第468話 第四章「患者の拒否」後編

 十一人分の結果が、病院会議室へ並んだ。

 停止。

 継続。

 条件付き。

 保留。

 説明拒否。

 同じ人数へ足しても、十一にならない。

 一人が複数の欄を持つからだ。

 中央の若い実務者が眉を寄せる。

「これでは、賛否を集計できません」

「集計するために聞いたんじゃない」

 ミソラが答える。

「決裁には賛否が必要です」

「医療には条件が必要」

「冬城決裁者は二案を求めています」

「患者は二案じゃない」

「設備は止まるか、止まらないかです」

「病院補助は止めない。回収炉は止める。時間も違う」

「技術証明が未完了です」

「だから今は止めない」

 若い実務者は、集計用紙へ五つの丸を描いた。

 停止。

 継続。

 条件付き。

 保留。

 説明拒否。

「一人一つへ入れてください」

 ミソラは一枚目を取った。

 八番室の少年。

「継続。条件付き。再説明希望」

「主たる意思は継続です」

「主たる、を誰が決める」

「設備運用上」

「患者の言葉を設備へ合わせない」

 二枚目。

 藍。

「説明受領。結論保留。薬歴送信拒否。代理指定なし」

「保留」

「説明受領を消した」

「集計には不要です」

「次に説明を重ねないために必要」

 三枚目。

 停止を選んだ六十代の女性。

「停止。理由非公開。代替刺激器の割当は医療側判断を拒否」

「停止」

「後ろを消さない」

「票の数が変わるわけでは」

「票じゃない」

 実務者は鉛筆を置いた。

「では、どう表示すれば中央が判断できますか」

「中央が一人の判断へ縮めない表示」

「それでは決裁できません」

「決裁できないことが、情報です」

「四十八人の負荷が上がっています」

「知ってる」

「時間を使うことも、患者以外を傷つける判断です」

「知ってる」

「なら、なぜ」

「知ってるから急いで、急ぐから省かない」

「両立しません」

「両立しない時に、どちらを切ったか名前を残す」

 実務者の手が止まる。

「私の名は公開していません」

「勤務番号でいい。後から本人が出すか決める」

「あなたは、すぐ責任者を作る」

「そうしないと、誰も休めない」

「責任者を作ることが、中央決裁と何が違う」

 ミソラは答える前に、右脇腹を押さえた。

 痛み。

 言葉より先に呼吸を整える。

「範囲」

「何です」

「私は、患者十一人の停止条件を止める。上水全体は決めない。回収炉も決めない。中央決裁は、範囲を全部へ広げる」

「範囲が重なった時は」

「話す」

「時間が掛かる」

「そう」

「それだけ?」

「簡単な返事を期待した?」

 実務者は用紙を見直した。

 五つの丸を消さない。

 その横へ、横長の欄を足す。

《同時に成立する条件》

 縦の欄。

《公開しない事項》

 もう一つ。

《次に訊く日》

「これで」

「本人の言葉と医療要約を分ける」

「二行」

「四行」

「用紙が倍になります」

「患者は十一人」

「今後、増えたら」

「増えた時の紙代より、今、省いて起こす事故のほうが高い」

「価に感染しましたか」

「患者に」

 ミソラは十一枚を、新しい用紙へ移した。

 自分で全部書こうとしない。

 看護記録係。

 病院設備係。

 患者本人。

 本人が望む場合だけ家族。

 記入者を分ける。

 十人目の人工再起動希望者の欄では、実務者が手を止めた。

《設備停止に反対。反証転嫁には反対。能力再起動の別手段を要求》

「論理的に矛盾しています」

「誰の論理」

「一つの設備を使いながら、一部機能を拒否する」

「病院で薬を飲みながら、副作用の少ない薬を求めるのは矛盾?」

「違います」

「同じにしない理由」

「設備は分離されていない」

「だから分離する」

 実務者は、初めてその欄を消さなかった。

 集計表の一番下へ書く。

《賛否一票化不可》

 ミソラは、それを承認しなかった。

「不可と決めたのは」

「私です」

「勤務番号」

 実務者は書いた。

 用紙は決裁を簡単にしなかった。

 誰が難しさを削らなかったかだけは、前より分かるようになった。

 迅が会議室の後ろで立っている。

「いつまで」

 ミソラは十一枚を見る。

「四台目の濾過器。透析水の手動試験二回。薬剤冷蔵の三か所記録。局所加温の費用免除。代替刺激器二台。夜間担当名簿」

「全部揃うまで、四十八人へ流す?」

「反証転嫁だけを先に切れるか、轟が調べてる」

「切れなかったら」

「止めない」

「四十八人が悪化しても」

「今、私へ決めさせたい?」

「誰かが決める」

「そう。だから私は、私が決める範囲を言う。患者の代替がないまま病院補助を落とす作戦には参加しない」

「俺たちの敵になる?」

 迅の声は低い。

 ミソラは立ち上がった。

 痛みで、右膝が一瞬遅れる。

「敵味方で呼ばない」

「知ってる」

「なら訊かないで」

「言葉が悪かった」

「目的が悪い」

「何」

「私が反対しても、仲間かどうか確かめたい」

 迅は黙った。

「仲間なら、作戦を止めても許す。敵なら止める。そう分けたい?」

「違う」

「じゃあ、私が止めることだけ見て」

「見る」

「十一人の代替が揃うまで、全面停止を止める」

「了解した」

「怒ってる?」

「怒ってる」

「私も」

「何に」

「設備。冬城。時間。四十八人。十一人。自分が全部を比べてること」

「比べないって言った」

「比べる。比べて、数だけで切らない」

「難しいな」

「医療は面倒」

 八番室の少年が作った紙橋が、会議室の窓辺に置かれていた。

 帰り側に、止めない札。

 十一人目の患者が書いた、大きな《止めない》もある。

 迅は、その札を見た。

「この人へ会わない」

「本人が拒否した」

「分かった」

「悪者にしないで」

「しない」

「どうやって」

「殴らない」

「それだけ?」

「今は」

「足りない」

「足りないまま、始める」

 ミソラは椅子へ戻った。

 右脇腹を押さえる。

 十一枚の票は、一つの答えにならない。

 一つにならないまま、作戦を止める力を持っていた。

 窓の外で、中央能力回収炉の排気塔が白い蒸気を上げている。

 その下で、四十八人の誰かの針が、また一目盛り上がった。

 病室では、止めないと選んだ患者の呼吸が、まだ続いていた。