第564話 第四章「七瀬の母」後編

《私が悪かったことは、会議時刻を変えない》

 七瀬が読む。

「母が取材拒否を無視したことも、冬城が署名した時刻を変えません」

 補佐官が問う。

「あなたは母を断罪したいのですか」

「いいえ」

「擁護したい?」

「いいえ」

「では、何を」

「整合を確認しています」

「娘としては」

「その質問は、会議時刻と関係ありません」

「人間性と証言の信用は関係する」

「だから、母の違反も出しました」

「母を売ったのですか」

 七瀬の肩が、痛みとは別に固くなる。

 薄墨が紙板へ何か書こうとする。

 七瀬は右手を上げて止めた。

「記録を出すことを、売るって呼ぶなら」

 声は低い。

 語尾が震える。

「母は、他人を何度も売った。私も、売る側に立つ可能性がある。だから、誰を売ったか、誰が拒んだか、何を黒くしたかまで残す」

「答えになっていません」

「娘としての答えを、公的事実認定へ使わないでください」

 審理官が、異議を認めた。

 母娘関係を、署名時刻の信用性へ直結させない。

 ただし、記録取得動機としては評価対象に残す。

 七瀬は証人席を降りた。

 撮影台の横へ戻る。

 クランクを回そうとして、左肩が動かない。

 交代係が手を出す。

 七瀬は一秒だけ迷い、機材を渡した。

 薄墨が紙板を上げる。

《母を守らなかった》

「守る必要があるなら、記録じゃなくて生きてる時にやるべきだった」

《私の話》

「あなたも守らなかった」

《はい》

 短い一字だった。

 七瀬は、そこで初めて薄墨を見る。

「謝罪?」

《事実》

「便利な逃げ方」

《おまえの得意分野でもある》

「敬語を使いたくなるね」

《怒っている》

「記録しなくていい」

《拒否時刻、十一時二分》

「本当に嫌い」

《内容非提出》

 七瀬は笑わなかった。

 上映機から取り外された母の媒体は、透明な容器へ戻された。

 容器の片側には、冬城の署名時刻。

 もう片側には、少年の取材拒否時刻。

 どちらも同じ磁気帯にある。

 母を正義の証人へ戻すことも、違反者として捨てることもできない。

 容器は、七瀬の手ではなく、二人の保管係によって、四十七番の棚へ戻された。