第299話 第四章「旗ごとの救助」前編

六月十二日 午後二時十八分

 柵は、人を止めるために作られる。

 もっと正確に言えば、柵を立てた側が、止めた人間を見なくて済むように作られる。

 獅堂凱は、東門の鉄柵の前に立っていた。

 雨は斜めだった。

 門の上を渡る風が、濁った水を細い鞭にして顔へ打ちつける。

 柵の内側に二百人。

 外側に、少なくとも三百。

 内側の人間は門を閉めたい。

 外側の人間は門を開けてほしい。

 どちらも、生きたいだけだった。

「開けろ!」

 外から声が飛ぶ。

「水が入る!」

 内から返る。

「子どもがいる!」

「こっちにもいる!」

 正しさは、向かい合うと音量を競う。

 凱は左膝の装具を締め直した。

 雨で革が重い。

 立っているだけなら耐えられる。

 走って方向を変えれば、膝の奥に鈍い針が入る。

 門の中央に、沼田千歳がいた。

 厚い雨具の裾を膝まで上げ、右手に長い鉄棒を持っている。

 東門の作業長。

 左股関節が悪い。

 歩く時だけ腰が少し右へ逃げる。

「門は二・八」

 沼田は風へ負けない太い声で言った。

「風込み三・四。いま開けたら、内側の路地まで水が来る」

「何分閉じる」

 凱。

「十九分」

「根拠は」

「西排水の落ち。水位が三センチ下がれば半開。下がらなきゃ延長」

「延長を誰が決める」

「私」

「名を出せ」

「沼田千歳。東門作業長。閉門判断、十四時十二分。次の確認、十四時三十一分」

 凱は門上の表示板を見た。

 赤い文字で、ただ一語。

《閉鎖》

「理由も時刻もない」

「中央板は一行しか出ない」

「なら板を増やせ」

「誰が」

「俺が――」

 言いかけた。

 凱が「俺が」と言えば、旧獅門の者たちは動く。

 板を運び、柵を押し、道を空ける。

 その速さは、いまも彼の中に甘い。

 命令が通るのは、気持ちがいい。

 考える前に世界が動くからだ。

「私たちがやる」

 門の内側から女が言った。

 魚屋の前掛けを着けたまま、木箱の蓋を持っている。

「書く内容を言って」

 別の男が炭を持ってきた。

 子どもが窓札を二枚外してくる。

 四角。

 三角。

「色は使わない」

 葦名透子が門柱の下から言った。

 左手首の固定具は外れているが、まだ細い布を巻いている。

「上に形。下に時刻。閉めた理由は文章」

「字が読めない人は」

「触る札。病院のと同じ溝を彫る」

「外の人に届かない」

「門の隙間から渡す」

「濡れる」

「切符を挟む」

 タマキがどこからか現れた。

 緑の帽子から水が落ちている。

 鉄の配達箱を背負ったまま、使用済み切符を一束持っていた。

「紙、二枚重ねれば三分はもつ。三分ごとに替える」

「切符って、避難の役に立つのか」

 魚屋の女。

「本来は乗った証明です」

「今日は」

「待った証明」

「縁起が悪いね」

「切符は縁起で走りません」

 タマキは真顔だった。

 女は笑った。

 門の外で、誰かが柵を蹴った。

 鉄が鳴る。

 内側の若者が鉄棒を持ち上げた。

「やめろ」

 凱の声が落ちた。

 低く、よく通る。

 若者の腕が止まる。

 外の蹴りも一瞬止まる。

 静けさが、凱を見た。

 ここで命じればいい。

 柵から離れろ。

 列を作れ。

 東門の判断に従え。

 言葉はもう舌の上にある。

「――沼田」

 凱は言った。

「十九分で受け入れられる人数を出せ」

「百四十」

「根拠」

「東三路の二階以上。寝床はない。雨を避けるだけ」

「医療は」

「軽傷二十まで。重傷は病院路へ回す」

「外へ伝える者」

 沼田が魚屋の女を見る。

「私が行く」

「名」

「中尾弦」

「責任範囲」

「百四十人を選ぶことじゃない。東門が百四十まで受けられること、十九分後に半開を試すこと、重傷は別路だと外へ伝える」

「受けた」

 凱は一歩下がった。

 命令する場所を、中尾へ空けた。

 旗は、雨に濡れると重くなる。

 人の考えも同じだった。

 東門から南へ五百メートル。

 青い旗の地区では、倉庫前に荷車が横倒しにされている。

 北では、赤い布を巻いた作業員が工場通路を住民だけに限定した。

 西の市場では、白い縄が張られ、買い物札を持つ者だけを入れていた。

 それぞれに理由がある。

 食料を奪われたくない。

 床が持たない。

 感染症患者を守りたい。

 以前の避難で、外から来た者に設備を壊された。

 理由があることと、正しいことは同じではない。

 しかし、理由を聞かずに柵だけ壊せば、正しさはたいてい次の事故になる。

 凱は門ごとに、四つの欄を作らせた。

《受入可能人数》

《次の判断時刻》

《閉じる理由》

《代替路》

 五つ目を真琴が加えた。

《判断者と撤回方法》

「四つで足りる」

 凱。

「あなたが閉じられた側なら、誰に言い直せばいいか欲しくなるでしょう」

「俺なら壊す」

「制度設計の会話で自白しないでください」

「壊さない時もある」

「今日までの統計は」

「数えるな」

「数えます」

 真琴は雨具の奥で眼鏡を拭いた。

 拭いてもすぐ曇る。

「それと、閉門を悪と呼ばないでください」

「呼んでない」

「顔が呼んでいます」

「顔は黙らせられない」

「王より厄介ですね」

 凱は少し笑った。

 真琴が丁寧な口調になるほど、怒っている。

「閉じる必要がある門はあります。ただし、閉じた側だけが安全になった時、外の危険を誰が引き受けるかを記録する」

「代替路がない時は」

「ないと書く」

「それで救えるか」

「救えません。でも、ない道をあることにして人を送るよりは救えます」

 凱は、雨の向こうの柵を見る。

 王だった頃、彼は地図の上で道を増やした。

 線を引けば道になると思っていた。

 実際の道には、幅があり、傾きがあり、泥があり、鍵を持つ人間がいる。

 王の線は、足を持っていなかった。

 午後三時三十一分。

 東門の水位が二・六センチ下がった。

 沼田は門を二割だけ開けた。

「一列。幅、肩一つ」

 外の群衆が押す。

 開いた隙間は、希望に見える。

 希望は、狭いと危険だった。

「押すな!」

 誰かが叫ぶ。

 押している者は、自分が押していると分からない。

 後ろから押された身体が、前の人を押している。

 門の蝶番が軋んだ。

 沼田が鉄棒を差し込む。

「二・八、越える!」

 凱は門へ肩を入れた。

 左膝を深く曲げない。

 右脚を後ろへ引き、背中で門を受ける。

 体重が一斉に来る。

 王路は、観衆の前で退かないことで開く。

 だが今、凱が退かなければ、門は人を噛む。

 彼は一歩、内側へ退いた。

 門も三十センチ戻る。

「閉めるな!」

 外から悲鳴。

「閉めない」

 凱は言った。

「広げるために戻す」

「信じられるか!」

「信じるな。時刻を見ろ」

 中尾弦が板を高く掲げた。

《三時三十一分 半開試験》

《三時三十三分 圧力超過で一度戻す》

《次、三時三十五分》

 嘘をつかない板は、安心を与えない。

 代わりに、待つ理由を与える。

「三十五分まで二分!」

 透子が形状札を回す。

 外の後列へ、切符に挟んだ触覚札が渡っていく。

 浅い溝二本。

 閉じている。

 丸い突起一つ。

 次の時刻がある。

 列の先頭で、母親が子どもを抱き直した。

「二分なら待つ」

 その言葉が後ろへ送られる。

 二分は、全員に同じ長さではない。

 濡れた乳児には長い。

 膝の悪い老人には長い。

 ただの表示より、ずっと短い。

 凱は門から肩を外した。

 沼田が蝶番の下へ木片を二枚入れる。

「次、三・四」

「風込みか」

「風が弱まった」

「誰が見る」

「私と、中尾と、外の先頭」

「外の先頭は設備を知らない」

「だから、人の詰まりを見る」

 門は三時三十五分に開いた。

 一人。

 二人。

 三人。

 百四十人が入るまで、四十七分かかった。

 予定より遅い。

 死亡者は出なかった。

 軽傷が六。

 成功とは呼ばなかった。

 次の判断時刻を、板の一番下へ書いた。

 午後四時四十二分。

 北工区から、短い報告が来た。

《受入九十一。閉門。理由、床荷重。次の確認十七時十分。代替、旧食堂搬入口》

 凱は報告を聞き、顔を上げた。

「誰が決めた」

 無線の向こうで、若い声が答える。

《工員十五名、住民代表三名。責任者を一人にするなら私》

「名は」

《石上忠》

 凱はその名を知っていた。

 赤錆大工場の工員。

 以前、停止命令に最後まで反対した男だ。

「俺の承認は」

《要るんですか》

 凱は黙った。

 必要だと言えば、石上は待つ。

 不要だと言えば、今後の事故責任まで放り出したように聞こえる。

「承認はしない」

 凱は言った。

《反対ですか》

「確認する。九十一人。床荷重が理由。次は十七時十分。代替は旧食堂搬入口。判断者は工員十五、住民三。責任表示は石上忠」

《はい》

「変更があれば、変更した者の名で送れ」

《王の名はいらない?》

「今日は、おまえの床だ」

 無線が切れた。

 凱は、安堵した。

 同時に、少し寂しかった。

 王がいなくても動く街を望んでいた。

 実際に動くと、自分が不要になった気がした。

 望みが叶うと、失うものまで叶う。

「いい顔ですね」

 真琴が言った。

「どんな顔だ」

「自分で椅子を壊して、座れないと気づいた顔」

「椅子は嫌いだ」

「立ちっぱなしで膝を悪くする人の意見は、家具政策に採用できません」

「政策じゃない」

「では座ってください」

 真琴が木箱を指した。

 凱は座らなかった。

 真琴が眼鏡越しに睨む。

 凱は座った。

「王は命令で座らない」

「これは医療助言です」

「医者じゃない」

「だから断ってもいい。ただし、膝の腫れを記録します」

「脅しだ」

「記録です」

 雨の中で、門ごとの板が増えていく。

 青い旗の下にも。

 赤い旗の下にも。

 白い縄の市場にも。

 旗は外されなかった。

 違う旗のまま、同じ四つの欄を書いた。

 受け入れられる人数。

 次の判断時刻。

 閉じる理由。

 代替路。

 そして、誰が決め、誰へ言い直せるか。

 一つの答えにはならない。

 十二の門が、十二の理由で開き、十二の理由で閉じる。

 中央の王が声を失った午後、街は初めて、自分の口で閉門理由を言った。

 午後五時十二分。

 西市場の柵が倒れた。

 壊されたのではない。

 内側の柱が、濡れた天幕の重さに耐えられなかった。

 柱が傾く。

 白い縄が低くなる。

 外で待っていた人々は、それを開門と見た。

 最初の十人が跨ぐ。

 内側の店主たちは、侵入と見た。

「止めろ!」

「開いたぞ!」

「入るな!」

「子どもが冷えてる!」

 誰も嘘をついていない。

 凱が着いた時、青い旗の若者と市場警備が、倒れた柱の両側で棒を構えていた。

 間に、乳児を抱いた父親がいる。

 棒を振れば、誰かへ当たる。

 振らなくても、後ろの圧が父親を倒す。

「棒を下ろせ」

 凱の声が通る。

 両側の腕が止まる。

 止まっただけだ。

 下りない。

「誰の命令だ」

 市場警備の男。

「俺の」

 言ってから、凱は続ける。

「いまだけ、棒が子どもへ当たるのを止める命令だ。門を開けろとは言っていない」

「じゃあどうする!」

 青い旗の若者。

「父親と子どもを、どちらへ入れる」

「内側!」

「その後ろは」

「待たせる」

「何人」

 若者が詰まる。

 凱は市場側へ向く。

「受け入れられる数」

「五十」

「なぜ」

「二階倉庫の床」

「診療」

「サナの出張所。軽傷十五」

「五十一人目」

「入れない」

「代替」

「旧食堂」

 凱は外へ向いた。

「聞いたか」

「王が五十を選ぶのか!」

 群衆から声。

「選ばない」

「じゃあ誰だ!」

「おまえたち」

 それは綺麗な答えではない。

 困っている人へ、自分たちで決めろと言うのは、権利を返すことにも、責任を押しつけることにもなる。

 凱は条件を足した。

「先頭から入れない。医療危険、低体温、乳幼児、本人が拒否しないこと。選ぶ者は外列から三人、市場から三人、医療一人。俺は数えない」

「時間がかかる!」

「かかる」

「雨は待たない!」

「だから、倒れた柱を先に戻す」

 凱は柱へ手を掛けた。

 左膝を曲げない。

 右脚と背で持ち上げる。

 轟が遅れて到着し、柱の根元を見る。

「上げるな」

「もう上げてる」

「下、割れてる」

「早く言え」

「見てから言う」

「何秒」

「十二」

 轟は市場警備の男へ工具箱を投げた。

 男は受け取らず、地面へ落とした。

「敵の工具は使わない」

「敵?」

「赤錆大工場を止めた奴らだ」

「止めたのは工員だ」

「外から来た」

「今も外から来た水が入ってる」

 轟は工具箱を開く。

「使わないなら、俺がやる。柱が落ちたら、おまえの名で閉じる」

「脅すな」

「手順」

 男は工具を取った。

「何をする」

「根元の割れ板を外す。代わりに荷車の軸を入れる」

「荷車は市場の」

「借りる」

「返す」

「いつ」

「明日」

「何時」

「水が引いてから」

「それじゃ書けない」

 男は真琴の欄を見ていた。

 轟が顔をしかめる。

「六月十三日十六時。遅れたら、伏見轟が理由を書く」

「受けた」

 信頼は生まれなかった。

 工具の使い方だけが一致した。

 男が割れ板を外す。

 轟が荷車の軸を差し込む。

 凱が柱を三センチ上げる。

 青い旗の若者が、反対側へ肩を入れた。

「入っていいって言ってない」

 市場警備。

「柱を持つだけだ」

「終わったら出ろ」

「出る」

 四人で柱を戻す。

 白い縄が、胸の高さへ上がる。

 開門でも閉門でもない。

 人の流れを一度、止め直す線だった。

 父親と乳児が内側へ運ばれる。

 選定の七人が、外列へ出る。

 凱はそこへ入らない。

 最初に選ばれたのは、乳児を抱いた父親ではなく、呼吸の浅い老女だった。

 父親が言う。

「先に行って」

「子どもが」

「抱いてる。待てる」

「父親だから我慢するの?」

 医療係。

「自分で決めた」

「あとで変えていい」

「分かった」

 五十人が入った。

 五十一人目は、旧食堂へ向かった。

 凱はその背を見た。

 閉めた市場が悪で、開いた食堂が善なのではない。

 市場は五十人を受けた。

 食堂は次を受けた。

 役割は、同じ形をしていない。

 午後五時五十八分。

 凱は、各地区から集まった札を床へ並べた。

 給水塔の窓札。

 病院の触覚札。

 列車の使用済み切符。

 東門の木板。

 市場の白縄。

「共通点」

 真琴が訊く。

「全部、濡れてる」

「機能です」

「持ち主が違う」

「それは共通点ではない」

「誰か一人の許可じゃ動かない」

 真琴は頷いた。

「窓札は移動可能性。触覚札は医療と本人確認。切符は経路と時刻。別々の情報です」

「一枚にまとめる?」

「まとめません」

「即答だな」

「一枚にすると、誰かが全部を更新しなければならない。今の中央と同じになります」

「じゃあ、どうつなぐ」

「照合する順番だけ共有する」

 真琴は床へ矢印を書く。

《移動できるか》

 窓札。

《医療上、移動してよいか》

 触覚札。

《いつ、どの経路が使えるか》

 切符。

《受入れ先が閉じる条件》

 門板。

「四つ揃わない人は」

「揃うまで保留。危険が増すなら、誰がどの不足を引き受けたか残して移す」

「遅い」

「はい」

「遅いのに使う?」

「早い一枚が十二口を止めました」

 凱は床の札を見た。

 違う形。

 違う素材。

 違う持ち主。

 一つに揃えないことで、同じ故障を避けられる。

「王冠も、札の一つならよかった」

 凱が言う。

「何の情報ですか」

「誰が責任を取るか」

「実際には、誰が従うかの札でした」

「厳しいな」

「雨で眼鏡が曇っています」

「関係あるか」

「視界が悪い時は、言葉を正確にします」

「普段から悪いだろ」

「何かおっしゃいました?」

「何も」

 凱は王冠を持っていない。

 それでも声は通る。

 通る声を、全員の答えにしない仕事が残っていた。

 午後六時十一分。

 第十一口から、音のない報告が届いた。

 無線は死んでいる。

 高架の窓へ、布が三枚掛かった。

 四角。

 三角。

 横線。

 透子が遠眼鏡を覗く。

「四角九十一。三角十二。横線、五」

「何が」

 凱。

「四角は移動済み。三角は介助待ち。横線は残る」

「誰が決めた」

「見えない」

「旗は」

「ない」

 第十一口は、凱の旧支持者が多い地区だった。

 以前なら、青銅鐘を三回鳴らせば門が開いた。

 今日は、鐘の音は届かない。

「行く」

 凱が立つ。

 左膝が、立ち上がりの角度で痛む。

 真琴が見る。

「座ってくださいと言ったでしょう」

「報告者を確認する」

「報告は届いています」

「責任者が分からない」

「分からないままでは困りますか」

「後で事故が出たら」

「責任者一人を先に作れば安心する?」

 凱は答えない。

「いま必要なのは、誰がどの判断をしたかです。一人の代表名ではありません」

「それを聞きに行く」

「膝で?」

「足で」

「同じです」

 凱は装具を締める。

 真琴はため息をついた。

「私も行きます」

「眼鏡、曇る」

「あなたより見えます」

「性格が」

「何か?」

「道が」

 二人は高架へ向かった。

 途中の道路は、腰まで水がある。

 迂回すれば四十分。

 工場の保守橋を使えば十五分。

 保守橋の持ち主は赤錆大工場。

 入口に鉞谷鉄志がいた。

 濃い眉。

 古い火傷痕。

 呼吸は、冷たい雨で少し浅い。

「王が工場の橋を借りる?」

「元王」

 凱。

「肩書きが軽くなったな」

「膝は重い」

「橋は一度に六人。走るな。中央へ荷重を寄せるな」

「許可は」

「俺じゃない」

 鉞谷は後ろを指す。

 工員五人と住民二人がいる。

「橋を使わせる判断、工員三、住民二で可決。俺は呼吸が悪い時に現場判断から外れる」

「外れると決めたのは」

「俺」

「便利だな」

「王が言うな」

「元」

「うるさい」

 凱と真琴は橋を渡る。

 鉞谷は工具を渡さない。

 代わりに、六分後の閉橋時刻を渡す。

「戻りは」

「八分後に再開」

「閉じた理由」

「梁温度。雨で急冷してる」

「代替」

「北階段。二十二分」

「受けた」

 敵だった者が、味方になったわけではない。

 橋の使い方だけが一致した。

 第十一口では、住民が既に介助十二人の移動を始めていた。

 先頭は、昔の白冠腕章を付けた女。

 凱を見ると、腕章を外した。

「なぜ外す」

「命令を待ってたと思われたくない」

「待ってない?」

「最初は待った。来ないから決めた」

「誰が」

「十二人」

「代表」

「いない」

「責任は」

「担架ごとに二人。門を閉めたのは沼田の手順を見た三人。残る五人は本人と家族」

「全体を説明する者」

「今は私」

「名前」

「梅野紺」

「役職」

「洗濯屋」

「避難担当では」

「いないからやった」