保留、百二十五。

 拍手をしなかった沈黙札、百七十四。

 残って最後まで見ようとした者、二百七十三。

 公演停止へ反対した者、二百一。

 数字は重なっている。

 一人が、退出と演目支持と統治案不同意を同時に選ぶ。

 別の一人は残留と沈黙と公演停止反対。

 合計しても九百八十六にはならない。

 人間を一列へ並べなかった結果だった。

 真琴は劇場ロビーの長卓で、集計報告を読み上げる。

「したがって、券面条項に基づく拍手総数を、責任集約型暫定統治案への一括同意として提出することはできません」

 八旗側の連絡員が腕を組む。

「できない、とは法的無効か。証拠不十分か」

「両方です。拍手音に録音再生が混入し、拍手の対象が分離され、撤回・保留・退出が記録された。単一の意思表示としての真正性と特定性を欠きます」

「公演前の券面同意は」

「券を買ったことは観劇契約への同意です。統治案への同意を、観劇という別目的の契約へ束ねた部分は、本人確認が不十分」

「巴の能力で確認すればよかった」

 一文字巴が黒板を上げる。

《しない》

「なぜ」

《私が理解を認定する権力になる》

「しかし、あなたの《読めた者だけ》なら――」

 巴はもう一枚。

《能力は同意を作らない》

「読めた者だけ契約を成立させる能力では」

《説明できる条件を作る》

《賛成を作るのではない》

 連絡員は不満そうに資料を閉じる。

「なら、八旗はこの公演から民意を得られなかった」

 凱が答える。

「得た」

 全員が見る。

「一つの答えではない。演目を支持した者。統治案を拒んだ者。途中で帰った者。残った者。公演停止へ怒っている者。それぞれの意思は得た」

「議事へ使いにくい」

「使いやすくするために同じにするな」

「政治は決めなければならない」

「その時は、その問いを本人へ聞け」

「千人へ一人ずつ?」

「千人を一人として数えるよりは遅い」

「現実的ではない」

 タマキが三つの鉄箱を卓へ置いた。

「昨日、六百二十一人は一人ずつ答えた」

「一晩かかった」

「政治は一晩より早くないとだめ?」

「災害時は」

「今、災害?」

「違う」

「じゃあ遅くていい」

 連絡員は返事をしない。

 報告書へ署名もしない。

「持ち帰る」

「何を」

 タマキ。