第200話 第二章「住民の窓」後編

 塔の窓へ、色が増えた。

 白。

 青。

 赤。

 水務隊は、白を救援希望、青を中立、赤を久我支持と仮分類した。

 由良は、その分類表を破いた。

「公文書だぞ」

「写し」

「写しでも破るな」

 真琴が言った。

「内容へ異議を」

「異議」

「書いてください」

「紙、長い」

「破る方が早いという主張は、証拠保全と相性が悪い」

 由良は破いた紙を二枚、真琴の前へ揃える。

「直せる?」

「直すのは紙です。分類は直しません。廃棄理由と作成者を記録します」

「面倒」

「あなたはその言葉を便利に使いすぎる」

「便利だから」

 七瀬とタマキが、窓を一つずつ照合した。

「三階南。白、中央、一つ」

「湯。急がない。管理人へ」

「五階東。赤、右、三つ。結び目あり」

「本人以外が出した。外へ。今すぐ訪問拒否」

「訪問拒否を救援拒否と読める?」

「読めない」

「七階西。青、右、二つ。折り込み」

「設備不具合。外へ。当日中。内容限定」

「九階北。白と青。左。三つ」

「同じ階へ、湯と配管。今すぐ」

「十二階西。赤い布を竿へ巻いてる」

「案内にない」

「久我支持?」

「分からない」

「また」

「分からない色を、敵味方に塗るな」

 タマキは双眼鏡を七瀬へ渡した。

「十階。黄色い下着」

「案内にありません」

「ただの洗濯?」

「可能性が高い」

「外へ見せてる」

「日当たりです」

「政治的な黄色い下着かもしれない」

「その可能性を公文書へ書いたら、私は記録係を辞めます」

「何色なら政治?」

「色だけでは判断しません」

「じゃあ全部、洗濯」

「それも判断です」

 由良は笑った。

 前歯ではなく、息が短く抜ける笑いだった。

「七瀬、窓に負けてる」

「窓は敵ではありません」

「敵じゃない物へ負けるの、嫌?」

「負けたことにされるのが嫌です」

 迅が塔の影から出てくる。

「南壁、近づいた」

「行ったの」

 由良の声が鋭くなる。

「七歩の位置まで」

「やるなって」

「やってない」

「足跡ある」

「歩いたから」

「当たり前みたいに」

「歩くと足跡が残る」

「そこじゃない」

 迅は一枚の小さな布片を出した。

 白。

 端に青い糸。

 赤い結び目。

「落ちてた」

「どこ」

「七階の下」

 由良は受け取らない。

「触った?」

「手袋」

「位置、記録した?」

「七瀬に」

「撮りました」

「何の合図」

「三色だから、三つの意味では」

「一枚の補修布かもしれない」

 布は、古いシャツの切れ端だった。

 白い生地を青糸で縫い、赤糸で端を止めている。

 塔の外から見れば、三つの陣営が一枚へ縫い付けられたようにも見える。

 塔の中で縫った人にとっては、破れた場所へ手元の糸を使っただけかもしれない。

 由良は、ようやく布を受け取った。

「ノノの縫い方」

「断定?」

 七瀬。

「右上の返しが三回。これは断定していい」

「何を伝えている」

「布は直せる」

「それだけ?」

「それ以上、勝手に足すな」

 由良は布片を透明袋へ入れた。

 袋の記録欄へ書く。

《七階下で回収。磯良ノノの縫製特徴と一致。ただし、投下者・意図は未確認。》

 外側の分類表では、白と青と赤が三つの立場へ分けられていた。

 透明袋の中では、三色が一枚の裂け目を閉じていた。