第566話 第五章「反対尋問」後編
「ただし、私刑が減った九件、薬剤紛失二件も消さないでください。二人への説明失敗で、救われた者を数字から追い出さない。救われた者で、二人の誤認も消さない」
冬城が、初めて冬実へ直接尋ねた。
「所長として、中央抑制網の継続は必要だったと思いますか」
「当時は、必要と判断しました」
「現在は」
「中央一括ではなく、本人が出る、残る、移るを選べる期限付き施設が必要です」
「事故時の即応が遅れる」
「遅れます」
「その遅れで人が死ねば」
「選択を奪えば、別の人が生きたまま消えます」
「比較できない」
「だから、一つの数字にしない」
冬城は黙った。
巴は、冬実の証言を平文へ直す。
《施設は一部の人を守った》
《同じ施設が一部の人の選択を奪った》
《二つを別々に認定する》
書いてから、巴は手を止めた。
「冬実さん」
「何ですか」
「この平文は、整えすぎていますか」
冬実は読む。
「《一部》では人数が消えます」
巴は書き直した。
《私刑報告三十一から九》
《薬剤紛失十七から二》
《残留確認十八。そのうち理解確認疑義二》
《保護実績と説明失敗を別欄へ残す》
「こちらは」
「私が言ったことに近い」
「近い?」
「完全には同じでない」
「どこが」
「私が、施設の美しさへ今も誇りを持っていることが入っていない」
冬実は、城の高い天井を見上げた。
「それは、数字へしにくいでしょう」
「しません」
「なぜ」
「分からないからです」
巴は、三枚目の波形板を自分で押した。
傍聴席から、小さな笑いが起きた。
巴は笑わない。
分からない、と言った人間を、謙虚な善人へ変えるのも編集だ。
午後の審理開始前。
巴は右手の固定帯を外さず、左手で通訳交代記録を清書した。
最初の通訳者の誤り。
本人の訂正。
謝罪。
謝罪で記録を閉じないという指定。
交代時刻。
新しい通訳者への保留。
どれも、忍の証言内容より上でも下でもない。
証人席の三枚の板は、そのまま置かれていた。
円。
三角。
波。
その下に、あとから差し込まれた小さな空白札。
《その他――本人記入》
空白には、何でも書ける。
だから、書いた人の名と、書かなかった人の名を、同じように残す必要があった。