第518話 第五章「期限切れを待てない」後編
「履歴を基準にすると両方」
「どっち」
「担当者が決めてない」
「命令が決める?」
「命令は答えない」
「じゃあ、受け取れない」
タマキは札を戻さない。
「止めたら?」
石上。
「移動確認がなくなる」
「自由になる」
「保護先を追跡されたくない人には」
「いいことだ」
「家族が行方を探している人には」
「悪い」
「病院が次の薬を送る先を確認している人には」
「悪い」
「暴力を振るう家族が住所を求めている人には」
「いい」
「同じ命令」
イオは、札の裏へ書いた。
《止めると困る人》
表。
《続けると困る人》
「両面にする?」
タマキ。
「裏だけ見せられる危険がある」
「二枚」
「分けると離れる」
「紐」
タマキは細い糸で二枚を結んだ。
真琴と巴が作った二層文書の、生活版。
イオは頷いた。
「採用」
「料金」
「札一組につき?」
「結び目一個」
「高い?」
「安い。今は」
「後で上げる?」
「手が痛くなったら」
「正しい」
午前七時二十五分。
最初の現場は、中央東診療所だった。
命令番号、医療群三番。
《元能力者に対する再発監視検査を、指定医療機関において優先実施する》
待合室に、二十三人。
十二名以上の集会制限に触れるため、十一人ずつ二室へ分けられ、残り一人は廊下にいた。
「二十三人いるのに、十一人ずつ?」
石上。
「同じ室にいなければ、集会ではないという運用」
看護師。
「廊下の一人は」
「どちらの室にも入れない」
「なぜ」
「十二人目になるから」
「左右に一人ずつ移せば」
「十一、十一、一が、十二、十一になります」
「いや、一人を出して」
「出された人の順番が遅れます」
イオは廊下の一人を見る。
十六歳くらい。
古い工場服。
右手へ検査票。
「名前、聞いていい?」
「公開しないなら」
「今は、ここで呼ぶ名前」
「ソラ」
「検査、受けたい?」
「薬が欲しい」
「検査を受けないと」
「出ないって」
看護師が訂正する。
「検査を拒否しても、急性症状の薬は出ます。継続薬は医師の診察が必要です」
「診察と検査、同じ?」
ソラ。
「別です」
「紙には、検査を受けろって」
「命令では、優先実施」
「優先って、断れる?」
看護師は答えに詰まる。
イオが札を出す。
「この命令を、二十四時間待って失効させる案がある」
「薬は」
「今日、どうなるか確認する」
「今日欲しい」
「そうだね」
「明日自由になっても、今日の薬は戻らない」
イオは、その言葉を札へ書いた。
《待てない理由――本日分の継続薬》
石上が訊く。
「なら命令を続ける?」
「命令がないと薬を出せないのか確認する」
看護師が診療規則を持ってくる。
命令とは別に、通常診療の条項がある。
本人確認。
症状確認。
医師判断。
能力再発検査は必須ではない。
「じゃあ、今まで何で」
ソラ。
「命令が、優先実施と書いているから」
「優先って、先にやるだけ?」
「本来は」
「先にやると、薬が後になる」
イオは看護師を見る。
「今日、検査を保留して診察へ回せる?」
「医師が受ければ」
「医師の名前」
「栗原先生」
「今、確認して」
「混んでいます」
「二十四時間待つより短い」
看護師は走らない。
早足で奥へ行く。
廊下の一人が、椅子へ座る。
十一人の部屋から咳。
もう一方から、検査機の音。
命令を切れば、全部が自由になるわけではない。
自由は、次の窓口へ歩く必要がある。
五分後、看護師が戻る。
「診察へ回せます」
「検査は」
「本人が希望すれば後日。希望しなければ、今日の薬には影響させません」
ソラは検査票を見る。
「今は、しない」
「受領」
イオが答える。
「私が受け取るの?」
「選択を聞いた」
「配達屋みたい」
タマキが横から言う。
「料金、取っていい?」
「誰から」
「命令を出した人」
「見つけたら」
「高くする」
ソラが初めて笑った。
イオは札へ二行目を書く。
《命令を止めても、通常診療の窓口を残す》
石上が覗く。
「それ、命令を止める話じゃないな」
「止め方の話」
「違う?」
「止めるだけなら、機械でもできる」
壁の振り子がない場所でも、イオの頭の中で一拍遅れた。
午前十時十八分。
二つ目の現場は、南二号共同宿舎。
命令番号、監視群十一番。
《能力履歴を有する居住者の所在確認を、夜間二回、日中一回実施する》
玄関には黒いレンズがない。
九月の監視節点監査後、顔を映す監視節点は撤去された。
代わりに、内側から引く確認紐と、部屋番号だけを示す木札がある。
命令は、その札を一日三回、職員が目視するよう求めていた。
「監視じゃない」
宿舎管理人の紙屋セツが言った。
「所在確認」
石上が小さく咳をする。
「同じ言い方、さっき聞いた」
「顔も名前も見てない」
「札は見る」
「生きてるかどうか」
「札を出さない人は」
「確認へ行く」
「断れる?」
「断ったら、何かあった時に困る」
イオは玄関脇の札を見た。
部屋番号。
○――在室。
△――外出予定。
空欄――非公開。
非公開の札が七枚。
「空欄の部屋へ、毎日行く?」
「行く」
「返事しない時は」
「鍵は開けない。廊下へ置いた振動板を踏む」
「それでも返事がなければ」
「医療担当と、同じ階の指定連絡者を呼ぶ」
「警備は」
「暴力の兆候がある時だけ」
「この命令が切れたら」
「一日三回の確認義務がなくなる」
「困る?」
紙屋は、すぐ答えなかった。
「困る人もいる」
四階の住人を呼んだ。
相良ミイ。
両手へ厚い手袋。
室内でも帽子をかぶっている。
ミイは、所在確認を続けてほしいと言った。
「夜に倒れることがある」
「病気?」
イオ。
「薬の副作用。名前は公開しない」
「命令がなくても、個別に頼める?」
「頼んだら、私が弱いって知られる」
「今も言った」
「あなたたちにだけ」
「管理人には」
「薬のことは知らない。札を見てくれるだけ」
紙屋が顔をそらした。
「知らなかった」
「だから頼めた」
石上が言う。
「命令があるから、個人のお願いに見えない?」
「そう」
「でも、空欄の人にも確認が行く」
「私は続けてほしい」
「全員分?」
「私の部屋だけ」
イオは、監視群十一番の札を裏返す。
《続けると困る人――非公開を選んだ七室》
別の札。
《止めると困る人――個別依頼を公にしたくない住人》
タマキが二枚を結ぶ。
「命令を全部続けるんじゃなくて、ミイさんから紙屋さんへ頼む?」
「名前が残る」
ミイ。
「公開しない」
「紙屋さんには分かる」
「部屋番号だけで?」
「薬の理由は書かない」
「撤回できる?」
「いつでも」
「紙屋さんが休みの日」
「交代者を選べる」
「料金」
「宿舎管理費に含むか、別にするか決める」
「無料は嫌」
「なぜ」
「無料だと、頼みすぎって言われる」
紙屋が首を振った。
「言わない」
「次の人は分からない」
イオは、そこを札へ書いた。
《個別確認――部屋番号のみ、理由非公開、撤回可、交代者指定、費用明示》
石上が腕を組む。
「命令を一枚止めるために、新しい手続きが五つ」
「六つ」
「何が」
「拒否した人へ不利益を出さない」
「増えた」
「自由は、何もしないことじゃない」
ミイが手袋の指を曲げる。
「自由って、高いね」
「請求書を出さない人が多いだけ」
「誰へ払う」
「確認する人へ」
「命令を出した人には」
「損害の説明をしてもらう」
「払う?」
「そこまでは、今決めない」
イオは、決められないことを空欄にした。
空欄は、後で誰かが勝手に埋める。
だから横へ書く。
《未決定――支払責任者》
空白にも、持ち主を付けた。
正午四分。
三つ目の現場は、東貨物門。
命令番号、移動群八番。
《元能力者および能力履歴関係者の区域外移動について、出発地・経由地・到着地の確認を要する》
門前に、荷車が十九台。
運転手が二十六人。
荷役が三十一人。
集会制限に触れるため、十一人ずつ別の白線へ分けられている。
白線は六本。
同じ仕事の人間が、線ごとに別の集会として扱われていた。
荷車の一台に、春野菜が積まれている。
葉がしおれている。
「昨日から?」
イオ。
運転手の牧田蓮が頷く。
「到着地の確認が返ってこない」
「誰が元能力者?」
「俺」
「能力は」
「とっくにない」
「履歴関係者は」
「荷役の二人が、昔同じ工場」
「野菜は」
「能力ない」
「確認対象?」
「俺が運ぶから」
イオは荷台へ手を入れた。
冷たい。
保冷箱ではない。
「今日出られなければ」
「半分は売れない」
「損失」
「四十二枚」
「賃金は」
「荷役の分、先に払った」
「自分は」
「売れたら」
石上が言う。
「命令を今すぐ止めれば、出られる」
門の警備員が反論する。
「到着地に受入れがなければ、途中で足止めになります」
「いつもは?」
「通常の運送票で確認します」
「じゃあ、それで」
「能力履歴者は追加確認が必要です」
「なぜ」
「命令です」
「命令が切れたら」
「通常票へ戻ります」
「なら切る」
イオは牧田を見る。
「出たい?」
「出たい」
「到着地を、ここへ公開したい?」
「したくない」
「通常票は」
「荷受人だけ」
「追加確認は」
「経由地、宿泊先、同行者まで」
「拒否したら」
「出られない」
イオは札へ書く。
《待てない理由――野菜の損耗、荷役賃金、運転手収入》
《止めた後に必要――通常運送票、荷受人受領、途中故障時の連絡先》
「急いで取消しを」
石上。
「待って」
タマキが、門の脇に座る女を見た。
古い毛布。
足元へ小さな鞄。
女は荷車に乗る予定だった。
「名前、聞いていい?」
「オト」
「どこへ」
「言わない」
「受取人いる?」
「いる」
「受け取るって言った?」
「まだ」
「確認命令が切れたら、乗れる」
「乗りたくない」
牧田が驚く。
「昨日は乗るって」
「昨日は、ここを出たかった」
「今日は」
「行き先を聞かれたくない。でも、着いてから断られるのも嫌」
イオは膝を曲げ、オトと同じ高さになる。
「今、どうしたい」
「保留」
「荷車は待てない」
「分かってる」
「あなたが乗らなくても、荷車は出していい?」
「いい」
「鞄は」
「置く」
「誰へ」
「自分」
「ここへ残す?」
「そう」
タマキが、鉄箱から保留札を出す。
《出発しない》
《行先は未回答》
《荷車の出発は妨げない》
《鞄の受取人――オト》
「封はしない」
タマキ。
「能力、使わない?」
石上。
「送らないから」
「便利じゃないな」
「便利にすると、勝手に送る」
オトが札を持つ。
「私が変えたら」
「書き直す」
「いつまで」
「今日の日没まで、鞄を門で預かる。延ばすなら、預かる人が名乗る」
門の警備員が名乗った。
「東貨物門、夜番責任者、梅野紺。日没以後は、私が本人へ確認する」
オトは頷いた。
イオは、急な取消しで困る人の札へ書く。
《移動確認を止めても、保留を急がせない》
石上が溜息をつく。
「止める命令より、止めた後の方が長い」
「止めるのは一秒。生きるのは、その後」
牧田が荷車の縄を締め直す。
「俺の野菜は」
「通常票で出せるよう、今確認する」
「今日中?」
「それを目標にする」
「約束じゃない?」
「私に門を開ける権限はない」
「役所の言い方」
「今は、正しい言い方」
「嫌いだ」
「私も」
イオは、野菜の損耗分を数え始めた。
止めた命令の後に残る損失は、自由という言葉では食べられない。
午後三時十九分。
明日班の作業室へ、札が戻った。
七十二本。
表と裏で百四十四枚。
結び目は百四十四個ではない。
同じ命令でも、困る人の事情が複数ある。
医療群六番には四組。
移動群八番には七組。
監視群十一番には九組。
机では足りず、壁へ麻紐を張った。
四十八個の止まった時計の下へ、札を吊るす。
イオは、最初に点数を付けた。
死亡危険――五点。
重篤化――四点。
住居喪失――三点。
賃金喪失――二点。
不便――一点。
止める危険と、続ける危険を足し、差が大きい順に処理する。
設備管理では、よく使う方法だった。
四十分で、二十六本の順番が出た。
「これで進める」
石上が言う。
「早いな」
「数字にしたから」
イオは鉛筆を置いた。
右腕に、昔の力は戻らない。
それでも、数字を並べる速さは残っている。
「最優先、医療群四番。次、給水群二番。三番、医療群九番」
朝が黒い杖をついて壁の前へ来る。
長く立たないため、轟が高い腰掛けを運んだ。
「点数の根拠は」
「死亡と重篤化を上へ」
「誰の死亡」
「影響人数」
「人数が多いほど点を上げましたか」
「同点時に」
「少数の人は後になる」
「全員を同時にはできない」
「だから順番が必要です」
「私もそう思います」
朝は、一枚の札を指した。
監視群十一番。
相良ミイの個別確認。
「これは一点ですね」
「所在確認がなくなる不安。直接の死亡危険は確認できていない」
「本人は、夜に倒れる可能性を言った」
「病名と確率は非公開」
「非公開だから、低くした?」
「測れないから」
「測れない人ほど後へ?」
イオは答えなかった。
朝が別の札を示す。
東貨物門のオト。
《保留を急がせない》
「不便、一点」
「移動しない選択を守ることを、不便と分類した?」
「荷車の遅延と分けた」
「本人の拒否には点を付けていない」
「数字にできない」
「だから、表から消えた」
イオは、壁の札を見る。
能力回収炉で、数字にされた若年者四十八人。
出力。
反証量。
耐久。
回復時間。
測れたものだけが、施設にとって存在した。
測れない痛みは、故障扱いだった。
「点数を外す」
石上が驚く。
「全部?」
「順位がなくなるぞ」
「なくさない」
イオは、札を五列へ移す。
一列目。
《今、生命・身体へ不可逆な害が進む》
二列目。
《止めても続けても、本人確認が必要》
三列目。
《仕事・住居・薬・水の期限がある》
四列目。
《保護を個別契約へ移す必要》
五列目。
《影響不明。本人または現場へ照会》
「一列の中は」
石上。
「締切時刻」
「同じなら」
「受取窓口が準備できた順」
「人数は」
「記録する。でも、少ないから後とは決めない」
「遅くなる」
「なる」
「間に合わないかもしれない」
「その責任も書く」
石上は不満そうに壁を見た。
「完璧じゃない」
「完璧な順番があるなら、命令は一枚で済む」
タマキが、点数表を持ち上げた。
「捨てる?」
「捨てない」
「使わないのに」
「私が、一度これで人を並べた記録」
「間違い?」
「一部」
「どこから」
「数字を出したところは使える。数字だけで順番を決めたところは使わない」
「分ける?」
「分ける。離さない」
タマキは点数表へ紐を通し、新しい五列表の横へ結んだ。
失敗は、成功へ書き直さない。
隣へ置く。
五列表ができた直後、限定回線が鳴った。
監視群十四番の影響者。
氏名、居住区、家族関係は非公開。
受話器へ出たのはイオだった。
「公開してよい呼び方」
《なし》
「番号」
《それも外へ出さない》
「では、この照会の中だけ、あなた」
《それでいい》
「監視群十四番を、止めたい、続けたい、保留」
《今夜六時半までは続けて。六時半に止めて》
「理由を聞いていい?」
《言わない》
「続けると困る人」
《いる》
「止めると困る人」
《私》
「どちらの危険が大きい」
《比べないで》
イオの手が、点数表の上で止まる。
「比べないと、順番を決められない」
《私の危険を、知らない人の危険より上にしないで。下にも》
「では、何を決める」
《六時半まで、私の所在確認に使っている一つの入口記録だけ残す。ほかの人の閲覧は止める。六時半に全部止める》
「入口記録の受取人」
《私が指定した相談員一人》
「名前」
《限定記録なら》
「相談員は受け取ると確認した?」
《している》
「六時半に止める判断者」
《私》
「端末を操作する人」
《記録監査局、朝倉絹》
「朝倉さんの受領確認」
回線の向こうで、別の声。
《朝倉絹。午後六時三十分に、指定入口記録の保存を停止し、当人へ保管確認を返す。ほかの閲覧権限は今、外す》
「拒否窓口」
《私》
「公開範囲」
《時刻、監視群十四番の一部運用を本人指定で縮小した事実。理由、場所、氏名は非公開》
「受領」
イオは札を作る。
点数は付けない。
生命危険とも、不便とも書かない。
《本人指定期限――午後六時三十分》
《比較しない》
《理由非公開》
《対象は一入口・一受取人》
石上が札を見る。
「危険の大きさが分からない」
「分からない」
「嘘かもしれない」
「そう」
「優先させるのか」
「優先じゃない。本人が指定した時刻に、本人の範囲を変える」
「他の命令が遅れる」
「朝倉さんの作業は三分。ほかの担当者へ影響する」
「なら、やっぱり順番」
「順番には入れる。でも、危険の点数は私が付けない」
「理由を言わない人が増えたら」
「言わせるために、低い点を付ける?」
石上は答えなかった。
タマキが、札へ細い封緘糸を結ぶ。
「この糸、切ったら」
「本人が変更した合図?」
「違う。紙が離れないため」
「能力じゃない」
「普通の糸」
「普通の方が、使う人多いね」
午後六時二十九分。
朝倉から確認が来る。
本人へ最終確認。
《止めて》
六時三十分。
一入口の保存が止まる。
ほかの人の記録まで消さない。
本人の理由を、成功談へ使わない。
イオは五列表へ、新しい細い欄を足した。
《本人が理由を公開せず指定した期限》
表は、また少し使いにくくなった。
使いにくさは、誰かをしゃべらせないための費用だった。
午後五時五十六分。
最初の期限が来た。
給水群二番。
《中央西部の共同給水所を、能力履歴者の優先利用地点として指定する》
続ければ、能力履歴のない住民が遠い給水所へ回される。
止めれば、能力反証によって長距離を歩けない十一人の水が途切れる。
全面継続か、全面停止か。
端末には二つのボタンしかない。
《更新》
《停止》
「三つ目がない」
石上。
「作る」
イオ。
「期限まで四分」
「端末は無理」
「じゃあ紙」
給水所の職員、古橋巡が電話管の向こうで言う。
《通常給水へ戻し、歩行困難者十一人へ個別配達を継続》
「配達する人は」
「現行の運搬班」
「運賃」
「給水所が、今月末まで負担」
「その後」
「本人と地域窓口で再確認」
「受取人は」
「十一人。氏名は限定記録」
「拒否窓口」
「給水所二番窓口。私、古橋巡」
「期限」
「優先指定は午後六時で停止。個別配達は四月三十日まで」
真琴が正式文へする。
巴は放送所から平文を送る。
《給水所は、全員が同じ順番へ戻る。遠くまで歩けない十一人には、水を運ぶ。運ぶのは四月三十日まで。その後は一人ずつ相談する》
「十一人の同意」
イオ。
「八人確認。三人は連絡不能」
「どうする」
「三人分だけ、今夜一回は届ける。受領しなければ戻す」
「勝手に継続?」
「生命維持の一回」
「誰が判断」
「古橋巡」
「記録」
午後五時五十九分四十秒。
端末は二択のまま。
古橋が《停止》を押した。
優先指定が切れる。
同時に、紙の個別配達指示へ署名する。
午後六時。
端末の画面。
《命令失効》
印刷機が動きかけた。
上水保全局の別端末が、安全上必要を認定しようとする。
古橋が、自分の報告の用途欄へ拒否票を入れる。
医療維持局の担当者も、十一人分の個別配達受入れを確認し、全体優先の認定を外す。
二部署がそろわない。
紙は、途中まで出て止まった。
《更新認》
最後の一文字が印刷されない。
石上が息を吐く。
「一個、止まった」
「一個じゃない」
イオ。
「給水所の通常運用が戻った。十一人の配達が別に続く。連絡不能三人は一回だけ。費用は月末まで。未回答も残った」
「長い」
「だから、一枚へ入れない」
タマキが、止まった印刷紙を見た。
「これ、どうする」
「捨てない」
「命令じゃない」
「更新されかけた記録」
「誰の」
「安全認定を入れかけた人を探す」
「まだ増える」
「増えたんじゃない。前からいた」
イオは、紙の《更新認》の横へ時刻を書いた。
午後六時零分一秒。
命令は、一文字足りずに止まった。
その間にも、十一人へ運ぶ水は、普通の荷車で出発した。
夜九時。
七十二本の札は、五列へ吊られていた。
最初の案だった《二十四時間待つ》は、壁の端へ移されている。
その下へ、今日一日で起きたこと。
薬の遅延。
所在確認の個別化。
野菜の損耗。
出発保留。
給水優先の停止。
十一人への配達。
待つだけでも、決めていた。
誰を先に傷つけるか。
誰の不便を数えないか。
誰の保護を一緒に切るか。
イオは、四十八個の止まった時計の前へ立つ。
右腕は普通に重い。
壁の振り子だけが、一拍遅れて動く。
「順番、できた?」
タマキ。
「できた。でも、変わる」
「明日?」
「今夜も」
「じゃあ、順番じゃない」
「仮の順番」
「期限」
「次の照会が戻るまで」
「自動更新は」
「しない」
タマキは、五列表の上へ札を付けた。
《順番は、理由が変われば変える》
イオは、その札へ署名した。
水科イオ。
時計ではなく、人の名前で。