第503話 第十章「ばらばらに歩く」前編
三月二十日 午後七時四分
設備が止まった後、人は自分で動ける。
それは、半分だけ本当だ。
長く機械へ合わせた身体は、機械が止まっても次の拍を待つ。
長く命令へ従った人は、命令が消えると自由になるのではなく、次の命令を探す。
水科イオは、H区画の中央へ、何も鳴らない時計を置いた。
針がない。
文字盤もない。
ただの丸い板だった。
「時計?」
近くの男性が訊く。
「時計だった物」
「何に使う」
「使わない」
「また何もしない場所?」
「これは、何も教えない物」
「意味がある?」
「意味を訊いた人が、自分で止まった」
男性は、確かに足を止めていた。
イオはその事実を本人へ言わない。
言えば、次も同じ物を見た時に止まろうとする。
H区画の床光は消えている。
振動もない。
それでも人々は、白、青、白、青の場所を覚えている。
石床の色むらへ足を合わせる。
隣の肩の上下へ合わせる。
自分の中に残った八十八歩へ合わせる。
「合図を増やす」
レムが言う。
「減らすんじゃなく?」
イオ。
「一つだけだと、その一つへ集まる。違う合図を同時に出して、選ばせる」
「選択肢が多すぎると動けない」
「だから、三つずつ。場所ごとに変える」
レムは右膝装具を確かめる。
「走らない」
イオが言う前に、本人が言った。
「先に言った」
「偉い」
「子ども扱い」
「褒めると子ども?」
「大人は褒められると、裏を探す」
「あなたは今、何を探した」
「膝を使わない仕事」
「ある」
イオはH区画を三つに分けた。
北側。
中央。
南側。
北は、椅子と停止札。
中央は、歩幅札と札なし。
南は、介助と保留。
区画名を付けない。
名前が付くと、そこへ行く人が一種類に見える。
「北へ行く人は停止?」
レム。
「違う。椅子が近いだけ」
「中央は歩く?」
「違う。札があるだけ」
「南は介助?」
「違う。人が多いだけ」
「説明が全部、違う」
「そう」
「案内係が泣く」
「泣いても、説明を短くしない」
「俺がやる」
「三つを一人で?」
「北だけ。椅子の高さと、膝への負担を説明する」
「適任」
レムは北へ行く。
忍は南。
白い手袋で介助を申し出る側。
黒い手袋で受ける側。
二枚の介助札を、本人たちが自分で結ぶ。
十夜は中央。
人ごとに違う話題。
「あなた、明日したいことは」
「寝る」
「今は」
「歩いてる」
「止まって寝る?」
「ここでは嫌」
「じゃあ、歩く?」
「少し」
次。
「あなたは」
「明日なんて分からない」
「今日の次にしたいこと」
「靴を脱ぐ」
「今脱ぐ?」
「床が汚い」
「座って片方だけ?」
「やってみる」
片方の靴を脱ぐ動作が、隣へ移らない。
理由が本人だけのものだからだ。
イオは、H区画から出る人の記録を見る。
北へ二十三。
中央へ三十一。
南へ十九。
まだH内に七十三。
数字を使う。
迅のように、数えること自体をやめる必要はない。
問題は、数字で人の順番を決めること。
七十三人の中に、同じ歩き方を続ける人が四十以上いる。
「数字、言わない?」
七瀬が訊く。
「あなたへは言う。本人へ順位としては言わない」
「記録は」
「必要」
「全景は」
「今は一度だけ。どこに圧があるか」
七瀬は撮影機を上げない。
固定台の脚を短くしたまま、広角へする。
足元だけの全景。
百四十六人の靴。
そこから、七十三人の残留位置が見える。
中央右側へ、密度が偏っている。
「理由」
イオ。
「出口の矢印が残ってる」
床光は消えたが、石床へ白い矢印が塗られている。
非常時の固定標示。
「消せない」
轟が言う。
「塗料。削ると床が滑る」
「覆う」
「布を置くと躓く」
「上へ別の矢印?」
「また矢印へ集まる」
豪が考える。
「矢印を増やす」
「何本」
「俺が描けるだけ」
「全部、違う方向?」
「上、下、横、戻る、丸、犬」
「犬は方向じゃない」
「犬は勝手に歩く」
チカが言った。
「今日の英雄」
十夜。
「英雄はいらない」
レム。
「じゃあ、今日の参考犬」
「犬に許可を取って」
「今いない」
「許可なし」
豪は白墨を持つ。
矢印を描かない。
足跡を描く。
大きい。
小さい。
片足。
杖。
車輪。
犬の足。
どれも一方向へ向けない。
床の固定矢印の周りへ、違う形を散らす。
「これは誘導?」
イオ。
「落書き」
「誰の責任」
「犬飼豪」
「消す期限」
「雨で消えるまで」
「屋内」
「じゃあ、明日」
「誰が」
「俺」
「右膝」
「雑巾は立って使える」
「受領」
足跡を見た人々の目が、固定矢印から外れる。
犬の足を踏む人。
避ける人。
笑う人。
怒る人。
動作が分かれる。
「落書きで救助」
七瀬。
「公開する?」
「消す責任と一緒に」
豪が言う。
「善行映像にするなよ。俺は床を汚した」
「床を汚した事実も」
「犬が下手なことも」
「評価語」
「見れば分かる」
少しずつ、Hの残留者が動く。
だが、動けない人がいる。
中央に、白髪の女性。
両足をそろえたまま、身体だけが前後へ揺れる。
イオが近づく。
「呼称」
「……分からない」
「名前を忘れた?」
「言いたくない」
「では、呼ばない」
「呼ばないと、話せない」
「あなた、でいい?」
「嫌」
「何なら」
「今は、白髪」
「白髪さん。今、止まりたい?」
「止まってる」
「身体は揺れてる」
「中が歩いてる」
橋の少年と同じ言葉。
「止めたい?」
「止めると、倒れる」
「何が」
「次の足が来ないから」
イオは自分の右腕を思い出す。
能力を失った最初の朝。
持ち上げようとした物が上がらない。
力がないことより、次の出力が来ないことが怖かった。
「次の足を、別の物にする?」
「どうやって」
「歩く代わりに、指を動かす」
「同じ拍になる」
「拍を決めない。好きな指」
「好きな指なんてない」
「嫌いな指」
「右の小指」
「理由」
「曲がってる」
「今、動かす?」
「嫌」
「では、左の親指」
「命令?」
「提案。断っていい」
「……動かす」
白髪さんの左親指が動く。
足は揺れ続ける。
「次」
「決めない」
「受領」
イオは待つ。
十秒。
二十秒。
時間を数えるが、口に出さない。
白髪さんが右肩を上げる。
「今のは」
「自分で」
「次」
「左足を、少し外」
「自分で?」
「自分で」
左足が二センチ外へ。
両足がそろわなくなる。
身体の前後揺れが、少し小さくなる。
「座る?」
「まだ」
「受領」
次の人。
歩調を返す作業は、歩き方を教えることではない。
誰かが選んだ小さな違いを、周囲が潰さないよう空間を作ることだった。
三月二十日 午後八時二十一分
北救護所から、御厨朝の診断途中報告が届く。
《両側腓腹筋重度損傷疑い》
《腓骨神経障害疑い》
《足背屈低下》
《長距離歩行不可》
確定ではない。
イオは報告を読み、返事を書く。
《現場指揮を続けるか、本人へ確認》
すぐ返信。
《御厨朝本人。指揮ではなく、署名範囲の説明と既発行文書の訂正のみ継続を希望》
イオは通信器を取る。
「朝」
《はい》
声は硬い。
痛みを隠す硬さではなく、痛みがあることを言葉へ混ぜない訓練の硬さ。
「指揮しない?」
《しません》
「誰が決めた」
《私》
「医療者は」
《同意》
「署名は」
《H切離しまで完了。以後の区画解放は、区画責任者と本人確認》
「あなたが決めない?」
《決めません》
「怖い?」
通信が少し止まる。
《はい》
「何が」
《私が決めないことで、誰かが死ぬこと》
「私も」
《あなたは決める立場です》
「能力を失っても?」
《能力は職務資格ではありません》
「分かってる。確認しただけ」
《怒っていますか》
「怒ってる。あなたが脚で払おうとしたから」
《払えるとは思っていません》
「思った」
《一瞬は》
「記録して」
《します》
「今後、同じ場面で能力を使う?」
《今は決めません》
「受領」
通信を切る。
十夜が横で聞いていた。
「仲直り?」
「してない」
「いいね」
「何が」
「喧嘩が続くのは、次に話す気があるってことだ」
「名言にしないで」
「じゃあ、ただの感想」
「それなら残す」
十夜は胸元を押さえる。
「動悸?」
「腹」
「食べた?」
「豆粥二杯」
「胸痛」
「なし」
「装置作動」
「なし」
「終わったら検査」
「終わりは」
「最後の一人が、自分で止まるまで」
「歩き出すまでじゃなく?」
「今日は、止まれることが救助」
「変な日だ」
「街が止め方を忘れてた」
H区画の残留者は、三十四人まで減る。
北へ移った人。
中央。
南。
その場へ残る人。
残ることを失敗にしない。
ただし、Hの床は一部損傷し、夜間閉鎖が必要。
「残る人へ、別の場所を提案」
轟。
「強制?」
「床が持たない。理由を見せる」
彼は支柱の亀裂と床の浮きを、一人ずつ見せる。
専門用語だけではなく、手を置けば分かる振動。
赤札。
仮支え。
「ここへ残ると、何時まで」
「最大二十二時。修理できなければ、もっと早い」
「どこへ」
「北、中央、南。ほかに、塔内一階が開いた。運用員退出済み。座れる」
「塔は怖い」
「なら、塔以外」
「どこも嫌」
「外の植栽帯」
「寒い」
「毛布」
「人が多い」
「東側の保守棚」
「狭い」
「それ以上は、今ない」
轟はない物を作れるふりをしない。
本人は塔内一階を選ぶ。
「怖いのに」
イオが訊く。
「他よりまし」
「受領」
選択は、好きな場所を選ぶことではない。
嫌な場所の中から、今の自分が耐えられるものを選ぶ時もある。
それを自由と呼んで美化しない。
夜九時。
八区画の人流は、中央同期から完全に外れる。
AからHまで、区画ごとの解放記録が並ぶ。
しかし、登録者全員の救助が終わったわけではない。
駅構内。
広場。
休止点。
救護所。
保留台。
塔内。
場所が分かれただけ。
自分の歩幅を取り戻していない人もいる。
イオは全体台帳を見る。
八十六の内訳も、一つではない。
音が切れても拍が身体へ残る者、三十四。
次の指示を待っている者、二十一。
止まると転ぶと感じる者、十七。
理由を言いたくない者、十四。
「理由を言わない十四を、一番下へ書く?」
七瀬。
「順番に意味を持たせない」
イオ。
「では五十音」
「呼称非公開がいる」
「時刻順」
「早い人が正しいように見える」
「どう並べる」
「並べない。四つの箱を横へ置く。箱なしも残す」
「記録が見にくい」
「見やすい記録で、人が簡単に見えた結果が今」
七瀬は四つの欄を縦ではなく、同じ高さへ置いた。
理由を話さない十四人も、未確認の穴ではない。
話さないと選んだ人として残る。
まだ、同じ歩調を続ける者――八十六。
人数を数える。
一人ずつ止める。
矛盾している。
矛盾していても、仕事はできる。
「次、どこ」
豪。
「A駅構内。改札前で、足踏みを続けてる人が多い」
「列車、出ないのに?」
「出ないから。次の拍を待ってる」
「俺、足跡描く?」
「駅員に怒られる」
「広場でも怒られた」
「何て」
「明日消せ」
「明日はある」
「名言?」
「作業期限」
「安いな」
二人は駅へ向かう。
イオの左右で違う靴が、異なる音を出す。
豪は歩幅を合わせない。
あとから来る十夜も、呼吸を合わせない。
ばらばらに歩く三人を、人々は一瞬だけ見る。
その一瞬に、自分の足へ戻る人がいる。
戻らない人もいる。
イオは、戻らない人の前で立ち止まる。
「今、どうしたい」
同じ質問を、何度でもする。
答えが同じでも、前の答えを使い回さない。
A区画の駅構内では、大時計が問題になっていた。
秒針は動いていない。
中央設備停止後、駅員が手動で合わせた時刻のまま。
しかし、文字盤の下にある振り子だけが、機械式で動いている。
右。
左。
人々は、その振り子へ足踏みを合わせていた。
「止める?」
豪が訊く。
「振り子を止めても、次の物へ合わせる」
イオ。
「壊す?」
「轟が怒る」
「俺じゃなく、時計を?」
「両方」
駅長代理の古橋巡が来る。
「時計は駅の基準です」
「今、時刻を示してない」
「象徴です」
「評価語」
七瀬の声が遠くから飛ぶ。
「便利だな、その言葉」
豪。
「記録者へ払う?」
「公費は揉める」
古橋は大時計を見上げる。
「振り子を止めると、再起動時の調整が」
「止めずに、見えなくする?」
イオ。
「覆い」
「視覚だけ。音が残る」
「音を柔らかく」
小麦が厨房から毛布を持ってくる。
「振り子へ掛けるな。巻き込む」
轟が言う。
「箱を作る」
「材料」
「空の食料木箱」
「熱」
「時計は熱を出す?」
「少し。通気穴」
「厨房道具で駅設備」
「鍋よりは静か」
小麦は木箱を解体する。
振り子の前へ、接触しない囲いを組む。
音は消えない。
少し低くなる。
「まだ聞こえる」
豪。
「全部消す必要はない」
イオ。
「人が、ほかの音を選べれば」
小麦は木の匙を一本ずつ配る。
「叩くな」
「じゃあ何に」
「持つ。重さが違う。手を動かしたくなったら、匙を持ち替える」
「全員同じ匙」
「大きさが違う」
厨房にある匙は、揃っていない。
長い。
短い。
欠けた。
穴あき。
「不良品?」
駅員。
「使ってる道具」
「規格が」
「鍋の深さが違う」
人々は匙を選ぶ。
持たない人もいる。
振り子へ足を合わせていた女性が、穴あき匙の穴へ指を入れる。
足は動いたまま。
「何を作る匙」
小麦が訊く。
「豆」
「穴から落ちる」
「だから嫌い」
「使わない?」
「今は持つ」
「受領」
女性の足踏みが少しずれる。
匙を右手から左へ。
振り子は右。
女性の手は左。
肩の拍が崩れる。
隣の男は、匙を拒む。
「食器は嫌」
「何なら」
「切符」
古橋が使用済み切符を一枚渡す。
「穴を開ける?」
「もう無効です」
「自分で」
男は改札鋏を借りる。
切符へ、好きな位置で穴を開ける。
一回。
次は開けない。
足が止まる。
「切符が止めた?」
豪。
「本人が穴を開けた」
イオ。
「何でも本人だな」
「道具が勝手に救助したら怖い」
同じ頃、全体台帳では人数が一人合わなくなった。
登録総数は確認済み。
区画別所在を足すと、千二百三。
死亡でも、搬送でもない。
「数え直し」
古橋が言う。
「全員を止めて点呼?」
イオ。
「それが早い」
「止めるための点呼で、また全員をそろえる?」
「では、どう探す」
区画ごとの受領記録を一つずつ照合する。
AからBへ移った人。
Bから救護所へ。
救護所から中央保留へ。
駅構内から外へ出たが、宿泊先未定の人。
移動のたびに、前の場所から削除され、次へ追加される。
「削除時刻と追加時刻が同じでない」
真琴。
「間にいる人が、帳簿から消える」
「移動中の欄を作る」
「今から?」
「今から」
欄を増やす。
《出発済み・受領前》
そこへ一人いた。
紙屋セツ。
D区画を出て、南宿舎の受入れを断り、途中の洗濯場へ寄っている。
「勝手に離れた?」
古橋。
「本人へ聞く」
通信がつながる。
《洗濯物を取りに来た》
「事故中です」
《事故の後も着る》
「今、どこへ行く予定」
《決めてない》
「洗濯場で待つ?」
《鍵を持ってる。暖房はない》
「寒さの説明を」
《知ってる》
「受取先を決めずに、所在だけ記録していい?」
《顔と家名なし。紙屋セツの呼称は使っていい》
「受領」
登録者全員。
所在は合う。
行先は決まっていない。
「全員確認」
古橋が言う。
「所在だけ」
イオ。
「救助済みでは」
「セツは、救助されたと言ってない」
「危険区画からは出た」
「それは事実。生活の受取先は未定」
台帳へ二つの欄を作る。
《危険区画離脱》
《本人が選んだ受領先》
同じ丸印を使わない。
数字が合うことと、全員の問題が解決したことを分ける。
A区画の人々へ、違う手触りの物が渡る。
木匙。
切符。
布。
空の鍵札。
何も持たない手。
持ち替える動作。
破る。
畳む。
返す。
振り子の拍は残る。
参照先が一つではなくなる。
「時計を止めないで、歩調を崩した」
古橋。
「時計が悪いわけじゃない」
イオ。
「運用が」
「それだけでもない。疲れた人が、時計へ任せたくなる」
「人の弱さ?」
「弱さと呼ぶと、また本人の責任だけになる」
「では」
「任せても倒れない仕組みと、任せない道を両方」
「理想です」
「今、全部は無理」
「認める?」
「認めないと、できないことをできたことにする」
古橋は大時計へ札を付ける。
《振り子稼働中》
《公式時刻ではない》
《歩行誘導へ使用しない》
《停止・覆い・撤去は、再確認》
「責任者」
イオ。
「古橋巡」
「期限」
「三月二十一日正午」
「その後」
「駅利用者と時計技師へ再確認」
「受領」
振り子は動き続ける。
足踏みは、少しずつ減る。
ただし、一人の老人は振り子を見たまま動かない。
「止まった?」
イオ。
「見てる」
「何を」
「昔、妻と待ち合わせた時計」
「時刻は」
「遅れた」
「誰が」
「私」
「今日も待つ?」
「妻は死んだ」
「では」
「時計を見る」
「受領」
老人を、足踏みから救う必要はない。
もう止まっている。
時計を見る理由は、同期ではない。
同じ姿勢に見える人を、一つの症状へまとめない。
イオは老人の前を離れる。
豪が小声で言う。
「何もしない?」
「本人が選んでる」
「寂しい」
「それを埋めるのは、今の救助じゃない」
「あとで」
「本人が望めば」
小麦が老人へ、黙って豆粥を置こうとする。
「訊く」
イオ。
「豆粥、いる?」
小麦が訊き直す。
「妻は嫌いだった」
「あなたは」
「好き」
「一杯」
「半分」
「受領」
半分の豆粥が、時計の下へ届く。
生活は、救助より後にも続く。
午後十一時四十分。
宿泊札を受け取った家族が、三人で別々の場所を選んだ。
母は北宿舎。
父は駅内待機。
十三歳の娘は南宿舎。
「家族は同じ場所へ」
配布係が言いかける。
娘が遮る。
「なんで」
「連絡が」
「父は駅の仕事。母は北で治療。私は南に友達がいる」
「未成年者だけでは」
「南の受取人」
娘は名前を言う。
受入れ確認が取れる。
母が言う。
「私は、娘と一緒が」
「本人は南」
イオ。
「親の同意は」
真琴が資料を確認する。
「非常宿泊では、十三歳以上は本人選択と保護者確認。ただし、保護者の一括拒否で元の危険区画へ戻してはならない」
「私は拒否してない。ただ、心配」
「心配を、娘の選択へ上書きする?」
「しない」
「連絡方法」
「朝と夜」
娘。
「途中で変えたら」
「宿泊台帳を更新。迎えを条件にしない」
父が笑う。
「家族会議より、役所のほうが話が早い」
「役所は、食卓の片づけをしない」
イオ。
「それは強い」
「何が」
「一緒に暮らすほうが面倒だってこと」
母は娘の襟を直そうとし、途中で訊く。
「触っていい?」
「今は」
娘は自分で襟を立てる。