第214話 第九章「退去の順番」後編
「始めたら?」
「人が遅れる。荷物が増える。便所へ行く。怖くなる。だから変更欄を作る」
真琴が各紙の右側へ、広い空欄を設けた。
《変更理由は、書かなくてもよい。》
監督官が読む。
「理由なしで変更を認めるのか」
「認めます」
「安全計画が崩れる」
「変更した時刻だけ記録し、構造計画を組み直す」
「そんな余裕は」
「余裕がないことを、住民の責任にしない」
真琴は破った元書類の署名欄を見た。
一つだけだった署名欄。
全員の意思を、一人の代表へまとめる場所。
彼女はそれを、さらに細く裂いた。
署名欄ではなく、用途ごとの確認欄へする。
退去。
残留。
医療。
家財。
記録。
鍵。
「紙が増えた」
迅が言った。
「選択も増えた」
「持つの大変」
「タマキが運ぶ」
「誰が決めた」
タマキ。
「依頼する」
「料金」
「公費」
「受理」
午後一時二十分。
退去計画の紙は、地下蓋から一枚ずつ塔内へ渡された。
久我は正面扉を開けない。
「順番はできた」
凱が言った。
「道は閉じている」
「順番を作れば、開けると思った?」
由良。
「思っていない」
「顔は思ってた」
「顔で決めるな」
「みんな、それ言うようになったね」
塔の正面扉。
鋼製。
外側へ開く。
蝶番は三つ。
鍵は四つ。
その上に、久我の格子枠が重なっている。
迅が扉を見る。
「壊す?」
「壊さない」
轟。
「開ける?」
「内側が開ける」
「開けなかったら」
「扉を外す」
「同じでは」
「違う。戻せる」
「誰が」
「俺が」
轟は扉の蝶番へ耳を当てた。
中で、鍵束が鳴る。
久我がすぐ向こうにいる。
「伏見」
扉越しの声。
「何だ」
「扉を外した瞬間、外が入る」
「入れない」
「誰が止める」
「俺」
「おまえ一人で」
「一人ずつなら」
轟は扉から耳を離した。
まだ開けない。
退去の順番は決まった。
次は、入る側の順番を決める必要があった。