第561話 第三章「記録庫襲撃」前編

六月十九日 午前五時五十六分

 盗むより、時刻を壊す方が安い。

 原本を一枚奪えば、奪った人間が疑われる。

 十台の時計を三分ずつ狂わせれば、全員が互いを疑う。

 迅は、旧中央城の地下二階で、床の振動を数えていた。

 一。

 間。

 二。

 長い間。

 三、四。

 証拠搬送台車の車輪ではない。

 台車は四輪とも同じ径で、石床の継ぎ目を通るたび、二拍ずつ鳴る。

 今の振動は三拍と一拍。

 誰かが、片側だけ荷重の違う車輪を使っている。

「凱」

 迅が名を呼ぶ。

 五メートル前で、獅堂凱が立ち止まった。

「後ろに三人。台車一。右輪が重い」

「警備表では」

「次の搬送は六時十分」

「十四分早い」

「時計が正しければ」

「今日の敵は、そこを狙う」

 凱は振り返らず、左手を腰の高さへ出した。

 停止の合図。

 原本搬送路は、幅二・四メートル。

 両側の壁へ、機械式同期管が走っている。各証拠の取得時刻と複製時刻を、城内の十二時計へ伝える細い真鍮管だ。

 床下にも管がある。

 薄い石板の下を、蜘蛛の脚のように走っている。

 迅が七歩を取れば、最短で後方の三人を崩せる。

 同時に、床板へ返る衝撃で同期管が折れる可能性がある。

 原本は残る。

 複製も残る。

 ただし、どちらが先に作られたか分からなくなる。

 証拠は、物だけではない。

 物と物の間にある順番も、証拠だ。

「前へ二メートル」

 迅は言った。

「理由」

「左壁の管を背にする。床の継ぎ目が浅い」

「後退ではなく前進か」

「おまえ、退くことに詳しいくせに前へ行くの好きだな」

「おまえは前へ行くふりをして横へ逃げる」

「褒め言葉だ」

 二人は、同時に前へ出た。

 背後で台車が加速した。

 車輪音。

 三拍。

 一拍。

 凱が右足を軸に半身を返す。

 左膝は深く曲げない。

 黒い装具の外側へ体重を逃がし、台車の正面を避ける。

 灰色の作業衣を着た男が、台車の取っ手を押して突っ込んできた。

 荷台には木箱が三つ。

 表札は《紙原本・公開》。だが箱の重心が高い。紙ではない。

 迅は一歩、右へ。

 取っ手へ左手を添え、押し返さず、進行方向を壁際へ流す。

 台車の右輪が浮いた。

 箱の一つが開く。

 中から、真鍮色の円盤が何十枚も跳ねた。

 同期刻印板。

 床へ落ちれば、管と同じ音がする。

 偽の時刻板をばらまき、どの音が正規作動か分からなくする仕掛けだ。

「触るな!」

 凱が叫ぶ。

 前方の警備員二人が、反射的に足を止めた。

 その一瞬を使い、二人目の襲撃者が壁の点検蓋へ工具を突き込む。

 迅は台車を手放した。

 右足で床を蹴る。

 一歩。

 七歩の始点になる角度だった。

 右肩を引けば二歩目。

 点検蓋の男へ、一直線に条件がつながる。

 迅は右肩を引かない。

 壁際の管へ手を伸ばし、男の工具ではなく手首をつかむ。

 右手の環指と小指が痺れ、握りが浅い。

 男がひねる。

 迅は握力で対抗せず、左肘を男の肘裏へ差し込み、工具を点検蓋の溝へ噛ませたまま身体を回した。

 関節が伸びる。

 男の足が浮く。

 投げない。

 床へ落とせば管が揺れる。

 壁へ胸を付けさせ、工具と手首を同じ位置へ固定する。

「離せ!」

「どっちを」

「俺をだ!」

「工具を先に」

「命令するな!」

「質問だ」

 男が左拳を振る。

 迅は頭を下げ、拳を肩で受ける。

 三人目が、木箱の底から細い鋼線を引いた。

 鋼線の先には、半月形の刃。

 壁の同期管を一列まとめて切る道具だ。

 凱が間へ入る。

 王だった男は、能力のない身体で、刃物の前へ腕を出した。

 黒い手袋の手首へ鋼線が巻きつく。

 凱は引かない。

 引けば刃が走る。

 右腕をわずかに前へ送り、鋼線を弛ませる。

「迅、点検蓋を」

「人を一人持ってる」

「置け」

「床に?」

「私が受ける」

「おまえ、左膝」

「知っている」

「知ってるやつが壊す方が面倒なんだよ」

「三秒で選べ」

「二秒で言え」

「一、来る」

 凱が数える前に、迅は男の襟を左手でつかみ直した。

 膝裏を自分の腿で支え、床へ落とさず、横へ滑らせる。

 凱が右肩で受け、壁際の空いた保守棚へ押し込んだ。

 その間に、迅は点検蓋の工具を抜く。

 工具が抜けた瞬間、蓋の内側から白煙が噴いた。

 目隠し。

 煙は刺激性が低い。

 代わりに、真鍮粉が混じっている。同期管の接点へ入り、導通を乱す。

「換気を止めるな!」

 凱が前方へ命じる。

「止めると粉が沈む!」

「吸い込むぞ!」

「顔布を! 管を守る!」

 命令を出した後、凱は自分の名札を叩いた。

「警備責任者、獅堂凱。換気継続は俺が決めた!」

 責任の主語を後から足す。

 昔の彼なら、命令だけで十分だと思っていた。

 白煙の中で、刃がもう一度動いた。

 迅は音で位置を取る。

 鋼線が床を擦る高い音。

 次に、刃の重みで低くなる。

 右へ半歩。

 刃が頬をかすめた。

 熱い線。

 右目の下から耳の手前へ、皮膚が開く。

 視界はある。

 涙が一滴だけ出る。

 痛みより先に、血が顎へ落ちた。

「目は」

 凱が聞く。

「見える」

「二重は」

「おまえが一人。残念だ」

「後で縫え」

「命令?」

「警備条件だ」

 迅は血を左袖で拭わない。

 袖の繊維が傷へ入る。

 右手首の赤紐から、予備の白布を一枚引き出し、頬へ押し当てた。

 鋼線の男は煙の向こうで、管へ向けて腕を振り上げる。

 迅は走らない。

 床の同期板を踏まないよう、壁の保守縁へ右足を置く。

 幅七センチ。

 左足を交差。

 手すりはない。

 一歩、二歩。

 七歩ではない。

 単なる距離だ。

 男の肩が先に動く。

 迅は刃の軌道へ拳を出さず、鋼線を巻いた袖口へ左前腕を差し入れる。

 腕を外へ開く。

 刃が壁から離れる。

 凱が男の腰帯をつかみ、後ろへ引く。

「引くな!」

 迅が叫ぶ。

「線が張る!」

 凱は即座に止まる。

 男の身体だけが前後から固定された。

「じゃあ、どうする」

「線を短くする」

「切るのか」

「管の前で?」

「嫌味は後だ」

「その予定はない」

 迅は男の腕へ自分の腕を巻きつけたまま、身体ごと一回転した。

 鋼線が迅の上着へ巻き取られる。

 刃の可動距離が、二十センチ、十センチ、五センチへ縮む。

 最後に凱が手首を押さえ、床へではなく、台車のゴム車輪へ刃を埋めた。

 右輪が破裂する。

 三拍、一拍の振動が止まった。

 煙の向こうから、第四の足音がした。

 警備表には三人。

 迅が最初に聞いたのも三人。

 第四は、最初から地下にいた。

 点検蓋の内側。

 蓋が開き、黒い影が出る。

 手には小さな時計箱。

 箱の側面へ、赤い封印。

 複製ログの基準時計だ。

「そいつを止めろ!」

 前方警備員が叫ぶ。

 影は、煙の中を走らない。

 壁へ沿い、床の鳴らない位置だけを選ぶ。

 迅は追おうとして、右頬の白布がずれた。

 血が目尻へ流れる。

 影の動きが一瞬、二つに見えた。

「視力障害なし、って言ったな」

 凱が迅の肩をつかむ。

「血が入っただけ」

「同じ結果だ。前を任せるな」

「じゃあ誰が」

 壁の向こうから、金属を三度叩く音がした。

 短、短、長。

 薄墨影治の合図。

 彼は上階の記録編集室にいるはずだった。

 次の瞬間、右壁の石板が内側から開いた。

 薄墨が顔を出す。

 手には古い城の保守図。

《こっち》

 紙板を掲げる。

「信用できるか」

 凱が尋ねる。

 薄墨は迅の口元を読むため、顔を向けた。

「おまえ、基準時計を壊したことある?」

 薄墨は紙へ書く。

《二度。壊す位置も、壊した後に疑われる場所も知っている》

「自慢するな」

《経歴説明》

「七瀬のためか」

 鉛筆が止まらない。

《自分の記録が九点ある。消されれば、私は加害していないことにも、もっと加害したことにもできる。どちらも嫌だ》

「七瀬に好かれたいわけじゃない」

《好かれる可能性を証拠評価へ入れるな》

 迅は笑いかけて、頬が開いた。

「痛い」

《当然》

「おまえ、耳が悪くなって性格が良くなったな」

《前より聞かなくて済む》

 薄墨が開けた保守路は、人一人が肩を斜めにして通れる幅だった。

 かつて、王の私文書を表の廊下へ出さず、編集室へ運ぶための道。

 床は木。

 同期管はない。

「凱、三人を」

「任せろ」

「追うなって言わないのか」

「おまえは言っても追う」

「理解がある」

「だから条件を出す。二分。視界が二重になったら戻れ。時計箱へ打撃を入れるな。薄墨を先に行かせるな」

 薄墨が紙板を上げる。

《最後は余計》

「警備条件だ」

《元王は条件が多い》

「元編集者は穴が多い」

 薄墨は答えず、迅の前へ出た。

 凱が彼の襟をつかんで戻す。

「順番を聞け」

 迅が言う。

 薄墨は、心底嫌そうに迅を先へ通した。

 保守路の先には、古い螺旋階段がある。

 迅は左手で壁を触り、右頬へ白布を押さえたまま上がる。

 九段目で、上から粉が落ちた。

 十四段目で、木が新しく削れている。

 二十一段目に、足跡。

 第四の襲撃者は、時計箱を抱えて上へ向かっている。

 迅は足音を消さない。

 消せば薄墨が追えない。

 薄墨は耳ではなく、迅の踵が木へ伝える振動を手すりから読む。

「おまえ、昔ここを使った?」

 迅は振り返らずに聞く。

 薄墨が背中を二度叩く。

 肯定。

「何を運んだ」

 背中へ一度。

 回答拒否。

「便利だな、その会話」

 三度。

 《おまえが勝手に決めるな》という合図。

 階段上の扉が開く音。

 迅は最後の五段を飛ばさない。

 着地衝撃で時計箱を落とさせる恐れがある。

 扉の向こうは、旧礼拝室だった。

 窓から朝の光が入る。

 襲撃者は祭壇跡の前で、時計箱の蓋を開いていた。

 中にあるのは、十二本の細い針。

 基準時計の時刻を各ログへ刻む針だ。

 一本抜けば、一本だけ時刻がずれる。

 全部折れば、壊されたと分かる。

 襲撃者は、一本だけを選んでいた。

「原本は盗まない」

 迅が言う。

「全部も壊さない。三分だけずらして、会議映像と銀具ログが別の日に見えるようにする」

 襲撃者は振り向かない。

「人は大きな嘘を疑う。三分の遅れは、仕事のミスだと思う」

「誰の仕事にする」

「誰でもいい」

「それがいちばん安いな」

「分かってるなら、止めるな」

「安いから?」

「城を倒すには、城より大きな真実はいらない。帳簿の角を少し曲げればいい」

「倒したいのは城?」

「冬城も、おまえたちもだ。記録を持った側が次の城になる」

 薄墨が迅の背中へ、短く二度触れた。

 同意ではない。

 位置確認。

 迅は一歩進む。

 襲撃者が針をつまむ。

「止まれ」

「命令する権利があるのか、空白の旗に」

「ない」

「なら」

「でも、壊した時刻へおまえの名を置く」

 襲撃者の指が止まった。

「名を知らない」

「顔、身長、右足の引きずり、左親指の油染み。あとで本人確認する。違ったら訂正する」

「脅しか」

「記録だ」

「記録で人を縛る」

「縛ってる。だから、おまえの言い分も一緒に残す」

「そんな公平があるか」

「ない」

 迅はさらに半歩。

「公平は、便利な名前だ。今ここにあるのは、針を抜こうとしてるおまえと、止めたい俺と、昔抜いた薄墨だけだ」

 薄墨が迅の背を強く叩いた。

 昔抜いたと決めるな、という抗議だろう。

「抜いた?」

 襲撃者が初めて振り向く。

 その視線が薄墨へ移る。

 迅は、その瞬間に距離を詰めた。

 拳は出さない。

 時計箱の蓋を左手で閉じ、右前腕で相手の両手を箱ごと抱える。

 襲撃者が頭突きを出す。

 迅は額を合わせず、右頬の傷を避けて左側へ流す。

 肩が胸へ当たる。

 足を刈る。

 床へ倒さない。

 祭壇跡の布へ、相手と時計箱を一緒に座らせる。

 薄墨がすぐに封印帯を巻く。

 襲撃者は抵抗しながら叫ぶ。

「記録を守れば、おまえたちが正しいのか!」

「ならない」

 迅は、箱を相手の手から一センチずつ外した。

「守ったやつも、あとで聞かれる」

「誰に」

「記録に」

「記録は質問しない!」

「人がする。そのために残す」

 時計箱の針は、十二本すべて残っていた。

 基準時刻は、午前六時七分十二秒。

 薄墨が自分の時計と照合し、紙へ書く。

《差、零・四秒。許容内》

 迅は頬の布を押さえた。

「俺の血、時刻箱についた?」

 薄墨が確認し、首を横へ振る。

「よかった」

《顔はよくない》

「元からだ」

《それは記録不足》

 午前六時三十三分。

 城内診療室で、迅の右頬は三針縫われた。

 眼球運動正常。

 視野の新規欠損なし。

 角膜損傷なし。

 医療担当が、今日一日の警備離脱を勧告した。

「離脱すると、誰が原本路を」

「代行を置きます」

「凱は膝がある」

「あなた一人しかいない前提で、公開審理の安全計画を作ったのですか」

 迅は黙った。

 医療担当は、縫合票へ書く。

《本人、質問に回答せず》

「それ、載せる?」

「載せます」

「嫌な仕事だな」

「顔を縫うより、あなたの考えを縫う方が難しい」

 迅は診療台を降りた。

 警備からは外れる。

 代わりに、証拠搬送図の見直しを引き受ける。

 診療室の隣では、回収した同期刻印板が一枚ずつ布の上へ置かれていた。

 本物十二枚。

 偽物三十六枚。

 用途不明四枚。

 偽物は粗悪品ではない。

 真鍮の配合、縁の厚さ、刻印の深さまで、本物に近い。

 違うのは、中央の認証点が裏面にないことと、三枚だけ時刻の数字が左右反転していることだった。

「反転は失敗?」

 迅が頬の布を押さえながら聞く。

 時刻鑑定担当が首を振る。

「暗い床で拾った者が、裏表を確かめる時間を使う。混乱用でしょう」

「全部を偽物にしないんだな」

「本物を混ぜる方が、後で廃棄判断が難しくなります」

 凱が、用途不明の一枚を指す。

「これは」

「本物の認証点がある。しかし、登録番号は存在しない」

「中央内部の予備板?」

「可能性。盗難品。試作品。後から本物に見せた偽造。まだ分かりません」

 迅が波形板を探す。

「ここにはないぞ」

「声で言え」

 凱が返す。

「分からない」

「記録しました」

 鑑定担当が即座に書く。

「冗談だった」

「冗談で不明が解消しますか」

「しない」

「では残します」

 拘束された三人の所持品も、別布へ並ぶ。

 一人目の胸ポケットには、中央設備停止で失職した技師組合の配給券。

 二人目の靴底には、冬城支持者が配る銀色の滑り止め鋲。

 三人目の腕には、反証転嫁被害者の家族が使う青い糸。

 同じ襲撃へ参加している。

 同じ理由とは限らない。

「共謀したんだろ」

 迅が言う。

「移動経路と道具は共有している」

 真琴が入ってきて答えた。

「思想の共有までは未確認です」

「誰かが雇った?」

「一人は報酬を受けたと供述。支払人は知らない。一人は《中央が記録を独占する前に壊す》と供述。一人は黙秘」

「三人を一つの派閥にすると楽だな」

「楽です」

「しない?」

「しません」

 真琴は、偽刻印板の一覧へ三つの供述を別欄で付けた。

「襲撃が冬城側に有利だから冬城側、という推測も、中央を壊す発言をしたから申立側、という推測も、現時点では採用しません」

「どっちにも嫌われる」

「法務の適性です」

「それ、名言」

「職業上の欠点です」

 薄墨が診療室の入口から紙板を出した。

《旧経路を知る者は、私以外にもいる》

「誰」

《保守技師三十七名。旧記録編集者十一名。城内警備二十名。死亡・所在不明を除く》

「名簿は」

《中央が持つ》

「おまえは?」

《一部》

「全部出す?」

 薄墨は首を横へ振る。

《名簿に載るだけで疑われる。経路使用記録と照合してから》

「自分の名も?」

《最初に》

 彼は、自分が知る三つの旧扉と、過去に使った時刻を紙へ書いた。

 ひとつは灯里の記録を移した時。

 ひとつは、自分の編集原版を隠した時。

 ひとつは、今日、迅たちを通した時。

「三つ目だけ善行に見える」

 七瀬が入口の向こうから言う。

 薄墨は紙へ書く。

《最初の二つがあるから、三つ目の道を知った》

「それで帳消し?」

《ならない》

「じゃあ、なぜ言う」

《役に立った悪事を、善事へ改名されたくない》

 迅は、頬が引きつらない方の口角を上げた。

「面倒な記録屋だな」

 七瀬が答える。

「記録屋は、面倒じゃないと鍵を持たない方がいいらしいよ」

「誰の台詞」

「まだ誰のでもない」

 用途不明の刻印板四枚は、真正性不足の補助資料へ回された。

 襲撃で守ったから本物にはならない。

 襲撃者が持っていたから偽物にもならない。

 布の上には、《不明》という札が四枚置かれた。

 迅はその札を見てから、証拠搬送図の見直しへ向かった。

 見直し用の搬送図は、襲撃前のままでは使えなかった。

 旧経路を全部閉じれば、次の侵入は減る。

 同時に、火災時の退路も、限定証人が途中で帰る道も減る。

 真琴は図面の三本へ赤線を引いた。

「閉鎖候補」

 綺理が、一本目の赤線へ穴あき札を重ねた。

「この道は、不提出資料の返却路です」

「返却時だけ開ける」

「誰が開けますか」

「警備責任者」

「警備責任者が内容を知らなくても、どの箱が不提出かは分かる」

「では保管係」

「保管係一人へ鍵を集める?」

 真琴は赤線を消さない。

「問題を増やしているのは分かっています」

「消すよりましです」

 迅は、診療室の椅子に座ったまま、図面を逆さから見た。

「道を閉じるんじゃなく、同じ道を同じ時刻に使わなきゃいい」

「具体的に」

「原本、複製、返却、証人を別の拍で動かす。入口の時計じゃなく、出る側と着く側が別々に時刻を書く」

「中央同期を使わない?」

「壊されたばっかりだろ」

 凱が、図面の端へ四つの欄を作った。