第410話 第十一章「浮上」後編
四十三という数字は、三つの口から同時には返らなかった。
東、十七。
西、十四。
中央、十一。
一人足りない。
中央圧力筒からは、最後の成人が出ている。
円札も受領係が見ている。
名簿だけが十一。
「誰」
凱。
中央の受領係が札を一枚ずつ読む。
年少者。
百舌。
呼称未定。
最後の三人はある。
以前の九人のうち、一人が二重に変更扱いとなり、元の中央受領から消されている。
「変更した人」
七瀬。
東で医療処置後、中央へ移った患者。
最初の東受領を残し、中央の人数へも入れる必要がある。
ところが集計表は、移動を《東取消》として処理していた。
「取消ではない」
ミソラ。
「東で処置を受けた。中央へ移った。二つの受領がある」
「一人を二回数える」
職員。
「救助人数は一人。受領件数は二件。欄を分ける」
「合計が合わない」
「人員表と受領表を同じ合計へしない」
凱は二枚の紙を分ける。
《生存者所在》
《受領履歴》
所在。
東十七。
西十四。
中央十二。
受領履歴。
東十八件。
西十四件。
中央十二件。
変更一件。
「東が十八になった」
「人は十七」
「見栄えが悪い」
「人が移った」
見栄えのよい表は、移動した人を消す。
凱は二つの合計を読み上げる。
「現在所在、四十三」
「受領履歴、四十四件」
七瀬が記録する。
誰かが後で四十四人救ったと誤読しないよう、欄名を大きくする。
最後の成人は、円札を机へ置いた後、すぐ取り戻した。
受領係が保管物だと思ったからだ。
本人は首を横へ振る。
自分の札。
受領係は返す。
「記録用に複製」
本人が考える。
札の裏へ、受領印だけを押す。
複製は拒否。
原本を持ち帰る。
七瀬は撮影しない。
受領印の時刻だけを、別紙へ写す。
本人の札は、救助記念品にも公文書にもならない。
持ち主へ戻る。
救助完了を知らせる笛は吹かなかった。
高音は澪の引継ぎで外した。
中音は、水系の反響で方向を誤る。
低音を三回鳴らせば、帰還信号になる。
全員が帰還した後に帰還を求める信号を出すのは、意味が違う。
「何か鳴らす?」
若い職員。
「鳴らさない」
凱。
「成功が伝わらない」
「数字を伝える」
「音がないと、現場が終わった感じが」
「感じのために信号の意味を変えない」
タマキが腰の三本の索を外す。
一結び。
二結び。
輪。
三つを同じ箱へ入れない。
東の箱。
西の箱。
中央の箱。
それぞれ、受入側へ返す。
「救助班の記念に一本」
施設職員が言う。
「借り物」
タマキ。
「複製を」
「作るなら、三口と使った人へ訊く」
「面倒」
「終わった後も面倒なのが、届いたってこと」
拍手は起きない。
誰かが泣く。
誰かは座る。
誰かは次の酸素残圧を数える。
東では治療が始まる。
西では面会を断る人のために扉が閉じる。
中央では折り畳み壁が立つ。
全員が生きて出た。
全員が同じ結末へ着いたのではない。
午後三時五十九分。
能力反証としての全方向喪失は、発症から三十七分後に薄れ始め、三十八分で切れた。
東、西、中央。
言葉で示された方向なら、もう区別できる。
それでも、床は左へ傾き、視界は右へ回った。
午後四時六分。
「反証だけじゃない」
ミソラが左耳を診る。
「鼓膜周辺の発赤。圧外傷。前庭症状あり」
「能力が終わっても」
「耳は傷ついたまま」
「治る?」
「痛みは軽くなる可能性。揺れは残るかもしれない。今は断定しない」
「高い所」
「禁止ではない。再評価まで単独で行かない」
「水上」
「同じ」
「配達」
「経路を変える」
タマキは目を開ける。
床はまだ少し傾いている。
「能力の罰?」
「能力反証と潜水外傷が重なった。分けて記録する」
「札を破った人のせい?」
「違う」
「僕のせい?」
「単一原因へしない」
ミソラは短く言う。
「撤回は条件どおり。方向喪失は能力反証。耳の傷は潜水と圧調整。救助計画へ入れた私、潜水を選んだあなた、監督した指揮、設備状態。全部、別に記録」
「多い」
「一つにすると、誰かだけが楽になる」
タマキは濡れた円札を見る。
最後の人が持っていた札。
受領後、本人が机へ置いた。
札は救助班の勲章にならない。
乾かして、本人へ返す。
全員の救助は終わった。
四十三通りの行先は、まだ途中だった。