第408話 第十章「行き先を選ぶ指」後編

「脈」

 ミソラの地上補助者が訊く。

 イオは自分で右手を左手首へ置く。

「整。九十二」

「胸痛」

「なし」

「息苦しさ」

「作業相当」

「膝」

「伸展位。両方。予測内」

「立てる?」

「立たない」

 能力を使った直後に、自分で休止を選ぶ。

 拍手はない。

 タマキは床へ座るイオを見る。

 方向が分からない彼と、膝が曲がらないイオ。

 能力者になった人。

 能力が終わりへ向かう人。

 同じ床へ、別の理由で座っている。

 開いた第二扉を、四人は一度に通らなかった。

 最初は、意識のない一人。

 東の医療代行。

 担架を三十七センチの開口へ斜めに入れる。

 頭側を先にすれば、呼吸器が枠へ当たる。

 足側を先にすれば、救助員が呼吸を見られない。

 横。

 顔を扉の隙間へ向けたまま、担架を九十度回す。

 ミソラが上流側。

 施設潜水員が下流側。

 百舌は手を出そうとし、右手の遅れを見て左手へ変える。

 ミソラが首を横へ振る。

「潜水中止」

 空気溜まりだから声は届く。

 百舌は左手でも手伝えると示す。

「指揮だけ」

 百舌が怒る。

「身体作業は止める。順番と経路の確認は続けていい」

 全てを奪わない。

 できる仕事へ変える。

 百舌は担架の角度を指す。

 上流側、二センチ上。

 ミソラが従う。

 担架が抜ける。

 百舌は触れずに通した。

 二人目。

 二本線の青年。

 西。

 自力移動。

 扉の縁へ右肩が近づく。

 百舌が左側を通るよう指す。

 青年は首を横へ振る。

 左側には、施設番号を読み取る旧端末がある。

 電源は落ちている。

 それでも近づきたくない。

 右肩を痛めていても、右側を選ぶ。

 ミソラが確認する。

「右肩へ当たる」

 青年は身体を横へし、左肩を先にする。

 右肩を壁から離す。

 通れる。

 痛みは増える可能性。

 本人が、端末側を避ける理由を説明する必要はない。

 青年は右側を通る。

 通過後、右肩の痛みが一段上がる。

 ミソラが冷却布を渡す。

 青年は受け取る。

 選択の結果へ医療を付ける。

 結果を理由に選択を取り消さない。

 三人目。

 中央の年少者。

 扉を通る直前、百舌の腰鈴が一つ外れて水へ落ちた。

 年少者が拾う。

 音は出ない。

 百舌へ渡そうとする。

 百舌は左手を出す。

 年少者は渡さない。

 自分の胸へ置く。

「持つ?」

 ミソラ。

 頷く。

「百舌へ返す?」

 首を横。

「今は預かる?」

 頷く。

 百舌が眉を寄せる。

 鈴は百舌の物。

 年少者は、返さない理由を説明しない。

 百舌は取り返さない。

 中央保留室で、同じ場所、別室。

 話は後。

 鈴を預かることが、面会の約束かは分からない。

 分からないまま、年少者は扉を通る。

 四人目。

 意識が曖昧だった成人。

 東の医療代行札と、封じられていない円札。

 まだ選択不能。

 扉を通す時、円札が水流へ剥がれかける。

 施設潜水員が捨てようとする。

 百舌が左足で札を押さえる。

 拾う。

 本人の選択と確認できない札。

 それでも、本人が持っていた事実はある。

 東札の上へ重ねず、別の袋へ入れる。

 救命代行は、未確認の過去を掃除する作業ではない。

 成人が扉を越える。

 四人。

 東二。

 西一。

 中央一。

 百舌だけが空気溜まりへ残る。

 ミソラは、残り時間ではなく、百舌の呼吸と指を見る。

 百舌は、四人が自分より先に通ったことを確認する。

 監督生の癖か。

 救助者の責任か。

 被験者として最後に残る習慣か。

 一つへ決めない。

 次は、百舌自身の行先を決める。

 百舌へ、三枚の札を出す。

 東。

 西。

 中央。

 ミソラは医療推奨を言う。

「減圧障害疑い。東が最も治療設備が多い。高濃度酸素、再圧評価、神経診察」

 百舌は東札を見る。

 次に中央。

 中央では、先に救助された施設の年少者二人が待っている。

 今、一人が百舌の前にいる。

 百舌は監督生だった。

 彼らへ同じ動作を求めた。

 脱走を通報した。

 潜水を教えた。

 罰を減らしたこともある。

 罰を配ったこともある。

 東へ行けば、治療は早い。

 中央へ行けば、部下と呼んできた人たちと同じ場所へ入る。

 治療は遅れる。

 ただし、中央にも酸素と医療者はいる。

 絶対に死ぬ選択ではない。

 ミソラは付け足す。

「中央を選ぶ場合、東への二次搬送を拒否するかは別に選べる。今は神経症状の監視が必要。悪化時は本人へ再確認。判断不能なら私が代行し、本人選択とは書かない」

 百舌は右手を上げる。

 指が震える。

 東を指したようにも見える。

 中央を指したようにも見える。

 周囲が息を止める。

 手が動かないことを、同意へ数えてはいけない。

 百舌は喉帯を押さえる。

 息を出す。

「……ちがう」

 明瞭ではない。

 濁った二音。

 咳が続く。

 言えたことを誰も祝わない。

 百舌は左手で中央札を取る。

 右手の動きは違う、と自分で訂正した。

 円の溝をなぞる。

 年少者を見る。

 次にミソラ。

 打鍵器へ左手で入力する。

《中央》

《二次搬送 必要時再確認》

《監督報告 同時》

「目的は二つ?」

 ミソラ。

 百舌は頷く。

「治療と報告」

 頷く。

「報告が治療条件?」

 首を横。

「分ける」

 頷く。

 ミソラは二枚の札へ分ける。

 一枚。

 搬送先、中央。

 目的、神経監視と同じ施設の年少者との再会。

 もう一枚。

 報告。

 施設秩序を守った実績。

 拒否者を後回しにした判断。

 誓痕を二回使用したこと。

 監督行為。

 自分も被験者だったこと。

「この二枚は、同じ箱へ入れない」

 ミソラが言う。

「治療を受けたから責任が軽くならない。責任があるから治療を減らさない」

 百舌は左手で、二枚へ別々に触れた。

 本人が行先を選ぶ。

 それは、正しい人間だけに与えられる権利ではなかった。