第399話 第六章「酸素の残量」前編
十月二十日 午後一時四十六分
伏見轟は、扉を見た時、まず人間の数を数えた。
扉一枚。
蝶番四つ。
手動軸一本。
軸受け二つ。
水位差一・二メートル。
人間、十七人。
外にいる者ではない。
まだ水底にいる者だ。
機械の数字だけを見れば、開け方は三つあった。
切る。
爆ぜさせる。
圧力を均す。
人間の数まで入れると、最初の二つは消えた。
「酸素二本」
施設の水門係が、錆びた手動軸を指した。
煤けた防水帽。
胸札には個人名でなく《水門係》とだけある。氏名は救助と監査に必要な範囲へ限定され、公開側には職務だけが残されていた。
「二本あれば、酸素切断器で軸を落とせる」
「二本で何人運べる」
轟が訊く。
「往復なら二人。片道で予備を削れば三人」
「二人だ」
「扉が開けば十七人」
「扉が開いても、十七人は勝手に泳がん」
轟は九本のボンベを見た。
初めに九本。
現在、使用中三本。
交換待ち二本。
未使用四本。
残圧は同じではない。
一本は七割。
一本は五割。
一本は三割。
最後の一本は、弁の根元へ白い粉が浮いている。
数が九だから、九回使えるわけではない。
「切断器なら七分」
「二人分の呼吸を七分へ換える」
「換えなければ、全員の空気が切れる」
「だから、換えない案を七分で作る」
水門係が笑わなかった。
「大きい人は、時間も大きく言うんだな」
「俺は寸法を大きく言う。時間を大きく言う奴は嫌いだ」
「七分で案が出なかったら」
「八分目に切断器を使うか、七分目に誰へ訊くかを今決める」
「誰へ」
「下に住んでた奴」
轟は図面を広げた。
図面上の手動軸は、壁の中央にある。
現物は、壁から四十センチ右へずれている。
住民が後から洗濯槽を増設し、元の軸を避けるため中継歯車を足した。
役所の図面には、勝手な増設と書かれている。
轟には、勝手に生き延びた痕に見えた。
「この洗濯槽を作った人」
タマキが配達箱から濡れた住所札を出す。
「水底。中央希望。呼称《未定》」
「喋れるか」
「打鍵できる。さっき三回だけ返事」
「訊け」
「何を」
「この軸、何を支点にした」
「何のため」
「切らずに開けるため」
「受取人」
「俺」
タマキは一秒見上げた。
「伏見轟。目的、切らずに開ける。受領できる?」
「できる」
「今のは練習じゃない」
「何がだ」
「確認」
「いつもやってるだろ」
「そう」
タマキは鉄箱の留め具を鳴らした。
まだ、何も光らない。
水中の《未定》から返った答えは、文章ではなかった。
短い振動。
長い振動。
短い振動、二つ。
タマキが澪から引き継いだ表へ当てる。
「下」
短い。
「右」
長い。
「二」
短い二つ。
轟は壁の右下を叩いた。
空洞音。
白墨で円を描く。
「二って」
「二本か、二番目か、二人か」
タマキ。
「決めない。もう一回訊く」
轟は頷く。
タマキは壁へ低音槌を二度当てる。
送り主。
受取人。
目的。
水底から、今度は違う返答が来る。
短い。
長い。
長い。
短い。
巴が触覚符号表へ指を走らせる。
「下、右、右、下。四点」
轟は四点を結んだ。
壁板の裏に四角い枠がある。
増設した洗濯槽の脚。
「軸を洗濯槽の脚で受けてる」
水門係が図面を見る。
「そんな荷重、計算してない」
「毎日、濡れた布を百二十キロ載せて十年持った」
「水圧は布じゃない」
「だから全部は預けん。三割だけ借りる」
轟は左肩を上げない。
手術痕のある肩は、胸の高さより上へ持ち込まない。
右手で床板を外す。
腰で持ち上げる。
水門係と施設整備員へ、重さを三つに分ける。
昔の轟なら、自分で持った。
今の轟は、持てないから分けるのではない。
分けた方が、誰が抜けても落ちない。
「右、あと二センチ」
「二センチで何が変わる」
「軸と脚が同じ線に乗る」
「見えない」
「見えないなら、指を入れるな」
「大きい手で細かいことを言う」
「大きいから、挟まると取り返しがつかん」
タマキが笑いかけ、すぐ顔を戻す。
時間がない。
空気溜まりの温度が上がっている。
四十三人の体温ではない。
今残っている十七人と、動き続ける設備の熱。
ミソラが潜水表の横へ、残量を書き直す。
《旧寮 残り三人 推定二十四分》
《保守回廊 残り六人 推定十九分》
《圧力管理室 残り八人 推定二十七分》
「さっきより短い」
凱が言う。
「空気溜まりの容積を、図面の天井高で計算していた」
ミソラは症状と数字を先に出す。
「実際は断熱材と収納棚で十八パーセント小さい。呼気の二酸化炭素も予測より速い。人を動かすほど消費が増える」
「三系統へ分ける時間」
「今の手順なら四十四分」
「残りは十九分」
「一番短い場所は」
「保守回廊」
凱は左膝の装具を締め直した。
「手順を一つに戻せば」
百舌が透明壁へ数字を出す。
《十六分》
全員、東。
最短。
ミソラは表示を見る。
「救命率だけなら、今は百舌の案が上」
「なら」
「本人選択をなくせば、救助拒否が増える。拒否して隠れる人を探す時間は入ってる?」
百舌の指が止まる。
《二人》
「二人だけ?」
《確認済み》
「確認できない人は」
《不明》
「不明をゼロへ入れたら、数字はきれいになる」
百舌の眉が上がる。
《不明を最大へ入れれば、計画は作れない》
「最大じゃない。名簿へ不明のまま置く」
《酸素は不明を待たない》
「だから選択を速くする」
《速い選択は誘導になる》
「遅い強制よりは、間違いを戻せる」
専門家同士の会話は、優しい言葉を一つも使わない。
それでも、二人とも人を数えていた。
百舌は救命率を守る。
ミソラは、救命された後に誰として生きるかを守る。
どちらも、片方だけでは足りない。
轟は二人の数字を聞きながら、軸の下へ増設脚を滑らせる。
「議論は続けろ」
水門係が言う。
「作業中だ」
「止めろって意味だ」
「止めたら十九分が十八分になる」
「おまえ、議論を床鳴りみたいに扱うな」
「床鳴りは聞く。崩れる前に喋るからな」
「人間も喋ってる」
「だから聞いてる」
轟は、増設脚の錆を指でこすった。
住民が使ったボルトは規格外。
太さが左右で違う。
一本だけ、古いベッドの脚を削って作っている。
役所なら不適合。
現場なら、十年持った事実がある。
「ベッド脚のボルトを抜く」
水門係が目を剥く。
「支えが落ちる」
「抜いて、裏返して、長い方を軸受けへ入れる」
「洗濯槽が落ちる」
「その間、空のボンベを脚にする」
タマキが九本を見る。
「空?」
「使い切った一本。呼吸には使えん。鉄の筒には使える」
「中身がないから、捨てる物」
「空だから、別の重さを受ける」
タマキは空ボンベを両腕で抱える。
「料金」
「何の」
「工具として借りる」
「今それを言うか」
「持ち主がいる」
凱が受領記録へ書く。
《空ボンベ一 仮支柱使用》
《責任者 伏見轟》
《返却時 圧力検査》
「借りた」
轟。
「返す時、へこんでる」
「へこませる前に支える」
「へこんだら」
「俺が直す。直せなければ俺の名前で廃棄理由を残す」
タマキは頷く。
「受領」
午後二時二分。
手動軸が、九度回った。
一度目。
錆が鳴る。
二度目。
洗濯槽の脚が震える。
三度目。
空ボンベが床へ三ミリ沈む。
四度目。
轟の右前腕へ筋が浮く。
左肩は上げない。
五度目。
水門係が歯を食いしばる。
六度目。
地上側の圧力計が一目盛り戻る。
七度目。
水底から短い振動が三つ届く。
帰還ではない。
続行。
八度目。
手動軸の奥で、中継歯車が一枚噛む。
九度目。
扉が、指一本分開いた。
水が噴く。
迅の失敗時のような細い刃ではない。
圧力を受けた厚い帯。
轟は身体を入れない。
用意した洗濯板を斜めへ差す。
水流が板へ当たり、天井へ逃げる。
「流量」
「毎秒二十七リットル」
「多い」
「あと六度回せば圧が均る」
「脚」
「持つ」
「希望じゃなく」
「振動が一定。持つ」
轟は右手を離した。
水門係へ回転輪を渡す。
「おまえが回せ」
「なぜ」
「増設した人の手順を知ってる」
「俺が作ったんじゃない」
「ここで暮らした」
「だから責任?」
「だから、止める時に止められる」
水門係は輪を握る。
轟は、その手の上へ自分の手を重ねない。
「重い」
「分かってる」
「本当に大きい人は、分かってるって言うだけか」
「重い物を持ってる奴に、頑張れと言うよりましだ」
水門係の口元が少し曲がる。
「六度」
「一度ずつ」
十度目。
十一。
十二。
水流が太くなる。
十三。
圧力計の差が半分。
十四。
水底側から連続する打音。
十五。
扉が二十センチ開く。
人が一人、横向きに通れる。
百舌が最初に抜ける。
次に施設潜水員。
担架一。
自力泳者二。
中央札一。
西札二。
東札二。
五人。
全員、同じ扉を通り、別の索へ分かれる。
東二。
西二。
中央一。
累計。
東十四。
西十。
中央七。
三十一人。
残り十二。
轟は扉を全開にしなかった。
水圧差が消えた後も、開口を人一人分に留める。
急いで二人並べれば、肩が挟まる。
「広げれば早い」
施設整備員が言う。
「早く詰まる」
「十二人」
「十二人だから、一人ずつ出す」
「大きい身体で狭くするな」
「大きい身体が、二人並ぶなって教えてる」
轟は白墨で床へ一本の線を引いた。
そこを越えるのは、一人ずつ。
線は命令ではない。
混雑を避けるための提案。
百舌が戻ってきて、線を見る。
両手を背中へ組んだまま、左足で線を踏む。
同意ではない。
確認だ。
轟も頷くだけにした。
扉を二十センチ開けた後、轟は閉じる手順を先に書いた。
「まだ十二人いる」
水門係が言う。
「だから閉じ方を決める」
「開けたばかりだ」
「開ける時に閉じ方がない扉は、壊したのと同じだ」
床の白墨。
《開口二十センチ》
《一人通過》
《通過後、手動輪一度戻す》
《圧力差〇・三以上で停止》
《増設脚の振動が二回変われば全閉》
「二回変わるって」
タマキ。
「今は、低い音が一つ。脚がずれると高い音が混じる。二回連続で混じったら、荷重が別のボルトへ移った」
「聞こえる人」
「俺と、そこの水門係」
「二人とも同じ側」
「下にも一人置く」
水底の《未定》へ、振動で条件を送る。
低音。
高音。
二回。
全閉。
返事はすぐ来なかった。
八秒。
十秒。
タマキがもう一度送ろうとする。
轟が止める。
「待て」
「聞こえてないかも」
「打鍵中かもしれん」
「時間」
「急いで同じ信号を重ねると、何を聞いたか分からなくなる」
十二秒後。
水底から短い一回。
長い一回。
短い二回。
受領。
「遅い」
施設職員。
「返事を作ってた」
タマキ。
「一回で返せる合図です」
「一回が肯定か、聞こえたか分からないから、受領表どおり返した」
轟は頷く。
「下の方が、俺たちより手順を守る」
水門係が苦く笑う。
「水が来ると、手順が宗教みたいになる」
「違う」
轟。
「宗教は、守れば意味がある。手順は、現物が違えば変える」
「信仰のある奴に怒られる」
「俺は扉に言ってる」
空ボンベの仮支柱は、五人目が通った直後に一度滑った。
床へ三ミリ沈んだ筒が、さらに一ミリ横へ動く。
白墨の印から外れる。
轟は手を出さない。
「全員停止」
低音器へ一回長く。
水底の潜水員も止まる。
扉の開口は二十センチ。
人一人が途中で肩を入れている。
止まる方が危険に見える。
けれど、動けば荷重が変わる。
「戻す?」
凱。
「戻すと、途中の人を挟む」
「進める?」
「進めると、脚が抜ける」
「第三案」
「本人に姿勢を変えてもらう」
水中の潜水員へ、触覚符号。
肩を薄く。
息を吐く。
腰を二センチ右。
扉の途中にいる人は、自力泳者だった。
呼称《ハコ》。箱の修理をしていたから、そう呼ばれているらしい。
《ハコ》は、息を吐く指示に首を横へ振った。
呼吸が浅い。
息を吐けば、吸い直す時に面体の弁が遅れる。
「吐けない」
潜水員の返答。
轟は開口を見る。
「腰を右じゃない。左」
「配管」
「左は服が当たる。身体じゃない」
「見えるのか」
「扉の上の影が一センチ違う」
水門係が目を細める。
「俺には見えない」
「なら、俺の指示をそのまま送るな。見える人へ確認させろ」
下の《未定》へ訊く。
《左 布だけか》
返答。
《布》
《ハコ》へ左へ動く合図。
肩布が配管へ擦れる。
身体は通る。
扉を抜けた。
轟はそこで初めて、空ボンベへ梃子を当てる。
右手。
腰。
水門係の両手。
地上整備員の足。
四人で一ミリ戻す。
誰も左肩へ触れない。
「伏見、左肩」
ミソラ。
「使ってない」
「顔が使った顔」
「顔に肩はない」
「痛み」
「三」
「さっき二」
「作業した」
「上がった」
「一だけ」
「一を隠す人が、再断裂する」
轟は梃子を水門係へ渡す。
「交代」
「大きい人が素直」
「肩が小言を言う」
「床鳴りみたいに?」
「壊れる前に喋る」
先ほど自分が言った言葉を、身体へ返す。
人間の身体も設備だと言いたいのではない。
設備ですら、異音を無視しない。
人間だけが、痛みを根性と呼んでよい理由はなかった。
地上へ出た五人のうち、中央を選んだ《未定》から追加の打鍵が来た。
《洗濯槽の脚》
《返却希望》
「脚を?」
タマキ。
《避難後も使う》
「水没してる」
《乾かす》
「今は扉を支えてる」
《知ってる》
「壊れたら」
《作り直す》
轟は打鍵板へ近づく。
「誰が」
《私》
「避難先で?」
《行先未定》
「なのに洗濯槽は持っていく」
《服は洗う》
タマキが笑う。
「行先を決めてなくても、洗濯はする」
「生活は、決定を待たん」
轟は仮支柱の使用記録へ追記した。
《増設脚・ボルトは住民所有》
《救助終了後、取り外し可否を所有者と確認》
《記念物として保存しない》
「記念物?」
施設職員。
「人を救った洗濯槽、とか言って固定したがる奴が出る」
「良い話です」
「洗濯できなくなる」
「別の槽を」
「本人の道具を勝手に物語へ替えるな」
タマキは《未定》へ返す。
《返却手順を記録》
水底から、短い一回。
今度は、それだけ。
先ほど受領の符号を決めたから、一回で通じる。
意味は、最初から機械に入っていたのではない。
人と人が一度確認し、その場だけの約束にした。
六号ボンベの札が揺れた。
《保守作業予備》
切断器に使わなかった一本。
水門係が残圧を見る。
「六割」
「潜水班の交換へ回せる」
ミソラ。
「工具用の接続口を外して、洗浄してから」
「五分」
「三分でやる」
「三分で安全確認できる?」
「四分」
「一分増えた」
「負けた気がする」
「安全は勝敗じゃない」
水門係は接続口を外す。
油分。
金属粉。
水滴。
一つずつ拭く。
急ぐ手は、手順を飛ばさない。
酸素は呼吸を助ける。
酸素は火を強くする。
同じ物が、用途によって救命にも火災にもなる。
能力も、手順も、人の判断も同じだった。
使えることと、使ってよいことは別。
午後二時十八分。
六号は潜水班交換へ変更された。
変更者、水門係。本人識別は非公開監査票へ記す。
確認者、ミソラ。
理由、切断器不使用、洗浄完了。
一本の酸素が工具にならなかったことも、救助記録へ残った。
午後二時二十一分。
潜水表の数字が変わった。
《残り十二》
十二。
中央保留室の上限も十二。
タマキが言う。
「全部中央へ行ける数」
「数だけなら」
巴。
「全員が中央を選ぶなら、空間上は入ります。ただし医療資源と二十四時間後の行先は別問題です」
「全部東なら」
「医療は足りる」
ミソラ。
「全部西なら」
「受入れる家族・共同宿舎の照合が間に合わない」
凱。
「三つへ分けるなら」
「札の確認と索の付け替えに時間がかかる」
七瀬。
「結局、数字だけでは決まらない」
タマキ。
「数字は、決めなくていい理由でもない」
イオが言った。
左前腕の真鍮装具へ、午後二時二十一分の振動を刻む。
「残り十二。最短の空気溜まりは、あと十一分四十秒」
ミソラが顔を上げる。
「十九分じゃなかった?」
「水門が開いて流れが変わった。旧寮の空気を押し出してる」
轟が圧力計を見る。
針が、ゆっくり下がっている。
扉を開けたことが、別の部屋の空気を減らした。
修理は成功した。
成功した修理が、残り時間を奪っている。
「閉め直す」
轟が輪へ手を掛ける。
「閉めたら、次の班が戻れない」
凱。
「半分」
「中継歯車が次に噛む保証はない」
水門係。
「開けたままなら、十一分」
ミソラ。
「三系統の本人確認は」
「最短で十五分」
巴。
百舌が表示する。
《全員東 九分》
タマキは、三本の索を見た。
東、一結び。
西、二結び。
中央、輪。
選ぶ時間が足りない。
だから選ばせない。
それが一番早い。
彼は、そういう荷物を運んだことがある。
送り主が「急ぎだから」と中身を言わなかった箱。
受取人が受け取る前に、玄関へ置いてこいと言われた封筒。
安全のため。
本人のため。
時間がないため。
理由はいつも、配達員より先に到着していた。
「時間を短くする」
タマキが言う。
「どうやって」
凱。
「選択を減らさない。確認を短くする」
「札はもう最短です」
巴。
「紙じゃない」
タマキは自分の胸へ指を置く。
「運ぶ人」
イオの顔から、わずかに色が消えた。
施設の壁際に、真鍮の輪が立てかけられている。
人一人が入れる大きさ。
内側に七つの接触板。
上部に、条件を読み上げるための古い表示器。
イオがそれを見た。
「審査器」
「何の」
タマキ。
「誓痕誘導。外から条件を作る」
「作れる?」
「作れるのは、発現しやすい型。本人の能力とは限らない」
「時間」
「最短で四分」
百舌の表示が変わる。
《使用》
タマキは真鍮の輪へ近づく。
七つの接触板。
手。
足。
背。
額。
胸。
人間を器具へ合わせる形。
「四分で出なかったら」
イオは答えない。
「水科イオ」
「出なかった人間に、出るまで条件を追加する」
「何を」
「従順さ。恐怖。痛み。観客。命令。施設によって違う」
「ここは」
「配送型。送り先を固定し、同じ動作を反復させる」
タマキは輪の内側を見る。
「送り先は誰が決める」
「器具を操作する人」
タマキは足を止めた。
残り十一分。
四分で、能力が出るかもしれない。
八分で、全員を東へ搬送できる。
人を救える可能性がある。
その代わり、最初の宛先を自分で決められない。
鉄箱の留め具が、彼の指の中で一度鳴った。