第514話 第三章「拍手と多数」後編
「技師は、音が届くか確認した後、内容を聞き続けなくてよい」
カナタ。
「事故時の対応が」
「機材を見る。私を見ない」
「あなたが倒れたら」
「身体監視担当を一人。拍手しない」
「拍手はしません」
「心の拍手も」
「そこまで契約できません」
「正しい」
出演料の欄にも、視聴者数加算があった。
《一千接続ごとに追加報酬》
カナタは線を引く。
「削る」
「収入が減ります」
「数字を見ない仕事で、数字が増えるほど金をもらうと、身体が数字を見ます」
「固定報酬へ」
「時間と準備費。危険手当は、籠城したら後付けしない。事前に決める」
「放送が失敗しても同額」
「失敗の定義は」
「接続数、撤回数、問い合わせ数」
「全部、私が集めたくなる数字」
塩見は契約用紙を見つめた。
「行政側は、成果のない放送へ払えないと言います」
「成果は、条件を守って説明した時間。誰が見たかは別」
「予算審査で通るか」
「通らなければ、やらない?」
塩見は喉へ手を当てる。
「私は、設備を動かしたい」
「私も、話したい」
「なら」
「名前を書いて、予算担当へ出す」
塩見檀。
紅葉カナタ。
二人は、《最低二十名の成立確認者》を削除し、役割別の必要確認へ変える申請へ署名した。
技術職員は、客席の代わりにならない。
給料を受け取ることも、命令支持にならない。
放送が始まる前から、見ない権利には費用が掛かった。
「増えましたね」
朝が、黒い杖をついて入ってきた。
「役所に来ると条件が増える」
「劇場でもです」
「最初は四つでした」
「一条件に二つ入っていた」
「分けた?」
「あなたたちの悪い影響」
「よい影響です」
「その評価は誰が」
「私」
「名乗ったので、記録する」
朝は、機材箱の隣へ座った。
杖を横へ置く。
長く立たない。
「放送を始める前に、質問があります」
「どうぞ」
「あなたは、見られなくても話せますか」
カナタは笑いかけた。
笑いは、うまくできる。
うまくできるものを使わないのは、勇気ではない。
ただの選択だ。
「話せる」
「誰へ」
「命令を書いた一人へ」
「その人が見ていなければ」
「記録へ」
「記録も読まれなければ」
「それでも、言った責任は残る」
朝は頷いた。
「役者の言葉にしては、地味です」
「官僚に褒められた」
「褒めていません」
「記録?」
「はい」
カナタは、机の下から面の箱を出した。
蓋を開ける。
朱と群青。
鏡のような内側へ、自分の顔が映る。
蓋を閉じた。
「これは使わない」
塩見が訊く。
「人気が出ますよ」
「人気は、今日の仕事じゃない」
「役者の仕事では」
「役者には、やらない仕事を決める仕事もある」
放送所の廊下で、最後の椅子が運び出された。
脚が床を擦る。
拍手に似た音が、一度だけして、止んだ。