第240話 第十章「公開目録」後編
北壁の前へ、人は立たない。
料金台も車線外へ移す。
目録箱は開いたまま、四方を透明板で囲う。
誰かが持ち上げれば、板へ当たる。
塩戸の要求を、一項目ずつ処理する。
「一、地元商店在庫の運送料」
七瀬。
「買い取りが成立した荷だけ、公開料金表を基準に支払う。距離と車両ごと。塩橋危険加算は、この便では橋を使わない経路なら付けない」
小麦。
「異議。迂回路も路面が悪い」
塩戸。
「別の危険加算を、実走後に申告。先払いなし」
「上限」
「通常運送料の二割」
「三割」
「二・五」
「端数が嫌い」
「二割五分」
「同じだ」
「分かったなら採用」
塩戸は渋い顔で頷いた。
「二、荷役賃金」
「地元相場。一人一時間二十四。夜間は三十。休憩十五分を労働時間から引かない」
「休憩も払う?」
「拘束してる」
「採用」
「三、橋上接触の車両損傷」
轟が図を出す。
「塩轍三番の急制動が滑走開始。援助九号車の回避で側面接触。粉散布は、その前提条件。責任割合は今決めない。双方の修理見積もりを公開し、運転操作、路面、橋上指示を別々に審理」
「今、金が要る」
塩戸。
「走行可能にする応急修理は、双方で資材を出す。恒久修理は後」
「応急を無料にするな」
小麦。
「作業時間は記録。後で責任割合に応じて支払う」
「採用」
「四、負傷者治療費」
「治療を先行。請求先は保留。治療拒否なし。本人の行為、指揮命令、事故要因を個別に残す」
「採用」
「五、目録箱保管料」
「拒否」
小麦。
「理由」
「自ら作った不法な保管。防水布の使用と作業時間は記録するが、支払対象にしない」
「異議を残す」
「残す」
「六、個別審理」
「採用。ただし、組合内だけで完結させない。被害を受けた運転手、受取側、記録者が参加。処分前に治療と帰路を保障」
「外部が組合員を解雇するな」
「解雇は組合の権限。輸送契約停止は荷主の権限。別にする」
「採用」
塩戸は、自分の要求書へ一本ずつ線を引いた。
完全に通ったものはない。
完全に退けられたのは、保管料だけ。
勝ちでも降伏でもない。
午後九時四十九分。
援助側の責任も処理する。
二重計上。
公開遅延。
第三号車の即時離脱準備。
受取人未記載の袋。
調理者賃金の未設定。
祝賀会条件。
「到着祝賀は中止」
蓑原。
「五団体中、四団体が同意。一団体は回答なし」
「回答なしは、開催同意じゃない」
小麦。
「中止で記録します」
「調理者賃金」
「援助調整費から暫定支出。現金、燃料券、仕入れ相殺を本人選択。最低額は地元荷役の夜間賃金と同等」
「料理の方が安い時は?」
「下げない」
「高い時は」
「地元相場へ上げる」
「採用」
瀬田が口を挟む。
「白冠連は、祝賀中止と賃金支出を承認していない」
蓑原が言う。
「第三号車の監督権限を、今夜の運行と配布判断から外します」
「あなたにその権限は」
「共同調整所の現場安全規定。即時離脱準備と、資料持出しの未承認行為」
「本部へ抗議する」
「できます。抗議先を紙へ書きます」
「私は犯罪者ではない」
「そう書いていません」
七瀬が壁を示す。
《資料持出し未遂/車両安全指示/事故要因候補》
「窃盗とは書かない。あなたの異議も横へ」
瀬田は自分の異議を書いた。
《本部確認のための一時保管。窃取意思なし》
その横に、塩戸の記録がある。
《目録箱窃取。交渉材料化。開封なし》
同じ紙を動かした二人。
言葉は違う。
結果も同じではない。
並べることで、同一にはしない。
午後十時十一分。
目録箱返還記録の空欄を、塩戸が埋めた。
《三月二十二日 二十二時十一分。公開卓へ返還。保持者なし》
「署名」
タマキ。
「誰へ返した?」
塩戸の筆が止まる。
「卓」
「卓は人じゃない」
「六人」
「六人の誰も所有しない」
「なら、公開目録の管理へ」
「管理者は」
全員が七瀬を見る。
「私一人にしない」
七瀬。
「壁の原本は、この料金所で明朝まで。写しを、受取地区、援助調整所、塩轍、車列運転手会、外部監査へ一部ずつ。変更は、理由と変更者名を全写しへ通知」
「六か所」
タマキ。
「一つ足りない」
「何」
「厨房」
小麦が手を上げる。
「鍋帳へ、食料関係の写し」
「七か所」
七瀬。
「採用」
塩戸は返還先へ書いた。
《七か所へ分散する公開目録》
名前ではない。
それでも、誰へ返したかが、一人より明確だった。
午後十時二十六分。
北壁には、四十二・六と三十六・一六と三十三・八八が並んでいた。
最初の数字は消さない。
横線も引かない。
なぜ変わったかを、下へ書く。
目録箱は開いたまま、誰の手にも持たれていなかった。
七瀬は最後に、壁全体を一分間、動かさず撮った。
車を止めた拳より長く。