第365話 第一章「すべての角に目」前編

九月十四日 午前七時十二分

 街角の目は、瞬きをしなかった。

 東部環状路の交差点に、昨日までなかった黒い半球が三つ増えている。

 信号柱の中ほど。

 薬局の雨樋の下。

 共同食堂の換気筒。

 どれも人間の顔より少し高い場所にあり、見上げなければ視界へ入らない。見上げれば、こちらを見ているかどうか分からない。

 分からないことが、最もよく働く。

 火群七瀬は交差点の手前で立ち止まり、手回し撮影機〈クランク・アイ〉を腰高の固定台へ載せた。

 左肩には掛けない。

 八月の記憶競売で炎症が増してから、朝の最初の一時間は肩の奥へ錆びた蝶番が残っているように痛む。動かせば動く。動くから、使えるとは限らない。

 黒い半球の下に、平たい広告端末が取り付けられていた。

《見られる街は、安全な街》

 白文字のあとに、映像が流れる。

 黒雨の夜。

 崩れた歩道。

 濁水へ半分沈んだ子どもの手。

 画面の外から伸びる、黄色い袖。

 火群灯里の映像ではない。

 七瀬の映像だった。

 十二歳の迷子を、零番街の屋根道から救助索へ渡した時の記録。撮影者は七瀬。公開範囲は救難手順と時刻だけ。子どもの顔は映していない。

 広告では、その前後が切られている。

《監視登録が、行方不明者の発見を早めます》

《証者参加で、配給受領時刻を優先》

《あなたの視線が、誰かの帰路になる》

 最後に、七瀬の横顔が大きく映った。

 本人が撮っていない顔だった。

「朝から人気者だな」

 竜胆迅が、端末の影から言った。

 色褪せた紺の学ラン。前髪の一房だけ灰色。右手首の赤い七結び。

 彼は監視装置を見上げず、端末の基部と電源線を見ている。

「肖像利用の許可は出していません」

「映像は?」

「公開済みです。ただし救難教育用。監視参加の広告へ転用する許可ではありません」

「止める?」

「まず契約を確認します」

「遅い」

「殴るより速いです」

「まだ殴ってない」

 迅の右拳は、端末から十三センチの位置で止まっていた。

「拳を向けています」

「埃」

「払う手の形ではありません」

「埃も強い」

「あなたよりですか」

「今日は互角」

 七瀬が固定台の脚を開いた時、交差点の四方で短い警報が鳴った。

《器物損壊予備動作を検知》

《対象識別中》

 黒い半球の一つが、音もなく五度だけ動いた。

 迅は拳を下ろさない。

 向かいの理髪店から店主が顔を出した。二階の窓から、寝巻き姿の老人がのぞく。広告端末の側面で、小さな赤灯が一つ、二つ、五つと増える。

 市民監視員からの通報数だった。

「午前七時十三分。予備通報、十一件」

 七瀬が言う。

「人気者、俺だった」

「壊さないで」

「壊すと?」

「十二件目が入ります」

 迅は端末の表面を指の背で一度弾いた。

 赤灯が十七へ増えた。

「触っただけ」

「向こうには音が届かない」

「見れば分かる」

「あなたが今まで何度、触っただけの物を壊したと思っています」

「数えてる?」

「映像があります」

「嫌な友達だな」

「友達なら、壊す前に止めます」

 迅は拳を下ろした。

 赤灯の増加が止まる。

 代わりに、端末の画面へ新しい表示が出た。

《危険行動解除》

《対象:竜胆迅》

《過去三十日・危険接近十一回》

《関連映像を確認しますか》

 通行人の一人が、確認欄へ指を伸ばした。

 七瀬はその手と画面の間へ、撮影許可札を差し込んだ。

「閲覧理由は」

 通行人は、五十代ほどの男だった。豆袋を抱え、右の袖だけ粉で白い。

「危ない奴か知りたい」

「何をするために」

「避けるためだよ」

「避ける経路は、映像を見なくても選べます」

「だったら、何のための監視だ」

「それを確認しています」

 男は七瀬の顔を見た。

 広告端末の顔と見比べる。

「映ってる子だな」

「撮った側です」

「同じだろ」

「違います」

「画面の中じゃ、どっちも平たい」

 男は確認欄から手を離した。

「俺はこの道で二度、荷を盗られた。監視が付いてから一度もない。あんたの肩書きは知らんが、豆は減らなくなった」

「盗難件数と、誰の何を見たかは別に記録できます」

「別にする金があるのか」

「あるか確認します」

「遅いな」

 迅が小さく笑った。

 七瀬は彼の靴を踏んだ。

「痛い」

「見れば分かります」

 男は豆袋を抱え直した。

「壊すなよ。俺は賛成票を入れた」

「誰が壊すって」

 迅。

「顔」

「顔に責任はないらしい」

「拳にはある」

 男は去った。

 彼の背後を、黒い半球が追ったかどうかは分からない。

 午前七時二十六分。

 東部環状路へ入ると、目は増えた。

 公設四十二。

 商店設置十九。

 住宅組合十一。

 医療・交通・学校その他二十四。

 監査対象、合計九十六節点。

 七瀬は番号を振る。

 柱だけではない。

 パン屋の看板の丸い葡萄。

 古書店の時計。

 水飲み場の魚の目。

 花屋の風見鶏。

 監視機器は、目に似せない方がよく見えた。

 通行人は、どれが見ているか分からない。

 分からないから、全部を気にする。

「九十六」

 迅が言う。

「数えた?」

「路地の出口が八。高いのが三十七。低いのが十九。残り、隠してる」

「広告塔を含めて九十六です」

「答え知ってた?」

「監査申請書に書いてあります」

「ずるい」

「文書を読むのは、能力ではありません」

「真琴が聞いたら喜ぶ」

「喜びません。まず定義を訂正します」

 交差点の先で、女性の叫び声がした。

「財布!」

 一人の少年が、露店の間を抜けて走る。

 灰色の上着。

 左手に革袋。

 足は速くない。

 迅が動くより早く、三つの端末が鳴った。

《盗難疑い》

《対象進路を表示》

 路面の案内灯が赤く点滅し、少年の進路を先回りして矢印を作る。向かいの商店主が荷車を横へ出し、道を塞ぐ。少年は止まり、右へ折れる。

 そこにも赤い矢印。

 七瀬は撮影機を回さない。

 女性が追いつく。

「それ、私の!」

「拾った!」

「手から取ったでしょう!」

 少年は革袋を投げた。

 迅が横から受ける。

 右手ではなく、左手。

 女性へ返す前に訊く。

「中身」

「配給札、二枚。鍵が一つ。赤い糸」

 迅は袋を開かず、外から重さを測る。

「鍵、ある。札は分からない」

「返して」

 女性の声は震えていた。

 迅が渡す。

 少年は逃げない。

 逃げられない。

 周囲の端末が、彼の顔へ白い枠を重ねている。

《対象確保》

《通報完了》

《市民監視員二十三名が証言》

 少年が顔を両腕で隠した。

「撮るな」

 誰へ言ったのか分からない。

 七瀬は撮影機へ手を置いたまま、回さなかった。

 迅が端末の前へ立つ。

 自分の背で少年を隠す。

「返した。逃げてない」

「俺が返したんじゃない」

 少年。

「投げた」

「同じだ」

「違う」

「じゃあ、違うって言え」

「二十三人、見てる」

「二十三人に言わなくていい。取られた人に言え」

 女性は革袋の中を確認していた。

 配給札二枚。

 鍵一つ。

 赤い糸。

「全部ある」

 彼女は少年を見る。

「昨日も、あなた?」

「違う」

「見た人がいるって」

 端末が即座に反応した。

《関連映像を検索しますか》

 女性の指が止まる。

 七瀬は訊いた。

「昨日、何を盗られました」

「干し肉。店の前から」

「少年の顔を見ましたか」

「背中だけ」

「同じ上着でしたか」

「灰色だった」

「この街に灰色の上着は何着あります」

「知らない」

「検索すれば、昨日の通行人全員が候補になります」

「でも、犯人が分かるかもしれない」

「犯人でない人の昨日も見ます」

 女性は画面を見た。

 少年は腕で顔を隠したまま、呼吸を速くしている。

「今の分は、届け出る」

 女性が言った。

「昨日のは、今日は検索しない」

「どうして」

 少年が顔を上げる。

「あなたが犯人じゃないって決めたわけじゃない」

 女性は袋を胸へ抱く。

「今、腹が立ってるから。腹が立ってる時に、人の昨日まで見るのは嫌」

 端末の確認欄から手を離した。

 迅が一歩退く。

 少年の顔が、またカメラへ入る。

 少年は逃げなかった。

「配給、切られてる」

 小さく言った。

「監視登録、してないから」

 女性の眉が動く。

「だから盗った?」

「違う。腹減ったから」

「同じに聞こえる」

「違う。登録しないのは、家の中まで見られたくないから。盗ったのは、俺が盗った」

 主語が戻った。

 迅は少年の靴を見る。

 右の底が剥がれ、濡れた紙を挟んである。

「治安隊が来るまで、座る?」

「逃がさない?」

「逃げたい?」

「分からない」

「じゃあ、分かるまで座れ」

 少年は露店の木箱へ座った。

 七瀬は時刻だけ記録した。

 盗難の映像は撮らない。

 既に九十六の目がある。

 午前八時四分。

 空白の旗の作業室へ着く前に、七瀬の映像利用契約は見つかった。

 七年前。

 母の死後。

 零番街の記録機材を修理するため、公営映像局から部品提供を受けた時の包括許諾。

《公共安全および救難啓発に資する範囲で、提供者の映像を再掲・抜粋・要約できる》

 署名は、十五歳の七瀬ではない。

 当時の共同世帯代表。

 ただし、映像の所有者欄は七瀬。

「形式上は有効です」

 朽葉真琴が言った。

 丸眼鏡の奥で、薄い榛色の目が紙面を一行ずつ追う。左手に黒インク。署名欄を確認する時だけ右手を使う。

「形式上だけ?」

 迅。

「そこを省略しないでください。有効です。ただし、公共安全の範囲、要約による文脈改変、本人の撤回手続き、共同世帯代表の権限。この四点は争えます」

「止められる?」

「申立てはできます」

「いつ止まる」

「審理後です」

「何日」

「十四日から六十日」

「遅い」

「法は拳より遅い代わりに、拳より遠くへ残ります」

「拳も痕は残る」

「残してはいけない種類です」

 七瀬は契約書を固定台で撮った。

「広告は今日からです。六十日後に撤回しても、今日は戻りません」

「だから、今日の対処と、六十日後の規則を分けます」

 真琴は紙片を二つへ分けた。

《現在の広告》

《今後の利用》

 七瀬の肩が、痛みとは別の理由で硬くなる。

「私の映像を使って、私が反対する制度を売っています」

「反対ですか」

 真琴が訊く。

「常時監視には」

「監視全体へは?」

「目的と範囲によります」

「その回答を広告へ使われます」

 迅が机へ頬杖をつく。

「監視に反対って言えば?」

「盗難の女性を無視します」

「賛成って言えば?」

「少年の生活を無視します」

「面倒」

「あなたが簡単にしたがる時は、だいたい誰かが平たくなります」

「映像みたいに?」

「今は上手いことを言わないでください」

「上手かった?」

「認めません」

 午前八時四十六分。

 七瀬は監視実証区の案内図を、撮影機の前ではなく足元へ広げた。

 地図には九十六の節点が、赤い円で示されている。

 円はどれも同じ大きさだった。

 現地では違う。

 薬局前の節点は入口と会計台を同時に見る。

 共同浴場裏の節点は燃料庫と休憩椅子を同じ画角へ入れる。

 学校裏の節点は門だけでなく、遅刻した生徒が息を整える植込みまで映す。

「丸が同じだと、見える量も同じに見えます」

 七瀬は言った。

「地図は場所を示すものだろ」

 迅。

「場所だけなら、監視の地図ではありません。視野、音声、保存時間、誰が見られるかが要ります」

「書いたら、紙が街より大きくなる」

「街を紙より小さく扱うよりましです」

 真琴が図面の余白へ線を引いた。

「現行申請には、設置目的が一欄しかありません。防犯、転倒確認、設備監視、行方不明捜索を同じ欄へ書ける。目的が四つなら、拒否も四つ必要です」

「一台に四回、断る?」

「一台が四つの仕事をするなら」

「断ってる間に転ぶ」

 声を挟んだのは、薬局の主人だった。

 六十を越えた男で、右の眉だけ白い。鎧戸の留め具へ油を差しながら、三人を見もしない。

「先月、薬箱を二つ持っていかれた。映像があったから返った。犯人は近所の子で、売るつもりじゃなく、祖母に使うつもりだった。それも分かった。目がなければ、俺は泥棒としか呼べなかった」

「映像を誰が見ましたか」

 七瀬。

「警備と俺」

「子どもの家族は」

「後から」

「本人は」

「最初は見せなかった」

「誰が決めましたか」

 薬局主の手が止まる。

「俺だ」

「理由は」

「顔が出ていた」

「それを記録しましたか」

「してない」

「映像があっても、見せない判断は人がしています」

「悪かったと言いたいのか」

「聞いています」

「同じ顔だな」

 迅が小声で言った。

「今のは何ですか」

「怒ってない時の顔と、怒ってる時の顔」

「違います」

「俺には同じ」

「監視装置向きですね」

「嫌な適性」

 薬局主が笑った。

「俺はカメラを外せとは言わん。だが、昨夜から入口へ来る客が減った。画面に《要注意者と接触》と出るのが嫌だそうだ。要注意者ってのは、あの子だ」

「薬箱は返った?」

 迅。

「返った」

「祖母は」

「薬を買えるよう、分割にした」

「じゃあ、事件は終わった?」

「店の帳簿では」

「画面では?」

 薬局主は、鎧戸の上にある黒い半球を見上げた。

 半球は、どちらを見ているか外から分からない。

「終わってないらしい」

 七瀬は地図の薬局節点へ、赤ではなく鉛筆で四つの欄を書いた。

《盗難検知》

《本人確認》

《再接触警告》

《終了条件》

「最後がなかった」

 真琴。

「事件を始める規則は細かいのに、終わらせる規則がありません」

「警戒を終えた後、また盗られたら」

 薬局主。

「終えた人が責められる」

「だから、終えない?」

「そうなる制度です」

 迅は鎧戸の留め具を二度叩いた。

「人を疑うのは、始めるより終わる方が怖い」

「名言みたいに言わないでください」

「今の、いい?」

「認めません」

 学校裏では、監視端末へ子どもが三人並んでいた。

 端末の前で顔を左右へ動かすと、赤い枠が追う。

 右へ。

 左へ。

 しゃがむ。

 枠が一拍遅れて下がる。

「鬼ごっこ?」

 迅が訊く。

「目かくし鬼」

 小柄な女児が答えた。

「目、開いてる」

「鬼が目かくし」

「見えてる」

「見えてないふり」

 女児は端末の下へ潜り込んだ。

 枠が消える。

《対象喪失》

 警告音。

 もう一人の子が笑う。

「三秒で警備が来るよ」

「来ない」

「昨日は来た」

「何した」

「七秒隠れた」

「何て言われた」

「危ないから遊ぶなって」

「どこが危ない」

「見えないところ」

 子どもは当然のように答えた。

 七瀬が撮影機へ手を伸ばし、止める。

「今の遊びを記録しますか」

「やだ」

 女児。

「理由は」

「負けたから」

「受領しました」

「勝ったら撮って」

「その時、もう一度訊きます」

 迅は端末の真下へ立った。

 枠が彼の顔を取る。

《既知人物照合中》

「鬼、強くなった」

 女児。

「俺?」

「目の方」

「俺は?」

「悪そう」

「正確」

「本人が認めないでください」

 七瀬。

 校門の向こうから教員が出てきた。

 監視端末を付けてから、無断侵入が減ったと話す。

 一方で、遅刻した生徒が門の外で待ち、登校記録へ残らないよう昼まで入らなくなったとも言う。

「遅刻を隠すために欠席する」

 真琴が繰り返した。

「罰を小さくする装置が、罰を大きくしています」

「でも、門を外したら侵入者が戻る」

 教員。

「外すか残すかだけではありません」

 七瀬はレンズの向きを確かめようと、支柱の後ろへ回った。

 方向表示はない。

 制御線は地中へ入り、誰が操作中かも分からない。

「向いている先が、外から分からない」

「監視される側に操作情報を出すと、回避されます」

「回避できないことが安全ですか」

「犯罪者には」

「生徒にも」

 教員は答えなかった。

 女児が端末の下から出てくる。

「鬼、どっち見てる?」

「分かりません」

 七瀬。

「じゃあ、ずっとこっちだと思う」

 女児は笑わなかった。

 校門の内側から、上級生らしい男子が白墨を持ってきた。

「先生に消せって言われた線、もう一回引いていい?」

「何の線ですか」

 七瀬が訊く。

「鬼が見てると思うところ」

 歩道に、薄い半円が三つ残っていた。子どもたちは毎朝、黒い半球が向いていると思う範囲を白墨で囲み、その外を通る。昨日、教員が危険だからと消した。

「実際の画角とは違うかもしれません」

「分かんないから広くした」

 男子は、植込みから便所脇の水場まで線を延ばした。遅刻した生徒が息を整える場所も、下着を汚した子が制服を洗う蛇口も、全部が半円の内側へ入る。

「見られたくない場所、まとめたの?」

 迅。

「違う。見られてると思う場所」

「同じ?」

「見られたくない方が、あとから増えた」

 七瀬はレンズの下にある整備蓋を開いた。現在方向を示す目盛りはない。制御線へ付いた札には、《遠隔調整可》とだけ書かれている。

「今、どこを見ているか確認します」

 公衆端末から問い合わせる。

《保安上の理由により非公開》

「じゃあ、線は消せないね」

 女児が言った。

「本物より大きく描けば、安全」

「安全にした分、使えない場所が増えます」

「使わなきゃいい」

「便所も?」

 迅が訊く。

 女児は黙った。

 教員も黙った。

 男子は白墨を折り、半分を七瀬へ差し出した。

「大人の線も引いてよ」

 七瀬は受け取らない。

「見えない範囲を、私が想像で広げることはできません」

「じゃあ、何するの」

「向きを出させます。出るまで、あなたたちの線を消さないよう頼みます」

「頼むだけ?」

「まずは」

「遅い」

「本日、十九回目です」

 男子が笑った。

 その瞬間、黒い半球が五度だけ左へ動いた。

 白墨の半円の外から、内へ。

 誰が動かしたかは表示されない。

 七瀬は、レンズではなく、動いた時刻と子どもたちの線を記録した。

 午前十時七分。

 三人は作業室へ戻った。

 図面の赤丸は九十六のまま。

 鉛筆の欄だけが増えている。

 目的。

 閲覧者。

 終了条件。

 拒否方法。

 緊急時の例外。

 向きの表示。

「共同運用に入れば、全部見られる」

 迅が言った。

「見る側になるだけです」

 七瀬。

「外からじゃ、何も出さない」

「だから入る、という形を薄墨が作っています」

「入らない?」

「まだ決めません」

「珍しい」

「保留は拒否ではありません」

「真琴みたい」

「撤回してください」

「誰が?」

「あなたが」

 真琴が図面の余白へ書いた。

《共同運用提案への回答:保留》

《保留中も調査を継続》

 その文字を書き終えた時、作業室の壁にある受信端末が、勝手に起動した。

 画面は黒い。

 音声だけが流れる。

『十四日、午前十時十一分。火群七瀬へ共同運用を提案する』

 息の多い中低音。

 録音すると平板になるように整えた声。

 七瀬は聞いたことがある。

 記憶競売場で。

 匿名の通信で。

 もっと前にも。

『九十六節点の閲覧権を渡す。過去三十日の原映像、通報優先度、検索履歴。好きなだけ見ればいい』

 迅が画面の横へ回る。

「薄墨」

『本名で呼ぶと、放送が少しだけ劇的になる』

「映ってない」

『映像を信じる人へ、映像なしで話す礼儀だ』