第474話 第七章「タマキの搬送票」後編

「じゃあ一単位」

「高い」

「飲め」

 タマキは飲んだ。

 水を飲み終える前に、中央の連絡員が走ってきた。

「もう一件、急送を」

 手には、小さな制御鍵。

「送り主」

 タマキが訊く。

「中央設備統括」

「本人」

「部署です」

「受取人」

「暖房第二」

「受領」

「まだです」

「目的」

「中央同期への復帰準備」

「運ばない」

「なぜ」

「送り主が部署。受取側の受領なし。目的が、地域手動の計画と違う」

「能力で最短路だけ確認すれば」

「一件終わった」

「再使用できない規則?」

「私の身体と料金と運用」

「街の危機です」

「全部、街の危機って言う」

「暖房が止まるかもしれない」

「暖房第二へ普通の連絡をする。必要なら、本人が取りに来る」

「間に合いません」

「中央同期へ戻す方が危険って、轟が言ってる」

「あなたは技術者ではない」

「だから、技術判断で運ばないんじゃない。送り主と受取人と目的が成立してないから運ばない」

「能力者として協力を」

「配達担当」

「同じです」

「違う」

 タマキは制御鍵へ触れなかった。

「普通便なら」

「送る?」

「暖房第二が受領して、目的を自分で書けば」

「時間が」

「時刻を書いて待つ」

 連絡員は受領灯を求めた。

 暖房第二から返ってきた答えは、拒否だった。

《中央同期への復帰準備は受領しない。地域手動の保守鍵なら、目的を変更して再送》

「目的を変える」

 連絡員が言う。

「誰が」

「中央が」

「受取人が求めた目的に、送り主が同意してから」

「面倒だ」

「正しい」

 制御鍵は、その場では運ばれなかった。

 能力が使える人がいることは、全ての急ぎを配達へ変える理由にならなかった。

 午後一時十四分。

 部品を受け渡した後、タマキは病院へ戻った。

 左耳の奥が、遅れて脈打っている。

 床は平らなのに、右下がりに見える。

「休む」

 ミソラが言った。

「搬送票、七人」

「紙は座って書ける」

「運ぶ」

「あなたが運ぶ必要はない」

「担当」

「経路と受領を作る担当。身体を全部持つ担当じゃない」

「能力は終わった」

「知ってる」

「普通に運ぶ」

「普通に休んでから」

 タマキは椅子へ座った。

 座ると、床の傾きが余計に分かる。

 背もたれへ頭を付けない。

 視界を固定するため、壁の黒い釘を見た。

「何分」

「十二分」

「根拠」

「水を飲んで、眼振が減るまで」

「減らなかったら」

「延長」

「誰が決める」

「私」

「患者が待つ」

「患者は、あなた一人を待つって選んでない」

 タマキは反論しなかった。

 能力が出る前なら、道を知っている人が一人しかいない場面は少なかった。

 今は、能力があることを理由に、一人へ道を集められる。

「地図、渡す」

「誰へ」

「病院事務。搬送係。患者本人」

「受領」

 十二分の間に、タマキは七人の地図を机へ広げた。

 矢印を描かない。

 北へ行く線。

 中央へ行く線。

 病院内で移る線。

 それぞれに、休憩場所、手洗い、呼出方法、戻り先確認を付ける。

「矢印ないと、向きが分からない」

 搬送係が言う。

「矢印は、行けって見える」

「地図だよ」

「患者が変えたら」

「線を消す。矢印だけ残ると、古い目的地へ送る」

「じゃあ、点線」

 患者本人が口を挟んだ。

「何」

「今の予定は点線。着いた道は実線」

「それ、いい」

 タマキは採用した。

 最初の搬送。

 八番室の少年ではない。

 温水循環の条件付き停止を選んだ二十三歳。

 車椅子。

 局所加温袋。

 本人票。

「誰が押す」

「搬送係」

「途中交代」

「洗濯室前で一人」

「家族」

「来ない」

「本人が」

「来ないでって言った」

「受領」

 タマキは後ろへ付かない。

 患者の視界の斜め前を歩く。

 床が揺れて見えた時は、壁へ触れる。

 隠さない。

「大丈夫?」

 患者が訊く。

「大丈夫じゃない。歩ける」

「止まる?」

「止まれる」

「じゃあ、次の角で」

 患者が休憩を選ぶ。

 搬送される側が、搬送する側の休憩を決めることもある。

 角で二分。

 患者の指先温度を測る。

 タマキの眼振も見る。

「私の方が温かい」

「局所加温袋」

「あなたも使う?」

「目的が違う」

「余ってる」

「料金」

「貸す」

「返却時刻」

「着いたら」

 タマキは加温袋を左耳の下へ当てない。

 首筋へ当てる。

 西家族口近くの観察室へ到着。

 受領者が勤務札を見せる。

「医療受領」

「本人へ、戻り窓口」

「この札。二十四時間。途中変更可」

「本人」

 患者が自分で言う。

「受領。家族連絡なし。部屋の温度が十八度を下回ったら、元の病院へ戻すか私に聞く」

「受領」

 搬送係が実線を引く。

 タマキではない。

 本人が線の終点へ丸を付けた。

 七人のうち、四人目の搬送で、タマキは同行をやめた。

 道を渡したからだ。

 残り三人は、別の搬送係と本人が地図を使う。

 タマキは病院の机へ戻り、到着確認を待つ。

 待つ間、能力を使わない。

 道が見えないことと、配達が失敗したことは同じではなかった。

 午後三時。

 七人分の搬送票が完成した。

 病院用。

 受入先用。

 本人用。

 二十一枚。

 家族写しは三枚だけ。

 中央へ送る集計は、一枚。

《移動予定七人。行先四区画。本人変更一件。保留二件。家族希望と本人希望の不一致一件。強制移送ゼロ》

「個人名がない」

 中央の若い実務者が言う。

「中央に要らない」

「事故時の照合」

「病院と受入先と本人にある」

「中央が全体を把握できません」

「全体って誰」

「七人」

「七人は、中央にいない」

「管理上」

「管理する物は何」

「停止作戦です」

「患者じゃない?」

 実務者は答えに詰まった。

 タマキは一枚の集計票を渡す。

「受領する?」

「します」

「個人票を要求する?」

「要求します」

「拒否」

「理由」

「本人の受領範囲外」

「記録します」

「して」

 実務者は受領印を押した。

 中央には、一枚だけ残る。

 二十一枚は、それぞれ違う場所へ行く。

 情報が散る。

 散れば遅い。

 散れば面倒。

 散れば、一人が全部を奪えない。

 八番室の少年が、自分用の票へ小さな紙橋を挟んだ。

「これは何」

 タマキが訊く。

「行きと帰り」

「搬送票に要る?」

「帰り先、まだ同じか分からない」

「じゃあ、橋は」

「票じゃなく、僕の」

「受領」

 タマキは紙橋を取り上げない。

 中央の集計票にも書かない。

 少年の本人票だけに挟まる。

 病院用の票には、治療。

 受入先用の票には、到着。

 本人用の票には、行き先を変えた理由も、家族へ見せない欄も、帰り先が未定であることも残っている。

 三枚は、同じではない。

 同じ人の、違う場所に必要な記録だった。

 窓の外で、上水第三の青い受領灯が点いた。

 タマキには、もうそこへ続く道は見えない。

 部品は届いた。

 能力は終わった。

 それで、配達は成功だった。