第432話 第十章「無能力の殺陣」後編

「今」

「午後二時二十九分四秒」

「細かい」

「必要」

 凱が迅の隣へ座る。

 元王が、濡れた高台の床へ。

「八歩目」

 凱が言う。

「見た?」

「途中から」

「何」

「おまえが七を待った」

「待ってない」

「止まった」

「足場」

「赤紐を押した」

「見すぎ」

「七瀬に言われる」

「お前も」

 凱は自分の左膝を伸ばす。

「俺は、命令の圧が戻るのを待つ時がある」

「使ってない」

「使えないから分かる。声を出した後、人が動くまでの間が長い」

「前も長かった」

「能力が埋めていた」

「今は」

「復唱。文字。拒否。遅い」

「嫌?」

「怖い」

 凱は言う。

「その遅さで人が死ぬと思う」

「急いでも死ぬ」

「知っている」

「じゃあ」

「知っていても、身体が待つ。圧が戻るのを」

 迅は赤紐から手を離す。

「能力、癖になる」

「力だけではない」

「正解が来る感じ」

「そうだ」

「来ない」

「そうだ」

 二人は水位計を見る。

 一目盛り下がる。

 それだけ。

「八歩目、強かった?」

 凱。

「普通」

「禁止語」

「イオに言うな」

「本人が来る」

 イオの通話が入る。

「聞こえてる」

「どこから」

「動力室前。凱、地図が読めないので遠回りした」

「あなたが持つと言った」

「持った。凱が先へ行った」

「床の矢印が大きかった」

 凱。

「旧配置」

「知っていた?」

「途中で」

「元王、地図に負ける」

「報告を」

「巻上主軸、熱上昇。制動爪半挿入。人力停止は危険。夜まで準備。能力使用は準備後」

 迅。

「零時」

「知ってる」

「最後になる」

「それも知ってる」

「怖い?」

「質問の料金」

 タマキが横から言う。

「迅、払える?」

「本人に訊いてない」

 イオ。

「よし。仕事に戻る」

 通話が切れる。

 凱が言う。

「聞かないのか」

「今じゃない」

「後で」

「後があると決めない」

「では」

「本人が言う時」

 迅は立つ。

 脚が重い。

 能力がないからではない。

 戦ったからだ。

「どこへ」

 凱。

「弁の記録卓」

「相手と一緒に?」

「共同操作」

「揉める」

「知ってる」

「俺も」

「地図」

「持たない。案内を頼む」

 タマキが赤札を上げる。

「料金」

「現金」

「受領」

 三人で高台を降りる。

 七歩を取らず。

 王路を作らず。

 封緘の光もなく。

 濡れた段差を、一つずつ。