第225話 第三章「小麦の条件」前編
三月二十一日 午前十時十四分
食べ物は、運んでいる間にも働かせてくる。
温度を測れ。
袋の湿りを見ろ。
荷崩れを直せ。
誰かが腹を減らしていないか確認しろ。
そして、その仕事はたいてい「ついで」に数えられる。
土門小麦は、第六号車の荷台で、粉袋の角を親指へ押し当てた。
柔らかい。
よくない柔らかさだった。
「外側、夜露。中はまだ乾いてる。上二段を下ろす。濡れた袋は別記」
隣で荷締め帯を直していた整備員が、困った顔をした。
「走行中ですよ」
「知ってる。止めたら追いつかれる」
「下ろす場所がない」
「五号車の燃料箱の後ろ、空きが百八十リットル分」
「粉袋はリットルで載せません」
「空きは空き」
「重心が」
「轟さんに聞く」
小麦は無線を取った。
「九号車。六号車の上段、湿った粉袋十二。五号車へ移す。いい?」
『袋一つ何キロ』
「四十。十二で四百八十」
『五号車の左後ろへ六。右前へ六。高さ二段。帯は二本。床板の赤線より外へ出すな』
「了解」
『小麦』
「何」
『自分で持つな』
「持てる」
『持てるかではない。足裏を昨日からかばってる』
小麦は、靴の中で指を曲げた。
右足の土踏まずが、朝から熱を持っている。
「床に耳でもあるの?」
『歩幅が二センチ短い』
「見ないで」
『荷重を見る仕事だ』
「人を荷物みたいに言わないで」
『荷物は痛いと言わない。言う人間は先に聞く』
轟の無線が切れた。
小麦は整備員へ顎を向けた。
「聞いた?」
「あなたが持つな、まで」
「その前」
「四百八十キロを十二袋に分ける話」
「採用」
荷台の前方で、二人が袋を受ける。
小麦は持たない。
代わりに帯の位置を指示し、湿った角へ赤い糸を結んだ。
働かないことにも、技術が要る。
午前十時二十一分。
車列は旧塩計量所へ入った。
屋根だけ残った建物が、白い平原へ細長い影を落としている。
十二台は止まらない。
時速八キロまで落とし、一台ずつ錆びた計量板を踏んだ。
板はもう重さを測れない。
代わりに、蓑原が作業卓を荷台へ固定し、各車へ書類を回す。
「配布条件確認書です」
無線越しに、紙の擦れる音がした。
「寄贈物資は無償。受取側は、寄贈団体名を掲示し、配布状況を撮影し、到着後二十四時間以内に――」
「止めて」
小麦は言った。
「何行目」
「全部」
「全部では修正できません」
「じゃあ、上から。一、地元厨房の調理者へ賃金を払う」
無線が静かになった。
エンジン音だけが十二個、ずれて鳴る。
「二、残量を毎日公開。配った量じゃなく、残っている量。傷んだ分も盗まれた分も隠さない」
小麦は温度計を抜いた。
「三、祝賀会を開かない」
『最後は何ですか』
蓑原。
「言ったまま」
『援助到着式は寄贈条件です』
「到着式で食べる料理、誰が作るの」
『現地協力者へ依頼します』
「何人」
『受取先ごとに』
「何時間」
『規模によります』
「いくら払うの」
『協力です』
「答え出た」
小麦は、前掛けの内側から黒い帳面を出した。
表紙の角は油で丸くなり、背には何度も縫い直した糸が走っている。
炊事労働台帳〈キッチン・クロック〉。
本人は鍋帳と呼ぶ。
鍋より人間の方がよく焦げるため、火にかけた時間だけでなく、洗った手、眠れなかった時間、代わった者、代われなかった理由まで書く。
「昨日、環水三号塔の共同台所。百八十三食。切る人四人、煮る人三人、運ぶ人八人。名前は十四人。どうして数が合わないと思う?」
『兼務』
「そう。切って煮て運んだ人がいる。記録に『厨房十四名』って書くと、一人が三回働いたことが消える」
小麦は頁をめくった。
「その人、翌朝も来た。誰も代わらなかったから。手首を腫らして、家の店を休んだ。援助が届けば、また同じことが起きる。無料の食材の横で、無料の手を要求する」
『善意を労働に換算するのですか』
「善意だから数える」
『恩知らずだと受け取る団体もあります』
「受け取って。腹は恩で減らないし、疲労は拍手で治らない」
第三号車から、監督員の男が割り込んだ。
『こちら白冠連監督、瀬田。われわれは私費で四百二十袋を提供した。式典は支援継続の判断材料だ』
「四百二十袋のうち、あなたが運んだのは何袋?」
『寄付の話をしている』
「私は届くまでの話をしてる」
『金を出した者が条件を付けるのは当然だ』
「受け取る人が断るのも当然」
『空腹なら断らない』
小麦の口が閉じた。
由良が別回線から、低く言った。
『今のを記録して』
七瀬の声。
『時刻十時二十五分。発言者、瀬田。全文。公開範囲は後で本人へ確認します』
『何の権限で』
『発言が送られた全車両の証者です。公開はまだしていません』
『今すぐ消せ』
『削除要求として記録します』
『屁理屈だ』
「屁理屈は食べられない」
小麦は言った。
「でも、人を空腹のまま署名させる理屈よりは、腹を壊さない」
瀬田の回線が切れた。
計量所の屋根を抜ける。
日差しが白く跳ね、荷台の奥まで入った。
小麦は帳面へ時刻を書いた。
《十時二十五分 配給条件への異議。発言者は、空腹なら拒否しないと述べた》
その下へ、一行空ける。
《空腹時の同意は、腹が満ちた後に確認し直す》
文字が少し傾いた。
車体の振動のせいだけではない。
小麦は、怒ると字が小さくなる。
母に、読めない怒りは自分だけを煮詰めると言われたことがある。
そこで、もう一度大きく書いた。
《確認し直す》
午前十時三十三分。
後方の灰色帆が三列へ分かれた。
追走車は距離を詰めない。
代わりに、路側へ設置された古い広報柱を一つずつ起動させていく。
柱の蓄電池は死んでいたはずだ。
塩轍運送組合の車が横へ寄り、ケーブルを接ぐ。
白い面へ文字が灯った。
《無料麦 三十二トン》
次の柱。
《地元麦 在庫七・四トン》
さらに次。
《無料配布後の予定価格 ゼロ》
「数字は合ってる?」
小麦が訊いた。
『地元在庫は、昨日の聞き取りと近い』
由良。
「無料麦は?」
『申告総量と合わない。食料全体が四十二・六。麦だけ三十二は多すぎる』
「嘘と本当を同じ板に書いた」
『だから効く』
塩戸景の声が入った。
『土門小麦。厨房の賃金を数えるなら、店の棚も数えろ』
「数える」
『援助麦が一袋入れば、地元の一袋が売れなくなる』
「必ずじゃない」
『売れなかった時、おまえが買う?』
「条件に入れる」
短い沈黙。
『今、決めた顔をするな』
「顔、見えてる?」
『声で分かる』
「あなたは市場を守りたいの」
『質問が遅い』
「袋を盗んだ人に、早く聞く義理はない」
『旗しか取ってない』
「人を水溝へ落としかけた」
『あれは運転手が旗を見た』
「付け替えたのはあなたたち」
『見た者に責任がないとは言ってない』
「じゃあ、あなたにもある」
『あるから、ここにいる』
「責任を取る人は、普通、追いかけない」
『追いつかないと卓につけない町もある』
塩戸の回線が切れた。
小麦は帳面を閉じなかった。
「由良」
『何』
「地元在庫、店別に分かる?」
『全部は無理。外環壁沿いの十五店。連絡がつくのは九』
「値段、賞味、店主が売りたい量、売らずに残したい量」
『聞く』
「買い取り資金は」
『私に聞かないで』
「誰に聞く?」
『金を出した側。ただし、買う店をあっちに決めさせない』
「同意」
『早い』
「腹が減るから」
『商いは明日も続く』
「両方やる」
『言うだけなら簡単』
「鍋も、食べるだけなら簡単」
由良が、鼻で短く笑った。
『今のはうまくない』
「味見してないから」
午前十時四十一分。
凱が第六号車の後部へ移ってきた。
走行中の車両間移動を避け、計量所の減速区間で第五号車から降り、第六号車へ乗り直したらしい。
左膝の装具へ白い塩が付いている。
「条件を聞いた」
「反対?」
「祝賀会は不要だ」
「王様が言うと、式を嫌う反省会みたい」
「元だ」
「元王様の反省会」
「食事は出るか」
「賃金を払えば」
「俺にも?」
「働けば」
「何ができる」
「名前を読む」
「それは得意だ」
「大きい声で寄贈者だけ読むのは禁止」
凱は、鍋帳を覗いた。
「運転手も書くのか」
「書く。荷役、整備、道を知らせた人、店の在庫を数えた人、食べなかった人」
「食べなかった者まで?」
「食べられなかったのか、選んで食べなかったのか、足りなくて譲ったのか。違う」
「全員を一冊へ入れられるか」
「入らなかったら二冊にする」
凱は少し考えた。
「車列の運転手へ、条件を一台ずつ確認する」
「全車命令じゃなく?」
「自分の車が式典用か、配布用か、運転手も知らされていない者がいる」
「降りるって言ったら?」
「代わりを探す。見つからなければ、その車は止める」
「食料、傷むよ」
「知っている」
「私が止めるなって言ったら?」
「聞く。決めるのは運転手だ」
「面倒になったね」
「以前は簡単すぎた」
凱は無線を取った。
車両番号ではなく、運転手の名を呼ぶ。
「江橋勇。配布条件に、地元調理者への賃金、残量公開、到着式なしが加わる可能性がある。運送契約の変更になる。続行するか」
『続ける。式典で三時間待たされたことがある』
「柿沼リサ」
『続けます。賃金の支払者を先に決めて』
「確認する」
「郷原慎」
『俺は寄贈団体と契約してる。式典撮影までが業務だ』
荷台の空気が固まった。
小麦は、すぐ口を挟まなかった。
凱も急かさない。
『式をしないなら、契約違反になる。違約金は払えない』
「降りるか」
『降りたくない』
「なら、契約変更を要求する。俺が証者になる」
『通ると思うか』
「思わない」
『王様は希望を言わないんだな』
「元だ。通らないと思っても、要求はできる」
『……続ける。返事が出るまで、俺の車の旗は畳まない』
「了解」
郷原の第四号車だけ、赤い太陽の旗が立ったまま走る。
他の旗より、孤立して見えた。
小麦は、その旗を嫌いにならなかった。
畳まない理由が、初めて人の言葉になったからだ。
午前十一時二分。
車列は、旧塩路の休止区へ入った。
道路脇に、屋根の低い商店が三軒並んでいる。
一軒は戸が落ちていた。
一軒は窓を板で塞いでいる。
残る一軒だけ、軒先に豆袋が五つ積まれていた。
看板には《鳥飼乾物》とある。
店番の女は六十を越えていた。
灰色の髪を布で覆い、秤の皿を両手で磨いている。
援助車列を見ると、歓迎もしなければ逃げもしなかった。
「止まるの」
小麦が車から降りる。
「八分」
由良が答える。
「敵は」
「一・六キロ。ここでは寄らない。店があるから」
「襲撃者が店を守る?」
「店を盾にもする」
「どっち」
「両方できる人は、両方する」
小麦は店へ歩いた。
足裏が痛い。
轟に言われた通り、歩幅を少し狭くする。
店番の女が、秤を置いた。
「援助の人?」
「炊事の人」
「無料の麦を配る?」
「条件を作ってる」
「無料に条件があるなら、無料じゃない」
「値段がないだけ」
「一番高いやつ」
女は豆袋を叩いた。
「これ、九月に仕入れた。冬を越した。売れたのは二袋。残り五袋。援助が来たら、春も越す」
「腐る?」
「豆はまだ持つ。店が持たない」
「いくら」
「聞いてどうする」
「買う条件を作る」
「援助金で?」
「寄贈側の資金か、受取側の共同購入か、まだ決まってない」
「決まってないものを勘定に入れるな」
「だから、今聞く」
女は小麦を見た。
前掛け。
鍋蓋。
帳面。
「土門小麦?」
「そう」
「景が言ってた。鍋の子が来るって」
「景って塩戸?」
「姪みたいなもん。血はつながってない」
「鳥飼至は」
「孫」
「青い旗を盗んだ」
「知ってる」
「止めないの」
「車へ乗れない膝で、どう止める」
「怒らない?」
「怒ってる。だから、帰ったら皿を洗わせる」
「軽くない?」
「刑はあんたが決める?」
「決めない」
「なら、私も決めきれない」
女は棚の下から、折れた価格板を出した。
豆、一キロ七十二。
麦粉、一キロ六十五。
乾燥葱、一束十九。
その下に、新しい数字が書かれ、また消されている。
「塩轍の車が運んでる?」
「去年までは。道代を取る。高い。でも来る」
「略奪もする」
「知ってる」
「それでも?」
「来ない正しい車より、来る悪い車を使った。恥かい?」
「困る」
「同じだ」
小麦は、豆袋の口を開けてもらった。
匂いを嗅ぐ。
湿りは少ない。
虫食いが三粒。
十分使える。
「五袋、全部は買わない」
「ほう」
「店に残す分を決めて。春に誰かが金を持って買いに来るかもしれない。全部なくなると、援助が終わった後、棚が空になる」
「無料麦を配って、金持ちには私の豆を買わせる?」
「金持ちかどうかじゃない。豆が必要で、買える人。共同厨房は一部を買う。値段は公開。援助袋と混ぜたら、どっちを何食使ったか書く」
「面倒だね」
「食べ物は、口に入るまでずっと面倒」
女の口元が動いた。
「景と同じこと言う」
「嫌」
「向こうもそう言う」
車列の警笛が一度鳴った。
出発三分前。
小麦は価格板の数字を写した。
「名前」
「鳥飼澄江」
「店主?」
「店の持ち主は死んだ。名義は息子。働いてるのは私。金を受け取るのは、誰にする?」
「それも書く」
「一行じゃ足りないよ」
「頁を増やす」
澄江は、折れた価格板を小麦へ渡した。
「持っていきな」
「店に必要」
「もう一枚ある」
軒下を見る。
同じ価格板が掛かっていた。
ただし、麦粉の六十五だけが横線で消されている。
その下へ、白いチョークで大きく書かれていた。
《無料が来るまで売れません》
誰が書いたのか、澄江は言わなかった。
遠くで、灰色の帆が動く。
小麦は折れた板を前掛けの紐へ差した。
車列が再び走り出す。
軒先の五つの豆袋と、消された値段だけが、白い道の後ろへ残った。
八分は、十一分になった。
由良が警笛を二度鳴らす。
「あと一分」
「三軒ある」
小麦。
「戸が落ちた店と、板で塞いだ店」
「閉まってる」
「閉まった理由は開いてるかも」
「食料が傷む」
「店も傷んでる」
「一分」
小麦は、板で塞がれた久瀬油店へ走った。
足裏へ痛みが刺さる。
走るなと言われている。
それでも歩幅を短くし、踵を強く打たない。
戸を叩く。
返事はない。
板の隙間に、古い注文札が挟まっていた。
《食用油 二箱/配達時に半額/残りは四月》
日付は、二か月前。
配達印がない。
小麦は札を抜かない。
七瀬を呼ぶ。
『撮影範囲は』
「店名と注文内容。個人名なし。戸の中は撮らない」
『店主の許可は』
「取れてない」
『では、公開前提では撮らない。位置記録だけ』
「後で店主を探す」
『見つからなければ』
「使わない」
もう一軒。
戸が落ちた路橋製粉。
中には石臼が一台。
粉はない。
床へ、麦袋を引きずった跡だけが残る。
壁に賃金表。
《挽き一袋 三》
《夜間 一追加》
《袋修繕 別》
数字の単位が消えている。
「三って、何」
タマキが後ろから来た。
「銀片か、食券か、量か」
「分からない」
「分からない数字を帳面へ入れる?」
「入れない。分からないって書く」
「空欄と違う?」
「空欄は、まだ聞いてない。分からないは、見たけど決められない」
タマキは、壁の賃金表へ顔を近づけた。
「下に薄い字」
煤を指で擦る。
《三/一袋を挽く人の食事》
「お金じゃない」
「食事三回?」
「一袋で三人分かも」
「また分からない」
「店主を探す」
「援助の麦をここで挽けば、店を助ける?」
「壊れた臼を直す人が要る。働く人の賃金も。店主が戻りたいかも聞く」
「全部できない」
「全部やるとは言ってない。無料の粉を配る前に、ここで何が止まるか知る」
由良の警笛が三度。
本当に出発する音。
小麦は、床の麦袋跡を一度だけ見た。
援助車列の袋は新しい。
縫い目も揃っている。
この店の床に残る跡は、古く、途中で消えていた。
「行くよ」
タマキ。
「店主の名前、分かる?」
「看板は路橋」
「人の名前とは限らない」
「じゃあ、店の名だけ」
小麦は帳面へ書いた。
《路橋製粉。閉鎖理由不明。石臼一。賃金表の単位不明。無断利用しない》
何も買っていない。
何も救っていない。
それでも、存在を知らなかった時より、勝手に決められることは減った。
車へ戻ると、由良が言った。
「三分超過」
「店が三軒」
「敵は一・四キロ」
「近づいた」
「分かってる?」
「怖い」
「顔に出てない」
「鍋蓋に出てる」
へこんだ鍋蓋は、何も変わらない。
「迅みたいなこと言うな」
「少し」
由良は、笑わずに車へ飛び乗った。
小麦も続く。
出発の遅れ三分。
閉じた店二軒。
後で確かめる項目七つ。
小麦は、全部を同じ頁へ書かなかった。
時間の責任と、店の問題は、別の頁にした。
午前十一時二十四分。
折れた価格板は、第六号車の荷台で、誰より場所を取った。
長さは腕一本。
重さは鍋蓋より軽い。
それでも、袋を積み替えるたび、全員が板を避けた。
「捨てません?」
整備員が訊いた。
「証拠」
「価格板が?」
「値段を消した人がいた証拠」
「誰が消したか分からない」
「分からないことも書く」
「役に立ちます?」
「役に立つものだけ残すと、役に立たなかった人が消える」
小麦は板の裏へ時刻を書いた。
《十一時十分 鳥飼乾物。麦粉六十五、横線。書いた者不明》
その下へ、先ほどの条件を三つ書く。
一、調理者へ賃金。
二、残量公開。
三、到着祝賀なし。
四行目を空けた。
考えてから、書く。
四、地元在庫を先に捨て値にしない。
「先に、っていつまで?」
タマキが、荷台の後ろから覗いた。
緑の帽子が風で平たくなっている。大きな鉄の配達箱を背負い、空荷なのに、走行中も留め具を二度確認する。
「分からない」
「分からない条件は、誰が終わらせるの」
「いい質問」
「答えは」
「今から探す」
「質問を褒めて逃げた」
「迅みたいに言わないで」
「迅なら褒めない」
「もっと嫌」
タマキは板を指でなぞった。
「誰から」
「鳥飼澄江」
「誰へ」
「私」
「何のため」
「店の在庫を条件へ入れるため」
「返す?」
「写したら」
「いつ」
「配布が終わるまでには」
「終わらなかったら」
「返しに行く」
「その言い方だと、終わらない方が会いに行けるみたい」
「十四歳が変なところを見るな」
「配達は、返すところまで」
タマキは鉄箱から細い紙帯を出した。
《借用物・価格板/持主・鳥飼澄江/借受・土門小麦/返却条件・内容写しと配布条件確定後》
「署名」
「左手、粉で汚れてる」
「右で」
「私は左利き」
「拭いて」
小麦は前掛けで親指を拭いた。
署名する。
タマキも証者欄へ書く。
字は丸いが、線の終わりだけ急に強い。
「借りるのも面倒」
「物は、持った瞬間から誰かの手をふさぐ」
「それ、名言みたいに言った?」
「普通の配達の話」
無線が鳴った。
『土門。厨房から返事』
由良の声。
『環水三号塔、調理台四、火口七、現場で働ける者十一。うち三人は警備兼務。日中なら百八十食。夜間は八十』
「賃金希望」
『現金二人。燃料券三人。店の仕入れとの相殺四人。決めてない二人』
「一つにしない」
『分かってる。次、東の高架下厨房。火口二、井戸なし、水は一日百二十リットル。食数は七十が上限』
「乾燥豆を送ったら?」
『水が足りない』
「油と乾燥芋。豆は水のある所」
『三つ目、旧軌道宿舎。鍋はある。火口なし』
「固形燃料を付ける。でも換気は?」
『窓二。片方は割れてる』
「室内使用なし。外竈を組める人がいるか聞いて」
『もう聞いた。二人。ただし一人は腰を痛めてる』
「轟さんへ、竈組みの軽作業手順。持ち上げないやつ」
『送る』
小麦は鍋帳へ線を引いた。
食料の量だけでは、食事の数にならない。
水。
火。
鍋。
手。
時間。
洗う場所。
運ぶ脚。
残った物を翌朝まで守る棚。
袋の重さは同じでも、届いた場所で意味が変わる。
「受取人って、人じゃないのかも」
小麦が言った。
タマキが顔を上げる。
「人でしょ」
「人だけじゃ足りない。台所が受け取れるか、店が受け取れるか、道が受け取れるか」
「道は食べない」
「食べないけど、通さない」
「それなら、受取人じゃなくて条件」
「十四歳に整理された」
「十五歳が散らかしてるから」
小麦は鍋蓋でタマキの帽子を軽く押した。
「暴力」
「帽子の形を直した」
「本人の同意」
「あとで確認する」
「空腹の時じゃない時に?」
「覚えてたの」
「配達は、同じ質問を違う所で使う」
午前十一時四十七分。