第241話 第十一章「車列を分ける」前編

三月二十三日 午前七時四分

 一列は、先頭を作る。

 分かれれば、先頭は増える。

 獅堂凱は、廃料金所の中央で七枚の経路図を見た。

 環水三号塔。

 東高架下。

 旧軌道宿舎。

 剛嶺南端。

 白沼沿道。

 北塩七区。

 二つの小集落を回る連絡便。

 十一地区すべてではない。

 三人の確認が揃わない地区。

 連絡が戻らない地区。

 受取を保留した地区。

 その分の食料は、廃料金所の第四通行口を仮倉庫にして残す。

「残存量、三十三・八五トン」

 小麦が読み上げた。

「昨日の品質確認待ち三十キロは、外袋を除去、内袋無傷。食用可。路面へ散った三十キロは廃棄。三十三・八八から〇・〇三を引く」

 北壁の数字が書き換わる。

《配布・保管可能量 三十三・八五トン》

 地元商店からの買い取り成立分、三・一四トン。

 これは足さない。

 別の列。

 値段と所有者名を残す。

 援助食料と同じ荷台へ載せる場合も、床の右と左へ分け、荷札の色を変える。

「七隊」

 凱は言った。

「全車を、一つの順で動かさない」

「最初から、そのために分けます」

 蓑原。

「自分へ言った」

「声に出す必要は」

「ある」

 凱は胸の割れた鐘へ触れた。

 十二台を一つに動かす声は、簡単だった。

 名前を呼び、間隔を決め、速度を揃える。

 誰かが遅れれば待たせる。

 誰かが迷えば代わりに決める。

 道が一本なら、それを統率と呼べる。

 道を七本に分けた後も、中央から指示すれば、七本は見えない一本へ戻る。

「各隊の運転責任者は、各運転手が決める」

 凱。

「俺は全体責任者にならない」

「では、全体の事故時は」

 蓑原。

「事故ごとの判断者を記録する。共通部分は、公開目録と荷札の規則だけ」

「保険は」

「蓑原が調整する」

「私に集めますか」

「調整の仕事を頼む。行先の決定は頼まない」

「境界が曖昧です」

「書く」

 凱は紙へ二列作った。

《蓑原が決める》

 車両保険の手続き。

 寄贈団体との連絡。

 運転契約変更の受付。

 事故報告の集約。

《蓑原が決めない》

 受取地区。

 配布量。

 地元在庫の買い取り。

 個人の公開範囲。

 運転手の続行。

「これで?」

「不足です」

「何」

「私が判断を拒否した時、誰へ戻すか」

「各担当」

「その各担当が不明です」

「経路は由良。食料は小麦。車体は轟。記録は七瀬。運転は本人」

「全員が違う答えを出したら」

「止める」

「また止まります」

「必要なら」

 蓑原は紙を受け取った。

「昨日なら、面倒だと言いました」

「今日は」

「書式にします」

「もっと面倒」

「仕事です」

 午前七時十八分。

 運転手会を開く。

 王環の総会場ではない。

 料金所の路面へ、車両番号札を円に置いただけ。

 運転手は、自分の札の後ろへ立つ。

 凱は円の中央へ立たない。

 外側。

 左膝を伸ばせる位置。

「七経路」

 凱が読む。

「自分の車と荷に合うものを選べる。昨日までの担当を継続する義務はない。断っても、車列離脱や契約違反とは扱わない。寄贈団体との契約変更は蓑原が受ける」

 郷原慎が手を上げた。

「赤い太陽の旗を掲げる契約は、回答がまだない」

「続ける?」

「旗を畳むなら、契約違反の可能性がある」

「掲げたまま走る?」

「昨日、誤認が起きた」

「なら、本人の希望は」

「畳みたい」

「書く」

 郷原は紙へ書いた。

《安全上、走行中は畳む。寄贈者名は荷台内、公開目録、到着後の荷札で示す。運転手判断》

「団体が違約金を請求したら」

「異議を出す。払えなければ」

 郷原は一度止まった。

「運転をやめるかもしれない」

「今は」

「続ける。北塩七区。風が強い道は慣れてる」

「了解」

 江橋勇。

「環水三号塔。油と豆。道は平ら。右小指が曲がらないから、狭い旧軌道は避ける」

「了解」

 柿沼リサ。

「東高架下。第五号車を風除けへ使うか、現地で見て決める。側板仮修理。固形燃料は四号と九号へ分けた」

「了解」

 野々村葉。

「白沼沿道。魚を二日以内に運ぶ。昨日、旗を追って水溝へ行ったから、今度は荷札と地図を二人で確認する」

「誰と」

「塩轍の運転手を一人。地元の店を知ってる人」

 円の外で、塩戸景が聞いている。

「うちから葛西」

「本人へ」

 葛西という四十代の男が前へ出た。

「白沼までの道は知ってる。援助車へは乗らない。自分の車で魚を運ぶ」

「運送料」

「公開表」

「襲撃へ参加した?」

「並走車の後方。旗窃取にはいない。橋では後続」

「個別審理は」

「受ける」

 野々村が頷く。

「一緒の隊じゃない。前後に走るだけ」

「それでいい」

 凱は、統合と呼ばなかった。

 用途が重なる間だけの暫定協力。

 同じ旗を掲げない。

 同じ命令系統にしない。

 事故時の救護だけ、共通周波数を使う。

 午前七時四十九分。

 七つの運転班ができた。

 班ができても、すぐには車が動かなかった。

 運転手の睡眠時間を、タマキが一人ずつ聞いたからだ。

「昨日、いつ寝た」

「二時」

「起きた」

「六時」

「四時間。続ける理由」

「北塩の道を知ってる」

「眠くない?」

「少し」

「少しは、何秒目を閉じる」

「閉じない」

「じゃあ分からない」

 郷原慎は、眠気を否定しようとした。

 あくびが先に出た。

 円の中で、誰も笑わない。

 タマキが白板へ書く。

《郷原慎/睡眠四時間/本人申告・少し眠い》

「北塩七区を降りる?」

 凱。

「降りたら、旗を畳んだ責任まで逃げたように見える」

「見え方で運転するな」

「元王様は、見え方で国を動かした」

「だから言っている」

 郷原は黙る。

「交代できる人」

 凱は全体へ聞かない。

 北塩七区を選んだ車の運転手へだけ訊く。

 一人が手を上げた。

 補助員の峰岸環奈。

「大型は運転できる。北塩は二回。風穴の位置は知らない」

「俺が助手席で道を言う」

 郷原。

「眠ったら」

「起こさない」

「道は」

「無線で現地へ聞く」

「それなら、俺が要らない」

「運転手としては。旗の契約の異議は、書いて残せる」

 郷原は、自分の札を円から外した。

 離脱ではない。

 助手席へも乗らない。

 仮倉庫の旗管理と、寄贈団体への異議書作成を選ぶ。

「走れない」

 郷原。

「走らない」

 タマキが訂正した。

「車が壊れた時だけじゃない。人が眠い時も、動かさない仕事」

 轟が頷く。

「車軸は交換できる。反応時間は、途中で締め直せない」

「俺は車軸以下か」

「車軸に失礼だ」

 郷原は怒る顔をした。

 それから、少し笑った。

「眠いから、反論が遅い」

「寝ろ」

 凱。

「命令?」

「提案。だが、北塩車の運転席には乗せない。安全担当としての判断」

「そこは命令できる?」

「範囲を紙へ書く」

 蓑原が、もう書いていた。

《運転継続停止。理由、本人申告と観察。処分ではない。再確認は四時間後》

 郷原は署名し、毛布を頭から被った。

 運転手会の横で眠る。

 英雄が倒れる姿より、仕事を止めて眠る姿の方が、撮影されにくい。

 七瀬は顔を撮らず、円から外された車両札と、畳んだ旗だけを記録した。

 次は、第九号車。

「左後輪、振動」

 運転手。

「速度三十以下なら走れる」

 轟が車体下へ潜る。

「走れる、の意味を分ける。空荷で三十。今の積載なら二十二。白沼路面なら十八。二時間ごとに締結確認」

「予定に遅れる」

「速度を上げると、車輪だけ先に着く」

「車体は?」

「道に残る」

 第九号車は東高架下隊から外れ、近い環水三号塔へ変更する。

 代わりに第七号車の荷を二台へ分ける。

 積み替えは、出発順を十五分遅らせた。

 誰も《全車準備完了》とは言わない。

 準備できた車から、準備できた経路へ出る。

 一列なら、一台の遅れが全体の失敗になる。

 分かれた車列では、遅れる車は自分の理由を持てる。

 ただし、その理由を隠して、他の道へ押しつけることはできない。

 白板には、車両変更、睡眠、速度制限、積み替え時刻が残った。

 食料だけでなく、運ぶ人間の状態も目録の一部になった。

 走行に使う車両は十一台。

 第三号車は前輪軸が歪み、廃料金所へ残る。

 荷は別車へ移す。

 第三号車の運転手は、仮倉庫の保管担当を選んだ。

「走れない車に運転手は要らないでしょう」

 誰かが言った。

「車を守る」

 本人。

「荷と公開目録の写しも。修理人が来た時、事故原因を説明する」

「動けないのに、仕事?」

「動かさない仕事」

 轟が頷いた。

「一番壊れた時に要る」

 午前八時三分。

 寄贈旗を畳む。

 青い車輪。

 金の穂。

 赤い太陽。

 白い手。

 緑の匙。

 一枚ずつ、荷台内の壁へ固定する。

 見えなくするためではない。

 走行識別から外す。

 荷下ろし時には、寄贈者名を荷札と公開目録で示す。

 旗を折る回数は、団体ごとに違った。

 青い車輪は四つ折り。

 金の穂は三つ折り。

 赤い太陽は、中心を折ることを禁じる意匠だったため、筒状に巻く。

「面倒」

 タマキ。

「寄贈者を消さない条件」

 蓑原。

「受取人の名前は、旗と同じ大きさ?」

「到着地ごとの白板へ。同じ面積」

「名前を出したくない人は」

「地区名、厨房名、または非公開。本人が選ぶ」

「空白でもいい?」

「いい」

 タマキは白板を七つ作った。

 一枚目。

《寄贈者:五団体/受取:環水三号塔三名確認/運転:江橋勇ほか》

 二枚目。

《寄贈者:五団体/受取:東高架下三名確認/運転:柿沼リサほか》

 旧軌道宿舎の板だけ、受取欄に個人名がない。

《受取:宿舎三名確認/一名は公開拒否》

「凱は、どこへ」

 迅が訊いた。

「旧軌道宿舎」

「一台」

「最も小さい」

「守りは」

「現地が俺の関与を拒否したら、途中で降りる」

「由良は入れない」

「知っている」

「凱は、元白王」

「それも知っている」

「拒否されるかも」

「だから、行く前に聞く」

 凱は無線をつないだ。

「旧軌道宿舎。獅堂凱。小型一台へ同行を希望する。役割は、荷札と運転手、調理者の名を読み、荷下ろしは膝の範囲で行う。指揮権を持たない。拒否できる」

 返事はすぐ来なかった。

 凱は待つ。

 王だった頃、沈黙を使った。

 今は、沈黙に使われる。

 自分が拒否される時間を、急かさない。

『条件』

 宿舎から男の声。

「言ってくれ」

『王の呼び方を持ち込まない。人を整列させない。写真の中央へ立たない。鷹取由良の代わりに経路を決めない』

「同意する」

『途中で危険が出たら』

「運転手と現地の判断を聞く。緊急時、人命を守るため声を出すことはある。後で判断者名を残す」

『来ていい』

「了解」

 無線が切れる。

 迅が言う。

「嬉しい?」

「許可は、歓迎ではない」

「聞いてない」

「少し」

「顔に出てる」

「どこ」

「鐘」

 胸の割れた鐘は、何も変わっていない。

「適当」

「少し」

 午前八時二十七分。

 地域別三名の署名を、車両ごとに確認する。

 署名。

 指印。

 声。

 鍵の音。

 結び目。

 方法は違う。

 三人が同じ紙へ同時に触れる必要はない。

 誰かが撤回した地区は、その分を仮倉庫へ戻す。

 北塩七区の一人が、出発直前に量を減らした。

『予定百三十食分から、百十へ。調理者二人が熱を出した』

「余った分は、ほかへ回す?」

 蓑原。

「今は回さない」

 小麦。

「保留。別地区が欲しいと言っても、三人確認を取り直す」

「二十食分がここへ残る」

「残す」

 車から袋を下ろす。

 出発直前の積み替え。

 面倒。

 時間がかかる。

 それでも、一度決めた量を、車が動くからという理由で固定しない。

 午前八時四十八分。

 塩轍運送組合から、三台が地元在庫輸送へ入ることになった。

 葛西。

 遠野。

 塩戸。

 鳥飼は足首固定で運転しない。

 残る三台は、参加を断った。

「援助側の監査と一緒に走れない」

 一人が言う。

「地元の店は守りたい。でも、盗みを謝ってまで仕事を取らない」

「謝罪は、仕事の条件じゃない」

 塩戸。

「個別審理はある」

「それが嫌だ」

「断れる」

「組合を抜ける?」

「今は抜けなくていい。今回の運送を断る」

「景は、援助側へ売った」

「売ってない。運ぶ物と値段を決めた」

「同じだ」

「同じと思うなら、離れて走れ」

 三台は、料金所の南側へ向きを変えた。

 敵側の離脱。

 裏切りでも、改心でもない。

 自分の仕事を断っただけ。

 塩戸は追わない。

 組合全体を一つに保つため、個人を縛らなかった。

 凱は、その背中を見た。

 一列を守ろうとすれば、離れる車は敵になる。

 分かれた車列では、離れることも一つの行先になる。

 最後まで札を選ばなかった運転手が一人いた。

 高城ミツル。

 第十号車。

「どこも知らない」

「昨日まで、どこを走る予定だった」

 凱。

「一列の十番目。前へついていく」

「今は前がいない」

「だから、選べない」

 由良が七経路の危険を書いた紙を渡す。

「知ってる道は」

「旧軌道入口まで」

「宿舎隊は一台で足りる」

「じゃあ、要らない」

「仮倉庫へ残る仕事もある」

 タマキ。

「走らない車を守る。戻った箱を数える。帰る車へ水を渡す」

「運転手なのに」

「運転しない時間も運転手」

 高城は、第十号車の鍵を掌で転がした。

「俺が残ったら、十号車の荷は」

「二台へ分ける。荷役時間と燃料が増える」

「迷惑」

「事実」

 凱。

「迷惑だから走れ、とは言わない」

「誰も困らない選択は」

「今日は無い」

 高城は、旧軌道でも仮倉庫でもなく、白沼沿道の札を取った。

「葛西の後ろ。道を教えてもらう。次は自分で選べるように」

「車間百五十」

「知ってる」

「旗は」

「畳む。前の旗じゃなく、無線の名前を追う」

 選べなかった人は、誰かへ任せて終わらなかった。

 自分が知らないことを荷札へ加え、知っている人の後ろを、従属ではなく学ぶ距離で走ることにした。

 午前九時十一分。

 最初に出るのは、白沼沿道隊。

 塩漬け魚が傷む。

 野々村葉の第八号車。

 高城ミツルの第十号車。

 塩轍の葛西車。

 三台。

 共通するのは目的地と救護周波数だけ。

 前後は、道幅によって変える。

「誰が先」

 凱。

「塩轍」

 野々村。

「道を知ってる」

 葛西が言う。

「援助車が後ろなら、俺が襲うと思わない?」

「前でも止められる」

「信用してない」

「してない。だから、車間百五十。道が分かれたら無線で言う。言わなければ別路へ行く」

「分かった」

 高城は二台のさらに百五十メートル後ろへ置く。

「先頭を一人にしないつもりが、長い一列になってない?」

 タマキ。

「道が狭い間だけ」

 高城。

「分岐では」

「葛西が道を言う。野々村さんが確かめる。俺は同じ言葉を聞いて、自分で曲がる」

「了解」

 三台が出る。

 寄贈旗は見えない。

 白板に、寄贈者、受取地区、運転手、地元商店が同じ大きさで書かれている。

 次、環水三号塔。

 江橋の第二号車と、第七号車。

 その次、東高架下。

 第五と九。

 出発順も、地区の格で決めない。

 傷みやすさ。

 道の混雑。

 調理開始時刻。

 運転手の睡眠。

 一つずつ違う。

 午前九時四十七分。

 旧軌道宿舎隊。

 第十二号車、一台。

 運転手は三枝遥。

 石鹸、布、栄養食、乾燥芋、油。

 援助量は七隊で最も少ない。

 地元在庫は載せない。

 現地が塩轍との売買を保留したため。

 凱は助手席へ乗ろうとした。

 三枝が止める。

「後ろ」

「なぜ」

「助手席は現地案内の人を途中で乗せる」

「了解」

「王様を荷台へ?」

「元だ」

「膝、冷えますよ」

「毛布がある」

「自分で決めるんですね」

「乗る場所は、運転手が決めた」

「言い方が面倒」

「全員言う」

 凱は荷台へ乗る。

 迅が地面から見上げる。

「守りは」

「何度目だ」

「確認」

「三枝が走る。現地が道を決める。俺は名を読む」

「拳は」

「要らない」

「俺は別」

「知っている」

「何かあったら」

「自分の隊を離れるな」

 迅の顔が少し硬くなる。

「命令?」

「頼む」

「断れる?」

「断る?」

「断らない」

「なら、頼む」

 第十二号車が動く。

 凱は、後ろを見た。

 迅はその場へ残る。

 追ってこない。

 それが信頼に見える時も、置いていかれたように感じる時もある。