第153話 第三章「北塔の遅刻」前編

十二月二十六日、午前七時四十一分。

 獅堂凱が北塔へ着いた時、三十四人が彼を待っていた。

 雪は、待っていなかった。

 旧白冠区の北塔配給所は、医療団地の一番高い棟へ増築されている。地上八階。外階段。屋上に配給鐘と光信号板。黒雨後の停電でも上から地区を見渡せるよう作られた。

 便利な場所は、たいてい上るのが不便だ。

 昨夜からの雪が外階段へ積もり、三階から上は白い斜面になっていた。

 凱は正面玄関の前で、濡れた白い外套を払った。

 左膝の装具が、歩くたび低く擦れる。

 予定は七時三十分集合。

 凱は十一分遅れた。

 北環線の小型バスが雪で止まり、最後の六百メートルを歩いた。途中、横転した荷車を起こすのに三分使った。

 説明できる理由はある。

 理由があることと、遅れていないことは別だった。

「陛下」

 入口の青年が背筋を伸ばした。

 白冠の徽章は外している。外した跡だけ布が白い。

「凱だ」

「失礼しました。凱様」

「様も要らない」

「では、凱」

 呼び捨てにした本人が一番傷ついた顔をする。

 凱はそれを直さない。

 呼ばれる側の不快より、呼ぶ側が慣れる方が今は重要だ。

「なぜ外にいる」

「到着をお待ちしていました」

「集合は七時三十分だ」

「はい」

「今は」

「七時四十一分です」

「十一分、何をした」

「待機を」

「誰の命令で」

 青年は答えない。

 周囲の三十四人も、目を逸らす。

 凱の到着を待つことは、命令ではなかった。

 命令より深く身体へ入った習慣だった。

 白王がいなければ始めない。

 王が来れば、何をすべきか分かる。

 王の失敗なら、自分の責任ではない。

「俺は、開始条件ではない」

 凱は言った。

 青年がすぐ復唱する。

「凱は、開始条件ではありません」

 綺麗な声だ。

 綺麗すぎる。

「今、理解して言ったか」

「命令を復唱しました」

「命令ではない」

「では、何です」

 凱は一拍遅れた。

 命令でない言葉の名前を、白王だった男はまだ多く知らない。

「確認だ。次から、俺がいなくても始める」

「次から」

「今日はもう遅れた。遅れた理由へ、俺を待った十一分と書け」

「雪と交通停止も」

「別に書け」

「主な理由は雪です」

「俺が時間どおり出ていれば、八分は戻せた」

「荷車を助けたと聞きました」

「助けた。だから遅れた」

「正しい行動です」

「正しい行動は、時計を止めない」

 凱は玄関の壁へ掛かった受付板を取った。

《七時三十分 雪害対応開始》

 そう書かれている。

 実際には、始まっていない。

 彼は右手で線を引いた。

《七時四十三分 開始》

《遅延理由――獅堂凱の到着待ち十一分。交通停止。荷車救助三分》

「荷車救助は、遅延理由ではありません」

 年配の女が言った。

「救助しなければ、荷車の人が困る」

「それでも、ここへは遅れた」

「では助けるべきではなかったと」

「そうは言っていない」

「両方正しいのですか」

「両方起きた」

 凱は板を壁へ戻した。

「正しい理由を使って、遅れを消すな」

 外階段の除雪には、四種類の仕事があった。

 雪を崩す。

 下へ送る。

 踊り場から外へ出す。

 凍った段を確認する。

 白冠時代の凱なら、先頭へ立った。

 一番重い鉄製の雪押しを持ち、自分が上から道を作る。背中を見せれば、人はついてくる。

 その方法は速い。

 王の膝が壊れなければ。

 王が間違えなければ。

 王がいなくならなければ。

「三班に分ける」

 凱は言った。

「一班、二階から四階。二班、五階から六階。三班、屋上側から下ろす」

 青年が腕を上げた。

「三班は、誰が指揮しますか」

「そこにいる者が決める」

「指揮者を決めてください」

「俺が決めれば、俺を待つ」

「決めなければ、揉めます」

「揉めろ」

 青年が目を見開く。

「危険です」

「だから、道具を持つ前に五分使え。誰が上へ行けるか。誰が高所を嫌うか。誰が雪を捨てる場所を知ってるか」

「五分、遅れます」

「さっき十一分待った。今の五分は、自分たちで決めるために使う」

 年配の女が言う。

「あなたが決めた方が早い」

「今日は」

「今日、早くないと困る」

「明日も俺を待つ方が困る」

「明日の話をしている間に凍る」

「なら、あなたが三班を決めろ」

「私が?」

「屋上の排水口を知っているのは、あなたか」

「知っている」

「高所は」

「平気」

「足は」

「あなたよりいい」

「なら頼む」

 女は凱の顔を見た。

 命令を待っていた人間へ、頼むと言う。

 言葉だけを変えても、力の差は消えない。

 女が断れば、周囲は凱へ逆らったと思うかもしれない。

 凱は続けた。

「断っても、別の者を探す。理由は要らない」

「やります」

「なぜ」

「排水口を知ってるから」

「俺が頼んだからではなく」

「面倒な人ですね」

「知っている」

 女は三班へ向かった。

 凱は雪押しを持たなかった。

 代わりに、道具の本数と人の靴を確認した。

 鉄製雪押し四。

 竹箒六。

 木製の角スコップ三。

 滑り止め縄二十一本。

 長靴でない者、九人。

 靴底が摩耗している者、四人。

 八歳の少年が一人、片足に細い装具を着けている。

「おまえは中」

 凱が言った。

 少年はすぐに睨んだ。

「外、やる」

「滑る」

「凱も装具」

 周囲が静かになる。

 凱は左膝を見る。

 自分へ許したことを、子どもへ禁じる理由を言葉にする。

「俺も、雪を押さない」

「じゃあ何する」

「縄を切る。人数を数える。湯を運ぶ」

「子どもの仕事」

「そうか」

「俺もやる」

「どれ」

「縄」

「刃物は」

「使える」

「誰が確認する」

 少年は隣の男を指した。

「父さん」

 父親が困った顔をする。

「できます。普段から装具の革を切ってます」

「では、縄。一本九十センチ。切った数を板へ書け」

「命令?」

 少年。

「依頼」

「断れる?」

「断れる」

「やる」

 凱は少年へ小刀を渡さず、父親へ渡した。

 少年はそれも見ていた。

 任せることと、全部渡すことは違う。

 午前八時二十六分。

 五階の踊り場で、雪の塊が落ちた。

 上から崩した雪を、二班が受け損ねた。

 白い塊は階段の幅いっぱいに滑り、三人の足をさらう。

「壁側へ!」

 凱の声が塔へ響いた。

 命令は八語より短い。

 身体が先に反応する者がいる。

 旧白冠の訓練を受けた者たちだ。

 二人は壁へ寄った。

 一人だけ、雪押しの柄が手すりへ挟まり、動けない。

 凱は四段上にいる。

 降りれば間に合う。

 左膝を深く曲げ、雪の上を跳べば。

 装具の留め具が、冷えた金属音を鳴らした。

 凱は跳ばない。

「柄を離せ!」

「道具が落ちる!」

「人を取れ!」

 男が柄を離す。

 雪押しは階段を滑り落ち、下の踊り場で回転した。

 凱は手すりの支柱へ縄を掛け、自分の腰へ巻く。

「二班、雪を横へ逃がせ! 三班、上を止めろ!」

 人が動く。

 凱は腕だけで男を壁側へ引く。

 左膝には荷重を掛けない。右足を段の奥へ置き、背中と手すりで受ける。

 雪の塊が二人の間を抜けた。

 下で雪押しへぶつかり、木の柄が折れる。

 男は壁へ張りついたまま、息を吐いた。

「陛下が助けてくださった」

「縄と手すりだ」

「あなたが命じた」

「柄を離したのは、おまえだ」

「命令がなければ」

「次は、柄より人を先に選べ」

「はい」

「俺の声を待たずに」

 男は返事をしない。

 凱の声は、人を動かす。

 能力を使わなくても。

 《王路不退〈キングス・ロード〉》の光はない。群衆の唱和もない。それでも、長く命令を受けた身体は、彼の声を近道にする。

 近道は便利だ。

 便利な道ほど、なくなった時に人が迷う。

「今の指示、誰が変えていい」

 凱が全員へ訊いた。

 誰も答えない。

「雪の方向が変わったら」

 屋上班の女が言う。

「私が止める」

「二班が危ないと見たら」

「二班が止める」

「俺が続けろと言っても」

 女は一瞬迷った。

「止める」

「理由は」

「人を取る」

 さっきの男が、自分で言った。

 凱は頷いた。

 命令が効きすぎる場所で、反対の練習をする。

 誰も拍手しない。

 雪だけが、手すりから落ち続ける。

 午前九時五十四分。

 榛名柊吾は、除雪が終わる前に来た。

 灰色の外套へ雪が付いている。右頬の傷は寒さで白く浮き、左耳側から呼ばれた時だけ、顔を向けるのが一拍遅い。

 彼は階段下で靴を見た。

 濡れた靴。

 縄を巻いた靴。

 装具の少年の左右で高さが違う靴。

 折れた雪押しの横へ脱げた長靴が一足。

 榛名は長靴を拾い、持ち主を探した。

「誰の靴」

 八語以内。

 五階の男が片足を上げる。

「私です」

「履く。凍傷確認。次に報告」

「了解」

 榛名は紐を結び直し、長靴を渡した。

 それから受付板を見た。

《七時四十三分 開始》

「遅延、十三分」

「集合時刻からは」

 凱。

「責任者到着、十一分遅れ」

「俺は責任者ではない」

「担当者」

「開始条件でもない」

「現場は待った」

「その責任は俺にある」

「待てと命じたか」

「命じていない」

「なら、待った者の判断」

「俺が、待たれる位置を長く作った」

 榛名は手帳へ書く。

「責任範囲が広すぎる」

「狭くして、何を守る」

「事実」

「事実は、命令がなかったことだけか」

「命令なき服従まで指揮者へ負わせれば、支持者の選択を消す」

 凱は榛名を見た。

 この男は、王を嫌っているのではない。

 王だけを責任者にすれば、従った者が永遠に子どもになると知っている。

「なら、二つ書く」

 凱は受付板へ追記した。

《獅堂凱は待機を命じていない》

《参加者は獅堂凱の到着を開始条件と判断した》

《獅堂凱は、待たれる関係を作った責任を認める》

 榛名が読む。

「最後は意見だ」

「俺の署名を付ける」

「意見として残すなら有効」

 凱は右手で署名した。

 王の署名ではない。

 ただ、字の癖は同じだった。

「試験採決、予定十時」

 榛名が言う。

「階段は」

「六階まで。屋上未了」

「光信号板、使えない」

「有線と鐘がある」

「一系統欠ける。同期条件、不適合」

「開始を遅らせる」

「中央時刻は遅れない」

「人が揃わない」

「揃った者で開始」

「屋上班が戻っていない」

「作業参加を選んだ」

「会議への参加も選んでいる」

「両方はできない」

「だから時間をずらす」

「他地区の結果を知る危険」

「回線を閉じる」

「鐘がある。人がいる。噂がある」

「噂を聞いた者は、聞いたと記録する」

「記録が正しい保証は」

「一秒同期が正しい保証と同じだ。人が書く」

「時計は人より嘘をつかない」

「時計を合わせるのは人だ」

 榛名の手帳の角が、親指で揃えられた。

「あなたは、ずれを許せば強者が後出しする危険を軽く見ている」

「見ていない」

「なら、なぜ一秒を拒む」

「一秒へ間に合う者だけを、先に強者にするからだ」

 凱は階段を見る。

 装具の少年。

 屋上の女。

 雪押しを離した男。

 皆、同じ時刻を持っている。

 同じ速さでは動けない。

「統一は、美しい」

 凱が言った。

 榛名の目がわずかに細くなる。

「あなたが言うか」

「俺は、統一の美しさで人を従わせた。列が揃えば、配給は速い。避難も速い。誰が遅れたか一目で分かる」

「被害は減る」

「減った。救った人もいる」

「なら」

「列へ入れない者を、最初から数えなければな」

 榛名は黙る。

 凱は続けた。

「あなたの一秒は、後出しを防ぐ。その代わり、間に合わない者の理由を判断の外へ置く」

「理由を入れれば、規則が人情になる」

「理由を切れば、規則が事故報告になる」

「事故報告は、原因を分ける」

「死者を戻さない」

 榛名の右頬の傷が、寒さ以外の理由で硬くなった。

 凱は見たが、追わない。

 他人の傷を、議論の証拠へ使わない。

「十時に開始しなければ、試験は無効」

 榛名は言った。

「記録しろ」

「何を」

「榛名柊吾が、未帰還の屋上班を除いて開始する条件を提示した。獅堂凱が拒否した」

「拒否理由」

「屋上班も参加者だから」

「結果」

「遅延」

「責任者」

「俺」

「参加者の判断は」

「待つと決めた者の名も書く」

 榛名は手帳を閉じた。

「了解」

 同意ではない。

 記録するという意味だった。

 午前十時零分。

 中央の鐘が三度鳴った。

 北塔の有線赤灯も点く。

 屋上の光信号板は、雪の向こうで暗い。

 会議室には二十六人。

 屋上班八人は、まだ階段を下りている。

 凱は座っていた。

 入口近くの、背もたれが低い椅子。

 立てば全員の顔が見える。声も通る。

 座ると、前の二人の肩が視界へ入る。

 王だった頃には、邪魔だと思った。

 今は、その邪魔を残す。

「開始しないのですか」

 青年が訊く。

「俺へ訊くな」

「では、誰に」

「会場へ」

 青年は三十四人のうち、今いる二十六人を見る。

「屋上班を待ちますか」

 最初は誰も答えない。

 凱の顔を見る者がいる。

 凱は視線を返さない。

 胸の鐘にも触れない。

 装具の少年が言った。

「待つ」

「理由は」

「俺、縄切った。あの人たち、持ってった」

 年配の男が言う。

「待つ。屋上班は光板を直している。同期の仕事をした者を、同期に間に合わないから外すのは変だ」

 別の女。

「始める。寒い。午後の配給へ戻らないといけない」

 反対が出た。

 青年が凱を見る。

 凱は言わない。

「どう決める」

 青年自身が訊く。

 年配の女が答える。

「十分待つ。十時十分に来なければ、屋上班へ今の説明を別にする。最初の判断は、全員の説明後」

「中央条件は外れる」

「もう外れてる」

「誰が責任を」

「私」

「一人で?」

 女は周囲を見る。

 装具の少年が手を上げる。

「俺も」

 雪押しを離した男も。

「私も」

 青年は三人の名を書いた。

 凱の名はない。

 十時七分、屋上班が戻った。

 全員、髪と肩へ雪を積もらせている。

 先頭の女が、光板の反射鏡を抱えていた。

「割れた」

「いつ」

「昨夜。雪の重み」

「直る?」

「今日中は無理」

「じゃあ同期できない」

「有線と鐘でやる」

「一秒は」

「無理」

 女は簡単に言った。

 凱が言えば、宣言になる。

 現場の女が言えば、状態の報告になる。

 同じ文でも、重さが違う。

 青年が受付板へ書く。

《十時八分、全参加者帰還。説明開始》

《中央条件より八分遅延》

《理由――雪害対応、光板破損、参加者待機》

 凱は、その下へ自分の名を書こうとした。

 女が止める。

「あなたの署名、要らない」

「責任を」

「凱の到着待ちは、上に書いた。今の八分は、私たちが待つと決めた」

「俺が遅れたことから始まった」

「何でも自分の柱にするな」

 伏見轟なら、似たことを言うかもしれない。

 一本の柱へ荷重を集める建物は、強く見える。

 その柱が折れた時、全部落ちる。

 凱は右手を下ろした。

「分かった」

「本当に?」

「署名しない」

「それだけ」

「今は」

 女は受付板を壁へ戻した。

 凱の署名がない遅延記録。

 それでも、記録は成立する。

 午前十一時三十六分。

 試験説明が終わると、旧白冠の炊事班が白い蓋の鍋を運んできた。

 粥。

 塩漬けの根菜。

 人数は三十四人分。

 会場には、榛名の隊員を含めて四十一人いる。

「七人分、足りません」

 青年が言った。

「第三隊は持参食がある」

 榛名の部下が答える。

「外で食べる規則です」

「寒い」

「規則です」

 凱は鍋を見た。

 白冠時代なら、来客分を先に確保し、炊事班へ追加を命じた。足りなければ自分の分を抜いた。

 美しい処理だった。

 誰が空腹を引き受けたか、最後には王の一食だけが残る。

「持参食をここで食べるか」

 凱が隊員へ訊く。

「命令があれば」

「榛名へ訊くな。おまえは」

 隊員は外を見る。

「室内がいい」

「なら、ここで」

「地区の粥は取りません」

「それも自分で決めたか」

「はい」

 青年が座席表の裏へ食事欄を作った。

 粥三十四。

 持参食七。

 湯は共用。

 アレルギー確認二。

 塩分制限一。

 装具の少年は、凱の隣へ座った。

「凱、食べるの遅い」

「熱い」

「王様は猫舌?」

「王ではない」

「猫舌は?」

「事実だ」

 少年は満足して、自分の粥を吹いた。

「昨日、父さんが言ってた。凱が先頭じゃないと、白冠じゃないって」

「そうか」

「白冠、なくなったの?」

「旗団〈クルー〉としては残っている」

「王はいない」

「いない」

「じゃあ、誰の旗?」

 凱はすぐに答えられない。

 旗は共同体のものだ、と言えばきれいだ。

 だが倉庫の鍵、配給台帳、医療団地の発電機、夜警の腕章。多くはまだ旧幹部が握っている。

「まだ、持っている者が多い」

「凱も?」

「俺は鐘を持っている」

「返す?」

「使い方を決めてから」

「ずるい」

「そうだな」

 少年は粥へ根菜を落とした。

「じゃあ、決める時、ぼくも言える?」

「鐘を使う仕事に関わるなら」

「鳴ったら避難する」

「関わる」

「王じゃなくても?」

「王でない方がいい」

「凱が言うと、王様の命令みたい」

 凱は匙を置いた。

「では、おまえはどう思う」

「王が鳴らす鐘は、王がいないと鳴らない。みんなが鳴らす鐘は、うるさい」

「解決になっていない」

「当番」

「期限は」

「一日」

「短いな」

「猫舌の人が当番だと、火事が終わる」

 周囲に笑いが起きた。

 凱も笑った。

 白王の頃、彼が笑うと部下は安心した。

 今は、少年の冗談が先に場を変えた。

 凱はそれを、奪わなかった。

 食事のあと、鐘当番の試案が用紙の余白へ書かれた。

《一日交代》

《避難合図は二名確認》

《当番不在時は最寄りの者が鳴らし、後から理由を書く》

 同日判断の議題とは直接関係がない。

 だが、王がいない場所で誰が音を出すかは、同じ問題の小さな形だった。

 十二月二十六日、午後二時四分。

 北塔の時計は、薬を待つ人の前でだけ速く進んだ。

 実際の秒針は、中央より二秒進んでいる。

 だが配薬窓口の前へ並んだ十七人には、二秒が二十分ほどに見えるらしい。

 試験会議の説明が長引き、午後の薬袋を棚へ移す担当が足りなくなっていた。机の上には、白、青、黄の袋。服用時刻と、食前か食後かを示す印。窓口の裏では、薬剤師が一人で三つの棚を往復している。

「凱、手伝って」

 装具の少年が言った。

「何を」

「渡す」

「薬は渡せない」

「名前、読める」

「読めることと、渡してよいことは別だ」

「また別」

「別にしないと、間違えた時に全部おまえのせいになる」