第462話 第一章「能力回収炉」後編
「余剰の持ち主」
「個別契約に基づきます」
「見せて」
「公開範囲が」
「持ち主が決めた範囲」
「照会には時間が必要です」
「何分」
若い実務者が一瞬、止まる。
「通常、三営業日」
「今日は金曜。三営業日は水曜」
「はい」
「二月十九日、午後五時まで」
「受付時刻によります」
「十一時三十四分」
「記録します」
実務者は、イオの左前腕を見る。
「水科さんも、再起動適合検査の対象です」
「頼んでない」
「無償です」
「無料は値段じゃない。誰が払う」
「研究予算です」
「誰の身体で」
実務者は答えない。
見学路の向こうに、治療椅子が並んでいる。
七脚。
一人は、子どもだった。
両手へ抑制輪。
眠っている。
一人は、高齢の女性。
手首から青白い光が、一定の間隔で薄くなる。
一人は、右手の縫製工。
イオと目が合った。
縫製工は、針を持っていた。
細い針。
右手の親指と人差し指。
震えていない。
見学路のガラス越しに、縫製工が言う。
声は届かない。
口の形だけ。
《止めないで》
イオは頷かなかった。
首も振らなかった。
若い実務者が、別の扉へ進む。
「こちらは負荷観測室です」
扉には、外から鍵が二つ。
中に、寝台はない。
壁一面の計器。
四十八本の針。
針は同じ値を示していない。
七番が高い。
十九番が低い。
三十一番は、赤い範囲で小刻みに揺れている。
「対象者は」
イオ。
「登録協力者です」
「何歳」
「個人情報です」
「平均」
「十八・四歳」
「最年少」
「回答権限がありません」
「最年長」
「同じです」
タマキが計器の下を見る。
四十八本の小さな銀箱。
箱の側面へ、番号と時刻が刻まれている。
一つだけ、時刻が止まっていた。
《14:07》
「時計」
タマキが言う。
「何が止まった」
若い実務者の右手が、資料の角から離れた。
「負荷受領が一時中断しました」
「受領者は」
「登録協力者です」
「送り主」
「施設負荷」
「目的」
「安定化」
「中身」
「反証値を含む生体負荷です」
イオの左足指が動いた。
一秒。
二秒。
三秒。
「反証は、消してない」
イオが言った。
実務者は黙る。
「どこへ送った」
「私は、運用仕様を説明する権限がありません」
「四十八人へ?」
「登録協力者です」
「人って言って」
若い実務者は、四十八本の針を見た。
一番から四十八番まで。
「四十八人です」
ミソラが、計器へ近づいた。
若い実務者が右腕を横へ出す。
「観測線より内側は、医療権限が必要です」
「私は医師資格がない」
「では」
「症状を見せて」
「個人情報です」
「数字だけでいい。脈。皮膚温。意識。投薬」
「許可が」
「誰の」
「施設長」
「四十八人の?」
「施設の」
ミソラは赤い手袋を外した。
「触らない。治療しない。だから敵味方なしも使わない。数字を見る」
「能力使用の申告は」
「使わないと言った」
「誓痕者の医療行為は」
「私は、能力名より先に脈を聞く」
若い実務者は、資料の角を揃えた。
迅は壁際に立っている。
四十八本の銀線が、どこへ続くか見ていた。
床へ沈む十二本。
天井へ上がる十六本。
西壁へ消える二十本。
線は人の位置を示さない。
人を、線の終点へ変えている。
「あなた」
迅が若い実務者を呼ぶ。
「はい」
「名前」
「本日の案内担当です」
「名前を訊いた」
「公開の必要はありません」
「四十八人も?」
「それとは別です」
「別だって言う人間が、同じ部屋に入れてる」
「私は制度を決めていません」
「何を決めた」
実務者の右手が、資料から離れる。
「午前十時四十分、三十一番の負荷警告を上申しました」
「返事」
「継続観測」
「あなたの判断」
「負荷を下げるべきです」
「下げた?」
「権限がありません」
「名前を出さない理由」
「私が処分されても、三十一番は軽くなりません」
「名前を出さないと、処分されない?」
「可能性が下がります」
「正直」
「褒められていません」
「褒めてない」
タマキが、四十八本の銀箱へ目を寄せる。
「三十一番へ送ってる物、止められる?」
「個別には」
「今」
「全体の平準化が崩れます」
「三十一番だけ赤い」
「だから、ほかが赤くない」
実務者の言葉に、部屋が静かになった。
一人の痛みを下げるため、別の一人へ移す。
別の一人が赤くなれば、四十七人へ薄くする。
薄い痛みは、報告書で見えにくい。
四十八人へ分ければ、一人分の事故が消えたように見える。
消えたのではない。
四十八枚へ切っただけだ。
「受領した本人は、何を受け取ると説明された」
タマキ。
「能力安定化協力」
「反証は」
「生体負荷と記載されています」
「言い換えた」
「法務上の表現です」
「痛いって書いた?」
「症状説明は別紙です」
「別紙を受け取った人」
「全員かは、確認していません」
ミソラが低く言う。
「確認して」
「権限が」
「医療事故の可能性として上申。時刻、十一時四十六分。私の名で」
「あなたの資格は」
「ない。だから資格のある人へ渡す。渡した人の名も残す」
ミソラは十一人の医療票から、一枚だけ裏返した。
裏には、患者が書いた一文。
《説明を聞く前に止めないで》
「こっちは十一人」
ミソラ。
「どちらを優先するか、今は決めない。四十八人へ流すのを減らしながら、十一人へ説明する」
「両立しない可能性があります」
実務者。
「可能性を、二案に切るのは後」
イオが言った。
「先に、何がつながってるか全部出す」
治療室で、高齢の女性の手首が光った。
銀線の一本が、白くなる。
女性の震えが止まる。
同時に、観測室の十九番と三十一番が跳ねた。
十九番はすぐ戻る。
三十一番は戻らない。
迅の踵が、黒い床を一度擦った。
イオが振り向く。
「七まで数えないで」
「一だ」
「一でも」
「分かってる」
迅は拳を開いた。
ガラスの向こうで、右手の縫製工が小さな布を縫い終えた。
布は破れていた場所を失っている。
観測室では、三十一番の針が、破れたままだった。
その瞬間、三十一番の針が赤い線を越えた。
警報は鳴らない。
代わりに、壁の奥で小さな鈴が一度だけ鳴った。
治療室では、右手の縫製工が針へ糸を通した。
負荷観測室では、四十八本のうち一本が、赤い線の向こうで震えていた。