第285話 第九章「由良の印」前編

五月二十八日 午前六時十四分

 裏切りは、相手が先に付ける名前だ。

 鷹取由良は、その名前を自分より早く読ませないことにした。

 西採石路の受領台へ、二十二枚の札が戻ってきた。

 戻ってきたのに、受領されていない。

 木箱の左側が受領済み。

 右側が未確認。

 中央に置かれた二十二枚だけが、どちらにも入っていない。

「保留です」

 西受領台の責任者が言った。

「理由」

「家標が剛嶺式。現在の受入名簿に該当住戸がない。二十二人を西路へ入れれば、荷車一台と水四十八リットルが追加で必要になる」

「人は追加じゃない」

 由良。

「三百十二の内です」

「名簿にいるのに、到着先がない」

「だから保留」

「外すのと同じ」

「違う。確認が取れるまで動かさない」

「いつ取れる」

「通信が戻れば」

「戻らない」

「では、受入を決められない」

 責任者は四十代の男だった。名前は名札にある。由良は見たが、声に出さない。

 彼は二十二人を嫌っているわけではない。

 むしろ、間違った受入先へ送って再び追い出すことを恐れている。

 西採石所南詰めは、百七十三人を受けるだけでも余裕がない。屋根のある場所は百五十七人分。残りは採石機の覆い布を使う。水は一日半。便所は六。医療台は二。

 人を増やせないのではない。

 増えていない人へ、置く場所がない。

「家標を見せて」

 由良は中央の札を一枚取った。

 赤い糸が二本、斜めに通っている。

 剛嶺の旧居住区で使われた印。

「この標は、家を示さない」

「家標でしょう」

「崩落後は、一緒に逃げた世帯を示す。住所じゃない」

「なら、受入先は」

「本人が決める」

「今?」

「今」

「二十二人へ、一人ずつ?」

「二十二人だから、一人ずつ」

「時間が」

「保留にしても使う」

「その間、他の百五十一人が待つ」

「全員を待たせない。二十二人だけ別列」

「別列は、分離に見えます」

「見える。だから理由を書く」

 由良は二十二枚を抱えた。

「誰が書く」

「私」

「誰の権限で」

「私の署名で」

「剛嶺全体を代表する?」

「しない」

「では足りない」

「足りない責任を、足りるふりするよりいい」

 責任者は唇を結んだ。

「私が受けたら、誤りの責任は私へ来る」

「来る」

「あなたが署名しても、受入側は私です」

「あなたの欄も残す」

「逃げ道がない」

「逃げ道を消すんじゃない。どこから逃げられるかを書く」

「同じでは」

「違う。責任は、逃げないことじゃない。戻る場所を決めること」

 由良は二十二枚を持ち、採石機の下へ向かった。

 剛嶺式の家標を持つ二十二人は、ひとまとまりではなかった。

 剛嶺へ戻りたい者、天環側へ残りたい者、どちらにも名前を出したくない者、家族だけ別の経路へ送った者。

 家標が同じだからといって、行先も同じにはならない。

 一人目は、右脚を引きずる石工だった。

「南詰めへ入る?」

 由良。

「仕事があるなら」

「今はない」

「じゃあ、戻る」

「どこへ」

「剛嶺」

「剛嶺のどこ」

「分からん」

「分からない場所へは、今の受領札を出せない」

「お前、剛嶺の斥候だろ」

「元」

「道を知ってる」

「道と、受け入れる人は違う」

「見捨てるのか」

「今夜の寝床を決める。故郷を決めるんじゃない」

「言葉遊びだ」

「寝床がないと、言葉も続かない」

 石工は南詰めを選んだ。

 二人目は、母子だった。

 母は自分だけ西へ、子どもは南へと言う。

「理由」

「南に姉がいる」

「本人確認」

「姉の名は言わない」

「照合番号だけ」

「それも嫌」

「では、今夜は二人で西。明日、公開しない照合を選べる」

「子どもへ訊かない?」

 由良は子どもの目線までしゃがんだ。

「どっちへ行きたい」

「お母さんと」

「受けた」

 母が顔を伏せた。

「私が決めると思った」

「子どもの言葉を、全部決定にするわけじゃない。でも、聞かずに決めない」

 三人目は、何も言わなかった。

 由良は急かさない。

 雨が採石機の屋根を叩く。

「決めない?」

 相手が頷く。

「今夜は保留床。西南詰めの中。明日まで。明日も決めないなら、また保留を選べるか受入側と話す」

 もう一度、頷く。

「私の判断として書く。あなたの同意は、今夜そこへ行くことだけ」

 三度目の頷き。

 由良は札へ丸を一つ描いた。

 丸は西。

 その内側に、短い横線。

 保留。

 二十二人を聞き終えた時、午前八時三十九分だった。

 西へ十七。

 南へ三。

 北へ一。

 今夜の保留一。

 総数は変わらない。

 西路の百七十三という数も、他区間からの調整で変えない。

 変わるのは、二十二人が同じ行先ではないと分かったことだ。

「荷車が一台足りない」

 受領責任者。

「北から来る二台のうち一台を使う」

「西の石材荷が」

「残す」

「所有者の署名」

「取る」

「水四十八リットル」

「塩路の空容器を洗って使う。煮沸済みの分だけ」

「便所」

「採石班の夜勤設備を開ける」

「鍵は」

「持ち主へ聞く」

「全部、今から?」

「今から」

 責任者は額を押さえた。

「あなたが印を押せば、道が増えるとでも」

「増えない」

「では何のため」

「押した人が、足りない物を数えに戻るため」

 午前八時五十二分。

 由良は一度、早く印を押そうとした。

 二十二人の聞き取りは終わった。

 北、西、南の行先も仮に分けた。

 それで足りると思った。

 赤索を地図へ置く。

 北の石灰倉庫。

 西の採石所南詰め。

 南の稜線水場。

 二十二枚の家標を、行先ごとに索へ触れさせる。

「受入確認は」

 真壁梓が訊いた。

「西はここ」

「北と南」

「経路はある」

「受入確認」

「時間がない」

「ないから、能力で方角を固定する?」

「着けば、受ける」

 由良は言ってから、嫌な言葉だと思った。

 着けば受ける。

 誰が。

 どこへ。

 何を。

 何も決まっていない。

 それでも誓痕は、本人が言い切った条件へ反応する。

 左脇腹が熱くなる。

 帰巣線が三本、地図から立ち上がった。

 北の線は薄い。

 南は途中で揺れる。

 西だけが太い。

 一秒。

 二秒。

 北の線が、家標の赤糸へ絡んだ。

 受入点ではなく、昔の住所へ向く。

 今は崩落している旧居住区。

「違う」

 由良が索を引く。

 線は言うことを聞かない。

 家標が住所ではなく、一緒に逃げた世帯の印へ変わったことを、能力は知らない。

 知っているのは、由良が今、何を帰る場所だと決めたかだけだ。

 南の線も割れた。

 三名のうち一人は、姉のいる場所を公開していない。

 由良が勝手に水場を帰着点へした。

 本人の到着先ではない。

 赤索が手の中で弾ける。

 左脇腹へ、細い刃を差し込まれたような痛み。

 息が止まる。

 線は全部消えた。

 二十二枚の札が地図から落ちる。

「失敗」

 真壁が時刻を言う。

「八時五十三分九秒」

「記録するな」

 由良は反射で言った。

 七瀬の撮影機は既に回っている。

「公開しない」

「消して」

「消す理由」

「使えなかった」

「だから残す」

「私が焦っただけ」

「焦った判断が、二十二人の道を別の場所へ結びかけた」

「成立してない」

「成立しなかった理由を、次の確認条件へ使う」

 由良は地面へ膝をつきかけた。

 真壁が椅子を蹴るように寄せる。

「座って」

「まだ」

「反証」

「三」

「嘘」

「五」

「休息九分」

「確認を」

「私が通信を取る。あなたは、誰へ何を訊くか決める」

 由良は座った。

 赤索を手から離す。

 離すと、自分が役に立たないように感じる。

 その感覚が、急いだ理由だった。

「能力があれば早いと思った」

 真壁。

「言わなくていい」

「私もです」

「慰め?」

「記録」

「真壁、嫌い」

「時々で結構です」

 七瀬が撮影を止めた。

「失敗映像は封緘。公開するなら、由良本人の説明と受入未確認の条件を一緒にする」

「格好悪い」

「格好は記録条件ではない」

「迅なら、そこを気にする」

「彼は今、紙を運んでいます」

「もっと格好悪い」

「本人へ言って」

 由良は呼吸を整えた。

 帰る線を作る前に、帰った先で誰が受けるかを訊く。

 地図より先に、人へ声を届かせる。

 能力が失敗したから、手順が増えた。

 増えた手順は、由良を弱く見せた。

 二十二人の道は、その分だけ他人の確認を持った。

 二十二人の行先を聞いた後、道より先に、鍵が足りなかった。

 採石所の夜勤棟には空き寝台が十七。

 しかし扉は三つあり、鍵を持つ班長は青石台へ資材を取りに戻っている。

「壊す?」

 迅がいないので、由良は自分で訊いた。

 西受領責任者は首を振る。

「寝床へ入れるために扉を壊したら、夜の冷気を止められない」

「窓」

「鉄格子」

「採石所なのに」

「盗難防止」

「自分で入れない防止にもなった」

 由良は鍵穴を覗いた。

 古い筒鍵。

 無理に回せば芯が折れる。

「班長を待つ?」

「往復で一時間」

「二十二人は」

「屋根の下で待てる。ただし他の百五十一人の受領と重なる」

「鍵の予備」

「帳場の封印箱」

「誰が開ける」

「帳場主任」

「いる?」

「受入名簿の責任者が私です」

「鍵も持ってる?」

「封印箱を開ける署名は持ってる」

「じゃあ開けて」

「中に予備鍵がある保証はない」

「なくても、開けた人が分かる」

「壊れていたら私の責任になる」

「開けなければ、二十二人を外へ置く責任が来る」

「どちらも嫌です」

「私も」

 由良は相手を臆病とは呼ばなかった。

 責任を嫌うのは、責任が重いと知っているからでもある。

 問題は、嫌ったまま誰かへ乗せることだ。

「一緒に開けない」

 由良が言う。

「共同責任は断るのでは」

「あなたが封を切る。私は中身を確認する。別々」

「空だったら」

「空だったと二人で書く」

「鍵があったら」

「あなたが受け取る。私は二十二人へ扉が開く時刻を返す」

「あなたは鍵を持たない?」

「故郷の印を持つ私が、天環の寝台鍵まで持ったら、話が簡単すぎる」

「簡単な方がいい時もあります」

「扉には」

「人には?」

「違う」

 封印箱を受領台へ運ぶ。

 七瀬が封の番号だけを撮る。

 由良は赤索の鉤を使わず、指で封蝋の亀裂を確認した。

「前から割れてる」

 責任者の顔が固まる。

「私が触る前です」

「見た」

「映像は」

 七瀬。

「運んで来た時から回している。箱の背面は映っていない」

「全部は証明できない」

「できない」

「開ける?」

 由良。

「開けます」

「理由」

「十七人の寝台鍵を確認する。亀裂の原因確認は別にする」

「受けた」

 封が割れる。

 中には鍵が二本。

 一本は夜勤棟。

 一本は旧火薬庫。

「火薬庫も寝床に?」

「使わない」

 責任者は即答した。

「空いてる」

「壁が厚すぎて換気がない。雨なら乾くが、朝までに頭痛が出る」

「人数が増えたら」

「増やさない」

「外で寝かせる?」

「覆い布を延ばす」

「寒い」

「火薬庫より選べる。本人へ説明する」

 由良は鍵を渡した。

 共同で持たない。

 責任者が夜勤棟を開ける。

 由良は二十二人へ、屋根十七、覆い布五、保留床一が西の十七へどう配分されるかを説明する。

「寝台は年齢順?」

 石工。

「本人の身体と、夜間介助の必要で決める」

「俺は脚が悪い」

「診る人へ言って」

「由良が見れば分かる」

「見えることと、決めることは違う」

「また長い」

「脚は短くならない」

 石工は鼻を鳴らし、診療係の列へ行った。

 鍵は一本で扉を開けた。

 二十二人の行先は、一本の鍵では決まらなかった。

 午前九時十二分。

 凱が西受領台へ来た。

 左膝の装具へ泥がついている。長い下りを歩いたせいで、歩幅の最後だけ少し狭い。

「二十二人を外す案が出たと聞いた」

「出た。戻した」

「署名は」

「これから」

「共同で書く」

 由良は札を置いた。

「要らない」

「天環側の受入責任もある」

「それは受入側が書く」

「私が保証する」

「何を」

「二十二人が、撤退対象として扱われること」

「もう三百十二に入ってる」

「それでも外されかけた」

「だから私が書く」

「私の名を並べれば、外しにくくなる」

「私の名が薄くなる」

 凱の眉が動く。

「薄めるつもりはない」

「結果がそうなる」

「なぜ」

「故郷で訊かれる。天環の王に従って印を押したのかって」

「王ではない」

「向こうが決める」

「なら、私は王としてではなく――」

「もっと悪い」

「何が」

「凱個人の友人として押したことにされる」

「友人ではない?」

「今それを決める?」

「決めない」

「賢い」

「怖いからだ」

「同じ」

 由良は自分の印を出した。

 小さな鉄片。

 家の形でも、旗の形でもない。

 赤索を通すための穴が一つある。

「私が書くのは、剛嶺式の家標を持つ二十二人の本人確認と、三到着点へ接続する経路だけ。西路全体じゃない。天環の命令でもない」

「私は何へ署名する」

「南路の七十五と、旧白冠の避難者への説明。自分の分」

「私が退く姿も」

「それは後で、現場指揮に従え」

「命令するのか」

「今は忠告」

 凱は由良の印を見た。

「共同署名を断る理由を、公開していいか」

「私が読む」

「あなたへ不利になる」

「私が黙っても、誰かが便利に読む」

「守らせては」

「守るって、何から」

「誤解から」

「誤解を全部止めると、説明も止まる」

 由良は印を紙へ置いた。

 まだ押さない。

「凱」

「何だ」

「王は、共同署名が好きだな」

「一人で背負わせたくない」

「一緒に書くと、一緒に背負えると思う?」

「違うのか」

「荷物は分けられる。責任は、範囲を分ける」

 凱はしばらく黙った。

「受けた」

「簡単に受けるな」

「では、考えて受けた」

「そう言うと簡単に聞こえる」

「難しいな」

「王に向いてなかった?」

「今さらだ」

 由良は印を押した。

 赤い円の中に、一本の切れ目。

 道は閉じた円ではない。

 出入りするために切れている。

 由良の印が放送される前、巌門の印も同じ卓上に並べられていた。

 巌門は南稜線の通行安全と梯子の固定へ署名している。

 由良は二十二人の本人確認と到着点への接続へ署名する。

 紙の余白だけを切り取れば、二つは同じ《剛嶺側協力印》に見える。

「並べるな」

 由良。

 通信係は手を止めた。

「同じ地域の確認印です」

「同じじゃない」

「公開盤は幅がない」

「紙の幅で責任を削るな」

「二枚にすると、片方だけ届く可能性がある」

「一枚にして、範囲を二行」

「長い」

「短い放送は向こうがやる」

 巌門が、机の前でわずかに揺れていた。

「我が印を――」

 言い直す。

「私の印を先へ出してもいい」

「何で」

 由良。

「南区間は、既に梯子の固定が終わっている。事実を先に確認できる」

「私を守るため?」

「順序の理由を言った」

「守るためなら断る」

「守るためでもある」

「じゃあ断る」

「二つの理由がある時、一つを理由に全部を拒むのか」

 由良は巌門を見た。

「あなた、そんな喋り方だった?」

「紙が長くなった」

「真琴のせい」

「悪い職業だ」

 通信係は、二つの印の間へ縦線を引いた。

《巌門崇牙:南稜線梯子・通行安全・撤去期限》

《鷹取由良:剛嶺式家標二十二人・本人確認・到着点接続》

「これで」

 通信係。

「到着点はまだ未確定」

 由良。

「空欄で出します」

「出すな」

「空欄も事実」

「空欄のまま公開すると、好きな到着点を後で入れられる」

「では、確定まで非公開」

「誰が決める」

「署名者」

「二人別々」

「受けました」

 巌門が、自分の印へ指を置いた。

「由良」

「何」

「故郷へ戻る時、説明は一緒にするか」

「しない」

「即答だな」

「あなたは梯子を説明する。私は二十二人を説明する」

「同じ場に立つ可能性は」

「ある」

「その時も別々に」

「別々に話す。同じ質問を受けても」

「受けた」

 共同体へ戻ることは、同じ答えを練習することではない。

 別の責任を持つ二人が、互いの言葉を証言で潰さないことだった。

 帰巣線を使う前に、由良は三つの受入点へ確認を取った。

 北医療路。

 阿久津サナ。

「一名、剛嶺式家標。夜間観察が必要。受ける?」

「受ける。診療点の九床へ入れるとは限らない。診て、本人と決める」

「到着標」

「北石灰庫の東扉。白布ではなく、三本横木」

「誰が待つ」

「私。交代時は署名して渡す」

 西採石路。

 南野。

「十七名と保留一。受ける?」

「受領台は受ける。寝床は十六人分しか確定してない」

「一人足りない」

「俺が車庫前から動かない」

「患者でも住民でもない」

「記録係は屋根がなくても字が書ける」

「頭部外傷後」

「運転はしない。雨には帽子がある」

「受けるのは、人か札か」

「人を見て札へ時刻を書く」

 南稜線路。

 瀬尾直。

「三名。受ける?」

「はい」

「怖い?」

「怖いです」

「拒否できる」

 瀬尾は一度、水瓶を持ち替えた。

「受けます。三人の所属を理由に、入口で止めません。武器確認は全員と同じにします。誰かが別命令を出しても、この受領については従いません」

 短くない。

 彼が拒否を言う時は、文が長くなる。

「受けた」

 三人の声が揃った。

 同時ではない。

 場所も違う。

 理由も違う。

 それでいい。

 由良は赤索の端を、三つの地図上の印へ置いた。

 一度目は崩れた。

 受入れを確認していない家標まで含めたからだ。

 今度は、人ではなく、確認済みの到着点だけを結ぶ。

 北の三本横木。

 西の受領台。

 南の水場。

 由良の左脇腹、古い肋骨の傷が内側から引かれた。

 呼吸を一つ浅くする。

 誓痕が赤く灯る。

 三本の細い線が、地図から空へ伸びた。

 線は道を安全にしない。

 追撃を止めない。

 橋を作らない。

 人を運ばない。

 受け入れると確認した三点の方角だけを、由良の身体へ返す。

 北。

 西。

 南。

 三本は、同じ太さではなかった。

 北は短く強い。

 西は長く揺れる。

 南は細いが切れない。

「成立」

 真壁梓が時刻を言う。

「九時五十八分二十秒」

 七瀬が撮る。

 由良の顔ではなく、三本の線が地図へ落とす影。

「受入点だけ」

 由良が言う。

「途中は保証しない」

 真琴が平文へ書く。

《三到着点の受入確認を、由良が一度照合した。道中の安全、受入後の生活、永住を保証しない》

「夢がない」

 南野の声が通信器から聞こえた。

「寝床はある」

 由良。

「一人分、俺が外」

「帽子で屋根になる?」

「頭の一部だけ」

「受領台から離れるな」

「運転もしない」

「それは医療命令」

「守るのが、最近の仕事です」

 線が消える。

 由良の肋骨へ、遅れて痛みが戻った。

 彼女は膝をつかない。

 代わりに、椅子へ座った。

「休む」

 ミソラがいなくても、自分で言う。

「何分」

 真壁。

「七」

「足りる?」

「九」

「受けた」