第359話 第十章「百の複製」前編
環玉樹は、百という数が嫌いだった。
大人は、九十九まで数えておいて、百になると急に《たくさん》と言う。
百人。
百通。
百の複製。
百には、一番目と百番目がいる。
待つ時間も、受け取る場所も、断り方も違う。
八月十七日、午前五時四十分。
タマキは蔵座記憶競売所の地下搬送路に、百枚の切符を並べていた。
切符は列車用ではない。
競売所が閲覧予約へ発行した、百の受信口札だ。
赤い線が三十二。
青が二十八。
黄色が十五。
黒が十七。
色なしが八。
「色なしは」
迅が聞く。
「宛先がない」
「じゃあ捨てろ」
「宛先がないのと、要らないのは違う」
「何が違う」
「分からない」
「また分からないか」
「分からないから捨てない」
迅は床へ座った。
右肋に昨日の蹴りが残り、深く曲げると痛む。右手の環指と小指は、早朝の冷えで動きが遅い。
「百枚、全部読むのか」
「読む」
「手伝う」
「字が雑」
「俺の字じゃない」
「読む顔が雑」
「顔で読まない」
「迅は、見たくないところを飛ばす」
「おまえは、要らないところまで届ける」
「要らないか、受取人へ聞いた?」
「聞いてない」
「じゃあ勝ち」
「何の勝負だ」
「朝の」
タマキは最初の切符を取った。
《受信口03-17》
《申請者:北環能力医療研究組合》
《目的:反証症例研究》
《対象:二番、六番、七番》
「二番は本人が返却希望。六、七は限定閲覧」
イオが壁にもたれて言う。
右腕の真鍮装具は停止中。能力を使わず、針先で経路図をなぞる。
「この申請は三つを一箱にしてる。分ける」
タマキは切符を三枚へ切った。
「切っていい?」
「申請の複製禁止は、巴が止めた?」
「一括同意だけ」
「なら原本は切らない。写しを作る」
タマキは小型複写板へ押し当てた。
二番、拒否。
六番、限定照合へ再申請。
七番、限定照合へ再申請。
「三つの返事」
迅。
「一つの封筒へ入れるな」
「なぜ」
「一つだけ受けたい人が、全部受け取ることになる」
「賢いな」
「褒めると料金」
「いくら」
「一環」
「安い」
「毎回取る」
「高い」
地下搬送路は、古い郵便区分機を改造して作られていた。
十二本の原本経路。
百本の受信枝。
中央に、複製分割端末。
原本を通せば、機械は自動で内容を百へ分ける。
問題は、何をどこへ送るかを機械が知らないことだった。
機械は、申請者の希望を知っている。
所有者の拒否を知らない。
「送り主」
タマキが言う。
「誰」
巴が答える。
「記録の現在所有候補者」
「候補?」
「複数」
「受取人」
「本人、共同保管者、限定閲覧窓口、返却先、破棄確認者」
「多すぎる」
「だから分ける」
「目的」
「返却、保管、閲覧、破棄、偽物確認」
「五つ」
「保留も」
「六つ」
「連絡しないも」
「七つ」
タマキは顔をしかめた。
「大人、選択肢を増やすの好き」
「減らして困ったので」
巴は左手で答えを書く。右人差し指はまだ固定中だった。
「全部増やすのは、反省じゃない」
「分かっています」
「分かってる顔が一番増やす」
「真琴に似てきましたね」
「嫌」
「本人へ言ってください」
「言う」
午前六時二十六分。
折部翼が、地下搬送口へ入ってきた。
左脚の義足が、金属床へ乾いた音を返す。以前の列車戦で壊れた部品は交換されているが、歩幅は左右でわずかに違う。背中には三つの配達箱。
「受取、拒否、返送」
折部は箱を順に床へ置いた。
「保留は」
タマキ。
「背負ってる」
「なぜ」
「置く場所が決まってない」
「重い?」
「十二キロ」
「先に言って」
「聞かれなかった」
「誰から、誰へ、何のため」
「保留者から、保留棚へ、決めないため」
「保留棚は」
「まだない」
「じゃあ宛先違い」
「だから背負ってる」
二人は睨み合った。
迅が聞く。
「仲悪いのか」
「競争相手」
タマキ。
「俺は師匠だと思ってた」
折部。
「違う」
「一回くらい思え」
「料金払った?」
「教えた側が払うのか」
「勝手に教えた」
「おまえ、昔より面倒だな」
「前から」
折部は笑い、三つの箱を開けた。
受取箱には、確認済みの窓口札。
拒否箱には、《受け取らない》《連絡しない》《返送先を知らせない》の三種類。
返送箱には、空の容器、未開封の閲覧鍵、費用請求書。
「拒否したら終わりじゃない」
折部が言う。
「返す物がある。受け取ってないことを、送り主へ返す」
「送り主がいない時」
「不達」
「失敗?」
「結果」
「隠さない?」
「隠すと、到着したことにされる」
タマキは頷いた。
「合格」
「誰の試験だ」
「朝の」
「まだ続いてるのか」
午前七時。
百の受信口を、七種類へ分ける作業が始まった。
原本は動かさない。
綺理が石英保管箱のまま封印状態を読み、イオが端末の内容区分を設定し、巴が権利札を確認する。七瀬は撮影範囲を固定し、手元だけを記録する。迅は搬送路の入口を守る。
凱は作業時間の交代表を作った。
「タマキ、四十五分で休止」
「まだ平気」
「平気かどうかを聞いていない」
「誰が決めた」
「作業担当者六人で決めた。おまえも昨日、了承した」
「昨日の自分、信用できない」
「撤回する?」
「四十五分後に考える」
「それでいい」
元王が、十四歳の休憩を命令しない。
タマキは少しだけ面白くなかった。
命令を破る方が、反抗は簡単だ。
相談で決まった休憩を破ると、自分も決めた側になる。
最初の二十一枚は、地上へ出る前に止まった。
理由は、宛先が住所ではなかったからだ。
《北環能力医療研究組合》は建物名だが、受け取る人の名がない。
《白冠史料室》は制度が終わり、鍵だけが残っている。
《西市場二階・青い扉》は、先月、扉が緑へ塗り替えられた。
《本人の家族》は、本人が家族へ知らせたくないと答えている。
機械は文字があれば道だと思う。
タマキは文字へ質問した。
「青い扉を緑にした人は、宛先?」
「違う」
折部。
「建物を知ってる」
「知ってる人と、受け取っていい人は違う」
「じゃあ、運ぶ人」
「運ぶ人は、開けない」
「開けたくなったら」
「仕事を降りる」
「見たくなったら」
「見たいと申請する」
「運びながら?」
「運ぶ前に」
「面倒」
「だから仕事になる」
折部は三つの配達箱から、小さな金属札を出した。
《運搬のみ》
《受領確認のみ》
《内容照合なし》
「昔の鉄道で使った」
「列車の?」
「荷物を、駅長が勝手に開けないため」
「駅長、開けるの?」
「人は、責任があると中身を見たくなる」
「責任なくても見る」
「おまえは見るな」
「見ない」
「今、少し見たそうだった」
「箱の角」
「中身じゃないか」
「壊れてる」
タマキは箱の角を押した。
板が二ミリ浮く。
折部の顔から笑いが消えた。
「いつから」
「置いた時から」
「なぜ先に言わない」
「聞かれなかった」
「それ、俺の真似か」
「師匠じゃない」
二人は箱を開けず、外装だけを交換した。
中身へ触れないため、旧箱を布で包み、その上から新しい箱を組む。ねじは四本。折部は義足の爪先で板を押さえ、タマキが締める。
迅が見ていた。
「二人でやると早いな」
「一人でやると、責任が一人で済む」
タマキ。
「二人でやると、間違いを二人が見る」
折部。
「どっちがいい」
迅。
「間違いによる」
二人の答えが重なった。
午前七時三十八分。
地下搬送路の床へ、七つの経路が引かれた。
白い粉ではない。
糸だ。
返却は麻。
限定閲覧は綿。
共同保管は絹。
破棄確認は紙。
拒否受領は革。
不達は金属鎖。
保留は、結ばない長い紐。
「色じゃないんですね」
七瀬が聞く。
「暗い場所で、色は消える」
タマキ。
「触れば分かる」
シキが使った黄色い糸の経験が、ここへ残っている。
ただし、誰の考案かを英雄名にしない。
七瀬は糸だけを撮り、タマキの手を画角から外した。
「撮っていい」
タマキが言う。
「今は、糸の順番を残したい」
「私の手、後で有名になるかも」
「なりたい?」
「料金による」
「価に似てきましたね」
「嫌」
七つの経路は、同じ長さではない。
返却路は地上の五方向へ分かれるため、最も長い。
限定閲覧路は病院回線へ近いが、本人確認室を二つ通る。
共同保管路は石英庫へ直結するが、鍵の組み合わせごとに待つ。
破棄確認路は短い。しかし二人の監査者が揃わないと一歩も進まない。
拒否受領路は入口へ戻る。
不達路は終点がない。
保留路は、床の中央で結ばれずに終わっていた。
凱がその紐を見た。
「踏まれる」
「踏まれる」
タマキ。
「結ぶ?」
「結んだら、宛先になる」
「吊るすか」
「上は送信線」
「箱へ入れる」
「箱を、保留棚だと誰が決める」
「今いる担当者」
「期限」
「今日の作業終了まで」
「その後」
「また決める」
凱は、空の椅子を一脚持ってきた。
背へ《未決定》と紙を貼る。
紐を座面へ置く。
「椅子なら、誰かが勝手に荷物を置く」
「見張る」
「誰が」
「交代で」
「元王が保留の椅子番?」
迅が言う。
「王より難しい」
「座るだけだろ」
「座ったら、俺が保留になる」
「なら立て」
「膝が痛い」
「椅子を二つ使え」
「制度が増える」
凱は笑い、壁へ寄りかかった。
椅子は空いたまま守られた。
午前八時。
最初の限定閲覧申請が届く。
医療研究者は、藍の投薬順を匿名統計へ使いたいと書いていた。
申請書には、《個人を特定できる情報を除く》とある。
タマキは眉を寄せた。
「個人を特定できる情報、誰が決める」
研究者の回答は、《氏名・顔・住所》だった。
「歩き方は」
「記載なし」
巴。
「声は」
「記載なし」
「薬の組み合わせは」
イオが言う。
「希少なら、それ自体が個人になる」
「病院名」
「なる」
「日付」
「なることがある」
「全部消したら」
「研究にならない」
「じゃあ、研究したいと、見せていいは別」
「はい」
タマキは申請を不許可にしなかった。
《不足》へ入れた。
研究者が悪人だから止めるのではない。
悪意がなくても、質問が足りなければ人は見える。
次の申請は、黒雨で亡くなった父親の声を探す娘。
対象は十番。
父親が会議へ出た証拠はある。しかし発言箇所は確定していない。
《声だけ全部聞きたい》
タマキは折部を見る。
「本人じゃない」
「遺族」
「遺族なら全部?」
「違う」
「でも探したい」
「探すための照合者を立てる。娘本人へ全部を流さない」
「照合者が嘘ついたら」
「二人にする」
「二人が同じ嘘」
「記録を残す」
「嘘は消えない」
「消えない。追える」
タマキは申請を《限定照合》へ移した。
その次は、九番の編集技術を買いたい映像学校。
申請理由、《歴史的価値》。
「歴史って書くと、何でも見られる?」
七瀬が答えた。
「見られません」
「お母さんの技術、教えたくない?」
「教えたい部分もあります」
「どこ」
「分かりません」
「じゃあ不足」
「はい」
自分の母が残した技術でも、七瀬一人が授業へ差し出せない。
それを認める時、七瀬の声は少し低くなる。
タマキは聞かなかったことにしない。
だが、慰めもしない。
「不足は、断りじゃない」
七瀬が言う。
「また来る?」
「来ます」
「面倒」
「だから窓口が要る」
「七瀬さん、巴みたい」
「嫌です」
巴が遠くから言った。
「聞こえています」
「字幕ないのに」
「表情で」
百の複製は、まだ一枚も送られていない。
それでも仕事は進んでいた。
送らない理由を、一件ずつ宛先へ変えていたからだ。
午前八時十九分。
最初の異常。
受信口42が、拒否箱へ入れたはずの二番を再申請した。
「誰かが戻した」
イオ。
「機械が自動更新?」
巴。
「更新時刻が古い。予約鍵が循環してる」
折部が経路図を見る。
「返送先が同じ口だ」
「どういうこと」
タマキ。
「断ると、断った相手へ戻る。相手が受け取らないから、またこっちへ来る」
「ずっと?」
「誰かが宛先を変えるまで」
タマキは切符の裏を見る。
小さな印。
《自動再送》
「これ、誰が付けた」
薄墨の声が天井からした。
「競売所じゃない」
迅が顔を上げる。
「降りてこい」
「狭い」
「おまえが入った」
「入る時は空いてた」
「出る時も空ける」
薄墨が点検梯子を下りる。
黒い長衣。光を避ける薄い眼鏡。手には古い接続図。
「自動再送は、閲覧端末側の規格。拒否をエラーとして処理する」
「止め方」
イオ。
「エラーを《正常受領》へ偽装する」
巴が首を振る。
「拒否したのに、受領と記録される」
「機械だけに」
「後で機械記録が証拠になります」
「なら別の正常を作る」
タマキが言った。
「《拒否を受け取った》」
全員が見る。
「受信口が記憶を受け取るんじゃない。拒否を受け取る」
折部が義足の爪先で床を二度叩いた。
「返送箱を、受信口にする」
「できる?」
「郵便ならやる」
「機械は郵便じゃない」
「今から郵便にする」
イオが端末を開いた。
「四十二番を《拒否受領窓口》へ書き換える。循環は止まる。でも、他の九十九も個別に必要」
「百?」
「百」
タマキは切符を一枚ずつ立てた。
「たくさんじゃない」
「知ってる」
「一番からやる」
作業は、派手ではなかった。
一番へ受領目的を書く。
二番へ返却先を書く。
三番へ保留期限を書く。
四番へ、期限なしと書く。
五番へ、本人の名を出さない。
六番へ、家族関係を閲覧鍵にしない。
百番まで。
昼を越えた。
タマキは四十五分ごとに休んだ。
休むたび、自分の切符の列が他人の手で進んでいる。
最初は腹が立った。
十二番を七瀬が書いた。
二十八番を巴。
三十六番を折部。
五十九番を凱。
七十一番を迅。
迅の字はやはり雑だった。
「読めない」
「本人には読める」
「受取人は本人じゃない」
「書き直す」
「最初から」
「はい」
迅は素直に書き直した。
気味が悪かった。
午後二時十七分。
地下搬送路の東シャッターが下りた。
警報なし。
西も。
北も。
三方が閉じる。
中央端末に、送信開始まで十二分。
競売所の残留警備が、保全権限で搬送路を封鎖した。
「原本を渡せ」
シャッター越しの声。
「競売所名義で保全複製する。所有者判断は後だ」
巴が字幕板を掲げる。
《まとめ同意停止中。保全複製の上位権限なし》
「競売所の設備だ!」
「設備所有と、内容所有は別です」
「送信が始まる!」
「だから分けています」
「間に合わない!」
送信開始まで十一分。
タマキは百枚を見る。
まだ八十三まで。
「十七足りない」
凱が言う。
「人数を増やす」
「増やすと確認が崩れる」
タマキ。
「では速度を」
「急ぐと宛先を飛ばす」
「どうする」
「十七を送らない」
「送信開始で自動送付される」
イオが端末を叩く。
「未設定は全体複製」
「じゃあ未設定を、拒否受領へ」
折部。
「本人が拒否してない」
「保留受領」
巴。
「保留を本人へ押し付ける」
タマキは十七枚を取った。
「機械が保留する」
「期間は」
「二十四時間」
「誰が決める」
「今いる全員。あとで本人が変える」
凱が聞く。
「二十四時間の根拠」
「送信予約の最大猶予」
イオ。
「それ以上は機械が持たない」
「機械の都合か」
「今は」
「記録する」
凱は交代表の余白へ書いた。
《未設定十七件。設備上限による二十四時間保留。本人判断ではない》
送信開始まで七分。
シャッターが外から切られ始めた。
金属粉。
迅が入口へ立つ。
「開いたら?」
凱。
「入れない」
「能力は」
「使わない」
「なぜ」
「源が警備員か、命令か、機械か決められない」
「普通に戦えるか」
「普通って言うな」
「戦えるか」
「戦える」
東シャッターに穴が開く。
棒が一本、突き込まれる。
迅は棒を掴まない。
先端へ靴底を当て、下へ落とす。穴から出た手首を傷つけず、棒だけを床へ滑らせる。
二本目。
三本目。
西からも音。
凱が西へ移る。
走らない。
左膝の装具へ負担を掛けず、手すりを使う。
王路は使わない。
普通の身体で、シャッター下へ防輪材を入れる。
「元王が車輪止め?」
迅。
「仕事に元はない」
「格好いいな」
「一環」
「タマキの真似をするな」
送信開始まで三分。
百枚の切符が、分割端末へ入った。
受取二十一。
拒否十九。
返却十八。
共同保管十一。
限定閲覧十四。
機械保留十七。
この数字は、最終分類ではない。
ロットではなく、受信口の状態だ。
同じ人が二つの窓口を持つこともある。
同じロットへ、異なる回答がある。
送信開始。
端末が動く。
原本は動かない。
内容区分ごとの暗号片だけが、一枚ずつ作られる。
百の無制限コピーではない。
百の窓口へ、百通りに《見られない部分》を付けた複製ログを送る。
タマキは一番の送信音を聞く。
短い鐘。
二番。
三番。
四十二番で、音が二回鳴った。
拒否受領。
「止まった」
折部が言う。
「循環、止まった」
八十三番。
八十四から百は、長い一音。
機械保留。
送信完了まで二分十二秒。
東シャッターが破られた。
三人の警備が入る。
迅が一人目の肩を受け、壁へ向ける。二人目の棒を膝で挟み、放す。三人目は端末へ走る。
タマキが空の配達箱を滑らせた。
男が躓く。
「空箱で止めるな!」
「空じゃない」
「何が入ってる!」
「受取拒否」
「ふざけるな!」
「受け取った?」
男が怒鳴る間に、送信が終わった。
百の窓口へ、複製ログが到着する。
到着は勝利ではない。
受け取らない窓口がある。
返す窓口がある。
開かない窓口がある。
最初に返ってきた到着確認は、開封ではなかった。
《受信口12。封印状態のみ確認。内容未閲覧》
二通目。
《受信口03。申請者死亡。後継機関は受領資格を主張。保留》
三通目。
《受信口61。本人が申請を忘れている。再説明を希望》
「忘れたら無効?」
タマキが聞く。
「忘れたことを、本人が確認した」
巴。
「確認したら、思い出した?」
「申請した事実だけ」
「内容は」
「まだ」
「じゃあ再説明」
「本人が量を選ぶ」
四通目は拒否。
《研究目的が変更されたため、受け取らない》
「前より良い目的なら?」
折部。
「変更された時点で、元の申請じゃない」
タマキ。
「正解」
「師匠みたい」
「今、言った?」
「みたい」
五通目は、開封後の返送だった。
《冒頭一秒を再生。本人と一致しないと判断。以後未閲覧。返送》
「一秒、見た」
七瀬。
「返送しても、見たことは戻らない」
「だから、閲覧秒数を残す」
綺理。
「一秒で本人でないと分かる?」
「声や匂いで分かる場合がある」
「誤認なら」
「異議窓口を残す」
六通目は、何も書かれていない紙だった。
署名なし。
時刻だけ。
「空白」
凱が言う。
「受信口番号はある」
タマキ。
「紙を返したことだけは分かる」
「何の回答」
「決めない」
「本人が?」
「分からない」
タマキは《空欄》と書かず、《白紙返送》と書いた。
百の窓口は、百の答えを返さない。
答えでない物も返す。
そのたび、分類の箱を増やすのではなく、何が起きたかをそのまま一行にする。
大人が《例外》と呼ぶ物にも、番号と時刻があった。
折部の配達箱が、次々に音を立てた。
「拒否五」
「返送三」
「不達二」
「隠すな」
「書いてる」
タマキは到着表へ、同じ大きさで書いた。
《到着》
《拒否》
《返送》
《不達》
《保留》
どれにも丸を付けない。
午後二時三十一分。
十二の原本容器は、地下保管庫へ戻った。
綺理が一本ずつ封印を確認する。
薄墨は、列の最後にいた。
彼の手には原本がない。
閲覧鍵もない。
ただ、分割端末の側面から抜いた薄い透明片を、袖へ入れていた。
タマキは見た。
「何」
「技術鍵の写し」
「誰から、誰へ、何のため」
「俺から、俺へ。閲覧経路を確かめるため」
「受取人と送り主が同じ」
「だめ?」
「目的が足りない」
「監視に使われた端末経路を知る」
「返す?」
「原本はここにある」
「写しを返す?」
「返さない」
タマキは迅を呼ぼうとした。
薄墨が言う。
「呼べば逃げる」
「呼ばなくても逃げる?」
「たぶん」
「たぶん嫌い」
「俺も」
「じゃあ確定して」
「返さない。ここを出る」
「それ、盗み」
「そう」
「記録する」
「して」
タマキは時刻を書く。
《14:32 薄墨影治。技術鍵の写し一枚を持ち出す意思を自認。内容原本・閲覧鍵なし》
「止めないの」
薄墨が聞く。
「止める」
タマキは進路へ立った。