第508話 第十二章「代表しない調停」後編

 審理対象として、同期命令への参加経緯を提出する。

 同時に、調停官として別案件へ戻る。

「矛盾してる」

 チカが言う。

「何が」

 朝。

「調べられる人が、調べる人」

「同じ案件では、自分を調べない」

「別なら」

「別の人の話を聞く」

「悪い人でも?」

「悪いと決まる前も、決まった後も」

「味方は」

「しない」

「誰の?」

「全員の味方ではない。話せる条件の味方をする」

「分かりにくい」

「仕事が下手なのかもしれません」

「辞める?」

「今は辞めない」

「いつまで」

「次の審査まで」

「期限が好きだね」

「永久が嫌いです」

「迅たちと一緒に行かない?」

「行かない」

「空白の旗」

「加入しない」

「なんで」

「彼らの決定へ、外から反対する役も必要です」

「嫌われる」

「もう慣れています」

「嘘」

 朝は少し黙る。

「慣れていません」

「受領」

 チカは二つの鍵を鳴らす。

 自室。

 共同靴箱。

 給水扉の鍵はない。

「帰る」

「どこへ」

「部屋」

「同行」

「いらない」

「途中で」

「変えたら、誰かに言う」

「受領」

 チカは黄色い靴で歩く。

 右踵は青と紫。

 左は低い。

 朝は、その歩幅へ合わせない。

 午後五時二十三分。

 現場での確認が終わる。

 中央行政回廊には、人が少ない。

 朝は黒い杖を左手へ持つ。

 久世が隣へ来る。

「押しますか」

「今日は歩く」

「距離」

「南出口、その先の審理室まで」

「長い」

「途中で止める」

 二人は歩き出す。

 久世の歩幅が、朝へ合いかける。朝が杖を止めた。

「距離は保って。歩幅は別」

「難しい」

「はい」

 久世は先へ出る。朝は杖と右足、間、左足。白と青の床、消えかけた犬の足跡、座板を外した跡、修理された手すりを越える。

 南出口の先には、小さな審理室があった。観客席はない。机が二つ。水差し。黒い杖を置ける低い横木。

「ここから一人で」

 朝が言う。

「医療条件は見守り距離です」

「扉の外で見ていて。隣へ来ないで」

「受領」

 久世は入口で止まった。

 朝は一人で机まで歩く。杖を横木へ置こうとして、右足が少し遅れた。椅子の背へ手を掛け、倒れずに座る。

 審理官は、朝が呼吸を整えるまで質問を始めなかった。

 やがて、白い紙を一枚だけ裏返す。

「安全だと思ったから、署名したのですか」

 朝は水へ手を伸ばさない。

「はい」