第504話 第十章「ばらばらに歩く」後編
三人は同じ宿泊札を持たない。
家族が分かれたことを、崩壊とは記録しない。
同じ夜に、違う理由で休むだけだった。
三月二十一日 午前零時十一分
日付が変わっても、事故は翌日にならない。
駅構内の大時計は零時を指す。
臨時列車は、すべて運休。
搭乗予定だった人々は、駅、広場、周辺施設へ分散している。
中央が用意した宿泊札は、歩幅札より大きく、色も鮮やかだった。
《北宿舎》
《南宿舎》
《駅内待機》
三つ。
イオは、宿泊札を配る係へ言う。
「持たない人は」
「未選択です」
「未選択の人へ、駅内待機を自動で割り当てない」
「夜間です」
「夜間だから、勝手に決めない」
「外へ残る人が」
「寒さの説明。毛布。暖房場所。危険。全部言う」
「時間が」
「今日、一番多い言い訳」
「事実です」
「事実は、言い訳にもなる」
係員は宿泊札を机へ置く。
「では、あなたが」
「一人ではしない」
イオは周囲へ声をかける。
小麦の厨房班。
市場の札読み。
駅員。
医療連絡。
地域宿舎の受領者。
五つの机を作る。
宿泊場所ではなく、必要条件ごと。
暖房。
静かな場所。
医療近接。
家族と別室。
動物同伴。
所在非公開。
本人が先に条件を選び、その条件を満たす場所を探す。
「順番が逆です」
駅員。
「今までが逆だった」
「施設が先にある」
「人は後から施設へ合わせる?」
「現実には」
「だから、合う範囲だけ出す」
「全部満たす場所がない人は」
「何を諦めるか、本人へ」
「それは酷です」
「私たちが勝手に諦めさせるほうが優しい?」
駅員は答えない。
選べる条件が増える。
選べない人も増える。
椅子へ座り、何も決めない人。
宿舎を一度選び、撤回する人。
家族と同室を希望した後、別室へ変える人。
異議保全の暫定台帳へ、変更が記録される。
反対者名簿ではない。
何へ反対したか。
何を保留したか。
いつ再確認するか。
本人名は、必要に応じて分離。
「面倒」
中尾弦が言う。
「今日、何人目」
十夜。
「数えるな」
迅が遠くから言う。
「聞こえてるのか」
「その言葉だけ耳に入る」
「便利な能力」
「能力じゃない」
「じゃあ、悪癖」
「お前に言われたくない」
迅の右手の甲は腫れている。
「医療確認」
イオ。
「打撲。骨折なし。固定不要」
「誰が見た」
「名取枝里」
「時刻」
「二十二時四分」
「冷却」
「した」
「痛み」
「三」
「明日」
「再確認」
「受領」
「母親か」
「あなたより年上」
「性別は関係ない」
「では、父親」
「もっと嫌」
十夜が笑う。
胸へ手を当てる。
「作動なし」
「医療確認」
「午前一時に予約」
「逃げない」
「役者は予約を守る。開演時刻だけは」
「閉店興行は」
「もうしない」
「能力を使わない?」
「今日は、使う場面じゃない」
「使える?」
「医者は止める。身体も止める。俺の見栄だけがやりたがる」
「見栄へ命令して」
「役者の見栄は、命令を聞かない」
「じゃあ、舞台から降ろす」
「厳しい演出家だ」
十夜は医療確認へ向かう。
レムも右膝の診察。
再断裂なし。
腫脹は軽度。
装具継続。
忍は右手指の感覚低下を再確認し、疲労で手信号の精度が落ちていると自分で申告する。
交代。
できることが減ったからではない。
誤って他人の意思を決める危険が増えたから。
午前一時四十三分。
全体台帳。
死亡――〇。
緊急搬送――三十七。
軽傷――まだ集計中。
イオは「〇」を見つめる。
死者がいない。
それを成功と呼びたくなる。
しかし、朝の両脚。
骨折。
打撲。
失われた列車。
失われた賃金。
怖くて帰れない人。
今も足踏みを続ける人。
「〇は、何もなかった数字じゃない」
七瀬が言う。
「記録語?」
イオ。
「まだ」
「使う?」
「説明と一緒なら」
駅構内の隅で、チカが鍵袋を抱えて足踏みしている。
右。
左。
同じ場所。
「チカ」
イオが近づく。
「歩いてる?」
「止まってる」
「身体は」
「歩いてる」
「どこへ行きたい」
「鍵屋」
「今は閉まってる」
「朝になったら」
「どこで待つ」
「ここ」
「宿舎」
「行かない」
「理由」
「場所が変わると、鍵屋が遠くなる」
「駅内待機を選ぶ?」
「選ばない」
「ここへ残る?」
「今は」
「再確認」
「朝」
「何時」
「明るくなったら」
「受領」
チカは足踏みを続ける。
イオは止めない。
「足、痛い?」
「右踵、少し」
「座る?」
「座ると、次に立つ時、みんな行ってる」
「誰が」
「みんな」
「みんなは、もう同じ場所にいない」
「だから、もっと怖い」
イオは分かったふりをしない。
「私は、ここにいる」
「いつまで」
「交代まで」
「交代したら」
「次の人を名前で伝える」
「誰」
「まだ決まってない」
「決めて」
イオは周囲を見る。
タマキは医療確認後、休息中。
凱は左膝冷却。
迅は手を冷やしている。
七瀬。
「私?」
「撮影は」
「固定台。補助員へ任せられる」
「チカが望めば」
七瀬はチカへ訊く。
「私が次にいる。撮影機は覆う。いい?」
「何分」
「三十分。その後、もう一度決める」
「受領」
イオは交代する。
チカの足踏みは、まだ止まらない。
最後の一人が自分で止まるまで。
その最後が誰かは、決めない。
決めた瞬間、その人へ止まる役が押しつけられる。