第458話 第十一章「扉を開けさせる」後編

 二十一番目の開錠で、可視ログが一分ずれた。

 B-33。

 根拠札は午後八時二十八分。

 本人再確認、八時二十九分。

 受入確認、八時二十九分三十二秒。

 黒二担当の開錠、実際には八時三十分四秒。

 可視ログには、八時二十九分四秒と印字された。

「機械が正しい」

 黒二担当が言う。

「七瀬の時刻札が一分進んでいるのでは」

 七瀬は自分の機械を見ない。

「第三時計」

 タマキが外門の機械時計を読む。

「八時三十一分。私の腕時計、八時三十一分二秒。凱の時計」

「八時三十分五十七秒」

「黒ログ、遅い」

 久我が紙帯装置を開く。

 内部の送り歯へ、石灰粉が詰まっている。

 昨日の崩落で入った粉。

 歯が一回滑るたび、紙は一秒ではなく、時刻印字の一分桁を戻していた。

「何件」

 凱。

「午後七時五十二分以後、六件」

「扉を開け直す?」

 黒二担当が聞く。

「人、もう外」

 檻。

「ではログだけ訂正」

「訂正する人」

「私が保守」

「開錠者は私です」

 黒二。

「時刻記録は私」

 七瀬。

「調整権は俺」

 凱。

 四人が同じ訂正欄へ署名しようとする。

 巴が止める。

《一つの訂正へ全員署名すると、誰の何が違ったか消える》

 分ける。

 久我――紙送り歯の石灰粉を確認。保守。

 黒二――六件の実際の操作順と身体記憶。

 七瀬――独立時刻札。

 凱――六件を止めず続行した調整判断。

「続けていいのか」

 家族側から声。

「ログが壊れてる!」

 凱は答える。

「時刻は別記録で照合できる。扉番号、担当、順序は一致。今から機械を掃除し、既済六件は訂正札を付ける」

「全部止めて調べろ!」

「止める本人がいるか、六件へ聞く」

 既に出た六人へ、連絡可能な範囲で確認する。

 四人は続行。

 一人は訂正が済むまで交通費の受領を保留。

 一人は回答しない。

 回答しない人を、続行支持へ入れない。

 次の扉は、装置清掃が終わるまで十二分止まる。

「遅れ、誰の責任」

 凱が聞く。

 久我。

「保守の私は、粉の点検を開錠前にしなかった」

 七瀬。

「私は一件目の一分差を、秒読みの誤差だと考え、三件まで確認を遅らせた」

 黒二。

「私は表示を信じ、口頭時刻を復唱しなかった」

 凱。

「俺は全体を急ぎ、照合を三件ごとにした。次から一件ごと」

 誰も、機械のせいだけにはしなかった。

 午後八時五十分。

 B-61の扉。

 本人は、明朝まで施設内残留を選んでいた。

 内側開錠具を今夜付けるか、明朝付けるか。

 触覚札で聞く。

 丸――今夜。

 三角――明朝。

 四角――付けない。

 B-61は三角を取った。

「今夜、外から開ける必要があれば」

 久我が木片を順に触らせる。

 赤い切れ目――火災。

 波形――医療。

 縦線――本人の呼出し。

 本人は、波形と縦線だけを選ぶ。

 火災を拒否したのではない。

 赤い木片の意味を理解していない。

 説明を、別の触覚へ変える。

 熱を示す金属片。

 煙を示すざらついた布。

 出口を示す矢印。

 本人は三つをまとめて丸へ置く。

「火事なら外から開けてよい」

 頷く。

 今夜は外鍵。

 明朝、内側具を再確認。

 残留は、鍵の種類を全部本人へ任せることでもない。

 知らない危険を、本人の拒否として放置しない。

 午後九時三分。

 期限付き移送の二十二人目。

 C-19。

 低床車が来ている。

 受入先は二日間の保留施設。

 家族分類で棟を分けない条件。

 本人が外門前で車を見て、止まった。

「窓、開く?」

 運転手が答える。

「上部だけ」

「中から」

「固定です」

「嫌」

 受入札はそろっている。

 窓の条件は書かれていない。

「別車両」

 凱が聞く。

「一時間後に箱車一台。窓は手動。ただし暖房が弱い」

「待つ?」

「待つ」

「ここに戻る?」

「門内待機室。扉は開けたまま」

「受領」

 車は空で出る。

「また費用か」

 凱が言う。

 小麦が帳簿から返す。

「費用は、本人へ聞こえない場所で嘆いて」

「聞こえてる」

 C-19が言う。

「ごめん」

「謝るくらいなら、窓の欄を作れ」

「作る」

 凱は受入札へ新しい項目を足す。

《車内から開閉できる窓/固定窓/本人が選択》

 次の人からではなく、今の人へ使う。

 午後九時十四分。

 即時退所の二十七人目は、外へ出てから門前で戻った。

「靴が違う」

 右足は本人の。

 左足は同じ寸法の別人の靴。

 返却袋の番号が一桁違う。

 職員が言う。

「一度退所しています。物品窓口は明日」

「裸足で帰れ?」

「代替靴を」

「自分の靴、誰かが履いて出る」

 凱は開錠を一時止める。

 速さを理由に、返却袋の確認を三件まとめていた。

 残りの袋をすべて照合する。

 別の即時退所者の袋から、本人の左靴が見つかる。

 その人はまだ中にいる。

「袋を開けた?」

 本人へ聞く。

「まだ」

「番号訂正してよい?」

「中身、見せないで」

「靴だけ、袋の外で交換」

「受領」

 七瀬は靴を撮らない。

 番号札と訂正時刻だけ。

 開錠再開まで七分。

 群衆から、また遅いと声が上がる。

 凱は答える。

「遅い。俺が三件まとめたからだ」

「全部おまえのせいか!」

「袋照合をまとめた判断は、俺。番号を付け違えた作業は、返却担当。袋を開けず交換できたのは、本人二人。分ける」

「そんな説明、今いるか!」

「今いらない説明は、後で消される」

 九時二十一分。

 訂正が終わる。

 午後九時二十一分。

 二十九人の即時退所手続きが終わった。

 実際に門を出た者、二十四。

 五人は今夜だけ残った。

 物品返却待ち二。

 住居連絡待ち一。

 医療確認待ち一。

 同行者を待つ一。

 法的には退所。

 身体は施設内。

 二十五人の期限付き移送。

 移送済み、十八。

 明朝へ変更、四。

 受入先の設備不備で再選択、二。

 本人の質問継続、一。

 十八人の施設内残留。

 全員へ、内側開錠具の設置希望を聞く。

 希望、十二。

 不要、四。

 保留、二。

 内側開錠具は、自由の象徴ではない。

 緊急時に自分で開けられる。

 同時に、自分で閉められる。

 外側の鍵も残る。

 職員が勝手に使えないよう、可視ログと本人通知が要る。

 久我と轟が、一室ずつ取り付ける。

「右へ回すと開く」

 久我が説明する。

「逆へ一度?」

 B-51が聞く。

「私はする。しなくていい」

「賀茂所長も、逆へ回す」

「知ってる」

「同じ癖」

「同じ鍵じゃない」

「閉める方は」

「左」

「期限札は」

「外へ出す」

「中に置いたら」

「職員が期限を知らない」

「外に置いたら、誰かが変える」

「二枚。中と外」

「違ったら」

「止める」

「誰が」

「あなた、監査、職員。誰でも」

「多い」

「一人より」

 B-51は考える。

「今日は、付けない」

「保留?」

「明日、触ってから」

「受領」

 久我は工具を戻す。

 取り付けなかったことも記録する。

 午後九時五十八分。

 最後の扉。

 B-01。

 竜胆迅。

 即時退所。

 本人は審理終了まで残留を選んだ。

 審理は終わった。

 根拠札。

 本人札。

 受入札。

 開錠札。

 受入札だけが空白だった。

「行先」

 凱が放送へ聞く。

「外」

「住所」

「後で」

「今夜の寝床」

「訓練劇場」

「暖房は」

「半分」

「食事」

「小麦の鍋が残ってる」

「本人へ確認したか」

「してない」

「受入札、そろわない」

 迅が黙る。

 凱は待つ。

 王だった頃なら、《問題ない》で埋めた。

 空白の札は、命令で埋めやすい。

 タマキが鉄箱から通信紙を出す。

「小麦へ聞く?」

「もう遅い」

「寝てる?」

「起きてると思う」

「思う、受領じゃない」

 迅が言う。

「外門宿直所」

 凱が聞く。

「受入確認は」

「俺が今から頼む」

「頼んで」

 迅は扉の中から、外門宿直所へ回線をつなぐ。

「竜胆迅。今夜一泊。右肋打撲、夜間悪化時は医療連絡。空き、あるか」

 宿直担当が答える。

「簡易寝台一。午前八時まで。食事なし」

「料金」

「収容解除者の初夜は公費申請。認められなければ二百」

「払う」

「受入」

 札が埋まる。

 凱が頷く。

「開ける」

「おまえの命令で?」

「審理結果。本人確認。受入確認。開錠担当」

「長い」

「王命よりは」

「短い方が格好いい」

「君が言うな」

 黒一担当が鍵を入れる。

 逆へ回さない。

 右へ。

 金属が一度鳴る。

 開錠ログ。

《二十一時五十九分四十秒/B-01/即時退所・本人選択による審理終了時までの残留完了/受入確認済み》

 七瀬が時刻を読む。

「撮影範囲」

 迅が答える。

「扉」

「顔は」

「撮るな」

「声は」

「今のだけ」

「受領」

 扉が開く。

 迅は、すぐに出ない。

 内側の蝶番を見る。

 戸当たり。

 昨日の盾跡。

 扉枠へ入れた支保材の擦れ。

 殴った痕はない。

 蹴った痕もない。

 迅は右手を扉へ置く。

 右肋が痛むので、左足から出る。

 黄色い線を越える。

 一歩。

 数えない。

 外へ出る。

「遅い」

 凱が言う。

「扉、重い」

「壊せば早い」

「修理費、ない」

「王命で払うか」

「王、終わった」

「知ってる」

 外門の群衆は、もう半分以下だった。

 待たずに帰った者。

 食事へ行った者。

 寒さで帰った者。

 明朝の移送を待つ者。

 迅が門を出ても、拍手は起きない。

 七瀬の撮影機は、扉だけを映していた。

 最後の開錠記録が、透明板の下へ流れる。

 凱は臨時調整権の文書へ、終了時刻を書く。

《一月五日 午後十時零分》

 期限より二時間早い。

 権限は、使い切らずに返した。