第440話 第二章「逃げない脱獄者」後編

 B-14から笠井の声が飛ぶ。

「隊務上の根拠は。開放命令者を提示してください」

「収容者は黙れ!」

「私は反対する。私の名で。扉開放後に待機していた鎮圧配置は、偶発対応ではありません」

 B-22が震えている。

「離せ」

「独房へ戻るか」

「戻りたくない」

「黄色い線、越えるか」

「越えたい」

「越えた後、何になる」

「自由」

「逃走記録」

「同じだ!」

「違う」

 迅は腕を少し緩めた。

「自由は、おまえが選ぶ。逃走記録は、待ってる奴が選ぶ」

 B-22の呼吸が一度、深くなる。

 迅は立たせた。

「戻る」

「嫌だ」

「俺も」

「じゃあ」

「出ない」

「意味分かんない」

「今、分からなくていい。線、越えない」

 迅はB-22と一緒に歩いた。

 自分の背中を、黄色い線へ向けたまま。

 看守の盾が下がらない。

 B-22の扉まで戻る。

 扉は開いたまま。

 中へ入る前に、B-22が振り返った。

「閉じられる」

「今も閉じられてる」

「中へ戻ったら、逃げなかったって言われる」

「出たら、危険だったって言われる」

「どうすれば」

「聞く」

「誰に」

「開けた奴」

 B-22は、金属片を床へ置いた。

 自分で独房へ入る。

 迅は扉を閉めなかった。

 檻が廊下の向こうから来た。

 黒鍵を持っている。

 走らない。

 狭い廊下では速い。

「開放ログ」

 迅が言う。

「ない」

「鍵」

「黒鍵、私にある」

「じゃあ」

 檻はB-22の蝶番を見た。

 中央のねじ。

 新しい。

 扉の上へ、細い解除索が通っている。

 天井側から操作できる。

「別系統」

「検査?」

「罠」

「所長は」

「聞く」

 檻がB-22へ声をかける。

「閉じていいか」

 中から、しばらく返事がない。

「閉じると、また開けられる?」

「誰が開けたか、見えるようにする」

「今は?」

「見えない」

「じゃあ、閉じないで」

 檻は黒鍵を使わなかった。

 扉を開いたまま、看守一人を外へ立たせる。

「見張るのか!」

 中から声。

「開けた人を」

「俺をじゃなく?」

「両方見える」

「それ、答えになってない」

「正しい」

 檻は管理板へ戻る。

 B-16、B-17、B-18の扉も、内側から閉めるか一人ずつ聞く。

 イオは閉める。

「午前零時まで。零時にもう一度確認」

 タマキも閉める。

「開けた人の名前が分かるまで」

 迅は、開いた自分の扉を見た。

 出口。

 見える。

 六歩で黄色い線。

 その先に盾。

 さらに二つの扉。

 外門まで、何枚あるか分からない。

 檻が聞く。

「閉じていいか」

「俺が閉める」

 迅は扉の内側へ手を掛けた。

 押す。

 蝶番は軽い。

 壊せるように作られた扉は、閉める時も軽かった。

 かちり。

 錠は掛けない。

 ただ、扉が枠へ戻る。

「逃げ道、見たな」

 檻。

「見た」

「閉じる?」

「今は」

「なぜ」

「使ったら、あいつらの理由になる」

「自由は」

「理由を返してから」

 扉の向こうで、檻が黒鍵を管理板へ戻す音がした。

 迅は寝台へ座った。

 開いた扉から逃げなかった。

 それでも、自由になったわけではなかった。

 床の上には、黄色い線を越えなかった靴跡だけが残っていた。