第416話 第二章「配役された英雄」後編
二つの記録が並ぶ。
午後二時。
レムは、英雄動作の先読みを実演した。
停止区画の外。
仮設街路。
八つの低い障害物。
英雄役八人が順番に、記録された救助動作を行う。
一人目。
倒壊板を跨ぐ。
右手で避難者の肩。
左足を外へ。
レムは三動作前に、次の足位置へ白い印を置く。
当たる。
二人目。
低い梁をくぐる。
身体を左へ。
後ろ手で索。
レムは先に索をそこへ置く。
当たる。
三人目。
足場から飛ぶ。
膝を曲げる。
着地後、振り返る。
レムは着地点へ保護板を置く。
当たる。
観覧予定の係員が拍手する。
「拍手は評価?」
カナタが訊く。
「驚きです」
レム。
「支持ではない?」
「試験とは別です」
「よし」
「何が」
「前より分ける」
凱の番。
記録された動作は、中央へ進み、右手を上げ、声を出す。
レムは三手先へ入る。
中央。
右側。
視線の先。
凱は中央へ行かない。
左端の曲がった椅子を直す。
「何を」
レム。
「通路を広げた」
「動作列を実施してください」
「今、椅子が出口を狭めた」
「試験用障害ではありません」
「人は、試験用だけで躓かない」
「目的を変えた」
「そうだ」
「それでは《型通り》の評価になりません」
「能力が外れた?」
「予測対象から外れました」
「なら、人を救う動作が記録と違えば、あなたの能力は遅れる」
「新しい動作を記録し、次回へ入れます」
「次回までに、人は一回失敗する」
「全てを初回で予測する能力ではありません」
「知っている。万能だと言ってない」
凱は椅子を壁へ寄せる。
「ただ、型を守るために、椅子を残すな」
レムは白い印を回収した。
「あなたは、能力の欠点を示すために試験を壊した」
「椅子を直した」
「目的が違います」
「人が通れる。俺の目的は同じ」
「公認動作を再現することが目的です」
「それは、あなたの目的だ」
二人の目的が違う。
同じ動作をしない。
《型通り》は、悪意ではなく差に弱い。
次に迅が呼ばれる。
逃げる群衆役。
英雄動作の試験ではない。
「なぜ俺」
「英雄への妨害動作を再現します」
レム。
「逃げ遅れ少年が、英雄の進路へ入る。英雄は左へ回避。少年の肩を右手で支える」
「岳が俺を?」
「人物は未確定です」
「じゃあ俺じゃない」
「役です」
「役の身体は俺」
迅は所定位置へ立つ。
レムは英雄役の次の三動作を予測する。
左回避。
右手。
肩を支える。
迅は進路へ入らない。
床へしゃがみ、ほどけた靴紐を結ぶ。
「何をしている」
「ほどけた」
「演技を」
「転ぶ」
レムが見る。
本当に、右靴の紐がほどけている。
「故意ですか」
「前から減ってた」
「今結ぶ必要は」
「ある」
「試験が」
「靴は試験を待たない」
迅は結び直す。
立つ。
「もう一度」
レム。
「料金」
タマキが横から言った。
「迅を使うなら、本人へ目的、終了、負傷時の責任」
「あなたの仕事ではありません」
「今、配達じゃない。参加者」
「目的は英雄動作の障害再現。終了は一動作列。負傷時は演習医療と運営補償」
「迅、受ける?」
「受ける」
「受領」
二回目。
迅は進路へ入る。
英雄役が左へ回避する。
レムは三手先を置く。
しかし迅の歩幅は、脚本より十二センチ短い。
英雄の右手は肩へ届かない。
「歩幅を合わせて」
レム。
「誰に」
「記録上の少年へ」
「身長」
「推定百六十七」
「俺、百七十四」
「膝を曲げれば」
「身体条件を変えろって?」
「再現のためです」
「事故の人は、記録へ合わせて身長変えない」
レムは黙る。
迅は胸の役札を裏返す。
まだ白い。
「今できることを書く方が早い」
「何を」
タマキ。
「歩幅。右手。水」
「水はまだ」
「ある場所」
「お前、しつこい」
「住所と条件」
迅は赤紐を押さえる。
「右手は冷えると遅い。歩幅は人に合わせられる。深い水は……止まる」
「何が」
「呼吸」
凱が見る。
迅は視線を返さない。
「書く?」
タマキ。
「まだ」
「いつ」
「必要な時」
「必要になる前に書くのが台帳」
「お前は台帳か」
「料金表も」
イオが笑う。
「能力を得ても、仕事は同じ」
「能力なくても同じだった」
「それを忘れる人がいる」
「誰」
「全員」
午後四時。
配役歩行が終わる。
赤印だらけ。
不成立。
距離違反。
台詞変更。
休憩。
拒否。
目的変更。
レムは赤印を、失敗として数える。
カナタは赤印を、人物が残った場所として見る。
凱は、どちらにも署名しない。
「何を待つ」
イオ。
「実際に区画へ入る」
「決めるの遅い」
「迷っている」
「言えた」
「おまえは褒めるな」
「記録。十六時三分、元王、迷いを申告」
「消せ」
「紙じゃない。私の記憶」
「もっと悪い」
イオは左右の違う靴で歩き出す。
「明日、能力止まる」
「怖いか」
「今まで何回も止まってる」
「答えになっていない」
「怖い。あなたは」
「俺も」
「何が」
「声が、ただの声になる」
「元から声」
「人が道を空けない」
「空けてほしい?」
「必要な時は」
「必要じゃない時も空いた」
「知っている」
「明日は」
「頼む」
「誰に」
「全員に」
「一人ずつ?」
凱は、六十四枚の札を見る。
「一人ずつ」
「日が暮れる」
「暮れる」
「やっと遅くなった」
イオは止まった時計を腰へ戻した。
凱は兜をかぶらず、配役室を出た。
左右で音の違う靴が、後ろからついてくる。
英雄の行進より、長く耳に残った。