第438話 第一章「逮捕」後編
午後六時二十分。
旧訓練劇場へ戻る予定だった時刻。
中央抑制拘置所の外門には、百三十人が集まっていた。
白冠の旧隊員。
零番街の配達仲間。
再演演習の参加者。
能力を失った者。
能力が戻らないことを恐れる者。
子どもを閉じ込めてほしい親。
閉じ込められた子を返せという親。
同じ人数でも、同じ要求ではない。
「白王!」
誰かが叫んだ。
獅堂凱は振り向かなかった。
白い外套の裾は、自分で切ったまま。
左膝の黒い装具。
胸の割れた青銅鐘。
「命令してくれ!」
「門を開けろ!」
「迅たちを出せ!」
「能力者を街へ戻すな!」
反対の声が、同じ門へぶつかる。
凱は門から七メートル離れた位置へ椅子を置いた。
座った。
王だった頃には、いちばん似合わなかった姿勢だった。
「俺は門を破らない」
深い声が、雪の上をまっすぐ進む。
「逃げたのか」
「違う」
「じゃあ命令を」
「しない」
「中に仲間がいる!」
「いる」
「なら!」
「俺が救出を命じれば、中の全員を俺の部下にする」
群衆の前が、少し静かになった。
「竜胆迅が壊した門から出れば、施設は彼を危険だと記録する。環玉樹が抜け道を見つければ、未成年を危険配送へ使ったと記録する。水科イオが抵抗すれば、失った能力の再発現を疑う。俺は、その理由を渡さない」
「何をする」
「収容理由を一人ずつ出させる」
「遅い!」
「遅い」
凱は否定しなかった。
「三秒で決めて、人を置いたことがある。今度は、遅さを誰へ負わせるか言う」
火群七瀬が、腰高の三脚を雪へ立てていた。
左肩へ機材を載せない。
手回し式撮影機は、三脚と低い支持棒で支える。
画角に門と時計と凱の椅子が入る。
群衆の顔は入れない。
「撮影開始、十八時二十一分十四秒」
七瀬が言った。
「公開範囲。門、時刻、発言者本人。群衆の顔と私的会話は除外」
「俺を撮るなと言ったら」
凱。
「下ろす」
「下ろした記録は」
「時刻と理由だけ残す」
「今は」
「撮る」
朽葉真琴は、門前の机へ紙束を並べていた。
丸眼鏡が雪の反射で白い。
左手で頁をめくり、右手を白手袋へ入れたままにしている。
「予防収容通知の写しが一枚もありません」
「中だ」
「知っています。だから問題です。収容理由の提示は本人へ二十四時間以内。外部代理人への通知は、本人が拒否しない限り同時です」
「代理人、決まってない」
七瀬。
「代理人を決める面会が拒否されています」
「循環」
「ええ。悪い規則は、入口と出口を同じ係にします」
一文字巴が、黒板へ大きく書いた。
《誰が決めた》
白い手袋の指ごとに、黒い句読点。
右人差し指を庇い、左手でチョークを持つ。
巴は全員の視線が黒板へ向くまで待った。
音声ではなく、手話を先に出す。
七瀬が読み上げる。
「誰が決めた」
次の行。
《何をしたから》
次。
《いつまで》
群衆の中から声が飛ぶ。
「そんなこと聞いてる間に、殺されたらどうする!」
巴はその人を見る。
口元が見える位置へ移動する。
短く手話をする。
七瀬が訳した。
「中に医療があることと、審理をしないことは別です」
「難しい!」
巴は黒板の文字を消した。
書き直す。
《今日、帰れる?》
その下へ。
《帰れないなら、なぜ?》
さらに。
《答える人の名前は?》
子どもにも読める文字になった。
真琴が眼鏡の左つるを上げた。
「法的には、最初の表現の方が正確です」
巴が手話を返す。
七瀬は訳す前に、一拍置いた。
「正確な質問が届かなければ、正確に無視されます」
「それは私への批判ですか」
巴は句点を親指でなぞる。
「はい」
凱が立ち上がりかけた。
左膝が鳴る。
すぐ座り直す。
「門を破れという声は、俺に集める」
真琴が言う。
「集めないでください。署名を取ります」
「署名」
「救出強行を求める人、反対する人、保留する人。三つを分ける」
「今、数える必要ある?」
七瀬。
「あります。後から全員が求めたと言わせないためです」
「顔は撮らない」
「署名は非公開箱へ」
「読めない人は」
巴が手を上げる。
「私が説明します。ただし、私の訳へ同意させません」
凱は門を見た。
白い壁の向こうには、音がない。
「俺が保証できることはない」
群衆がまた騒ぐ。
凱は声量を上げなかった。
「保証できない。だから、誰が閉じたか、何を理由にしたか、いつ終わるかを出させる。出なければ、出なかった時刻を残す」
七瀬のクランクが回る。
真琴の紙が雪で湿る。
巴の黒板へ、白い三行が残る。
門の内側では、午後六時二十分の帰宅予定が過ぎていた。
迅の独房へ、二枚目の紙が入る。
《面会・審理予定 未定》
未定。
その下の終了日も、空欄だった。
白い扉が閉じる。
鍵の音は小さかった。
空欄だけが、部屋より広かった。