第330話 第七章「迅との再戦」後編

 迅は段差の縁へ右足を置き、身体を沈める。

 拳が髪を掠める。

 迅の左拳が、凱の脇腹へ入る。

 深くない。

 肋骨の上へ、音だけを置く。

 凱は下がらない。

 王と呼ぶ声が、二百十人の登録席から立ち上がる。

《王》

 揃っていない。

 時刻も違う。

 声量も違う。

 凱の胸の誓痕が、遅れて光る。

 王路不退が、二度目の発動を始めた。

 最初の一歩。

 以前なら、床が凱の後ろへ流れた。

 今は、足が床から離れてから、圧が追いつく。

 半拍遅い。

 その遅れが、迅には見える。

 だが、遅いことは弱いことと同じではない。

 予想した時刻と違う力は、速い力より受けにくい。

 凱の肩が迅の胸へ当たる。

 迅の身体が一段上へ飛ぶ。

 背中から落ちず、左手をつく。

 右手を守る。

 凱が二歩目を踏む。

 圧が増えない。

 三歩目で、急に二歩分が来る。

 迅は段差を横へ転がる。

 凱の拳が石へ入る。

 表面が割れる。

 観客が沸く。

 凱は右手を引く。

 指が開かない。

 視界の外側が暗い。

 迅は、それに気づいた。

「凱」

「続けろ」

「まだ何も言ってない」

「言う顔だ」

「顔で命令を読むな」

 凱が踏み込む。

 迅は正面から受ける。

 拳ではなく、前腕。

 凱の力が一拍遅れて骨へ来る。

 迅の足が、七段差の縁を擦る。

 右の脇腹へ、鈍い痛み。

 まだ打撲にはならない。

 鐘が鳴る。

 第一ラウンド終了。

 二人は離れる。

 凱の視野は、中央だけになっていた。

 客席の四千人は消え、迅だけが残る。

 世界が一人へ狭まると、戦いやすい。

 王としては、最悪だった。