第455話 第十章「公開審理」前編

一月五日 午前六時四十分

 一文字巴は、七十二人を一つの文へ入れない。

 人数は一つにできる。

 七十二。

 だが、七十二人が同じ理由で閉じ込められた、と書いた瞬間、制度と同じになる。

 中央抑制拘置所の旧配膳室には、三枚の板が並んでいた。

《資料》

《判断》

《本人》

 床には、昨日より二センチずれた白線。

 天井の配管架は本支保へ載り、崩れた石灰は回収された。

 《いつまで》の文字だけ、清掃担当が消さずに残している。

 審理官は配膳箱へ座った。

 賀茂冬実は、施設側席へ立つ。

 左手小指は、副木と白布で固定されていた。

 鍵束は持っていない。

 右手に定規。

 朽葉真琴は資料板の前。

 火群七瀬は外部記録室。

 映像は顔を映さず、時刻札、床線、手元、空席だけを選ぶ。

 獅堂凱は外門側の安全連絡。

 竜胆迅、タマキ、水科イオは、まだ独房にいる。

 巴は、旧配膳室の壁へ五つの問いを書いた。

《何をした》

《何をされた》

《誰が決めた》

《今、何が必要》

《まだ分からないこと》

 昨日まで三つだった。

 《何をした》

 《いつ》

 《どうしたい》

 短くした結果、短すぎた。

 B-41の審理で、施設は《無許可車両運転》と読んだ。

 本人は《運転した》と答えた。

 その一語だけなら、違法行為だった。

 後から、車両の後部に意識不明者三人がいて、運転を命じた責任者が途中で逃げ、本人には免許更新の窓口が閉じていたと分かった。

 運転したことは消えない。

 運転させられたことも、消してはいけない。

 巴は、短文を正義にしすぎた。

 読める文は必要だ。

 短い文が、すべてを読ませるわけではない。

 彼女は黒い手袋の句点を、親指でなぞった。

「始めます」

 審理官が言った。

 巴は全員の視線が自分へ来るまで待つ。

 聞こえる人。

 聞こえにくい人。

 放送器だけを見る人。

 文字板だけを見る人。

 七十二人が同じように待っているわけではない。

 巴は手話と音声を併用した。

「今日の審理は、全員を同じ結論へ入れません」

 壁の文字板へ、一行。

《分類名だけで決めない》

「具体的な行為がある場合、その行為を聞きます。家族、仕事、医療、同居、配達、撮影、能力の有無だけを危険行為にはしません」

《出る/残る/移る 途中で変えられる》

「残ることは、この施設や制度への同意ではありません。移ることは罪を認めることではありません。出ることは、すべての責任が消えることではありません」

 冬実が言う。

「退所後の危険説明も行います」

 巴は彼女を見る。

「誰が」

「施設側です」

「本人が、聞かないと選べる?」

「生命に直接関わる事項は説明します」

「どこまで」

「住居、医療、対人危険、再発可能性」

「再発を、能力だけに使わない」

「はい」

 冬実の返答は、昨日より短い。

 痛みのせいか。

 役割が狭くなったせいか。

 巴は同情を判断へ入れない。

 骨折した人の正論も、骨折していない人の正論と同じように検査する。

 午前七時零分。

 B-12。

 収容理由。

《能力者の配偶者。所在把握不能。反社会的旗団への物資提供可能性》

 本人の行為。

 能力者だった配偶者へ、冬服を送った。

 別居後、二年会っていない。

 配偶者は現在、所在不明。

「冬服の中身は」

 施設側が聞く。

「服」

「工具、現金、文書は」

「靴下」

「靴下以外」

「上着」

「危険物検査記録がありません」

「送ったの、四年前」

「当時の記録が」

 巴が手を上げる。

《四年前の冬服が、今の収容理由?》

 冬実は資料を見る。

「関連者評価が更新されていません」

「誰が更新する」

「地域安全課」

「更新しなかった時、危険は残る?」

「規則上は」

「現実は」

 冬実は答えない。

 審理官の判断。

《具体的危険行為なし。即時退所。本人が所在非公開を希望するため、配偶者関連照会へ現在住所を提供しない。四年前の送付記録は、危険分類から削除し履歴箱へ移す》

 B-12が言う。

「上着、返ってきてない」

「物品返還は別手続きです」

 施設側が答える。

 タマキの声が回線へ入る。

「窓口、期限」

「地域安全課」

「いつまで」

「十五日以内」

「書く」

 別手続きが、別世界へ消えないように。

 午前七時三十六分。

 B-28。

 収容理由。

《能力停止事故の関係施設に居住。審理時の身体移動に非協力》

 本人は寝台から音声だけで参加した。

「非協力とは」

 審理官が聞く。

 施設側。

「証人位置へ移動しませんでした」

 巴が文字板を上げる。

《床へ立てないと伝えた》

「医療記録は」

「右股関節の変形。長時間立位不可」

「代替位置の案内は」

「審理設備設置前でした」

「つまり、従えない形式を出し、従わないことを危険へ入れた?」

 真琴が言う。

「主語は施設です」

 冬実が右手で定規を揃える。

「施設運用の誤りです」

「誰の」

 巴が聞く。

「当時の担当者と、代替手段を用意していなかった所長責任」

 冬実が答える。

 B-28の声。

「謝る?」

「謝罪します」

「出す?」

「審理官が判断します」

「所長、出したい?」

 冬実は一瞬、息を吸った。

「はい」

「危険、ない?」

「あなたの身体条件を、命令拒否の危険へ入れた根拠はありません」

「最初から言え」

「はい」

 審理官の判断。

《即時退所。移動補助を本人が選択。施設側は床へ立たせない退所経路を用意》

 B-28が聞く。

「階段ある?」

「一段」

 轟の声。

「仮斜路、入れる。角度十二分の一」

「誰が押す」

「選べる」

「自分で」

「手すり、両側」

「受領」

 法廷は、扉を開けるだけでは終わらない。

 開いた先の一段が、人を中へ戻すことがある。

 午前八時十二分。

 B-44。

 収容理由。

《能力暴走歴。服薬中断。家族との接触拒否》

 具体的行為。

 三か月前、食器を壁へ投げた。

 破片で同居人が前腕を切った。

 本人は謝罪していない。

 服薬は、費用不足で二週間中断。

 家族との接触拒否は、家族が薬を本人へ知らせず増量した過去による。

「食器を投げましたか」

「投げた」

「人へ?」

「壁」

「人が傷つく可能性を」

「考えなかった」

「今は」

「考える」

「同居人へ連絡しますか」

「まだ」

「服薬は」

「医者と話す。家族とは話さない」

 施設側医療が言う。

「現在の薬剤で安定しています。外来継続は可能ですが、住居がありません」

「出たいですか」

「外へは出たい。家へは戻らない」

「残る?」

「ここは嫌」

「移る?」

「鍵のない病院なら」

「完全に鍵のない医療施設はありません」

「病室の鍵を、自分で開けられる」

「候補を確認します」

 巴は、本人の要求を《自由な病院》と要約しない。

《病室の内側から開けられる》

《家族へ薬情報を渡さない》

《同居人への連絡は保留》

 三つ。

 審理官の判断。

《医療移送。期限七日。移送先候補二施設から本人が選択。病室の内側開錠、服薬説明、家族情報非提供を条件。傷害行為の審理は別日程》

 B-44が聞く。

「食器の分、別なの」

「別です」

「病気だから、なしには」

「しません」

「悪いやつだから、薬を止めることも」

「しません」

「面倒だな」

 巴が言う。

「人、一つじゃない」

 午前九時二十九分。

 十二件が終わった。

 即時退所、六。

 施設内残留、二。

 期限付き移送、四。

 巴の右人差し指が硬くなる。

 チョークを持つ角度が浅い。

 腱の奥へ熱。

 左手へ替える。

 真琴が紙を出す。

「質問を私が読みます」

 巴は首を横へ振る。

《交代はする。あなた一人にしない》

「私一人とは言っていません」

《顔が言った》

「顔を法的証拠にしないでください」

《読唇、仕事》

「それはずるい」

《正確》

 巴は、質問係を三人へ分けた。

 自分。

 真琴。

 外部の地域通訳者。

 真琴には、短く読む条件。

 地域通訳者には、自分の解釈を巴へ合わせない条件。

 最初の交代案件。

 B-53。

 真琴が読む。

「あなたは、能力停止事故の再演訓練において、設備の非常停止時刻を意図的に遅らせましたか」

 巴が黒板を上げる。

《長い》

「重要な要素を削れません」

《一つずつ》

 真琴は眼鏡の左つるを上げる。

「設備を止める担当でしたか」

「違う」

「何の担当でしたか」

「観客出口」

「停止時刻を変えましたか」

「時計を動かした」

「なぜ」

「出口が詰まってた。止まった表示だと、客が一斉に帰る」

「誰へ相談しましたか」

「カナタ」

「返答は」

「聞こえなかった」

「誰が決めましたか」

「私」

「結果は」

「三分ずれた。怪我人は出なかった。時計の記録は壊れた」

「今、その判断を正しいと思いますか」

「人が詰まるよりは。記録を消したのは悪い」

 真琴は一文ずつ聞いた。

 同じ内容でも、答える間がある。

 巴は、真琴の質問が短くなったことを褒めない。

 褒めると、短くすることが目的になる。

 審理官の判断。

《予防収容根拠なし。即時退所。記録改変については施設事故調査へ本人の名で証言。移動制限なし》

 B-53が言う。

「証言、断れる?」

「断れます」

「断ったら」

「拒否を記録します。予防収容へ戻しません」

「じゃあ、考える」

「いつまで」

「三日」

 新しい期限が書かれる。

 午前十時五分。

 施設の保守記録が届いた。

 久我が持ってくる。

 四角い透明箱。

 中に、薄い紙が十六枚。

「扉」

 檻が言った。

「昨日、開いた」

 審理官が紙を受ける。

 表題。

《動的危険評価・経路反応試験》

 対象、十六室。

 非常解放索の戸当たり抵抗を、通常の四分の一へ調整。

 指定時刻に一斉開放。

 床線越境、扉接触、廊下確認、職員接近時の姿勢を記録。

 鎮圧隊、待機。

 計画承認欄。

 賀茂冬実。

 実施日、一月四日。

 審理指定の翌日。

 旧配膳室が静まる。

 巴は冬実を見る。

 左小指の白い副木。

 その手で、昨日は隔壁を止めた。

 同じ人の署名が、扉を開けた。

「説明してください」

 審理官が言う。

 冬実は定規を置いた。

「施設内審理により、即時退所者と残留者が混在しました。拘置所内の緊張が上がると判断しました。扉が予期せず開いた場合に、誰が外へ出るかを確認する試験です」

「本人へ通知は」

「していません」

「通知すれば試験にならない?」

「はい」

「鎮圧隊は」

「逃走者の外門到達を防ぐため」

「独房へ入りました」

「現場判断です」

「現場判断を可能にする配置を承認した?」

「はい」

「審理場所指定後に?」

「指定で、危険が消えたわけではありません」

「危険を測るため、危険な状況を作った」

「施設は、実際の逃走時にも対応しなければならない」

 巴が黒板へ書く。

《逃げた人を測った? 逃がした人を測った?》

 冬実が読む。

「両方です」

《施設側の結果は》

「鎮圧手順に過剰進入があり、短棒管理にも不備がありました」

《誰を危険認定》

「収容者側では、床線越境三名、武器取得企図一名。職員側では、命令逸脱六名、装備管理不備二名」

《同じ処遇?》

「職員は職務審査です」

《収容者は》

「本審理です」

《職員、無期限?》

「いいえ」

《なぜ》

「雇用規則に期限があります」

《収容者、期限なし》

 冬実は答えない。

 真琴が言う。

「期限を定めなかった法文があります」

 冬実が彼を見る。

「現行暫定令です」

「その前の解釈です」

 真琴は右手袋を外した。

 昨日まで出さなかった文書を、資料板へ置く。

 二年前。

 白冠統治期。

《危険関連者取扱覚書》

 署名。

 朽葉真琴。

 十六歳の字だった。

 今より細い。

 右手で書かれ、末尾だけ震えている。

「私は、能力者本人だけを隔離すると、家族、医療者、運搬者を通じて報復や再集合が起きると考えました」

 真琴の声が、接続詞を増やさない。

「そこで《関連者》を、本人の行為ではなく、能力者との関係によって収容対象へ含める解釈へ署名しました。期限を、個別危険が消えるまでと書きました。誰が消えたと判断するかを書きませんでした」

 B棟の放送から、誰かが壁を叩く。

 一度。

 二度。

 三度。

 怒りの合図は決めていない。

 それぞれが叩く。

「白冠の抗争を止めるためでした」

 真琴は続ける。

「目的は、事実です。結果も、事実です。この覚書は後の予防収容暫定令の参考資料に引用されています。賀茂所長だけが《関連者》を作ったのではありません」

 冬実が言う。

「あなたは未成年でした」

「署名しました」

「凱の指示が」

 真琴が凱のいる外部回線を見る。

《危険の連鎖を止めろ》と言われました。《関連者を無期限に収容しろ》とは言われていません」

 凱の声。

「私は、止めろと言った」

「私は、広げました」

「止めなかった」

「はい」

「私も署名を見るべきだった」

「あなたの責任を、私の署名で薄めないでください」

「薄めない」

「王だったから、全部あなたの責任にするのも拒みます」

「分かった」

「本当に?」

「分からない部分を残す」

 真琴は息を吸った。

 喘息ではない。

「私の覚書を公開します。法的防御として、未成年、命令下、緊急時という事情も提出します。免責としては提出しません」

 巴が真琴を見る。

 正確だ。

 正確すぎる。

 謝罪の言葉へ逃げず、法的説明へ逃げることもできる。

 巴は黒板へ書く。

《今、誰に何を返す》

 真琴の眼鏡の奥で、目が揺れる。

「質問権」

《ほか》

「覚書で収容された人が、私の説明を聞かない権利」

《ほか》

「私を法務担当から外す申立て」

《ほか》

 真琴の一文が長くなりかける。

 止める。

「記録を、私の謝罪で閉じないこと」

 巴は頷いた。

 B-12が放送越しに言う。

「説明、聞いた。許さない」

 真琴が答える。

「受領します」

「受領で終わるな」

「終わりません」

「じゃあ何する」

「あなたが私の関与を審理へ出す時、資料を隠さない」

「手伝うの?」

「私が被申立人なら、私の代理人にはなれません」

「面倒」

「はい」

 B-12の笑いか、舌打ちか、音だけでは分からない。

 巴は《反応不明》と記した。

 午前十一時四十分。

 竜胆迅の番になった。

 収容理由は、他の誰より長かった。

《複数旗団との交戦》

《無許可地下試合》

《公共設備への侵入》

《拘束命令への抵抗》

《鉄道運行への介入》

《工場設備の破損》

《境界警備線への無許可接近》

《居住塔占拠事件への介入》

《車列運行妨害》

《医療施設内の暴力行為》

《誓痕による高威力打撃》

《群衆への影響力》

 迅が独房の中から聞く。

「最後、行為?」

 冬実が言う。

「危険評価項目です」

「人が言うこと聞いたら、俺の行為?」

「あなたの意図とは別に」

「別なら、別欄」

 巴が黒板へ書く。

《行為/影響/他者の選択》

 三つへ分ける。

 審理官が一項ずつ読む。

「無許可地下試合へ出場しましたか」

「した」

「対価を受け取りましたか」

「受け取った」

「負傷者は」

「いる」

「治療費を負担しましたか」

「全部じゃない」

「公共設備へ侵入しましたか」

「した」

「理由は」

「薬を運んだ。人を出した。記録を取った。場所ごとに違う」

「同じ理由へまとめない?」

 真琴が眉を寄せる。

「まとめない」

「記録も、事案ごとに分けます」

「器物を壊しましたか」

「壊した」

「人命救助のため?」

「そうじゃないのもある」

「具体的には」

「地下試合の照明。警備扉。追手の車輪止め。修理費を払ってないものもある」

「英雄行為として免責を求めますか」

「求めない」

「では、予防収容を受け入れますか」

「それも違う」

「なぜ」

「壊した扉の修理と、これから壊すかもしれないから閉じ込めるのは別だ」

「再犯の危険は」

「ある」

 旧配膳室が静まる。

 冬実が迅を見ることはできない。

 声だけ。

「自分を危険と認める?」

「人を殴れる。扉を壊せる。判断を間違える」

「では、外へ出す理由は」

「危険じゃないからじゃない」

「何です」

「危険を、期限のない部屋へ入れても消えない」

「外で誰かが傷つけば」

「俺の行為を審理する」

「傷ついた後です」

「閉じ込めて傷つけるのは、前ならいい?」

「ここでは生存を」

「昨日、天井落ちた」

 冬実の左手が動く。

「事故です」

「外の事故と、中の事故、どっちを先に選ぶ」

「外の危険は、発生確率が」

「俺の危険を、何パーセントで閉じた」

「定量化できません」

「なら、数字じゃない」

「過去行為があります」

「ある。日付と相手と損害を出せ」

 真琴が資料を分ける。

 審理対象となる具体的行為。

 既に処分済み。

 被害賠償未了。

 救難行為中。

 事実争いあり。

 十二項目が、十九件へ増える。

 まとめた危険が、具体的な未処理へ戻る。

「迅」

 七瀬の声が外部回線からする。

「右肋、医療条件を守っていますか」

「今、聞く?」

「長く話すと呼吸が浅くなる」

「撮ってないだろ」

「声で分かる」

「記録者が医療へ口出すな」

「共同作業者です」

「何の」

「あなたが途中で倒れず、最後まで自分の責任を言う作業」

「言い方が長い」

「巴に削られます」

 巴は黒板へ書く。

《休む?》

「三分」

 迅は答えた。

 三分、審理を止める。

 冬実が時計を見る。

 巴が言う。

「七十二人だから、削らない」

「昨日も聞きました」

「覚えた?」

「覚えました」

「使う?」

 冬実は答えない。

 三分後。

 迅の判断。

《予防収容解除。即時退所可能。具体的な器物損壊、傷害、未払い治療費については個別手続きへ移行。本人へ出頭日、資料、代理人選択を通知。誓痕保有、影響力、将来の危険可能性だけを移動制限の根拠にしない》

 迅が聞く。

「今日、出る?」

「選べます」

「まだ、中にいるやつの審理、残ってる」

「あなたが残る義務はありません」

「義務じゃない」

「残留を選びますか」

「審理終わるまで」

 冬実が言う。

「それは施設内残留です」

「同意じゃない」

「記録します」

 迅は、出られる扉の内側へ残る。

 脱獄を拒んだ時と同じ形に見える。

 意味は違う。

 午後零時二十二分。

 審理は、昼食のために止まった。

 七十二人を一日で聞くこと自体が無理だと、前日まで全員が言っていた。

 実際には、既に終えた案件、争点を一つへ絞れる案件、医療上の継続だけを確認する案件を分け、四日間かけている。

 今日が最終日だった。

 それでも、昼を抜けば判断が速くなるという提案が出た。

「速くなりません」

 ミソラではなく、施設の看護担当が言った。

「血糖が下がると、質問者は同じ問いを繰り返します。被収容者は同意を早く終わらせようとします」

「食事を理由に遅らせたと批判されます」

 施設記録係。

「空腹を理由に急がせた方が問題です」

 巴は右人差し指へ温布を巻く。

 昼食は、面会室ではなく各独房へ。

 審理官も旧配膳室で食べる。

 同じ献立ではない。

 収容者は麦飯と根菜煮。

 職員は豆入り麺。

 外部審理官は持参した乾パン。

「同じにすべきでは」

 真琴が言う。

 タマキが回線で返す。

「誰が同じの頼んだ?」

「待遇差が」

「アレルギーも、薬も、仕事も違う」

「価格は」

 小麦が外部台帳から読む。

「収容者一食二十八。職員三十一。審理官は自費。差三。差の理由、豆と油」

「なら、同じでなくても説明できる」

 真琴。

「食事まで法務にしないで」

 小麦。

「既に会計です」

「会計のまま食べて」

 休止、二十七分。

 誰も、その二十七分を自由時間とは呼ばない。

 午後一時四分。

 C-08。

 収容理由は、能力者の車両を三度運転したこと。

 本人は、荷台に能力者がいたことを知らなかった。

 運賃は通常より二割高かった。

 運行後、依頼者が偽名だったと知る。

「高い運賃を怪しまなかった?」

 施設側。

「雪道料金だと思った」

「確認しなかった」

「した。荷は衣類って言われた」

「荷台を開けなかった」

「封緘契約」

「危険物だった可能性は」

「ある」

「今後、同じ依頼を」

「受けない」

「なぜ信用できる」

「信用しなくていい。運送免許の条件へ、依頼者照合と封緘拒否窓口を入れろ」

 審理官は、本人の善意を認定しない。

《即時退所。運送記録の虚偽申告について本人の関与なし。依頼者照合手順の研修を条件に免許継続。危険物運搬の具体的証拠なし。高額運賃受領は危険行為としない》

 本人が聞く。

「仕事、戻る?」

「雇用主は契約停止を通知しています」

「出ても無職」

「はい」

「なら残る?」

「それは本人が選べます」

「残ったら、仕事が戻る?」

「戻りません」

「じゃあ出る」

 退所を、幸福な方へ選んだのではない。

 閉じられても失業は戻らないから出る。

 午後一時四十六分。

 B-61。

 文字を読めない本人へ、触覚札を使う。

 具体的行為はない。

 未発現能力者の同居人という分類。

 即時退所の判断は出せる。

 本人は、無地の札を握った。

「何も公開しない?」

 タマキ。

 本人が頷く。

「審理結果も?」

 無地の札をそのまま。

「本人へは、触って分かる写しを返す。外には件数だけ?」

 丸い札を一度置き、すぐ無地へ戻す。

「今、変えた?」

 本人が頷く。

 公開版には、《一件、結果非公開》だけ。

 退所先の共同宿舎から受入確認がない。

「出る?」

 本人は、扉を指す形の木片と、時計を指す突起札を並べた。

 今すぐではない。

 明朝。

「施設内残留、明日八時まで。制度への同意ではない。受入確認が来れば早く出る?」

 本人が丸を置く。

 十八人の残留へ、一人が加わる。

 数字は、まだ仮だった。

 午後二時二十八分。

 久我檻が証言席へ立った。

 椅子へは座らない。

 旧配膳室は狭いので、壁へ背を付ける。

「黒輪を受け取りましたか」

 審理官。

「持ち上げた。戻した」

「全鍵管理を命じられた?」

「提案。断った」

「理由は」

「できるから」

「能力が高いから?」

「鍵、全部覚える。間違えない。安心する。だから危険」

「あなたが危険?」

「権限が」

「賀茂所長は、あなたへ任せようとした」

「そう」

「任せなかった結果、昨日の開扉事故への対応が遅れた可能性は」

「ある」

 冬実が檻を見る。

 檻は彼女へ有利な答えを避けない。

「一括鍵なら、南隔壁の退避を三十秒早くできたかも」

「では分散は失敗?」

「違う」

「なぜ」

「一括鍵なら、私が広場通れず遅れる。別の人なら早い。所長が負傷したら全部止まる。どれも条件」

「結論は」

「一つの人に合わせない」

「昨日、賀茂所長は隔壁を止め、被収容者を退避させました」

「守った」

「同時に、無通知開放試験を承認した」

「開けた」

「どちらを重く見るべきですか」

「秤、違う」

「答えになっていません」

「同じ秤に乗せると、守った人数で閉じた時間を払う」

 審理官が記録する。

「あなたは、賀茂冬実を信頼しますか」

「しない」

 冬実の顔は動かない。

「監査へ協力できますか」

「範囲、期限、鍵持たないなら」

「信頼しない相手と?」

「信頼ないから、手順」

 檻は英雄証言をしない。

 悪人証言もしない。

 自分が持ちたくなった鍵の重さまで、同じ記録へ置く。

 午後三時十三分。

 B-37の再審理。

 一月一日の試験で、施設内残留を一月三日まで選んでいた。

 期限は過ぎている。

 施設は、審理継続中を理由に自動延長していた。

 本人へは、自動延長を知らせていなかった。

 白黒文字板で問う。

《一月三日を過ぎました。残る/出る/移る/まだ》

 B-37は、《出る》を選ぶ。

《受入先》

 書く。

《妹。住所は言わない。外門へ来る》

 外門名簿を照合する。

 妹を名乗る人が一人いる。

 本人確認の合言葉は、子どもの頃の歌ではない。

 歌は他人も知る。

《右耳を失った日、何を食べた》

 妹の回答。

《焦げた梨。あなたは一口で吐いた》

 B-37が笑う。

 音は聞こえない。

 肩だけが動く。

 本人確認成立。

《即時退所》

 自動延長した三日と四日の責任は、施設へ残る。

 今日出られたことで消さない。

 午後四時二十一分。

 仮集計。

 即時退所、三十。

 施設内残留、十八。

 期限付き移送、二十四。

 合計、七十二。

 巴は数字を確定しない。

「本人再確認が一件残っています」

 C-19。

 即時退所の判断。

 外部受入れもある。

 本人は、昨日まで出ると答えていた。

 今日、受入先の宿舎で、能力者家族だけを別棟へ置く運用が始まったと知る。

「そこへは行かない」

「別の受入先は」

「二日あれば探せる」

「施設内残留?」

「ここも嫌」

「期限付き移送の保留施設は」

「内側から開く?」

「開く。二日。住所探し。能力者家族棟へ分けない」

「移る」

 即時退所から、期限付き移送へ一人が変わる。

 数字は、二十九、十八、二十五になる。

「最初の数字、間違い?」

 施設記録係が聞く。

「途中の事実です」

 巴。

「公開しますか」

「最終だけだと、本人が変えたことが消える。仮集計も、個人を特定しない形で残す」

「混乱します」

「変わらない数字の方が、きれいに嘘をつく」

 四時三十九分。

 七十二件の根拠札、本人札、受入札、期限札を照合する。

 即時退所二十九。

 残留十八。

 移送二十五。

 数字の合計だけでなく、各人の変更窓口が書かれているかを確認する。

 残留十八のうち、期限が翌朝まで三。

 三日以内九。

 七日以内六。

 移送二十五のうち、医療十一。

 住居保護八。

 行為審理継続六。

 即時退所二十九のうち、今夜の受入未確定五。

 同じ結果の中にも、次の仕事が違う。

 最後の一枚へ、巴が句点を打つ。

 右人差し指ではない。

 左手で。

 終わった印ではない。

 ここまでを、次の人が続けられる印だった。