第522話 第七章「放送所の籠城」後編

 第二回線が切れた。

 瀬戸内が切ったのではない。

 放送連絡責任者の端末から、遠隔停止。

 塩見は紙帯記録へ切り替える。

「映像は出ません」

「音声」

「庁内線だけ」

「外へは」

「止まりました」

 カナタは、話すのをやめた。

 声が届かない間も演じ続けるのは、稽古では役に立つ。

 行政説明では、届いていない事実を隠す。

「停止時刻」

 七瀬。

「十二時六分十一秒」

「原因」

「遠隔停止。端末番号、放送連絡三」

「操作者」

「職名だけ」

 塩見が紙帯を外す。

 端末は止まっても、機械式の記録針は動いている。

 針が、停止信号の位置へ細い穴を開ける。

 穴は小さい。

 でも、後から紙を見れば、いつ止まったか分かる。

 瀬戸内が主回線へ貼った封印札へ、時刻を書く。

「放送停止を確認しました。機材を封印します」

「紙帯は」

 塩見。

「記録監査局へ」

「名前」

「確認中」

「渡しません」

「命令です」

「紙帯は、技師の安全記録です。放送内容の原本ではない」

「関連機材です」

「関連の範囲を決めた人は」

「放送連絡責任者」

「名前」

 同じ円。

 瀬戸内は盾を前へ出す。

 塩見は紙帯を背へ隠さない。

 透明な筒へ入れ、机へ置く。

「奪えば、奪った人の名前が残る位置です」

「脅しですか」

「配置」

 瀬戸内が手を伸ばす。

 カナタが間へ入る。

 右足を軸にしない。

 左足を前。

「止めてください」

「紙帯の保管者が決まるまで」

「私が保管します」

「氏名で?」

「瀬戸内匡」

「期限」

「記録監査局への引渡しまで」

「引渡し相手の氏名」

「未確認」

「未確認へ渡すまで、あなたが持つ?」

「そうです」

「なら、受領書」

 真琴の声が、庁内線から入る。

 外線は止まっている。

「正式文を送ります」

 紙送り口から、一枚が出る。

《紙帯一巻。受領者、瀬戸内匡。受領時刻。保管場所。閲覧者。引渡し相手未確認。引渡しまでの破損・紛失説明責任》

 巴が平文を書く。

《この記録を、瀬戸内さんが預かる。誰へ渡すかは、まだ分からない。なくしたら、瀬戸内さんが説明する》

 瀬戸内は二枚を見る。

「なくすつもりはありません」

 巴の左手。

《つもりは、保管方法ではない》

 瀬戸内は、受領書へ署名した。

 紙帯を取る。

 透明筒。

 腰の保管鞄へ入れる。

 七瀬が撮る。

「撮影は停止命令の対象です」

「庁外放送は停止しています。記録は継続」

「封印します」

「複写三本のうち一本を渡します」

「全部」

「全部を一人へ集めません」

「命令です」

「受領しません」

 七瀬は自分の名を言う。

「火群七瀬。記録原本の全量引渡しを拒否。理由、保管者未確認。代替、複写一本を瀬戸内匡へ封印引渡し。残り二本は別保管」

 瀬戸内の後ろで、木伏が言った。

「私は、その代替でよいと思います」

「木伏」

「機材を壊さず、内容を保全できます」

「判断は私だ」

「私は、引渡し担当です」

「命令へ従え」

「命令は、機材保全です。複写を分散した方が保全できます」

「流布が続く」

「放送は止まっています」

 木伏は、自分の名をもう一度言う。

「木伏絵美。複写一本の封印受領に同意。残り二本の所在は、保管者名だけ記録し、内容へアクセスしません」

 瀬戸内は、盾を下げない。

 だが、七瀬の機材へ手を伸ばさなかった。

 命令の中で、実行方法が割れた。

 制服は同じまま。

 午後零時四十分。

 放送所の空調が止まった。

 機材封印中の電力節約。

 室温が上がる。

 機械の熱。

 人の汗。

 窓はない。

 非常口は三崎が守っている。

 主扉は瀬戸内。

 外から迅が解放管を開けても、圧力錠の半分だけが外れた。

「内側の上部錠」

 塩見。

「工具」

 カナタ。

「機材棚の裏」

「誰が取る」

「私」

 塩見が立つ。

 瀬戸内が前へ出る。

「封印対象へ触れないでください」

「空調が止まっています」

「安全範囲です」

「測った?」

「現在、二十九・八度」

「機材棚の裏は」

「分かりません」

「技師が確認する」

「私が同行します」

「盾を置いて」

「できません」

「棚の裏へ入らない」

 瀬戸内は迷う。

 カナタが言う。

「私が工具を取る」

「足首」

 七瀬。

「痛み四」

「さっき三」

「増えた」

「記録」

「午後零時四十一分。右足首炎症、本人申告四。腫脹は靴の上から確認困難」

 カナタは棚へ向かう。

 瀬戸内が道を塞ぐ。

「座ってください」

「扉を開ける工具」

「警備が取ります」

「誰が」

「木伏」

 木伏が盾を置く。

 棚の裏へ入る。

 埃。

 舞台裏と同じ匂い。

 工具箱を出す。

「内側錠を外します」

 瀬戸内が言う。

「封印命令に反します」

 木伏。

「空調停止と戦闘で、避難条件が成立した」

「放送所を開ける?」

「人だけ退出させる。機材は封印」

「退出する人は」

 カナタ。

「全員」

「私は残る」

「残せません」

「説明が途中」

「放送は止まっています」

「庁内線と紙帯は続く」

「機材封印命令」

「放送停止は受けない。退避は選ぶ」

「矛盾しています」

「避難口を開けて、机を廊下へ出す」

「放送所外で説明?」

「回線があるところまで」

 塩見が制御卓を見る。

「廊下の保守端子へ、紙帯記録だけ延長できます」

「映像」

「なし」

「文字」

「巴さんの平文を、庁内表示へ」

 巴が左手で頷く。

 瀬戸内が反論する。

「それも放送です」

「停止命令の対象は、行政放送所の主回線、第二回線、再送装置」

 真琴が庁内線で読む。

「保守端子の紙帯表示は、列挙されていません」

「抜け道です」

「条文どおりです」

「あなたたちは、条文を狭く読む」

「あなたは広く読む」

「混乱を止めるためです」

「人の退路まで?」

 瀬戸内は答えなかった。

 内側錠を外す。

 迅が外から圧力弁を回す。

 扉が三十センチ開く。

 空気が入る。

 誰も歓声を上げない。

 カナタが先に出ない。

 巴。

 七瀬。

 塩見。

 固定台と文書箱。

 機材はその場へ残す。

 複写二本だけ、保管者名を付けて別の小箱へ。

 カナタは最後から二番目。

 最後は瀬戸内。

 機材封印の責任者だからだ。

「あなたが最後?」

 カナタ。

「命令です」

「自分の?」

「私の判断です」

「記録した?」

「しています」

「なら、いい」

 廊下へ出る。

 迅が待っている。

「遅い」

「役所は台詞が長い」

「殴った?」

「誰も」

「怪我」

「足首、炎症四」

「増えた」

「記録済み」

「何枚」

「十四枚」

「残り」

「五十八」

「今から?」

「今から」

 迅は、廊下の保守端子を見る。

「客、いる?」

「見えない」

「いなくても?」

「話す」

「何で」

「持ち主が、どこかにいるから」

 廊下の壁へ、巴の平文が一行出る。

《給水群一番。水を止めないための命令。誰が続けると決めたか、名前を探しています》

 映像はない。

 役者の顔もない。

 白い文字だけ。

 カナタは、機材箱の代わりに床へ座った。

 右足首を伸ばす。

 紙の正式文を手に取る。

 庁内線へ、普通の声で読む。

 放送所は封印された。

 放送は、廊下へ出た。