第182話 第五章「無手の喧嘩」後編

「正規路はある。遠い」

「どれくらい」

「検査庫まで一時間半」

「近道なら」

「二十分」

「通っていい?」

「さっき言った。轟が通れない。警備区域。許可なし」

「じゃあ遠い方」

「本当に嫌いになった?」

「近い方が好きだ」

「なのに」

「帰り口がない」

 由良は立ち上がった。

「おまえは、道を人で塞ぐ」

「人が倒れてる道は、最初から狭い」

「名言みたいに言うな」

「言ってない」

「そういう顔」

「どんな」

「自分が正しいと知らないふり」

 迅は返事をしなかった。

 由良の言葉は、半分当たっている。

 迅は倒れた人間を置けない。

 優しいからではない。

 置いた人間が、後ろから立つ瞬間を知っているからだ。

 敵が倒れた時、戦いは終わらない。

 倒れた人間が、どう起きるかまでが喧嘩だ。

 それを見届ける間に、灰色荷車は遠ざかった。

 迅たちは一時間以上を失った。

 遠い道の先で、番号だけの誰かが、また別の場所へ運ばれるかもしれない。

 白線の向こうで、古賀が医務室へ歩いていく。

 短棍を置いた瀬名が、その後ろを何も持たずについていく。

 由良は東の近道を見た。

 迅は正規路を見た。

 二人の間には、二十分と一時間半の差があった。

 その差の中へ、誰を置いていくかという問いだけが、道標もなく立っていた。