第572話 第八章「凱の王歴」後編
「迅速な決裁」
「支持する」
「統一値」
「故障時は支持しない」
「中央権限」
「止められるなら」
「誰が止める」
「弁の前にいるやつ」
「各地が勝手に止めれば、全体が崩れる」
「だから、止めたことをすぐ知らせる道が要る」
「知らせる間に」
「人が死ぬ。知ってる」
証人は、冬城の銀具を見る。
「早く決める人が要る。間違った時に、早く止める人も要る。同じ人だと、止めにくい」
凱が、待機席で目を伏せる。
王だった自分へも当たる言葉だった。
冬城が問う。
「あなたは、私の決裁で救われた人を知っている」
「知ってる」
「私の決裁を止める制度が、救命を遅らせる可能性も」
「知ってる」
「それでも止める権限を分ける?」
「分ける。責任も分ける。分けたら薄くなるなら、紙を厚くする」
「紙で弁は動かない」
「指でも動かなかった」
法廷が静かになる。
証人は、自分の欠けた手を英雄の勲章へしない。
「今は、何をしていますか」
真琴が聞く。
「若い操作員に、故障弁の見分け方を教えてる」
「中央の訓練を」
「中央のも。現地のも。俺の失敗も」
「どれが正しい?」
「凍ってない時は、だいたい全部」
迅が小さく笑う。
真琴が見る前に、証人が言った。
「笑っていい。俺も、凍る前は笑ってた」
証言記録には、中央決裁で救命された事実と、統一値の維持で現地故障が無視された事実が、同じ人の欄へ入った。
冬城は、その証人を自分の支持者とは呼ばなかった。
申立側も、中央の被害者とは呼ばなかった。
凱が証人席へ戻る。
「私への質問は終わっていない」
補佐官が言う。
「では、獅堂凱。中央決裁がなかった三件で、あなたは誰へ判断を委ねますか」
「現場ごとに違う」
「だから遅れる」
「暖房なら、医療、配管、住宅、工場。疫病なら、医療、輸送、居住、本人の退出。配給なら、在庫、厨房、地域確認」
「会議が終わる前に人が死ぬ」
「期限を置く」
「期限を誰が」
「担当者が」
「担当者を誰が」
「事前に選ぶ」
「事前に想定できない災害は」
「その場で選ぶ」
「その場で誰が」
補佐官の質問が速くなる。
凱は答えを急がない。
「最初に動いた人間が、暫定責任者になる場合もある」
「王と何が違う」
「範囲と終了がある」
「災害が広がれば範囲も広がる」
「更新へ署名する」
「その署名を待つ間に死者が出る」
「出る可能性がある」
「中央なら、出なかった可能性がある」
「ある」
「認める?」
「認める」
傍聴席に不満の声。
凱は続ける。
「中央が決めたため、別の死者が出た可能性もある」
「可能性ばかりだ」
「災害前に、全部を事実にはできない」
「だから決裁が要る」
「決裁者を神にしない仕組みが要る」
「神ではない。責任者だ」
「責任を取るとは」
「結果を引き受ける」
「反証を他人へ移して?」
冬城の右手が、わずかに動く。
補佐官ではなく、冬城自身が答えた。
「決裁者が倒れれば、都市が止まる。決裁機能を維持するための分散です」
「それを、責任を取ると呼ぶ?」
「決裁を続けることが責任です」
凱は、昔なら理解した。
理解したから、王だった。
自分が眠らず、倒れず、迷わず座り続けることを、責任だと思った。
「私は、それをやった」
凱は言う。
「白冠で、自分が倒れないことを責任にした。部下へ退く権利を渡さなかった。岳へ失敗を移した。だから、必要な中央と、倒れない一人は同じではないと言う」
「あなたが失敗しただけでは」
「そうかもしれない」
「冬城評議官なら、あなたより上手くできる」
「実績はある」
「では」
「上手くできる人間ほど、止める仕組みが要る」
「能力の低い者へ決裁を分散する?」
「能力ではなく、影響を受ける者へ拒否を分ける」
「拒否が多ければ、何も決まらない」
「何も決まらない時に、暫定を選ぶ人間は必要だ」
「それが中央です」
「中央でなくてもいい」
「なら、無政府です」
冬城は、その言葉をゆっくり置いた。
「中央の決裁を認めるか。各地が自分の都合で拒否し、全体が止まるか。あなた方の制度は、結局その二つから逃げています」
法廷正面の白い壁に、二行が映された。
《中央決裁による全体維持》
《分散拒否による全体停止》
まだ能力は使われていない。
ただの資料表示だ。
それでも、二つ並ぶと、他の選択肢が部屋から少し薄くなる。
凱は、その二行を見た。
昔の自分なら、上を選んだ。
今の自分は、下を選ばない。
「二択になっていない」
「第三案を」
「いま、ここで一行へしない」
「答えられない」
「答えを急ぐことで、あなたが何を消すか見ている」
「法廷は、観察会ではない」
「事実審理だ」
凱は証人席から立ち上がらない。
「私が王だった事実。中央が人を救った事実。私が人を拘束した事実。中央が反証を移した疑い。全部を一行へしない」
「結論がなければ、統治できない」
「今日は統治を決めない」
「明日は来る」
「来る」
「誰が決める」
「その問いを、私一人の答えで閉じない」
冬城は、凱を見た。
「王を辞めても、決めない責任からは降りられませんよ」
「知っている」
凱は、自分の左膝へ手を置かない。
「だから、退いた記録を出した。退けば正しくなる証拠じゃない。退いた後も、誰が決めたか残すためだ」
正面の二行は消されなかった。
その下へ、真琴が第三の行を追加する。
《本審理では未決。原記録と反対尋問を継続》
冬城は異議を出さない。
ただ、亀裂の入った銀具の上で、右の中指を一度だけ動かした。