第516話 第四章「役所の迷路」後編
「これで一個?」
「一系統」
真琴。
「命令七二号のうち、集会部分」
「一個じゃない」
「でも、止まります」
「零時に」
「はい」
「今じゃない」
「現場へ周知する時間が必要です」
「今も止められてる奴がいる」
「急に解除すれば、警備員と施設側の判断が割れます」
「待てって?」
「十時間四十分」
迅は、窓の外を見た。
十二名で工事を止められた屋根。
十一名ずつに分かれた配給列。
葬儀を二回に分けた家族。
見えない。
見えないものを、待たせる。
「早く周知しろ」
「誰へ命令していますか」
真琴。
迅は口を閉じた。
「頼む」
「誰へ」
迅は城崎を見る。
「城崎ミナ。会場密度係。今日止められた場所へ、先に送れ」
城崎は頷いた。
「私の担当範囲で送ります」
「全部」
「全部は、私の権限では」
迅の眉が動く。
凱が横から言った。
「担当範囲を言え」
「中央官庁群、南市場、東共同会館、北病院前広場」
「それ以外は」
「地区窓口へ通知します」
「責任者名を添えろ」
「はい」
迅は何も言わない。
城崎が端末へ入力する。
送信。
四か所へ直接。
八地区窓口へ回送。
画面へ表示。
《更新停止予定――四月二十二日午前零時》
その瞬間、別の端末が鳴った。
上水保全局。
《安全違反を検知》
《集会制限停止により、給水拠点の密度上昇が予測される》
《安全上必要――更新認定》
続いて医療維持局。
《病院前混雑の危険》
《安全上必要――更新認定》
二部署。
中央危機調整局の印刷機が動く。
新しい紙が出る。
《集会制限――二十四時間更新》
浦部の停止署名より後の時刻。
午後三時二十一分十二秒。
迅が紙へ手を伸ばした。
朝が止めない。
真琴も止めない。
迅は紙を掴む。
破らない。
握り潰さない。
ただ、持った。
「止めた」
「止まりませんでした」
朝。
「同意、取った」
「別の二部署が更新しました」
「名前」
「まだ職名だけです」
迅の右小指が震える。
紙ではなく、痺れ。
彼は左手へ持ち替えた。
「行く」
「どこへ」
「二つ」
「上水と医療?」
「その前」
迅は、印刷機を指した。
「こいつに、誰が入れた」
機械の背後に、細い紙帯が走っている。
七部署の端末から届く認定を、一枚へまとめる集約機。
機械は、人の名前を印刷しない。
職名だけを選ぶ。
「実装班の設計です」
朝。
「名前」
「六名」
「全員、呼べ」
「勤務状況を確認します」
「今」
「はい」
凱が更新紙を受け取る。
紙の下へ、浦部の停止署名を重ねる。
「同じ時刻に、反対の判断が二枚ある」
「どっちが命令」
迅。
「今は、後の紙だ」
「じゃあ前の紙は」
「判断だった」
「負けた?」
「消えてはいない」
凱は二枚を離さない。
「負けた判断を残す」
「何のため」
「次に、同じ人が名乗れるように」
迅は集約機の紙送りを見る。
白い紙が、また一枚出る。
命令には脚がない。
だが、役所には廊下が多すぎた。