第424話 第六章「本番の事故」後編
避難者役の一人が、閉じた列から抜けようとした。
「別の道を探す!」
「一人で行くな」
イオ。
「待ってたら水が」
「怖い?」
「はい」
「行きたい?」
「はい」
「一人?」
「誰か」
「技能」
「配管工見習い」
「地図」
「少し」
「誰と」
観客席から見える高台にいた生活技能役が手を上げる。
「私は地図。水は腰まで」
「二人。戻り五分。見つからなくても戻る」
「五分で?」
「見つける期限じゃない。帰る期限」
「受領」
二人が列を離れる。
役割上は、避難者が英雄の許可なく離脱した。
現在は、経路確認班。
七瀬は名を訊く。
公開範囲を訊く。
時刻を残す。
名前を記録することは、英雄へすることではない。
帰ってこなかった時、探すためだ。
列の中で、子ども役の成人男性が泣き始めた。
演技ではない。
「すみません。止められない」
カナタが近づく。
「止める必要はありません」
「演出だと思われる」
「現在時刻を言う」
七瀬。
「この人の泣き声は、十一月三十日の事故。公認脚本の子ども役演技ではない。公開は本人確認後」
「撮らないで」
本人。
七瀬はクランクを止める。
「正午十八分四十九秒、本人の拒否により撮影停止。代替、音声も停止。現在位置と人数だけ記録」
カナタが撮影機へ黄色い布を掛ける。
「泣き止むまで待てる?」
本人へ訊く。
「分からない」
「分からない、受領」
「演出家なのに、何も言わないんですか」
「言葉が欲しい?」
「分からない」
「では、ここにいます」
カナタは右足を浮かせ、隣へ座る。
慰めの台詞を言わない。
七瀬は布を掛けた撮影機を支える。
左肩でなく、腰の帯で。
現場には、撮らない時間も流れる。
観覧席には、事前映像の音楽が続く。
英雄は壁を破った。
泣く子は助かった。
物語は次の場面へ進んだ。
現在の人間は、まだ壁の前にいる。
正午十八分。
轟が到着した。
壁を二回叩く。
音を聞く。
「壊さない」
最初に決める。
その言葉で、台本にない避難が始まった。