第210話 第七章「久我の檻」後編

 ノノが言った。

「まだあるのか」

 久我。

「集会へ出ない人の扱い」

「賛否に数えない」

「部屋へ聞きに行かない」

「状況確認は必要だ」

「生きてるかの確認と、意見を言わせるのを分ける」

「扉を開けなければ」

「水袋と食事をいつも通り置く。返事がなくて、医療上の危険がある時だけサナ」

「警備は」

「サナが頼んだ時に同行。先に入らない」

 久我はサナを見る。

「診療者の判断へ権限を集中させるのか」

「嫌なら、もう一人つける」

 サナ。

「誰を」

「本人が決めていた連絡先。決めてなければハツ。ハツが嫌なら、近所の人」

「順番が曖昧だ」

「人によって違う」

「事故時に遅れる」

「その遅れを減らすため、今聞く」

 ケンが配給帳をめくった。

「各戸の食事受取人はある。医療連絡先は三割しかない」

「今日、集会で書かせる」

 久我。

「書きたい人だけ」

 ノノ。

「緊急時に困る」

「困ることを理由に、書かせるな」

「困るのは本人だけではない」

「だから、困る範囲を説明する。脅しにしない」

 久我は口を閉じた。

 ハツが笑う。

「檻、あんた、会議へ向いてないね」

「結論が遅い」

「配給だって、鍋が煮える前に配れないだろ」

「乾燥粉なら配れる」

「そのまま食わせる気かい」

「緊急時は」

「喉へ詰まるよ」

 久我が、ほんの少し眉を寄せた。

「比喩か」

「飯の話」

 タマキが地下の暗がりで笑った。

 久我は彼を見る。

「何だ」

「みんな、名言じゃないって言う」

「名言は、言った本人が仕事をしなくても残る言葉だ」

「それ、名言?」

「警告だ」

 ノノが三色の布を畳んだ。

「じゃあ決まり。話さない人へ、話せって言わない。生きてるかの確認は別。入る人は、一人が決めない」

「決まりではない」

 久我。

「提案を認める?」

「認める」

「じゃあ、少なくとも今日の決まり」

 恒久ではない。

 正午まで。

 短い決まりだから、誰かが一度でも試せる。

 試して駄目なら、別の人が変えられる。

 午前一時五十九分。

 由良は地下蓋から外へ出た。

 待っていた天環水務隊の副官が、すぐ近づく。

「内部協力者を確保したか」

「してない」

「誰が出てきた」

「言わない」

「住民の救助要請は」

「階別に確認する」

「いつ」

「正午まで」

「遅すぎる。司令は夜明けに南口を開ける」

「止めて」

「おまえに指揮権はない」

「知ってる。だから、住民の同意がないことを記録して」

「同意が取れないのは占拠されているからだ」

「同意が取れない時に、同意したことにするな」

「人命がかかっている」

「家も、水も」

「建物は建て直せる」

「誰が、どこへ」

「議論している時間はない」

 副官が由良の肩を押し、地下蓋へ向かう。

 由良は赤索を伸ばした。

 副官の足元へ掛ける。

 倒さない。

 進行方向を横へずらす。

 副官が雪へ膝をついた。

 護衛二人が武器へ手を掛ける。

 迅が間へ出た。

 拳は上げない。

「由良」

 凱が呼ぶ。

「やった」

「見れば分かる」

「止めた」

「それも分かる」

「褒める?」

「後でだ」

 副官が立ち上がった。

「鷹取由良。おまえの境界通行証を一時停止する。包囲線内での自由行動も認めない」

「分かった」

「抵抗しないのか」

「止めるのが目的だった。喧嘩するのは目的じゃない」

「自分で自分の道を塞いだな」

「誰かの家へ勝手に入る道なら、塞いでいい」

 副官は彼女の通行札を取り上げた。

 赤い縁の金属札。

 剛嶺の斥候であることと、天環側の一時通行許可を示す。

 由良の腰から、一つの音が消えた。

 通行札は軽い。

 失った後の方が、重かった。

 午前二時二十分。

 塔の各階で、灯りがついた。

 一階。

 三階。

 七階。

 十一階。

 全てではない。

 久我が放送する。

『各階で話せ。参加しない者を、賛成にも反対にも数えるな。配給順は変えない。診療札も変えない』

 少し間があった。

『塔外は、正午まで入らない』

 副官が舌打ちする。

 由良は包囲線の外へ下がった。

 通行札を失い、地下へ戻れない。

 だが塔の窓には、人影が集まり始めている。

 救出先は、まだない。

 退去の命令もない。

 残留の命令もない。

 それぞれの階に、話し合う時間だけができた。

 檻の扉は開いていない。

 中で、人が鍵の数を数え始めていた。